All Chapters of 妻を3年単身赴任させた夫。離婚宣告で執着?: Chapter 151 - Chapter 160

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第151話

【物流・海運分野で提携先を探しています】司はその投稿をひと目見ただけで、若葉が誰のために書いたものなのか察した。彼の知る限り、安藤グループも海運事業を手がけており、深津市ではかなりのシェアを占めている。ただ、なぜ若葉にこんなことまでさせているのか、それだけが理解できなかった。司は心の中で、あの男を軽蔑した。妻に自ら取引先を探させるなんて、なんとも情けない男だ。自分なら、若葉にそんなことは絶対にさせない。だが今の司には、何もできなかった。司は眼鏡を外し、疲れたように眉間を揉んだ。これ以上考えても仕方がないと、自分に言い聞かせる。月曜日、いつもどおりプロジェクトの定例会が開かれ、司も出席した。進捗はすべて順調で、若葉の会議運営にも非の打ちどころがなかった。それでも司は、彼女の表情に疲れと心労の色を見て取った。やはり、あの件が相当こたえているのだろう。会議が終わると、司は若葉に執務室へ来るよう告げた。若葉は一瞬、自分の耳を疑った。驚いたのは彼女だけではない。その場にいた全員が、司のやり方をよく知っていた。彼が誰かを執務室へ呼び出すことはめったになく、呼ばれるとすれば、重大なミスを犯して厳しく責任を問われるときくらいだった。軽ければ叱責、重ければ即刻解雇。皆、よほどのことがない限り、司の執務室には呼ばれたくないと思っている。そのため、周囲は一斉に同情の目を若葉へ向けた。中には面白がっている者もいて、とりわけ修司はそれを隠そうともしなかった。司に続いて執務室へ入った若葉も、どこか落ち着かなかった。なぜ呼ばれたのか、まるで見当がつかない。しかも部屋に入ってからも、司は何も言わず、黙々と茶を淹れている。不安は募る一方だった。地位の高い上司ほど感情を表に出さず、部下とのやり取りでは心理戦にも長けている。以前、そんな話を聞いたことがある。何も言わずに茶を淹れたり、植物の手入れをしたりするのも、何気ない仕草で相手を焦らせ、平常心を乱すためなのだという。そう考えれば考えるほど緊張は増し、若葉は何度も司の様子をうかがった。だが、若葉がそこまで考え込んでいるとは、司は夢にも思わなかった。彼女が疲れて見えたから、茶でも飲めば少しは気が休まるだろうと思っただけだった。茶を淹れ終え、司が差し出すと、若葉は不
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第152話

こんな一面を知っているのは、自分だけなのかもしれない。そう思った途端、司の胸はざわめき、もっと見ていたいという気持ちを抑えきれなくなった。この時間を少しでも引き延ばしたくて、わざと尋ねた。「君を呼んだのは、なぜだと思う?」そう問いかけるのを口実に、司は目の前の整った顔を遠慮なく眺めた。丸みを帯びた頭の形に、すっきりとした眉と目。琥珀色の瞳に、きれいに通った鼻筋。ふっくらとした唇も愛らしい。触れたら、どんな感触がするのだろう。さらに視線を下げる。今日の若葉は淡い黄色のVネックセーターを着ていた。ゆったりとした作りでも、その下のラインはかすかにうかがえる。「社長、社長……」呼びかけられて我に返り、司は軽く咳払いした。「ああ。今、何と言った?」若葉が口にしたのは、思い当たる理由ただけだった。「私をお呼びになったのは、プロジェクトのことでしょうか。何か問題がありましたか?」「いや。君はきちんと管理できている。何の問題もない」「では、土曜日にご案内できなかったからですか?」「そんなことで腹を立てるほど狭量ではない」ほかのことなら、自分でも心が狭いと思うことはある。だが、今回の理由はそれではなかった。「では、何でしょう?」どうしても答えが思いつかず、若葉は困ったように眉を寄せた。ほんのささいな仕草なのに、司にはたまらなく愛らしく見えた。これ以上困らせるのが忍びなくなり、穏やかに促す。「もう少し考えてみて。君にも思い当たることがあるはずだ」少しでも気を配れば、その声も眼差しも普段とは比べものにならないほど優しいと気づいたはずだ。だが若葉は答えを探すことに夢中で、まるで気づかなかった。「すみません。本当にわかりません」「謝らなくていい。君がSNSに載せた投稿のことだ」その言葉で、若葉はすぐに思い当たった。佳奈の両親のために、取引先を探す投稿をしたのだ。あれが仕事に差し障るとでも思われたのだろうか。明和バイオでは、そうした投稿が禁じられているのかもしれない。しかも投稿したとき、司には見えないように設定するのを忘れていた。「社長、申し訳ありません。明和バイオで禁止されているのでしたら、すぐに削除します。今後は投稿を控え、業務に支障が出ないよう気をつけます」司は困ったように言っ
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第153話

