7年越しの復讐契約

7年越しの復讐契約

last update최신 업데이트 : 2026-06-27
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언어: Japanese
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七年前、父が冤罪で逮捕された夜、朝霧澪は全てを失った。家も、名前も、信じていた人も。残ったのは、復讐だけ。弁護士となった澪の前に現れたのは、父を陥れた企業グループの総帥・氷室玲二。彼が突きつけたのは、三年間の契約結婚。報酬は五千万円と、父の事件の真相に繋がる証拠。復讐のために仇の妻となった澪だったが、氷室の冷たい仮面の下に隠された真実が、少しずつ明かされていく。彼は本当に敵なのか、それとも——。法廷サスペンスと禁断のロマンスが交錯する、七年越しの復讐劇。契約の先に待つのは、破滅か、それとも——。

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1화

第一話殺人犯の娘

シャンパンの泡が、わたしの未来みたいに弾けて消えた。

帝国ホテルの大広間。三百人の招待客。父を喪ってから七年、わたしが歯を食いしばって積み上げてきたものが、今夜ぜんぶ報われるはずだった。九条颯太との婚約披露。検察エリート一族への嫁入り。世間が"殺人犯の娘"と囁いた女が、ようやく光の側へ渡る夜。

ステージの中央で、颯太がマイクを取った。

「皆さん。今日は——大切なご報告があります」

わたしは微笑んで、彼の隣に進み出ようとした。

颯太は、進み出なかった。代わりに、片膝をついた。

わたしの足元ではなく。

——わたしの三歩うしろ、純白のドレスで立つ継妹、詩織の前で。

「詩織。僕と、結婚してください」

会場の空気が、音を立てて凍った。

詩織が両手で口を覆い、瞳に涙の膜を張る。練習したみたいに完璧な仕草で。「颯太さん……いいの? お姉ちゃんが……」

「君に隠していたことがある」颯太が立ち上がり、こちらを——わたしを、まっすぐ指さした。三百人の視線がいっせいに刃になる。「朝霧澪。この女の父親は、依頼人の金を横領し、それを隠すために人を殺して、獄中で死んだ詐欺師だ」

ざわめきが、波になって広がっていく。

「殺人犯の娘だ」誰かが囁いた。「道理で目つきがね」別の誰かが笑った。

スマホのレンズが、あちこちでこちらを向いた。録画の赤い点が、暗がりの中で何十個も灯る。明日にはわたしの顔がネットの隅々まで貼られるだろう。

わたしは、笑おうとした。弁護士だから。法廷で何を言われても顔を変えない訓練を、何百時間も積んできたから。

なのに、唇が震えた。

「颯太」声がかすれた。「父の事件は……冤罪だった。あなたなら、知ってるはずでしょう。検察の中にいるあなたなら——」

「冤罪?」颯太が鼻で笑った。「有罪判決は確定している。覆らない事実だ。——澪、君は優秀な弁護士だが、ひとつだけ向いていないことがある。負けを認めることだ」

詩織が、わたしの薬指から婚約指輪をそっと抜き取った。「お姉ちゃん、これ、わたしがもらうね」

頭の奥で、何かがぷつりと切れる音がした。

気づけばわたしは、広間を出ていた。裸足で、回転扉を抜けて、外へ。

雨だった。

七月の、生ぬるい夜の雨。ドレスの裾が一瞬で重くなる。七年かけて手に入れた"まともな人生"が、十分で消えた。

縁石に座り込みそうになったとき——目の前に、黒塗りの車が滑り込んできた。

後部座席の窓が、すっと下りる。

闇より暗い車内に、男がひとり。仕立てのいい黒のスーツ。氷で彫ったような目が、わたしを上から下まで捉えた。

わたしはこの男を、写真でしか知らない。だが、知っている。この国の経済欄でその名を見ない日はない男。冷酷で、無慈悲で、誰の前でも頭を下げないと言われる支配者。

そして——わたしが七年かけて、滅ぼすと決めた相手。

「乗れ」男が言った。命令だった。「風邪をひく」

「……結構です」わたしは雨の中で背筋を伸ばした。「あなたが誰だか知っています。あなたの車になんか、死んでも乗らない」

「朝霧澪。二十八歳。父親は朝霧誠一——弁護士。七年前、依頼人の資産横領と、その口封じの殺人で有罪。獄中で自死。残された娘は父の汚名を晴らすために弁護士になった」彼は手元の書類を見もせずに諳んじた。「——お前が今夜捨てられたのも、台本どおりだ。九条家は最初から、お前を継妹の踏み台にするつもりで婚約させた。気づいていたか?」

