「よし、歌おう!」真帆子が元気よく立ち上がった。「待って!」琴子は慌てて手を挙げる。「私、八年も歌ってないんだけど?」「大丈夫!」「その自信どこから?」「琴子だから!」その言葉に思わず笑ってしまう。玲司は机の上へ一冊のファイルを置いた。「これがデビュー曲だ」琴子はゆっくり表紙を開く。そこには大きく書かれていた。『魔法のシャーベット』「タイトルも同じなんだ。」「ユニットの世界観を伝える一曲だ。」玲司は静かに説明を始める。「可愛いだけじゃない。聴いた人が前を向ける曲にする。」琴子は楽譜を見つめた。歌詞の一節が目に入る。『冷たい心も きっと溶けていく』胸がぎゅっと締めつけられる。まるで今の自分みたいだった。「歌ってみろ。」玲司に言われ、琴子はゆっくり息を吸う。震える声。最初の一音は頼りなかった。けれど。真帆子が自然とハモる。二人の声が重なった瞬間、不思議なことが起きた。歌いやすい。昔、一緒に配信していた頃の感覚が少しずつ戻ってくる。歌い終えると部屋は静かだった。「どう……だった?」恐る恐る尋ねる。真帆子は目を潤ませていた。「やっぱり琴子だ。」「え?」「この声がないと魔法のシャーベットじゃない。」照れくさくて目をそらす。その時だった。「悪くない。」玲司が短く言う。それだけ。それだけなのに。妙にうれしかった。「玲司、それ褒めてる?」真帆子が笑う。「ああ。」「もっと褒めればいいのに。」「必要ない。」「また冷たい。」雅臣が肩をすくめる。「だからモテないんだよ。」玲司は無視した。代わりに琴子へ一枚の紙を差し出す。「今後の予定だ。」そこにはレッスン、収録、配信準備がびっしり書かれていた。「えぇ……。」琴子は青ざめる。「こんなに?」「デビューまで二週間。」玲司は淡々と言う。「時間がない。」真帆子はガッツポーズをした。「青春だー!」「二十八歳だけどね。」「年齢は関係ない!」その勢いに琴子も笑ってしまう。笑った瞬間だった。玲司がふと呟く。「その顔だ。」「え?」「笑って歌ってろ。」一瞬だけ優しい表情を見せた玲司は、すぐにいつもの無表情へ戻る。「休憩終わり。」「もう!?」「レッスン再開だ。」琴子は楽譜を抱きしめた。まだ怖い。でも。も
Last Updated : 2026-07-08 Read more