自分から尋ねておきながら、答えを聞いた途端に腹が立つ。腹が立たないはずがなかった。若葉はあの男を、人生でいちばん大切な人の一人だと言い、二人の間には遠慮もないと言ったのだ。聞いているだけで、今すぐあの男をこの世から消してしまいたくなる。だが、そんなことはできない。法的に彼女の夫なのはあの男で、自分はいったい何者だというのか。しかも若葉は、あの男を深く愛している。司の心は、真っ二つに引き裂かれていた。一方では、いっそ気持ちを打ち明け、権力でも金でも使って彼女を奪ってしまえと叫んでいる。本気でそうしようと思えば、誰にも止められない。だがもう一方では、人を愛するというのは、そういうことではないと自分を戒めていた。若葉を尊重し、理解し、彼女が幸せでいてくれればそれでいい。同僚でも、友人でも、たとえ最後まで他人のままでも構わない。彼女が幸せになれるのなら、それでいいのだと。司は長い間、口を閉ざしていた。若葉も声をかけることができず、黙って彼を見つめていた。やはり、目の前の人は驚くほど格好いい。肩幅が広く、脚も長く、品もある。とりわけ黙っている今は、冷ややかな威圧感さえ漂っていた。少し怖いとは思うものの、禁欲的な色気がいっそう際立っていることも認めざるを得ない。社内の若い女性たちが、彼の子供を産みたいと騒ぐのも無理はなかった。自分も、もしかすると……「もういい。戻ってくれ」突然の言葉に思考を遮られ、若葉はきょとんとした。「もう戻ってよろしいのですか?」「ああ」司は背を向け、もう彼女を見ようとしなかった。これ以上見ていたら、やり場のない苛立ちも、抑えきれない欲も、ますます膨らんでしまいそうだった。「ですが、何のために私をお呼びになったのか、まだ伺っていません」「大した用ではない。少し話したかっただけだ」とはいえ、話したのはSNSの投稿について、ほんの数言だけだった。若葉には最後まで意図がわからなかった。それでも、もともと人の心をむやみに詮索する性格ではない。深くは追及せず、一言断って部屋を出た。25階へ戻ると、同僚たちが一斉に集まってきた。全員、若葉が叱られたものと思い込んでいるらしく、踏み込んだことは言わず、気にするなと遠回しに慰めてくる。大勢から一度に声をかけられ、説明するタイミングを
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第154話

