All Chapters of 婚約破棄されたら、イケメン御曹司に拾われました: Chapter 11 - Chapter 19

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甘口ワイン

「どうぞ」店に着くと、桐生は助手席のドアを開け、私をエスコートした。その姿は様になっており、思わず見惚れてしまった。「ありがとうございます」「こちらです」桐生は店のドアを開けた。桐生のレディーファーストはいつも完璧だ。だからこそ、私は不安になった。桐生は女性の扱いに慣れている。このルックスと財力を持ち合わせている彼を世の女性が放っておくわけがない。「知英さん?」「あ、すみません」「大丈夫?」「はい」私は心の中に芽生えた感情を無理やり飲みこんだ。面倒な女にはなりたくない。桐生の前では彼の理想の女性でいたい。「いらっしゃい」「マスター久しぶりです」「桐生くんか。いつもの席でいいかな?」「はい」私はマスターに案内された窓際のテーブル席に、桐生と向かい合って座った。小さな酒場だけれど落ち着いた雰囲気の店内が私はすっかり気に入った。「お店素敵ですね」「この店は僕の特別な場所なんです。だから、今まで誰も連れてきた事がありません」「特別な場所に私を?」「特別な場所だからです。僕のことを知って欲しいと言ったでしょ?」桐生は私の目を見て優しく微笑んだ。桐生に見つめられると胸の奥が熱くなる。私は恥ずかしさのあまり目を逸らした。「ははっ、知英さんは可愛いですね」「もう!//」「照れた顔も可愛いですよ」「桐生さんって、時々、意地悪ですよね/」「そうかな?構いたくなるんです。知英さんにだけ」「だからそういう所ですよ。私だからいいですけど、他の女性に言ったら勘違いされますよ」「勘違い?」「分かってて言ってますよね?」「いや、分からないから聞いてます」桐生は試すような目で私を見た。残念ながら、私は駆け引きができる程、恋愛経験を積んでいない。この場合、なんと言えば正解なのだろう。きっと、どんな答えでも桐生には敵わないのかもしれない。「だから……」「ん?」「ずるい」「僕も知英さんを振り向かせるために必死ですから」結局、私は何も言えなかった。言えないどころか桐生の一語一句に動揺し、私は頬が熱くなるのを感じた。「お待たせしました」ちょうどその時、マスターが私たちのテーブルにワインを運んできてくれた。「いつものでよかったかな?」「もちろんです。ありがとうございます」「それではごゆっくり」桐生はマスターからワインを受け取ると、
last updateLast Updated : 2026-07-17
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特別な場所

「知英さん、こちらもどうぞ」桐生はテーブルに運ばれてきた料理を取り分けてくれた。「ありがとうございます」「マスターの作る料理はどれも絶品なんです。特にこのイベリコ豚のカルピオーネとワインとの相性は最高です」「カルピオーネ?」「甘酢漬けのことです。知英さん、酸っぱいものは平気ですか?」「はい。大好きです」「良かった」桐生は私を見て、微笑んだ。私は料理を一口口に運んだ。口の中にさっぱりとした酸味が広がった。桐生の言う通り、甘口白ワインによく合う。「美味しいです。とっても!」「知英さんって、本当に美味しそうに召し上がりますよね」「そうですか?」「はい。昨日の夕食の時も幸せそうな表情をしてました」「お恥ずかしい/」「僕は好きだな。美味しそうに食べてくれるひと」「もう!/褒めても何も出ませんからね//」「こうして向かい合って食事が出来るだけで僕は幸せです」まただ。桐生の言葉に何も言い返せない。その代わり、私の頬は熱くなった。鏡がないので分からないが、きっと、私の顔は真っ赤になっているだろう。それも全部桐生のせいだ。桐生は私の心を容赦なく掻き乱してくる。先程、優一と決別したばかりだというのに。今まで私は自分自身のことを、感情に流されない理性的な人間だと思っていた。しかし、実際は違ったようだ。桐生によって、私も知らなかった自分の一面を思い知らされた。いっその事、言葉にできない感情を桐生にぶつければいいのではないか?そんな事が脳裏をよぎった。トゥルルルル……その時、私のスマートフォンが容赦なく着信音を鳴らした。着信元を確認した私は青ざめ、小刻みに震えた。身体に力が入らなくなった私は、テーブルにスマートフォンを落とした。桐生はディスプレイに表示された名前を確認すると、表情一つ変えずに通話ボタンを押した。「お前のせいだ!知英!!お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだ!!お前さえ居なければ。知英、お前だけのうのうと生きるなんて許さない!」電話口から漏れ聞こえる怒号を聞きたくなくて、私は両耳を塞いた。やっと優一から解放されたと思ったのに。私はまだ優一に人生を邪魔されるのか?私は絶望した。すると、桐生は震える私の肩をそっと抱いて、ドスの効いた声で静かに言い放った。「話は以上か?」「お前……桐生か?」「だったらなんだ?」「知英に代われ」「嫌だ
last updateLast Updated : 2026-07-19
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シンデレラの決意

