All Chapters of 婚約破棄されたら、イケメン御曹司に拾われました: Chapter 81 - Chapter 90

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懐かしい記憶

「知英ちゃん、こっちおいで?」「ここでいいです/」私は桐生と部屋の露天風呂に入っていた。しかし、明るい上に、恥ずかしさが募り、私は桐生から背を向けた。「全部見てるのに」「それとこれとは話が違うの//」とは言ったものの、折角の旅行だ。離れていては寂しい気もする。私は少しずつ桐生に近づいた。「え、ちょっと//」「捕まえた」「翼さん、びっくりした」「ごめん。でもこっちの方が落ち着く」桐生は私を後ろから抱き締めた。桐生の逞しい腕が私の腰に回った。「ここに知英ちゃんと来れて良かった」「私も。連れてきてくれてありがとう」「実は、この旅館は、仕事人間の父親が年に一度だけ俺と過ごした場所なんだ」「翼さんにとっての思い出の場所なのね」「うん、その頃は母親も一緒に来てたな」なんとなく、桐生の声が震えた気がした。桐生の様子が気になるが、彼にしっかり抱き締められている為、振り向くことが出来なかった。「今思えば、その頃から俺の家族は偽物だったけどね」桐生が自嘲気味に笑った。私の胸は苦しくなった。ここは、桐生にとっての思い出の場所のはずなのに、辛い顔はさせたくなかった。私は桐生の腕の力が弱まった隙を見計らって、彼と向き合った。「今、翼さんの傍には私が居る。私が翼さんを大事にするし、寂しい想いもさせない。だから悲しそうな顔しないで」「ありがとう。本当に知英ちゃんは理想の奥さんだね」「その呼び方は照れます//」「どうして?今から練習したらきっとすぐ慣れるよ」「だとしても、まだ先でしょ?/」「俺は今すぐでもいいけどね。覚悟は出来てるから。でも、待つよ。知英ちゃんのこと」今日の桐生の言葉は、どれも破壊力がありすぎて、平静を装うことで精一杯だった。このまま話していたら、さすがに逆上せてしまいそうだ。「翼さん、先に出るわ」私は立ち上がろうとしたが、上手く身体に力が入らず、そのままふらついてしまった。そんな私を桐生が支え、抱きかかえた。「知英ちゃん、大丈夫!?」心配そうに私の顔を覗き込む桐生が見えた。桐生にそんな顔をさせたい訳じゃないのに、私は何をしているのだろう。自分の間の悪さに嫌気がさした。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「気分はどう?」 「翼さんのお陰で良くなったわ。ありがとう」桐生は露天風呂で逆上せた私を、ベッドまで運びう
last updateLast Updated : 2026-09-10
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嬉し涙

「わぁー。どれも美味しそう」 私はテーブルに並べられた豪華な料理の数々にうっとりした。どれから食べようか迷ってしまう。どの料理も、海の幸をふんだんに使っており、見るだけで美味しいことが分かる。 「ここのカニクリームコロッケは絶品だよ。俺、子どもの頃から大好きなんだ」 「そうなのね。食べてみる」 早速、私は桐生が勧めてくれたカニクリームコロッケを一口頬張った。食べた瞬間に、まろやかなクリームと蟹の風味が、口全体に広がった。こんなに美味しいカニクリームコロッケを私は初めて食べた。 「美味しい!蟹の身も沢山入ってる。贅沢ね」 「でしょ?」 「何個でも食べれそう」 「ははっ、知英ちゃんは本当に美味しそうに食べるね」 そういうと、桐生は私の唇の端についたクリームを優しく親指で拭った。 「俺のも食べる?」 「翼さんも好きなんでしょ?食べて?」 「なら食べさせて」 「え……?」 桐生は悪戯な笑みを浮かべながら、私を見つめた。この顔をすると私が断れないことを桐生は知っている。全く、ずるい人だ。私は立ち上がり、桐生の隣に座った。 「翼さん、あーんして?」 「本当に食べさせてくれるんだ」 「だって……翼さんが言ったんでしょ//」 「そうだった」 すると、桐生は私を見つめた。そして、少しずつ顔を近づけた。桐生の端正な顔が、私のすぐ目の前まで来た所で、私はそっと目を閉じた。 コンコンコン その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。私は咄嗟に桐生から離れた。桐生は立ち上がり、ドアまで歩いた。 「はい」 「桐生様、澤部です」 桐生は、訪問者が澤部だと確認すると、ドアの鍵を解錠した。 「桐生様、お待たせいたしました」 「ありがとうございます」 「それでは、失礼いたします」 澤部は直ぐに部屋を出て行った。何か桐生に用があったのだろうか。 「知英ちゃん」 すると、戻ってきた桐生が大きな薔薇の花束を抱えていた。一体、何本あるのだろう。 「翼さん、その花束は?」 「知英ちゃんに」 「私に?」 「そうだよ。知英ちゃんのデザインが正式に我が社のデザインコンテストの最優秀賞に選ばれたから」 「え……?私のデザインが?桐生コーポレーションの最優秀賞に?」 私は驚き
last updateLast Updated : 2026-09-11
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蘇ったジュエリー