司が遮った。「そこまで手間をかける必要はない。ちょうど、すぐに組めそうな相手がいる」司から渡された情報をもとに、昭夫はすぐに手配を進めた。確かに海運業務の提携先を探している企業があったが、社名は司の言っていた安藤グループではなかった。深津市にある別の企業で、代表は吉川という人物だった。それを報告するとき、昭夫は少し身構えていた。調査が不十分だと責められるかもしれない。ところが司の反応は、まるで予想外だった。情報が食い違っていたことに苛立つどころか、どこか浮き立ち、興奮しているようにさえ見えた。昭夫には理解できなかったが、司も説明する気はなかった。そのまま話を進めるよう命じると、手を振って退室を促した。昭夫が出ていった途端、司は喜びを抑えきれなくなり、執務室の中を何度も行き来した。若葉が助けようとしていたのはあの男ではなかったのだ。ならば、彼女が言った「人生でいちばん大切な人」も、「私たちの間に遠慮なんてない」という言葉も、あの男を指していたわけではないのか。急に胸のつかえが取れた。そうであるなら、もう少し踏み込んで考えてみてもいいのではないか。若葉とあの男の関係は、実のところ、自分が思っているほど良くないのかもしれない。いずれにせよ、わずかでも希望が見えた。話はすぐに伝わり、ほどなく佳奈の耳にも入った。今は毎日外へ出る必要もなく、自宅で求人に応募している。そのため若葉が仕事から戻ると、すぐに朗報を伝えた。「本当?」若葉も声を弾ませて確かめた。「じゃあ、お父さんの会社はもう大丈夫なの?宗介と交渉する必要もなくなったってこと?」「そう!」佳奈は今にも飛び跳ねそうなほど喜んでいた。「父の会社と組んでくれたの、どこだと思う?」「そんなの、わかるわけないでしょう」若葉は笑った。「全国どころか、深津市だけでも会社はいくらでもあるのよ。わからないから、教えて」「若葉なら当てられるよ」佳奈はヒントを出した。「よく知ってる会社で、縁も深いところ」若葉と縁の深い企業は二つしかない。一つは安藤グループだが、そこは真っ先に除外できる。となれば、残るのは……「まさか、明和グループ?」「正解!若葉、やっぱり頭いいね」答えをほとんど教えておいて、何が頭がいいのだろう。若葉は褒め言葉
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第155話

同じ頃、宗介のもとにも知らせが届いていた。克彦の会社と提携する企業が現れたことまではわかっていたが、社名までは判明していない。宗介はすぐ秘書に調べさせた。深津市のどの企業が克彦に手を貸し、自分に逆らおうとしているのか、確かめるつもりだった。調査結果はすぐに出た。宗介はどうせ身の程を知らない中小企業だろうと高をくくり、すでに法務部を動かす算段まで立てていた。ところが「明和グループ」という名を聞いた瞬間、その場で固まった。「俺の知る限り、明和グループの海運事業は深津市に進出していない。なぜ突然、吉川の会社と組むことになった?」機嫌の悪さを察した秘書は、息を潜めるように答えた。「新規事業だと聞いております」「新規事業?」安藤グループを選ばず、深津市最大手の企業とも組まず、自分たちより知名度も実力も劣る会社を選ぶ理由が、宗介には理解できなかった。克彦と明和グループの宮本社長には、個人的なつながりでもあるのだろうか。しかし、それも考えにくい。宮本社長は冷淡で人づきあいを好まず、私的な集まりにも一切顔を出さないと聞いている。だからこそ宗介も、これまで面会の約束すら取りつけられずにいた。さらにいくつか尋ねてみたものの、秘書から有用な情報は得られない。宗介は手を振って退室させた。一人になると、考えれば考えるほど腹が立った。深津市のほかの企業が相手ならまだしも、明和グループでは、うかつに手を出せない。つまり、若葉を縛るための大きな材料を一つ失い、これまでのように思いどおりに動かせなくなったということだ。苛立ちが収まらず、仕事を終えた宗介は聡たちを酒に誘った。聡は初めこそ宗介に味方し、仕返しを手伝うと息巻いていた。だが相手が明和グループだと知った途端、黙り込んだ。明和グループの実力も、最近の深津市でどれほど存在感を増しているかも、彼らはよく知っている。ただ、なぜ吉川家と組んだのかだけは、誰にも見当がつかなかった。いちばん突飛なことを考えそうな聡が口を開いた。「もしかして、吉川家には本当に何かすごい技術でもあるんじゃないか?」「あり得ない」宗介は即座に否定した。吉川家の海運事業も決して悪くはないが、安藤グループには及ばない。技術力も保有する特許も、安藤側が上のはずだった。聡は頭をかきながら、別の可
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第156話