雨の音が、遠のいた。

「……なぜ」喉が干上がる。「なぜ、あなたがそれを」

男はドアを内側から押し開けた。隣の座席が、暗く口を開ける。

「氷室だ」彼は言った。「氷室玲二。——お前の復讐、俺が買おう」

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第一話殺人犯の娘
シャンパンの泡が、わたしの未来みたいに弾けて消えた。帝国ホテルの大広間。三百人の招待客。父を喪ってから七年、わたしが歯を食いしばって積み上げてきたものが、今夜ぜんぶ報われるはずだった。九条颯太との婚約披露。検察エリート一族への嫁入り。世間が"殺人犯の娘"と囁いた女が、ようやく光の側へ渡る夜。ステージの中央で、颯太がマイクを取った。「皆さん。今日は——大切なご報告があります」わたしは微笑んで、彼の隣に進み出ようとした。颯太は、進み出なかった。代わりに、片膝をついた。わたしの足元ではなく。——わたしの三歩うしろ、純白のドレスで立つ継妹、詩織の前で。「詩織。僕と、結婚してください」会場の空気が、音を立てて凍った。詩織が両手で口を覆い、瞳に涙の膜を張る。練習したみたいに完璧な仕草で。「颯太さん……いいの? お姉ちゃんが……」「君に隠していたことがある」颯太が立ち上がり、こちらを——わたしを、まっすぐ指さした。三百人の視線がいっせいに刃になる。「朝霧澪。この女の父親は、依頼人の金を横領し、それを隠すために人を殺して、獄中で死んだ詐欺師だ」ざわめきが、波になって広がっていく。「殺人犯の娘だ」誰かが囁いた。「道理で目つきがね」別の誰かが笑った。スマホのレンズが、あちこちでこちらを向いた。録画の赤い点が、暗がりの中で何十個も灯る。明日にはわたしの顔がネットの隅々まで貼られるだろう。わたしは、笑おうとした。弁護士だから。法廷で何を言われても顔を変えない訓練を、何百時間も積んできたから。なのに、唇が震えた。「颯太」声がかすれた。「父の事件は……冤罪だった。あなたなら、知ってるはずでしょう。検察の中にいるあなたなら——」「冤罪?」颯太が鼻で笑った。「有罪判決は確定している。覆らない事実だ。——澪、君は優秀な弁護士だが、ひとつだけ向いていないことがある。負けを認めることだ」詩織が、わたしの薬指から婚約指輪をそっと抜き取った。「お姉ちゃん、これ、わたしがもらうね」頭の奥で、何かがぷつりと切れる音がした。気づけばわたしは、広間を出ていた。裸足で、回転扉を抜けて、外へ。雨だった。七月の、生ぬるい夜の雨。ドレスの裾が一瞬で重くなる。七年かけて手に入れた"まともな人生"が、十分で消えた。縁石に座り込みそうになったとき——目の前に、黒塗りの車が滑り込ん
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第二話契約
車のドアが閉まると、雨の音が嘘みたいに消えた。革とウッドの匂い。冷えた空調。世界から切り離された箱の中で、わたしは濡れたドレスのまま、復讐相手の隣に座っていた。膝の上で拳を握る。爪が手のひらに食い込む痛みだけが、自分を保つ綱だった。「氷室玲二」わたしは正面を見たまま言った。「あなたの名前なら知っています。七年前、父の依頼人だった会社を——二束三文で買い叩いた投資ファンド。その背後にいたのが、氷室グループ」「よく調べてある」「父が横領したとされた金は、その買収の過程で消えた。父はそれを追っていた。追っていたから、消された」わたしは初めて彼の方を向いた。「あなたたちが父を嵌めた。違う?」長い沈黙。ワイパーの音もない、完璧な静けさ。「半分は当たりだ」玲二が言った。「七年前、あの買収にうちのグループの金が流れたのは事実だ。だが指示したのは俺じゃない。当時の俺は、まだ総帥ですらなかった」「言い訳に聞こえます」「お前が信じる必要はない」彼はわたしを見なかった。フロントガラスの向こう、流れる雨の街を見ていた。「俺が言いたいのはひとつだ。お前の父親を嵌めた"仕組み"を作った人間を、俺は知っている。