時は、3日前に遡る。「社長、桜井様のデザインが我が社のデザインコンテストの最優秀賞にノミネートされました」芹沢が俺に資料を渡した。審査員の満場一致のようだ。知英の実力が認められたのだ。俺は嬉しさのあまり小さくガッツポーズをした。「社長?」「わるい。続けてくれ」「はい。このまま、桜井様の受賞の手続きを進めてもよろしいでしょうか?」「ああ。頼む」「承知しました。それから、今日の午後の会議もお忘れなく」「分かってる」「では、失礼いたします」芹沢が社長室を出たあと、堪えていた感情を俺は爆発させた。自分以外の事で、こんなにも嬉しかった事は初めてだ。知英の実力が認められ、今後は、彼女の才能を多くの人が知ることになる。知英の努力が報われ、夢が叶うのだ。その瞬間に立ち会えることが、俺は嬉しかった。そして、俺は鞄の内ポケットにそっと入れていたネックレスを取り出した。それは、安東によって引きちぎられた知英のネックレスだった。〝希望の石〟と名付けられたそのネックレスを知英はとても大切にしていた。案の定、ネックレスのパーツは全て回収できた。デザインも俺の頭に記憶されている。あとは、ジュエリー職人の腕を借りれば知英のネックレスは直すことができる。そして、復元するならば最高の腕の持ち主に頼みたい。俺は一人の人物を思い浮かべた。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「わるいな、忙しい時に」「いいよ。桜井さんの為だろう?」「ああ」俺は、レオのアトリエに来ていた。相変わらず、アトリエの中はごった返していて、足の踏み場がなかった。「それにしても、このデザインも石も味があるな。荒削りな部分はあるけど、この作品が初めてデザインしたものとはね。桜井さん、センスあるよ」レオは俺が描いたデザイン画を参考にしながら、着々とネックレスを直していく。流石は世界が誇るジュエリーデザイナーだ。「桜井さんの新作はどうするんだ?」「直ぐにでも試作品を作るように手配してる」「おお。桐生社長、流石だ。行動が早い」「そういうレオも、我が社のウィンターコレクションの作品はどうなってる?そろそろ提出期限だが」「それ、今言う?」「言うね」いつもの俺たちの掛け合いに、思わず笑いが漏れた。レオとは知り合ってから今まで、ずっとこの調子で、お互いに言いたいことを言い合える。だが、仕事は決
last updateLast Updated : 2026-09-11
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浴衣姿のあなた