宗介が黙ったままでいると、それまで口を挟まなかった和之が冷ややかに言った。「冗談でも、いい加減にしろよ」佳奈の話が出た瞬間、和之の脳裏には、華やかで気の強そうな顔が浮かんでいた。笑えば若々しく、はつらつとしている。彼女をこんなふうに陰で品定めするべきではないと、なぜか思った。突然たしなめられた聡は納得がいかず、言い返そうとした。そこで拓真が間に入った。「もういい。他人の話はやめて、飲もう」だが宗介は、すっかり興をそがれていた。自分から声をかけた集まりなのに、誰よりも飲む気をなくしている。「先に飲んでいてくれ。少し席を外す」本当は、自分がなぜこれほど苛立っているのか、宗介自身がいちばんよくわかっていた。商売のことなど、どうでもいい。一つ機会を失ったところで、ほかはいくらでもある。腹立たしいのは顔を潰されたことだった。そして何より、これから若葉を思いどおりにできなくなることが我慢ならなかった。苛立ちを抱えたまま歩いていると、少し先に華奢な後ろ姿が見えた。酒に酔っていた宗介は、それを若葉だと思い込み、ためらいもなく追いかけた。追いつくなり手首をつかみ、冷たく言い放った。「ここで何をしている。お前が来るような場所か?」相手が振り向いた瞬間、宗介は凍りついた。若葉ではない。それどころか、顔は少しも似ていなかった。後ろ姿がわずかに似ていただけだ。我に返った宗介は、女性の手を放した。「すまない。人違いだ」突然腕をつかまれた女性は不機嫌そうな顔をしていたが、相手が容姿の整った男だとわかると、途端に声を弾ませた。「だ、大丈夫です。人違いしたのも何かの縁かもしれませんし……よかったら、LINEを交換しませんか?」「必要ない」宗介は背を向けた。女性が追いすがる。「ねえ、待って……」「失せろ」席に戻った宗介は、それきり何も話さず、ひたすら酒をあおった。店を出る頃には、まともに意識を保てないほど酔っていた。運転手が自宅まで送り届けると、涼香が外へ迎えに出た。宗介の姿を見て、彼女も驚いた。記憶にある限り、少なくともここ10年は、宗介がここまで泥酔したことなどない。仕事の付き合いでも、酒に飲まれるような立場ではない。私生活でも、ここまで飲む理由などなかった。それだけに、涼香は今回の泥酔
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第157話

腹立ちまぎれに、涼香は固定電話から若葉へ電話をかけた。若葉はここ数日、佳奈の父親の件で何本も電話を受けていた。その番号を見たときも、また誰かが連絡してきたのだろうと思い、特に気にせずそのまま電話に出た。ところが、つながった途端、受話器の向こうから涼香の甲高い声が飛んできた。「若葉さん、ほんと大したものね。安藤グループを辞めたあとまで、宗介につきまとってるなんて」若葉は、呆れてものも言えなかった。こんな夜中にわざわざ電話をかけてきて、いったい何を言い出すのか。そもそも、自分のどこが宗介につきまとっているというのだろう。こちらは一刻も早く縁を切りたいと思っているくらいなのに。「頭おかしいんじゃない?」それだけ言って、若葉は電話を切ろうとした。だが涼香は、なおもしつこく食い下がった。「私の前では涼しい顔してるくせに、裏で宗介に会ってないって言い切れるの?」若葉は最近、確かに宗介と一度会っていた。とはいえ、自分から望んだわけではない。半ば無理やり会わされ、話をしただけだ。ただ、今の涼香の様子を見る限り、そのあたりの事情までは知らないらしい。そう察した若葉は、わざと彼女を刺激するように返した。「会ったけど。それが何?」「やっぱり会ってたのね!」涼香の怒りは、一気に燃え上がった。「宗介と何を話したの?」若葉は、取り乱す彼女とは対照的に、淡々と答えた。「そんなに気になるなら、自分で本人に聞けばいいでしょう」「調子に乗らないで!」涼香の声には、露骨な敵意がにじんでいた。「私と張り合いたいなら、その前に自分を見たら?家柄なら私のほうが上。見た目だって私のほうがいい。仕事でも、今の私は安藤グループで一番評価されてるプロジェクト責任者よ。それに、今は安藤グループと明和バイオの新規プロジェクトを任されてる。明和バイオって知ってる?どれだけ大きな会社かわかってる?そことうちが組むって、どういう意味かわかる?」立て続けに自分の優位を並べ立てれば、若葉もさすがに身の程を知って引き下がるだろう。涼香はそう思っていた。ところが、若葉はただ薄く笑っただけだった。「何がおかしいの?」「別に」若葉は説明する気にもなれず、冷ややかに言った。「誰もがあなたみたいに、クズに興味があると思わ
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第158話

