司も、まさかこのタイミングで昭夫が現れるとは思っていなかった。早すぎも遅すぎもしない。まるで、自分が言い終わるのを待っていたかのような絶妙なタイミングだった。司は昭夫を見た。声がわずかに低くなる。「今日は要らないと、前に言っただろう。お前が食べて。俺は下へ行く」昭夫には、そんな指示を受けた覚えはなかった。だが、社長秘書には場の空気を読み、必要なら話を合わせることも求められる。しかも隣には若葉がいる。司が何をしたいのかは、すぐに察した。「申し訳ありません。確かに伺っておりました。私の勘違いです。社長と安藤副社長は、どちらのお店へ行かれますか?先に席を押さえておきましょうか」「必要ない」司はすぐに断った。今日は、若葉が普段どんなふうに昼を過ごしているのか、そのまま一緒に経験してみたかった。「承知しました。それでは、お邪魔にならないよう失礼いたします。何かございましたら、お申しつけください」昭夫は昼食を持ったまま、部屋を出ていった。若葉はその袋を、少し惜しそうに目で追った。司の考えていることが、やはりよくわからない。せっかくきちんと用意された昼食があるのに、それを断ってまで地下の食堂へ行こうとする人がいるのだろうか。自分なら迷わず用意されたほうを選ぶ。時間も節約できるし、いつもとは違う料理まで食べられる。もったいない。「行こうか」司に声をかけられ、若葉は我に返った。「はい」二人はオフィスを出た。使ったのは役員専用エレベーターで、中には二人しかいない。若葉は操作盤のそばに立ち、司は少し後ろにいた。「何階?」「地下1階です」若葉がボタンを押そうと手を伸ばす。その瞬間、背後から司も同じように手を伸ばした。指先が触れ、そのまま一瞬、ボタンの上で重なる。乾いた温もりが伝わり、若葉の頬が一気に熱くなった。慌てて手を引く。その拍子に後ろへ下がり、足元がふらついた。次の瞬間、背中が温かな胸にぶつかる。同時に、ほのかな香りが鼻先をかすめた。雪のあとの針葉樹と、乾いた木を思わせる清潔な香りだった。主張するほど強くはない。それでも近くにいると、確かに感じられる。司はすぐに若葉の体を支え、きちんと立てたことを確認してから手を離した。「
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