「翼さんは、お酒強いのね」「そうだね」私は食事を終えると、珍しく日本酒を飲んでいた。滅多に日本酒は飲まないけれど、今日の銘柄はとても飲みやすかった。度数が高いのに、つい飲みすぎてしまいそうになる。「知英ちゃんの顔、赤くなってきた」「ほんと?言われてみれば、身体がぽかぽかしてきたわ」「酔ってるね。知英ちゃん、もう飲むのやめよ。その瓶を俺に頂戴」「嫌だ」「知英ちゃん?」「まだ飲みたいの」私の口から、普段は決して言わない言葉が出てきた。酒の力だろうか?「わがままな知英ちゃんも可愛いけどな」「私は可愛くないの」「ううん、知英ちゃんは可愛いよ」桐生は立ち上がり、私の隣に座った。そして、私からさり気なく、日本酒の瓶を取り上げた。「ほら、水飲もうか」「水?飲ませて?」「はぁ……酔ったら甘えん坊になるなんて聞いてないんだけど」桐生が何か言っている。しかし、酔いが回って頭がクラクラするせいで、聞き取れなかった。すると、桐生はコップに入った水を口に含んだ。そして、私の口へと少しずつ移した。「飲めた?」「うん」桐生は私の顎に伝った水を指で優しく拭った。だけど、もっと冷たい水が飲みたい。私は潤む目で桐生を見つめた。「もっと、飲みたい」「知英ちゃん、その顔はだめ」「なんで?」「我慢できなくなるから」「我慢しなくていいのに」「俺は、相手が酔っ払ってる時は抱かないんだ」そういう桐生の首に、私は腕を回した。そして、背伸びをし、桐生の唇にそっとキスをした。「私は酔ってない」「酔ってるでしょ」「ううん、酔ってない」 私は桐生の目を見つめた。さっきのキスで酔いは覚めた。「それなら、知英ちゃんの目の前にいる人は?」「翼さん。私の好きな人」こんなにも、桐生を欲しいと思ったことは初めてだ。私はそのまま桐生を畳に押し倒した。そして、浴衣から覗く桐生の身体にそっと触れた。「知英ちゃん……」「翼さんって、いつ体鍛えてるの?仕事も忙しいし、自宅では私と一緒に居るのに」「仕事の合間にジム行ってるからかな」「それでこんなにもいい体をしてるのね」私は桐
last updateLast Updated : 2026-09-12
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サプライズ

「ん……」 私は朝の日差しの眩しさで目を覚ました。隣に視線を向けると、桐生の姿が見えなかった。私はベッドから起き上がり、声のする方へ歩いた。 「その件は詳細をまとめて、俺に送ってくれ」 桐生を覗き見ると、浴衣姿のまま、仕事をしていた。電話の相手は、恐らく芹沢だろう。何か会社でトラブルだろうか。すると、私の存在に気づいた桐生がこちらに視線を向けた。 「あとは頼んだ。明後日、出社するから」 桐生は通話を切ると、パソコンを閉じた。 「知英ちゃん、おはよう。よく眠れた?」 「うん。とっても。会社、大丈夫なの?」 「ああ。俺の部下は優秀だからね。仕事もひと段落したから、一緒に、朝風呂入ろうか」 「いいね。温泉旅行の醍醐味って感じで」 焦るな。必ず、一人で行動できる時間があるはずだ。私は完璧なサプライズを成功させる為、その機会を静かに探っていた。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 露天風呂から出るとすぐ、桐生は外で芹沢と通話をしていた。まさか、こんなに早くチャンスが来るとは予想外だったが、私はこっそりフロントへ向かった。 エレベーターでフロントに着くと、そこには、宿泊客を案内している澤部が居た。澤部は私に気づくと、直ぐにこちらにやってきた。 「おはようございます。奥様」 「おはようございます。あの、昨日の件、どうなりましたか?」 「ご安心ください。私どもも全力で、桐生様のお誕生日をお祝いさせていただきます」 「ありがとうございます!急な要望にも関わらず、対応していただき感謝いたします」 「とんでもございません。翼様のことは幼少期から見守っておりました。私にとっても大切な方ですので、大切な日をご一緒に祝うことが出来て嬉しく思っています」 澤部や、旅館側の厚意に感謝してもしきれない。桐生がこの世に生を受けた日を、今年は私がお祝いする。盛大ではないけれど、心は精一杯込めた。桐生は喜でくれるだろうか。 私は桐生に怪しまれないように、旅館内の自販機で、カフェオレとブラックコーヒーを買ってから部屋に戻った。 「おかえり、知英ちゃん」 「ただいま、翼さん。お仕事は終わった?」 「ああ。大丈夫」 何となく、桐生の視線が鋭い気がした。勘が鋭い桐生だ。何か気づいたのかもしれない。なんとしても、今日の夕飯まではサプライズの事を隠し通さなけれ
last updateLast Updated : 2026-09-12
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世界で一つだけのプレゼント