「わかった」若葉はきっぱりと言い、それ以上は何も言わなかった。「じゃあ、せいぜい気をつけて」そう言い残し、そのまま電話を切った。一方、通話が切れた音を聞いた涼香は、怒りで爆発しそうになった。幼い頃から、ここまで顔を潰されたことなど一度もない。まして相手は、これまでずっと見下し、眼中にも入れていなかった若葉なのだ。寝室へ戻り、ベッドで眠る宗介を見ると、今すぐ叩き起こして事情を問いただし、二度と若葉に気持ちを向けないと約束させたい衝動に駆られた。だが、結局それはできなかった。自分と宗介の関係がどんなものか、涼香自身がいちばんよくわかっている。子供もいて、彼にも大切にされている。一見すれば、自分が主導権を握っているように見える。だが実際は、何もかも宗介の掌の上だった。いつか彼がそのすべてを取り上げてしまえば、自分には何も残らない。そんなことだけは、絶対にあってはならなかった。翌日、宗介が目を覚ましても、涼香は昨夜のことにはひと言も触れず、何事もなかったかのように世話をした。むしろ後ろめたさを覚えていたのは宗介のほうだった。昨日は酔ってからずっと、若葉のことが頭から離れなかった。酔った勢いで、何か口走ってはいないだろうか。そこで何気ないふうを装い、尋ねた。「昨日、酔ってから何か言ってなかったか?」涼香は一瞬、動きを止めた。だが宗介と揉めるつもりはなく、すぐに笑みを浮かべた。「何も。酔ってても静かに寝てたわ」「そうか」宗介はほっとしたようだった。昨日、明和グループと吉川家の提携を知ったこともあり、そのまま涼香に尋ねた。「明和バイオとの案件は、最近どうなっている?」「心配しないで。全部順調よ。もう選定は通ってるから、あとは予定どおり進めるだけ」「この案件は重要だ。しっかりやれ」言われるまでもなく、涼香はそのつもりだった。今の彼女が胸を張って示せる実績は、この案件くらいしかない。成功させれば、今後の人脈づくりにも評価にも、大きな追い風になる。「わかってる。この案件は最後まで私が直接見るわ。絶対に成功させて、安藤グループを代表する実績にしてみせる」「わかった。君なら任せられる。何か必要なら遠慮なく言え」「案件については、今のところ何もないわ」涼香はわざと少し間を置いてから
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第159話