そしてその同じ仕組みが今、俺を殺そうとしている」心臓が、嫌な打ち方をした。「……どういう意味」玲二は内ポケットから、薄い封筒を取り出した。座席の間に置く。表に何も書かれていない、白い封筒。「契約だ」彼は言った。「三年。俺の妻になれ。世間にはただの政略結婚として通す。寝室は別でいい、愛も要らない。お前に求めるのは二つだけ——ひとつ、俺の弁護人として、これから始まる"ある裁判"で俺の隣に立つこと」「もうひとつは」「俺の敵の懐に、妻という顔で入り込むこと。お前の頭脳と、その復讐心が要る」彼は初めて、わずかに首を回してわたしを見た。氷の目の奥に、見たことのない温度があった。「報酬は金じゃない。——これだ」彼は封筒を、わたしの方へ滑らせた。「開けてみろ」濡れた指で、封を切った。中身は一枚きり。古い、コピーの上にさらにコピーを重ねたような、かすれた書面。七年前の、父の事件の——捜査報告書。表に出なかったはずの、内部資料。そこには、父が横領したとされた日、父が別の場所にいたことを示す記録が——アリバイが、確かに記されていた。捜査段階で握り潰された、無実の証拠。指
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第三話氷の家
挙式は、七日後だった。ゲストもドレスも誓いの言葉もない。区役所の婚姻届と、弁護士同席の契約書のサインだけ。世間には「氷室総帥、電撃結婚」の一報が流れ、ネットは数時間で"殺人犯の娘"の話題を上書きした。氷室玲二というカードは、それほどに強い。わたしの汚名さえ、彼の影に呑まれて消えた。第二話で玲二が告げた名前を、わたしはまだ受け止めきれずにいた。あの人が——父を嵌めた? ありえない。あの人だけは。だが玲二は「証拠は順を追って見せる」としか言わなかった。焦るな、と。盤上で先に動いた方が負ける、と。氷室の邸は、都心の丘の上にあった。家というより、要塞だった。「ここがお前の部屋だ」家政を取り仕切る初老の男——佐伯と名乗った——が、東棟の一室の扉を開けた。広い。図書館のような書架と、雨上がりの庭を見下ろす窓。「旦那様の部屋は西棟です。東棟には立ち入られませんよう、と」「西棟に、何が」「さあ」佐伯は微笑んだだけだった。「奥様。ひとつだけ。——書斎にだけは、決してお入りになりませんように。旦那様の、たったひとつの願いです」入るな、と言われた部屋のことを、人はいちばんよく覚えている。その夜、わたしは眠れなかった。父のアリバイを示すあの一枚を、何度も読み返した。本物だ。鑑定にかけるまでもなく、書式も判子も本物。だとすれば、これを握り潰した人間がいる。玲二が告げたあの名前の人物が。——確かめなければ。玲二の言葉を、鵜呑みにはできない。彼は復讐相手だ。わたしを駒として使うために、嘘の名前を吹き込んだ可能性だってある。彼が見せたあの一枚だって、よくできた偽物かもしれない。弁護士の習性だ。証拠は、自分の手で裏を取る。わたしは廊下に出た。西棟へ。佐伯が「入るな」と言った、たったひとつの部屋へ。書斎の扉は、施錠されていなかった。それがかえって不気味だった。中は、暗かった。月明かりだけが、重厚なデスクと、壁一面の資料棚を青く照らしている。ここは玲二の"盤面"だ。彼が人を動かし、敵を潰し、世界を読む場所。デスクの上に、開かれたままのファイルがあった。近づくな、と理性が言った。だが足が動いていた。ファイルの背に、手書きのラベル。『朝霧誠一』。——父の、名前。息が止まった。震える指でページをめくる。父の事件の、分厚い記録。玲二は、父のことをずっと調べていた。契約の前か
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第四話社印の奥に