「そろそろ夕飯だね」「そうね」「知英ちゃんはゆっくり出来た?」「とっても。連れてきてくれてありがとう」「こちらこそ」コンコンコンドアを3回ノックする音が聞こえた。時間的に夕食が運ばれてきたのだろう。桐生が外を確認してからドアを開けた。すると、次から次へと豪華な料理が運ばれてきた。何も知らない桐生は、昨日と同じように座って、料理が運ばれてくるのを待っていた。私もサプライズを悟られない為に、座って待つことにした。待つこと数分、全ての料理が揃った。タイミングは今だ。そう思った時、澤部が依頼した品を丁寧に運んできた。「お待たせ致しました。翼様、誕生日おめでとうございます」澤部は私が依頼したアップルパイと、甘口白ワインを持ってきた。それを見た桐生が驚いた表情を浮かべた。それから、桐生は私の顔を見た。「澤部さん、ありがとうございます」「翼様、とんでもございません。大切な時間をごゆっくりお過ごしください。それでは失礼いたします」澤部が去った後、私は桐生に言った。「翼さん、お誕生日おめでとうございます」「もしかして、知英ちゃんが準備してくれたの?」「うん。昨日、澤部さんにお願いしたの。そしたら、翼さんの為ならって協力してくださって」「なんていうか……想像もしてなくて、そもそも俺の誕生日を伝えてないのに」「それは、免許証で知ったの。勝手にごめんなさい」「いやいや、謝らないで」「でも、私、サプライズしたことないから、盛大に祝うことが出来なかったけれど……」私は今更ながら、自信がなくなってきた。桐生は御曹司だ。きっと、これまでも盛大に誕生日を祝われていたに違いない。「知英ちゃん、本当にありがとう。俺、今までで一番嬉しい誕生日だよ」「ほんと?」「うん。俺の好きなアップルパイに、俺の好きな白ワイン。俺の事を知ってくれている人にしか出来ない事だよ。俺は、ずっと、俺自身を見てくれる人を探してたんだ。知英ちゃんのような人をね」私は桐生の言葉に安堵した。桐生は嘘をつかない人だ。桐生の表情からも本当に喜んでいる事が伝わってきた。次は、いつ、鞄に隠してあるプレゼントを渡すかだ。タイミングを見計らっている間に、桐生は美味しそうにアップルパイを頬張っていた。私はワインを桐生のグラスに注いだ。「知英ちゃんも食べよ?」「ええ。一切れもらおうかな」桐生がア
last updateLast Updated : 2026-09-13
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<特別編> 芹沢秘書の一日

俺の名前は、芹沢要。桐生コーポレーションの桐生翼社長の秘書をしている。社長と出会ったのは今から5年前。縁あって、今は社長の右腕として日々奮闘する毎日を送っている。 桐生社長は、残酷で冷酷だと思われがちだが、決してそうではない。法で裁くことのできない悪を摘み取っているだけだ。 そんな桐生社長が、最近、よく笑う。理由は、一目瞭然。恋人の存在だ。恋人の名前は、桜井知英という。桜井知英は、この5年間で社長に近づいてきた女性のうち、俺の中で断トツで好感度が高い。 「社長、おはようございます。先日は、旅行中に失礼いたしました」 「おはよう。いや、俺の代わりに処理してくれてありがとう。さすが、俺の右腕だ」 俺がふと目線を上げると、真新しいネクタイピンが目に入った。 「ネクタイピン、素敵ですね」 「これか。ありがとう」 「新しいブランドですか?」 「実は、知英ちゃんがデザインしてくれたんだ」 「桜井様ですか。センスいいですね」 「だろ?俺も見た瞬間に気に入ったよ」 そういいながら、ネクタイピンに触れる社長は嬉しそうな表情を浮かべた。 「わるい、芹沢。灰皿あるか?」 「はい、ここに」 「ありがとう」 桐生社長は椅子に座り、煙草に火をつけた。その姿は、何度見ても見惚れてしまうくらい格好良かった。 「自宅では吸わないのですか?」 「まぁ」 「そうなのですね」 ヘビースモーカーである桐生社長が、自宅で煙草を吸わないとは、俺は驚きを隠せなかった。理由は恐らく恋人だろう。社長に、そこまでさせる桜井知英に俺は興味がわいた。 コンコンコン その時、社長室がのドアを訪問者がノックした。 「桜井知英です」 「知英ちゃん!?」 桐生社長が驚いた様子でドアに駆け寄った。その動きの速さに、俺は笑いが漏れそうになるのを必死に堪えた。 「失礼します。芹沢さんもお疲れ様です」 「桜井様もお疲れ様です」 俺は桜井知英を観察した。確かに美人だ。それに加えて、礼儀正しい。秘書の私にも優しく接してくれる。これは男にモテるタイプだ。 「知英ちゃん、どうしたの?」 「この資料。今日の会議で使うって言ってたと思って。下駄箱に置いてあるのを見つけたから」 「ごめん。ありがとう。助かったよ」 「ううん、い
last updateLast Updated : 2026-09-14
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園長からの電話