店を出ると、桐生の車の前に、スーツを身につけた細身の男性が立っていた。「おかえりなさいませ。桐生社長」男性は後部座席のドアを開けた。「知英さん、先にどうぞ」「ありがとうございます」私は桐生に促され、後部座席の右側に座った。そして、私の隣に桐生が座った。未だに至近距離で桐生を見られない。私は視線を泳がせた。ちょうどその時、スーツの男性が運転席のドアを開けた。そして、運転席に座り、シートベルトを締め、ゆっくりと車を発進させた。「彼は僕の秘書の芹沢です。的場の件は、芹沢にも話してあります。勝手に申し訳ない」「桐生さんの仕事にも関わることですから。謝らないでください。むしろ、桐生さんにも芹沢さんにもご迷惑をお掛けして申し訳ございません」すると、今まで私と桐生の話を黙って聞いていた芹沢が口を開いた。「桐生社長、桜井様も社長のご自宅にお送りすればよろしいでしょうか」「ああ。頼む」「承知しました」私は平然と会話を交わす桐生と芹沢を交互に見た。桐生が私のことを案じてくれていることは重々承知だ。しかし、私の心の準備がまだできていなかった。「あの……私、本当に桐生さんのご自宅に?」「はい、そのつもりです」「桐生さんと二人きりですよね?」「そうですね、一人暮らしなので」私は決心がつかず、俯いた。本当は分かっている。桐生と一緒に居る時間が増えれば増えるほど、私の中で彼が特別な存在になっていくことを。私は大切な人ができることが怖いのだ。裏切られ、捨てられるくらいなら、私はひとりで生きることを選ぶ。「僕を信じてください。的場のことがあって男を信じられないかもしれない。だけど、僕は的場とは違う。僕に知英さんを守らせてください。お願いします」桐生は、私から目を逸らすことなく訴えかけた。桐生は私にとっての王子様だ。ボロボロだった私に綺麗な服を与え、前を向いて歩くための靴をくれた。恋人に虐げられていた私をその闇から救い出し、真っ直ぐに愛を伝えてくれた。私の人生で桐生と出会えた事は奇跡だと思う。王子様を好きになったとしても、シンデレラは不幸にはならない。むしろ、王子様の愛でシンデレラは幸せになれる。その幸せを掴み取る権利は私にもあるはずだ。私は一歩前に進むことを決意した。「よろしくお願いします」「こちらこそ」桐生は私の両手に自分の両手を重ねた。私はこの手に何
last updateLast Updated : 2026-07-20
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新たな始まり

「知英さん、こちらです」「はい」桐生は私の手を握ったまま、マンションのエントランスに足を踏み入れた。そこは、大理石を基調とした高級感溢れる空間が広がっていた。すると桐生に気づいたフロントのコンシェルジュが声を掛けた。「おかえりなさいませ。桐生様」「こんばんは。お疲れ様です。知英さん、こちらへ」「はい」私は桐生に促され、コンシェルジュと向き合った。「これから、彼女が僕の家に出入りすると思いますので、よろしくお願いいたします」「承知致しました。お連れ様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」「桜井知英と申します」「桜井知英様ですね。私、コンシェルジュの木村と申します。御用があればお気軽にお申し付けください」「ありがとうございます」私は木村と名乗るコンシェルジュに会釈した。どうやらこのマンションでは、24時間体制でコンシェルジュが常駐しているようだ。「そろそろ行きましょうか。高層階専用のエレベーターはこの奥になります」「はい」桐生と出会わなければ知ることのなかった世界が目の前に広がっている。私には到底、手の届くことのない場所に桐生は連れて行ってくれる。だが、その度に私は、自分の存在の小ささを実感する。「知英さん?気分わるい?」「あ、いえ……えっと」「落ち着いて」「色々と圧倒されてしまって……」ちょうどその時、桐生の部屋へと続くエレベーターがやってきた。「知英さんは、僕の良さってなんだと思う?」桐生の問いかけに、私は頭に浮かんだ言葉を口にした。「ひとの痛みがわかるところ」「やっぱり、思った通りだ」「どういうことですか?」「知英さんは僕自身を見てくれる」桐生が私に微笑んだタイミングで、エレベーターの扉が開いた。桐生の部屋は最上階の30階にある。桐生は決して、私の手を離そうとしなかった。部屋の前に着くと、桐生はスーツのポケットから鍵を取り出し、玄関の扉を開けた。「待って、桐生さん/」広々とした薄暗い玄関で、桐生は私を壁に追い詰めた。暗がりの中、お互いの吐息だけが響く。私も桐生も大人だ。このままキスをしても何ともない。と前なら思えただろう。しかし、今は桐生に触れたら私の感情が彼に持っていかれてしまう。「すみません、部屋はこちらで……」桐生が私から離れようとした。それが無性に寂しかった。あろうことか、私は桐生の腕をひ
last updateLast Updated : 2026-07-21
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触れあう体温