「それを承認したのは、俺じゃない」玲二は動かなかった。戸口に立ったまま、両手をポケットに入れて、わたしの突きつけた紙を見ている。怒鳴りもしない。弁解を急ぎもしない。その落ち着きが、かえって不気味だった。「社印が押されている」わたしは紙を離さなかった。「氷室グループの決裁印。父のアリバイを葬った文書に。これが、あなたが無関係だという証拠?」「逆だ」玲二が一歩、室内に入った。「お前は弁護士だろう。なら読め。その印が何を意味するかじゃない。誰がその印を持っていたかだ」わたしは紙を月明かりにかざした。決裁印の脇に、小さな決裁欄。承認者の名は、にじんで読めない。だが日付がある。七年前。そして役職欄に——「専務取締役」。「七年前、氷室グループの社印を、専務の権限で押せた人間は」玲二が静かに言った。「俺じゃない。当時の俺は、ニューヨークにいた。経営から外され、兄に疎まれ、グループの中枢から最も遠い場所にいた」「じゃあ、誰が」「お前が今夜、世界でいちばん信じている人間だ」第二話で告げられた名前が、頭の中でこだました。背筋が凍った。「……嘘よ」「俺がこのファイルをここに置いていた理由がわかるか」玲二はデスクに近づき、別のページを開いた。「お前に、自分の目で見つけさせるためだ。俺の口から名前を聞いても、お前は信じない。お前はそういう女だ。証拠を、自分の手で握らなければ動かない」彼はこちらを見た。「だから、握らせた」わたしは、嵌められたのだ。彼の盤面の上で。先に動かされた。——だが。彼の言っていることは、筋が通っていた。それが、いちばん怖かった。その夜から、状況は加速した。三日後。氷室グループの臨時取締役会。総帥・玲二の経営責任を問う動議が、突然、提出された。提出者は、グループの長老格——わたしが、この世でいちばん信じている、あの人だった。そして玲二は、わたしを会議室に連れていった。「妻」としてではない。弁護人として。「氷室玲二氏の七年前の海外資産運用には、重大な背任の疑いがある」長老が、書類を掲げた。「これを見れば、取締役諸君も——」「失礼します」わたしは立ち上がった。会議室の全員が、見知らぬ女を振り返る。「氷室玲二の代理人、弁護士の朝霧——いえ、氷室澪です」ざわめき。だがわたしは、もう震えていなかった。ここは法廷だ。わたしのフィールドだ。雨の中で
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第六話恩師
桐生章吾。父の親友で、元検事で、いまは弁護士業界の頂点に立つ男。父が獄死したあと、独りになったわたしを拾い、弁護士の道へ導いた人。「お父さんの無実は、わたしが必ず証明するからね、澪」——七年前、父の葬儀の雨の中でその言葉だけがわたしを生かした。その声をわたしは昨夜、加工された脅迫電話の向こうに聞いた気がした。「気のせいだ」玲二は言った。書斎の窓辺でコーヒーを淹れながら。「人間は最も信じる声を、最も恐れる場所で聞く。お前の頭が勝手に当てはめただけかもしれない」「あなたが第二話で告げた名前は」わたしは彼を見据えた。「——桐生章吾。違う?」玲二のカップが空中で止まった。肯定だった。「証拠もなく断じるな、と言ったのはお前だろう、弁護士」彼は静かにカップを置いた。「だから自分で確かめてこい。——ただし、悟られるな。桐生がもし本物の"見えない手"なら、お前が疑った瞬間、お前は次の標的になる」その日の午後、わたしは桐生の事務所を訪ねた。「結婚の報告に」という口実で。桐生は変わらず温かかった。応接の革張りのソファ、壁一面の判例集、淹れたての玉露。すべてがわたしの知る"恩師"のままだった。「氷室玲二と結婚したと聞いたときは、正直、心臓が止まったよ」桐生は湯呑みを置き、白くなった眉を寄せた。慈愛のこもった父のような目で。「澪。あの一族は君のお父さんを破滅させた連中だ。なぜ、よりにもよって狼の口の中へ自分から——」「氷室が父を嵌めた。そう思っていらっしゃるんですね」「思っている、ではない。事実だ」桐生は身を乗り出した。「七年前、お父さんが追っていた買収。その金を出していたのは氷室グループだ。お父さんは氷室の不正を掴んだ。だから消された。私は……止められなかった。あのとき検察を辞めた私にはもう力がなかった」筋は通っていた。完璧に。だが——わたしは弁護士だ。完璧すぎる証言ほど疑う。「先生」わたしは湯呑みを両手で包んだ。「ひとつ伺っても。父が亡くなる、最後の週。父に面会した人がいたと記録に残っているんです。氏名が黒塗りで」一拍。鎌をかけた。「先生は最後に父に会われましたか」桐生の表情は一ミリも動かなかった。「いや」彼は微笑んだ。「会えなかった。それがいまも悔やまれてね」——嘘だ。直感ではない。証拠だ。彼の右手の小指がほんの一瞬、湯呑みの縁を撫でた。桐生章吾と