宗介はそれ以上何も言わず、短く「ああ」とだけ答えた。食事を終えると、二人は一緒に出勤した。車の中で、涼香の携帯が鳴った。修司からだった。彼から電話がかかってくるときに、ろくな用件はない。どうせまた明和バイオとの案件で何か問題が起き、対応を急かしてきたのだろう。宗介の前でそれを悟られたくなかった涼香は、着信を切った。ところが修司は空気も読まず、すぐにかけ直してきた。「出なくていいのか?何度もかけてくるなら、急ぎの用なんだろう」宗介にそう言われ、涼香も無視するわけにはいかなくなった。「すぐ出るわ」通話ボタンを押すと、取り繕うように丁寧な声を出した。「小野寺さん、朝早くから何かあったの?」電話の向こうの修司は、突然よそよそしい呼び方をされて面食らった。これまでの涼香は、彼を怒鳴りつけることこそあっても、こんな口調で話したことなど一度もない。あまりにも不自然だ。そばに誰かいて、いつものように話せないのだろう。そう察したものの、今はそれどころではなかった。出社して早々、若葉からメールが届いたのだ。安藤グループが提出した事業計画書にまた不備があり、すぐに修正しなければ案件の進行に支障が出ると書かれていた。修司も放っておくわけにはいかず、すぐに涼香へ電話した。ただし彼なりに気を回し、事情を露骨には口にせず、必要な対応だけを伝えた。それでも「修正」という言葉を聞いた途端、涼香は声を荒らげた。「え?また直すの?これで何度目よ。あの人、いつまでこんなこと続ける気なの?」言い終えてから宗介が隣にいることを思い出し、慌てて怒りを押し殺した。「わかったわ。修正箇所を送って。会社に着いたらすぐ対応するから」電話を切ると、涼香が取り繕うより先に宗介が口を開いた。「明和バイオとの案件か?」別の理由でごまかすつもりだった涼香も、そこまで見抜かれては諦めるしかなかった。「ええ、そうよ」ただし、事情をすべて正直に話したわけではない。自分に都合のいいように話をすり替えた。「明和バイオに新しく来た副社長、本当に話が通じないの。大した実力もないくせに、粗探しばかりして。計画書には大きな問題なんてないのに、難癖をつけて何度も直させるのよ。これまでいろんな案件を担当してきたけど、あんな人は初めてだわ」詳しい事情を知らな
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第160話

宗介はそんな様子を見て、それ以上は無理強いしなかった。「なら、君はもう手を引け。俺が自分で会う約束を取りつける」ちょうど宗介も、その副社長がどんな人物なのか興味を持っていた。「本当に?」涼香にしてみれば、厄介事を一刻も早く手放せるなら願ったりかなったりだった。「ああ。言ったことを翻すつもりはない」「宗介、やっぱりあなたがいちばん優しいわ」涼香は嬉しそうに彼の胸へ飛び込んだ。宗介は思わず身をこわばらせた。いつからか、彼女に触れられることさえ煩わしく感じるようになっていた。それでも肩に手を添え、軽く叩く。「もうすぐ会社だ。ちゃんと座れ」修司は涼香との電話を終えると、すぐに若葉にも連絡した。指示は伝えたので、あとは安藤グループからの返答を待つだけだと報告する。若葉と仕事をするようになってしばらく経ち、修司もすでに彼女のやり方を理解していた。気が進まなくても、やるべきことはやらなければならない。そうしなければ、結局もっと面倒なことになるだけだ。電話を受けたとき、若葉は案件の資料に目を通していた。余計なことは言わず、短く「わかりました」とだけ答えた。今回の修正指示も、私怨から出したものではない。安藤グループの計画書に記載された工程には、実際に問題があった。若葉は仕事と私情をきっちり分ける性格だった。そうでなければ、そもそも安藤グループを選定に通してはいない。とはいえ、まったく私情がなかったわけでもない。本来なら、この程度の計画書を副社長である若葉自身が一つひとつ確認する必要はなかった。部下に審査を任せ、重要なポイントだけ把握しておけば十分だ。だが涼香が何かにつけてこの案件を見せつけてくるのだ。そこまで自慢されては、せっかくなので自分も特別に目をかけてやろうと思っただけだった。ひととおり片づけると、若葉は別の仕事に意識を切り替えた。仕事に取りかかると、若葉は驚くほど集中する。食事など最低限の用事以外では、ほとんど手を止めない。気づけば外はすっかり暗くなり、とうに退勤時刻を過ぎていた。今日は雪になると天気予報で言っていたことを思い出し、窓の外を見る。案の定、白い綿毛のような雪が舞い、地面にはうっすらと積もっていた。今帰っても渋滞に巻き込まれるだけだ。若葉は席へ戻り、そのまま仕事を続
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