「そろそろリビング行きましょうか」「そうですね」私は綺麗に整頓された革靴の隣に、桐生からのプレゼントの靴を並べた。「お邪魔します」桐生は私に微笑みかけ、私の右手を握った。「足元、気をつけて」「はい、ありがとうございます」桐生に繋がれた手が熱い。そして私はふと気づいた。私と桐生は今さっき恋人になった。ここは恋人の自宅。私も桐生も子供じゃない。だけど、桐生に限ってそんなことは……いや、先程キスもした。最近、そういう機会がなかった私は、ひとり思考を巡らせた。「知英さん?どうかした?」「あ、いえ、なんでもないです」「それならいいのだけど。これからは僕に何でも遠慮なく言って欲しい」桐生は私と向き合い、目線を合わせて言った。真剣な桐生の表情を見た私は、邪なことを考えた自分を恥じた。「桐生さん、ありがとう」「どういたしまして」桐生は私に微笑んだ。こんなにも完璧な人が私の恋人だという事実が信じられない。だから私は実感したかった。私は桐生の胸に飛び込んだ。「桐生さん、好きです」「うん、僕も好きだよ」桐生は私の髪を優しく撫でた。その感触が心地よくて、私は上目遣いで桐生を見た。桐生は私と目が合うとすぐに逸らした。桐生の様子がどこかおかしい。「桐生さん、私、何かしましたか?」「無自覚にも程がある」「え?」桐生は私を抱き抱え、リビングのソファーまで来ると、私を組み敷いた。桐生の吐息を間近で感じる。桐生は苦しそうに私を見つめていた。「知英さん、嫌なら僕を突き飛ばしてください」「そんなことしません」私は微笑むと、桐生の首に両腕を回した。桐生に触れられて嫌なはずがない。「大切にします。知英さんのこと」「はい」桐生はガラス細工かのごとく、私の全身にそっと触れた。桐生に触れられた所が熱い。こんなにも大切に扱われたことが今まであっただろうか。恥かしいような、もどかしいような私は初めての感覚に酔いしれた。「身体辛くない?」「はい/」火照った身体を鎮めたいのに、桐生がそれを許さなかった。だけど、私は幸せだ。好きな人に愛され、求められ、ひとつになる。こんなにも生きてることを実感する瞬間はない。「知英さん、可愛い」「あんまり見ないで//」「嫌だ。全部みたい」「さっき、見たでしょ?/」「足りない」逃げ場を無くした私は、両手で顔を隠した。これ
last updateLast Updated : 2026-07-22
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名前を呼んで