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第五話雨と銃声
朝が来る前に、わたしは玲二の書斎にいた。今度は、招かれて。「兄を殺してなんかいない」玲二は窓の外、白み始めた空を見ていた。背を向けたまま。「アリバイがあるの?」「ある。完璧に」彼が振り返った。「だが七年前、お前の父親にも完璧なアリバイがあった。そしてそれは——握り潰された」部屋が、しんと冷えた。「同じ手口だ」玲二が言った。「アリバイを葬る。証拠を捏造する。検察を動かす。世論を作る。七年前、お前の父親を獄に送った"仕組み"が、寸分違わず、今、俺に向けられている」わたしは、机に広げた二つの事件記録を見比べていた。父の事件と、玲二の事件。骨格が、同じだった。「父を嵌めた人間と、あなたを嵌めようとしている人間は、同一」わたしは顔を上げた。「ようやく追いついたな」玲二が言った。「俺たちは、共犯者だ。澪」初めて、彼がわたしの名を呼んだ。そのとき、わたしのスマホが鳴った。非通知。「もしもし」声を変えてあった。低く、こもった、加工された声。だが聞き覚えがあった。『余計なことに、首を突っ込んでいるね。氷室の弁護なんて、おやめなさい。降りろ。さもなきゃ、お前も父親と同じ末路だ』通話が、切れた。わたしは答えられなかった。その声の、話し方に——わたしは、聞き覚えがあったからだ。加工された声の向こうにいたのは、見知らぬ敵ではなかった。七年前、父の葬儀で泣きじゃくるわたしの肩を抱いた、あの人の——声だった。
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第七話ひびの入る氷
その夜、氷室の邸が襲われた。侵入者は三人。プロだった。警報を切り、佐伯を昏倒させ、東棟へ——わたしの部屋へまっすぐ向かってきた。狙いは明らかにわたしだった。最初の男がドアを開けた瞬間、わたしは机上のスタンドを投げつけ、廊下へ逃げた。法律は学んだが、格闘は知らない。心臓が喉まで上がる。背後で足音。捕まる——と思った刹那。西棟から影が飛び出した。玲二だった。わたしは彼の戦う姿を初めて見た。氷の総帥は盤上で人を殺すだけの男ではなかった。三人を無駄のない動きで沈めていく。最後の一人がナイフを抜き、わたしへ向かってきたとき——玲二は自分の腕でそれを受けた。鮮血が白い壁に散った。「玲二っ」侵入者たちが消えたあと、わたしは震える手で彼の腕を縛った。傷は深かった。彼はわたしのために刃の前に身を入れた。契約上の妻のために。愛も要らないと言った男が。「なぜ」声が震えた。「契約なんでしょう。わたしは駒なんでしょう。なのになぜ——」「黙って巻け」玲二は顔を背けた。だが彼の鼓動がわたしの指先に伝わってきた。氷の男の、人間の鼓動が。その夜、わたしたちは初めて契約書のない言葉を交わした。玲二は兄のことを話した。氷室玲一——三年前、"崖からの転落事故"で死んだ兄。だが、と玲二は言った。「兄は死ぬ前の半年、ある不正を追っていた。氷室グループの金が七年前、ある弁護士を嵌めるために使われた——その真相を」わたしは息を呑んだ。「兄はその金を承認した人間を突き止めかけていた。社印を悪用した人間を。そして——崖から落ちた」玲二はわたしを見た。氷が完全に溶けていた。「澪。お前の父親と俺の兄は、同じものを追って同じ手で殺された。七年前と三年前。二つの死は、ひとつの事件だ」父と、玲二の兄。別々の悲劇だと思っていた二つが一本の線で繋がった。その線の先に立っているのは——わたしの恩師の、顔をしていた。「桐生は七年前、あなたのグループの社外取締役だった」わたしは記憶を手繰った。「社印の決裁権を持てる立場にいた。そして三年前、あなたのお兄様が真相に近づいたとき——」「消された」玲二が言った。部屋の空気が凍りついた。だが——どこか、噛み合わない。桐生は父を破滅させた"黒幕"にしてはわたしを拾い、弁護士に育てた。なぜ、生かした? なぜ、自分を脅かしかねない娘をわざわざ手元で育てた?「玲