温泉旅行から帰ってきた私と桐生は、穏やかな日々を過ごしていた。朝食の後片付けを終えた私がソファーに座っていると、桐生が食後のコーヒーを淹れてくれた。 「知英ちゃん、どうぞ」 「ありがとう。翼さん、今日もそのネクタイピン付けてくれてるのね」 「毎日付けるって言っただろ?」 「気に入ってくれて嬉しい」 私はネクタイピンにそっと触れた。桐生のために作ったネクタイピンをこんなにも大切にしてくれて嬉しかった。 「煙草吸ってくるね」 「ここで吸えばいいのに」 「知英ちゃん、煙草の臭い苦手でしょ?」 「苦手というか、慣れないだけよ。でも、翼さんの吸ってるものなら平気」 私は桐生が気を遣って、自宅では煙草を吸わないことに気付いていた。私は桐生に我慢をして欲しくないのだ。 「ありがとう。でも、今日はベランダで吸ってくるよ」 「うん、分かったわ」 トゥルルルルルルル…… 桐生がベランダへ行って少し経った頃、私のスマートフォンが鳴った。着信画面を確認すると、児童養護施設の園長からだった。園長から連絡が来ることは滅多にない。何かあったのだろうか。 「もしもし」 「もしもし、桜井さん。突然、連絡してしまってごめんなさいね」 園長は、いつもと変わらず、優しい口調で私に話しかけた。 「園長先生、お変わりないですか?」 「……それが、今、入院しているのよ」 「え!?」 「転んでしまってね。この歳でしょ。手首を骨折して、膝も怪我をして。手術が終わって、やっと少し落ち着いたところよ」 「大怪我じゃないですか……」 私は園長にかける言葉が見つからなかった。児童養護施設は、園長が中心となって運営していた。ただでさえ、人手不足なのに、園長が不在となると、施設は大変なことになっているだろう。 「それで、大変申し訳ないのだけど、もし、時間があったら、施設の様子を見てきて欲しいの。子供たちは桜井さんに懐いているし。他に頼める人が居なくて……」 「私に出来ることがあれば協力させてください。子供たちの事も気になるので、今日、早速、施設の様子を見てきますね」 「桜井さん、本当にありがとう」 「知英ちゃん、電話?」 園長と話していると、煙草を吸い終えた桐生がベランダから戻ってきた。 「それでは、園長先生。様子を見に行ったら、すぐに連絡します。今は自分の体調を優先
last updateLast Updated : 2026-09-14
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青空荘