この数日間は、私にとって夢のような時間だった。あの日、婚約者に捨てられなければ。あの夜、雨が降らなければ。あのホテルで、桐生がお見合いをしなければ。私が桐生と出会うことはなかったかもしれない。「あ、着替えないと」私はつい物思いにふけってしまい、今、自分が何も身につけていないことをすっかり忘れていた。私はゆっくり起き上がると、床に散乱した服の中から下着とワンピースを拾った。急がなければ、桐生がバスルームから戻ってくる。私は立ち上がり、ワンピースを身につけた。「あと少しでお風呂沸くよ」「あ……」間に合わなかった。私が背中のチャックに苦戦していると、桐生が私の背後に立った。「髪、絡まったら大変」桐生はゆっくりとチャックを閉めた。桐生の指が背中に触れる度、身体の奥がゾクッとする。私はそれを悟られまいと平常を装った。「はい、できた」「ありがとう」「本当にこのワンピースよく似合ってる」「でも、今までは着る勇気がなかったの」「どうして?」私は振り返り、桐生と向き合った。「私なんかに似合うわけないって」「そんなことなかったでしょ?」「はい」「知英さんは綺麗だよ。初めて会った瞬間から僕はあなたに惹かれてた」桐生は私の頬にそっと触れた。桐生の体温を感じると安心する。だからもっと触れて欲しいと思う私がいた。「桐生さん」「どうした?」「……//」いざ、尋ねられると恥ずかしさが勝り、何も言えなくなってしまう。「なんでもないです。それより、お風呂が沸いたみたいですよ」「そんなに顔を真っ赤にしてるのに、なんでもないことないでしょ?」「だからこれは……//」「それから敬語に戻ってる」「だって……/」桐生の顔が至近距離まで近づいてきた。私は後ずさった。しかし、桐生は近づくことをやめず、私は逃げ場を失った。桐生は私を壁に追い詰めると私の顎に手を添えた。「知英ちゃん、言ってみて?」私は目を見開いた。耳元で囁かれ、その美しい顔面を至近距離で拝まされ、私の思考は停止した。「……キスして欲しいなと」私は何を言ってるのだ。桐生にいつでも触れてほしいと思っているなんて、知られるわけにはいかない。桐生が幻滅したらどうする。今度こそ私は生きていけない。「あ、あの、だからこれは……/んっ//」弁解する間もなく、桐生は私の唇にキスをした。私も桐生の首に
last updateLast Updated : 2026-07-23
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桐生の心

「知英ちゃん、お風呂沸いたから先にどうぞ」「ありがとう」「着替え、僕の服でいい?」「借りていいの?」「もちろん。明日、知英ちゃんの家に荷物を取りに行こう」桐生は私にバスタオルと着替えを渡しながら言った。綺麗に畳まれたTシャツには、某高級ブランドのロゴが刺繍されていた。プレゼントしてくれたワンピースといい、私では手が届かないものばかりだ。「明日は仕事がお休みだから、私、自宅に行ってくるね。翼さん、仕事忙しいだろうし」「一人で行くつもり?」「はい。昼間だから人目もあるし」なにより、桐生に迷惑をかけたくない。恋人になったとはいえ、頼りっぱなしはよくない。自分でできることは自分でしたい。「だめ。一緒に行く」「でも……」「知英ちゃん、僕に迷惑かけたくないって思ってるんでしょう」「はい」「だと思った。でも、知英ちゃんだけで行かせたら、僕は心配しすぎて、何度も電話したり、メッセージを送るから全く仕事が手につかなくなるよ。それでもいい?」「……ううん、だめ」「でしょ?だから僕も一緒にいく」「こんなにも私のことを心配してくれてありがとう」「どういたしまして。明日の予定も決まったことだし、ゆっくりお風呂入っておいで」「はい。それじゃあ、お先に失礼します」「あ、バスルーム!案内するね」桐生は私の右手を握り、リビングのドアを開けた。リビングを出るとドアの閉まった部屋が3部屋あった。「そうだ。部屋の紹介してなかったね」「はい」「リビングを出て、右手のこの部屋がゲストルーム。知英ちゃんに使ってもらおうと思ってた部屋」私はその部屋の全貌を見た。セミダブルのベッドが部屋の奥に配置されており、クローゼットもある。その上、テレビまで設置されていた。その部屋は私のワンルームの部屋よりも広々としていた。「こんなにも、素敵なお部屋を使ってもいいの?」「うん。気に入った?」「はい、とっても」「他にいるものがあったらなんでも言ってね」「もう十分過ぎるよ」「それならドレッサーは?あった方が便利じゃない?あとは、冷蔵庫もか。他には……」「翼さん、そんなに置いたら部屋がものだらけになっちゃう」「ごめん、つい。僕はものを与える以外の愛情表現がよく分からなくて……」桐生の表情が曇った。いつもの自信に満ち溢れた桐生はそこにはいなかった。私は初めて桐生の脆
last updateLast Updated : 2026-07-24
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抱き締めて