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第八話取引
氷室玲二の実兄殺害事件。その起訴に立つのは、九条颯太。そして颯太はわたしを呼び出した。検察庁の冷たい取調室に。元婚約者が机を挟んだ向かいに座る。皮肉な再会だった。「久しぶりだな、澪」颯太は笑った。雨の夜、わたしを三百人の前で切り捨てた、あの笑み。「氷室の妻におさまったそうじゃないか。殺人犯の娘が今度は殺人犯の妻か。お似合いだ」「ご用件を」「取引だ」颯太は一枚の書類を滑らせた。「氷室玲二の有罪を裏づける、お前の証言。妻として知り得た事実を検察に渡せ。そうすれば——」彼はもう一枚滑らせた。「お前の父親の再審に、検察は協力する。お父上の無実、証明してやってもいい」心臓が跳ねた。父の無実。七年、求め続けたもの。それが今、目の前に置かれている。玲二を売れば、手に入る。——わたしを試している。颯太の背後にいる誰かが。「ひとつ伺っても」わたしは書類に手をつけなかった。「この取引、誰の指示ですか。あなたの一存ではないでしょう、九条検事。あなたは——使われる側だ。七年前も、いまも」颯太の笑みがわずかに歪んだ。図星だった。彼もまた盤上の駒にすぎない。「最後に、ひとつだけ教えてあげる」颯太は立ち上がり、ドアの手前で振り返った。勝ち誇った顔で。慈悲のつもりの、最後の一突きで。「お前のお父さんが死んだ週。最後に面会に行った人間が誰だか知ってるか」わたしは答えを知っていた。だが聞きたくなかった。「桐生章吾だ」颯太は言った。「お前の恩師。お前の父親が獄中で"自死"した、その三日前に面会している。記録が残っている。——お前を七年間、手元で育てた、あの男がな」ドアが閉まった。わたしは椅子に縛りつけられたように動けなかった。父が死ぬ三日前、桐生は獄中の父に会っていた。何を話した。何を渡した。何を——奪った。「お父さんの無実は、わたしが必ず証明するからね」七年前、雨の中でわたしを生かしたあの言葉が今、まったく違う響きを帯びて頭の中でこだました。あれは、慰めだったのか。それとも——口を封じた男の、罪悪感だったのか。わたしは父の再審請求書を握りしめた。冒頭の「請求人」の欄に自分の名を書いた。そして証明すべき相手の名を書く欄で、ペンが止まった。七年かけて滅ぼすと決めた相手は、氷室玲二だと思っていた。違った。わたしが本当に滅ぼすべき相手の名は——「先生」と呼んで慕
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第九話昔みたいに
「行くな」玄関で、玲二がわたしの腕を掴んだ。氷の総帥の仮面が初めて、完全に外れていた。そこにあったのはただ怯えた男の顔だった。「あれは罠だ。桐生はお前に話すために呼ぶんじゃない。お前を、消すために呼ぶ」「だったら、なおさら行く」わたしは彼の手をほどいた。「七年待ったの。父を嵌めた人間と、机を挟んで座る夜を。怖いのは——あなたの方じゃない?」玲二は答えなかった。その沈黙がわたしの胸に小さな棘を残した。彼は何を知っている。何を、わたしに言えずにいる。桐生の指定した場所は彼の別荘だった。七年前、父とよく三人で訪れた湖畔の家。わたしは録音アプリを起動し、ジャケットの内側に仕込んだ。弁護士の流儀だ。証言は必ず残す。暖炉の前で、桐生はブランデーを傾けていた。昔のままの穏やかな笑み。「来てくれたか、澪」彼はもう一つのグラスを差し出した。「座りなさい。