佳奈の退職手続きは、驚くほど早く進んだ。事情が事情だけに、通常なら1か月ほど設ける引き継ぎ期間も、わずか3日で済ませることになった。3日後、佳奈は事務所を辞めた。それでも若葉には何も話さず、これまでと同じように朝早く家を出て、夜になってから帰宅していた。ただ、向かう先はもう事務所ではない。日中はカフェで若葉の離婚調停に必要な準備を進めながら、並行して次の職場を探していた。その日も資料に目を通していると、父親の吉川克彦(よしかわ かつひこ)から電話がかかってきた。画面に表示された名前を見た瞬間、佳奈は反射的に身構えた。実家とは年に数回連絡を取る程度だ。父親のほうから突然電話がかかってくることなど、ほとんどない。佳奈は少し迷った末、いったん着信を切り、克彦にLINEを送った。【今、忙しい。用事ならLINEで言って】ところが、送った直後から再び電話が鳴り始めた。一度切っても、またすぐにかかってくる。どうやら佳奈が出るまで諦める気はないらしい。根負けした佳奈は、仕方なく電話に出た。克彦は挨拶もせず、いきなり怒気を含んだ声で尋ねた。「今どこにいる?」その口調を聞いた途端、佳奈もむっとした。「事務所に決まってるでしょ。こんな時間に、ほかのどこにいるっていうの?」父と娘は、いつもこうだった。話し始めた途端に空気が険悪になり、気づけばまともな会話にならなくなる。昔からここまでひどかったわけではない。克彦はもともと厳格な父親で、佳奈も子どもの頃は怖がっていた。それでも以前なら、まだ普通に話すことはできていた。関係が決定的に悪くなったのは、佳奈が社会に出る頃だった。家業を継ぐよう求められても頑として拒み、克彦がどれだけ説得しても、圧力をかけても考えを変えず、弁護士の道を選んだ。それ以来、二人の関係はすっかり冷え切り、互いに用がなければ連絡もしなくなった。だからこそ、今日に限って克彦のほうから何度も電話をかけてきたことが、佳奈には不可解だった。だが克彦は、すでに佳奈が事務所を辞めたことを知っていた。それなのに、まだ誤魔化そうとする娘に腹を立て、声を荒らげた。「いつまで俺たちに嘘をつくつもりだ!もう事務所は辞めたんだろう。何が仕事中だ!」「……どうして知ってるの?」佳奈は思わず表
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