「芹沢さん、ここで停めてください」 「承知しました」 芹沢は私の指示通り、施設の入口に車を停めた。 「知英ちゃんは先に行ってて。俺と芹沢でトランクの荷物下ろすから」 「ありがとう。私は、職員の方に声を掛けてくるわ」 私は車から降りると、施設の裏口に回った。そして、インターホンを押した。 「はい」 「私、桜井知英と申します。園長先生に頼まれて子供たちの様子を見に来ました」 「桜井さん。久しぶりね。すぐ行くわ」 それからものの数十秒で、施設の職員が私の元へやってきた。 「桜井さん。忙しい中、来てくれてありがとう。子供たちも喜ぶわ」 「とんでもないです。青空荘は私にとっても大切な場所なので。それから、私の知り合いが子供たちの為に、おもちゃを寄付してくれました。今、施設の前で荷物を下ろしてくれています。一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?」 「もちろんです。行きましょう」 私は久しぶりに青空荘の中を歩いた。懐かしい景色が目に飛び込んできた。ここで過ごした日々は、私にとって楽しくもあり、孤独でもあり、辛くもあった。そんな私に寄り添い、導いてくれたのが園長先生だった。 「翼さん、お待たせ」 「こんなに……!?あの、あなたは?」 職員が桐生に尋ねた。 「桐生翼と申します。今日は桜井さんの付き添いで来ました」 桐生は爽やかな笑顔で言った。すっかり、桐生の虜になった職員は、目をうっとりさせて、彼を見つめた。 「知英お姉ちゃんだ!」 その一言を合図に、施設の中に居た子供たちが、次から次へと外に出て、私に抱きついた。 「知英お姉ちゃん、来てくれたんだ!」 「知英お姉ちゃん、遊ぼう!」 「知英お姉ちゃん……」 「あー!!おもちゃがある」 今度は桐生からの贈り物のおもちゃに気づいた子供たちが、我先にとおもちゃに群がった。 「みんな、一人ひとつね!喧嘩しないように」 「はーい!」 私と桐生は、子どもたちの様子を少し離れた場所から見守っていた。すると、くまのぬいぐるみを大事そうに抱えている女の子が、私たちの前に来た。この子の名前は、優菜と言った。 「優菜ちゃん、どうしたの?」 「あのね、お兄さんがおもちゃを買ってくれたって聞いて……その、ありがとう」 桐生は優菜の
last updateLast Updated : 2026-09-15
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招かれざる客

「桜井さん、今日は来てくれて本当にありがとう。園長先生が入院してから、毎日、人手不足で困っていたの」 「私に出来ることがあれば、何でも協力します。園長先生にはお世話になったので」 「その気持ちが嬉しいわ。それから、桐生さんにも改めてお礼を伝えたいのだけれど。その、桐生さんの連絡先を……」 私は職員が何を言いたいのか察した。もちろん、桐生の連絡先を教えるつもりは無い。だが、どうやって断ればいいのだろうか。私は思考を巡らせた。 「お兄さんは、知英ちゃんの彼氏だよ」 「優菜ちゃん」 「でしょ?だって、お兄さんが言ってたもん」 優菜の言葉に職員は、気まずそうな表情を浮かべた。やはり、私を通じて桐生と繋がることが目的だったようだ。 「うん。そうだよ」 私は優菜に微笑み、頭を優しく撫でた。すると、職員は足早に事務所へ戻って行った。 「優菜ちゃん、手出して?」 「はい」 私は鞄から手作りのミサンガを取り出すと、優菜の右手に結んだ。 「さっきのお礼」 「優菜何かした?」 「とってもいい事をしたわ。ありがとう」 「そうなんだ!良かった!」 「優菜ちゃんの願い事が叶いますように」 「ありがとう。大事にするね」 私は優菜の無邪気な笑顔を眺めていた。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ドンドンドンドンドン 昼食を食べ終え、私は子供たちと遊んでいた。しばらくすると、事務所の方から大きな物音が聞こえてきた。何かあったのだろうか。私は様子を見に行こうと立ち上がった。 「知英お姉ちゃん、あの人たちがまた来たみたい。そのせいで、園長先生は怪我したの。あの人たちが園長先生をいじめたから」 「え……?あの人たち?」 優菜は私の目を見て訴えた。 「事務所に行っちゃダメ。知英お姉ちゃんも怪我しちゃう」 「優菜ちゃん。私は大丈夫。でも、事務所には職員の方が居るから様子だけ見てくるわ。すぐ戻るから、遊んで待っててね」 私はすぐに通報できるように、スマートフォンをスボンのポケットに入れ、事務所へ向かった。 事務所の前に来た私は、中の様子をこっそり覗いた。そこには、招かれざる客が二人居た。 「早く出ていけ!」 「金払えないんだろ?」 「あのババアみたいになりたいのか!」 次
last updateLast Updated : 2026-09-16
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