長い話になる」わたしは座らなかった。「父を、嵌めたんですね。先生」桐生はグラスを置いた。否定しなかった。その事実が刃のように胸を裂いた。「ああ」彼は静かに言った。「私がお前の父さんのアリバイを握り潰した。氷室の社印を使って、捏造の決裁を通した。——七年前のことだ」世界がぐらりと傾いた。本人の口から聞くと、こんなにも違う。「なぜ」声が震えた。「父はあなたの親友だったでしょう」「親友だったとも」桐生の目に初めて、痛みが滲んだ。「だから悔やんでいる。毎晩。——だが澪、聞きなさい。私は“命じた”んじゃない。私は“やらされた”んだ。私の頭の上には、私を駒として使う人間がいた。私が断れば、潰されるのは私だけじゃなかった。お前の母さんも、まだ子供だったお前も——」「だから父を売った、と」「だからお前を生かした」桐生は立ち上がった。「事件のあと、私はお前を引き取り、弁護士に育てた。罪滅ぼしだと思っていた。だが本当は——お前を手元で見張るためだったのかもしれん。お前が真相に近づかないように。私の罪に、たどり着かないように」慈愛と監視。七年間、わたしが受け取っていた愛情はその二つで編まれていた。吐き気がした。「父が亡くなる三日前、面会に行きましたね」わたしは絞り出した。「何を、奪ったんですか」桐生の表情が凍った。図星の、その先の図星。「……お前の父さんは最後まで諦めていなかった」彼は窓の外、暗い湖を見た。「自分を
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第十話父の遺言
「祖父だ」邸に戻ったわたしが問い詰めると、玲二は長い沈黙のあとでそう言った。逃げなかった。初めて、まっすぐにわたしの目を見て。「氷室宗玄。七年前の氷室グループ総帥。俺の祖父だ。お前の父親のアリバイを葬れと、社印を動かせと命じたのは——桐生じゃない。桐生はその手を汚しただけだ。命じたのは、俺の、血だ」部屋がぐらりと回った。「あなたは……知っていたの」声が掠れた。「最初から。わたしと契約したときから。わたしの父を破滅させたのがあなたの一族だと知っていて——わたしを妻にした」「知っていた」玲二の声は痛みで満ちていた。「祖父が死に、兄が総帥になって、兄はこの家の罪を知った。お前の父親を嵌めた一族の罪を。兄はそれを世に出して、償おうとした。氷室の名が地に落ちても、と。——だから殺された。この家の罪を、墓まで持っていくために。兄を殺したのが桐生か、桐生を使った“上”か、俺はまだ証明できない。だが兄はお前の父親と同じ真実を追って、同じ手で消された」彼は震える手で何かを差し出した。あの夜、わたしが書斎で見つけた氷室の社印の押された捜査報告書。「これを、お前にわざと見つけさせたのは俺だ」玲二は言った。「自分の一族を告発する証拠を、お前の手に握らせるために。お前がいつか俺を——氷室を、滅ぼせるように。それが、俺にできる唯一の償いだと思った」愛も要らないと言った男が、自分の血を裏切る刃を妻の手に握らせていた。「ずるい」わたしは泣いていた。怒りなのか、それ以外なのか、もうわからなかった。「滅ぼすつもりだったのに。あなたを。なのにあなたが先に、自分を差し出すなんて——そんなの、ずるいじゃない」玲二はわたしを抱き寄せようとして、止めた。触れる資格がない、というように。その手が宙で止まったまま、震えていた。わたしは、その手を取った。自分でも、なぜそうしたのかわからなかった。七年、滅ぼすと決めてきた男だ。わたしから父を奪った血の、最後の一人だ。憎むべき理由なら、両手に余るほどある。なのに——彼が自分を差し出したその瞬間から、憎しみはもう、行き場をなくしていた。「触れていいの」わたしは囁いた。「資格なんて、誰が決めるの。あなた? それとも七年前の、あなたの血?」「澪」彼の声が掠れた。「俺は——」「黙って」わたしは彼の手を自分の頬に押し当てた。冷たいと思っていた手が、
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