弁護人資格の、一時停止。わたしは明朝の法廷に立てない。玲二の弁護人席は、空席になる。「九条の手だ」玲二の声が低かった。「お前という最大の駒を、盤に上がる前に外した」巧妙だった。あまりに。綱紀委員会を動かしたのは、表向きは「氷室澪が証拠を偽造した」という匿名の告発。その告発者の名を見て、わたしは凍りついた。——朝霧詩織。継妹が、最後の一突きを刺してきた。九条に「氷室夫人にしてやる」と唆され、わたしの証拠を「夫の事件で妻が捏造したもの」と証言した。わたしが組み上げた三枚を、一夜にして“信用できない毒樹の果実”に変える、たった一つの楔。法廷は二時間後に始まる。弁護人のいない被告人・玲二の前で、颯太が淀みなく有罪を立証していく。証拠を出そうにも、出す資格を奪われた。外部分散の保険さえ、いまや裏目だ——「資格を停止された弁護士が、世論を脅しに使って圧力をかけている」と、逆に描かれかねない。わたしは詰んだ。七年研いだ刃を、鞘から抜く前に叩き落とされた。玲二がわたしの肩に手を置いた。「澪。俺はいい。お前はここで退け。資格を失えば、父君の再審もできなくなる。お前まで——」「黙って」声が震えた。怒りでも、恐怖でもなかった。雨の夜、三百人の前で捨てられた、あの夜の感覚が戻ってきていた。何も守れない女。お父さんのときも、そうだったでしょう——詩織の囁きが、耳の奥でこだまする。わたしは椅子に座り込みそうになった。ここまでだ、と思った。あの男は、わたしの想定の二手先にいた。——そのとき、スマホが鳴った。非通知。出るべきではなかった。けれど出た。「もしもし」『……お姉ちゃん』詩織だった。泣いていた。『ごめん。ごめんなさい、お姉ちゃん。わたし……告発、したの。お祖父様に、そうすれば氷室の家に入れてやるって言われて。でも、さっき……颯太さんに、電話で言われた。「お前はもう用済みだ。証言が済んだら、お前も消える番だ」って。笑いながら。……わたし、駒だったの。お姉ちゃんを刺すための、使い捨ての』世界の、軋む音がした。『お姉ちゃん。わたし、持ってるの。三年前の、録音。颯太さんとお祖父様が「崖の件は処理した」って話してるのを。怖くて、ずっと隠してた。お守りみたいに』詩織の声がすがるように細くなった。『——これ、まだ、間に合う?』わたしは立ち上がっていた。
Last Updated : 2026-06-27 Read more