桐生に案内されたバスルームはとても広々としていた。バスタブが大きく、ジャグジーまで完備されている。バスルームに置かれているシャンプーとリンスも高級品のようだ。まるで、私は高級ホテルに宿泊しているような錯覚に陥った。「どうかした?」「お風呂広いなって」「そう?」「はい。私の住んでるマンションのお風呂はこの広さの半分もないかも」「それも見てみたい」「翼さん、狭くて驚いちゃうよ」「でも知英ちゃんのことは何でも知りたい。どこでどんな生活をしてるのかな?って」桐生は自分の想いをストレートに伝えてくれる。それ故、私は毎日桐生に心を掻き乱される。今もそうだ。桐生は私の欲しい言葉をくれる。「入る?/」私は俯いたまま桐生に問いかけた。「ん?」「だから……お風呂」「え、いいの?」「はい/」私の精一杯の誘いを桐生は察してくれた。そして私を後ろから優しく抱き締めた。その姿が洗面台の鏡に写った。私を抱き締める桐生の表情はとても穏やかだった。「少しだけこうしてていい?」「はい」私は桐生の手に、自分の手を重ねた。私は桐生の寂しさを埋められる存在になれているのだろうか。「知英ちゃん?」「あ、ごめんなさい」「やっぱり、一人でゆっくり入っておいで」桐生が私から離れた。今、伝えなければ桐生はこれからも私に気を遣い続けるだろう。そんなこと私は望んでいない。「翼さん!」私は脱衣所から出ていこうとする桐生の腕を掴んだ。「……嫌じゃないよ?」こういう時、気の利いた言葉が言えない自分が憎い。もっと他に伝え方があっただろうにと思えてならない。「だから、あなたって人は……呼び止めたのは知英ちゃんだからね」「はい/」すると桐生は振り返り私の髪を優しく撫でた。「俺のためにありがとう」「ううん、翼さんが寂しいのは嫌だから」「俺は知英ちゃんが居てくれればそれだけで十分だよ」私は何も言わず、桐生を思い切り抱き締めた。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「知英ちゃん、もっとこっちおいでよ」「大丈夫です」「離れてると寂しいでしょ?」私と桐生は湯船に浸かっていた。大きいバスタブが幸を奏し、桐生との間には適度な隙間があった。しかし、それも束の間、桐生が私を自分の胸に引き寄せた。「近いですって/」「もっと近くくる?」私は恥ずかしさのあまり首を横に
last updateLast Updated : 2026-07-26
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尽くす人

風呂から出た私は、洗面台の前で髪を乾かしていた。私の髪から桐生と同じ香りがした。私は顔が緩みそうになるのを必死で抑えた。私の隣には、バスタオルで髪を拭いている桐生が居る。ただ、それだけなのに、桐生から漏れる色気を私は直視出来なかった。「知英ちゃん、そこの化粧水とってもらっていい?」「はい」私は綺麗に並べられたスキンケア用品の中から化粧水を選び、桐生に手渡した。「ありがとう」「いえ」私は桐生の横顔をちら見みた。横から見ても彫刻のような造形は変わらない。しかも、肌まで綺麗ときたら何も言うことは無い。「知英ちゃんも使う?」「借りようかな」私がそう言うと、桐生は化粧水をコットンに含ませた。そして、慣れた手つきでコットンを2つ折りにし、人差し指と小指で両端を挟んだ。「目閉じて」私は桐生に言われた通りに目を閉じた。すると、私の頬にひんやりとした感触が伝わった。「知英ちゃんの肌綺麗だよね」「そうかな?」「うん、触りたくなるくらい」私は桐生の言葉に思わず目を開けた。予想よりも至近距離に桐生がいたため、私は驚いて目を見開いた。「どうしたの?」「だから近いの/」「ははっ、知英ちゃんって本当に可愛いよね」「可愛くないから//」「知英ちゃんは可愛いことに無自覚だからね」「だって……」「でもそういう所も好きだよ」桐生は私の頬に優しくキスをした。______________________「明日は何時に起きる?」「えっと……」桐生に尋ねられた私は、明日の予定を頭の中で整理した。明日、私は仕事が休み。だけど、自宅に荷物を取りに行きたい。桐生は一緒に行くと申し出てくれてはいるが、多忙な彼の手を煩わせる訳にはいかない。トゥルルルルル……「もしもし、芹沢か。ああ。わかった。それなら仕方ないか……予定通りで、はい、明日」どうやら、芹沢からの電話のようだ。桐生は電話を切った後、深刻そうな表情で私に話しかけた。「知英ちゃん、ごめん。明日の朝の会議はどうしてもリスケできなくて。だから、明日は朝から知英ちゃんの自宅に行けなくなった」「私なら大丈夫だから。翼さんはお仕事優先して?午前中に必要なものだけ取りに行くから」「それはだめ。一人では行かせられない」「でも……」「明日、夕方一緒に行こう。仕事が終わったら連絡するから。ね?知英ちゃんのことが
last updateLast Updated : 2026-07-26
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