盛沢市に単身赴任して3年。安藤若葉(あんどう わかば)は初めて、安藤宗介(あんどう そうすけ)に電話をかけた。電話越しに、たった今医者から聞いた母親の椎名美津子(しいな みつこ)の病状をすべて伝えた。血液の感染症で容体は非常に不安定であり、いつ何があってもおかしくない状況だった。だから、すぐに深津市へ帰らなければならないと訴えた。だが話を聞いた宗介は冷淡に返すだけだった。「お前は医者じゃないだろう」深津市へ戻ったところで何も変わらない、と言わんばかりだった。医者でないことなんて、言われなくても若葉は分かっている。それでも、倒れたのは大切な母親だ。せめて最期の時はそばにいたい。普段は宗介の言いつけに従い、一度も逆らったことのなかった若葉だが、勇気を振り絞って言った。「お願い、看病に行かせてほしいの。数日だけお休みをもらうけれど、仕事に穴は開けない」まさか抵抗されるとは思わなかったのか、宗介は一瞬沈黙した。若葉が自分の前で反論するなど、一度もなかったからだ。しばらくして、宗介は先ほどよりさらに冷たい声で突き放した。「まだ死んでいないんだろう?」あまりに残酷な言葉に、宗介の冷淡な言動に慣れているはずの若葉も、これには耐えきれず声を上げた。「そんな言い方、あんまりよ!」しかし、宗介は彼女の怒りなど意に介さず、不快感を露わにして言い放った。「立場をわきまえろ。俺にそんな口を利く権利が、お前にあると思っているのか?」この3年間と変わらず、宗介は若葉の感情にも、若葉という人間にも、少しも関心がなかった。夫婦とは名ばかり。赤の他人よりも冷めた関係だった。若葉は分からなかった。結婚を申し込んできたのは宗介の方だ。自分が傷つき、子供が望めないと告げても、なお養子を迎えようと言ったのも宗介なのに。胸が締め付けられ、若葉は屈辱を飲み込みながらもう一度すがりついた。「お願い、宗介。私……」「いい加減にしろ」すでに我慢の限界だったのだろう、遮るように宗介が冷たく言い放つ。「若葉、俺の性格は知っているな。この話は終わりだ。深津市へ帰りたければ、安藤グループを辞めてからにしろ」宗介は容赦なく通話を切った。プツンと静まり返ったスマホを握りしめ、若葉は呼吸すらできなくなるほど胸が苦しかった。盛沢市に来てから、若葉は一度
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