母が息を引き取る前、最期に望んだのは、娘である私、三浦美緒(みうら みお)が8年付き合っている恋人、高瀬直人(たかせ なおと)に会うことだった。その日、私は直人に67回も電話をかけた。けれど、直人は一度も出なかった。母が息を引き取ってから、ようやく直人からLINEが入った。【今は社外秘の開発案件が大詰めで、どうしても抜けられない】【落ち着いたら、必ずお母さんに会いに行くから】私はすっかり冷たくなった母の手を握ったまま、やっとそれだけを返した。【うん】けれどその夜、SNSで一本の動画が流れてきた。画面の中で、直人は白いスーツを着て、夜景の見えるレストランにいた。直人はケーキを手に、篠原玲奈(しのはら れな)という女性の隣で、柔らかく笑っていた。添えられていた文章は、こうだった。【卒業から4年。やっとまた、あなたの隣に立てました。玲奈先輩、誕生日おめでとうございます】コメント欄には祝福の言葉が並び、その中には私にも見覚えのある名前がいくつもあった。中には、こんなことを書いている人までいた。【玲奈先輩と直人くん、ついに付き合ったの?】私は画面を見つめたまま、胸の奥がぎゅっと締めつけられて、しばらく息ができなかった。それでも、私は返信欄に文字を打ち込んだ。【お似合いですね。余計だったのは私のほうだって、今さら分かりました】……直人から電話がかかってきたとき、私は葬儀場の前に立っていた。葬儀社の担当者に、遺影写真をもう少し明るく整えるか確認されていた。そのとき、スマホが震え、画面に直人の名前が表示された。私は出なかった。直人はすぐにLINEを送ってきた。【美緒、さっきのコメントどういうこと?】【また余計なこと考えてんだろ?】【言っただろ。今は社外秘の開発案件で、外に出られないんだ】【俺の友達も見てるんだから、あんな書き込みはやめてくれ】私は画面を、しばらく見つめていた。直人はスマホを見ていた。ただ、私の電話に出る時間だけがなかったのだ。コメント欄を確認して、友人たちの反応を気にする余裕はあったのに。三度目の着信で、私は電話に出た。直人は声を潜めていた。けれど、その声には苛立ちが隠しきれていなかった。「美緒、今どこにいる?」私は背後の建物に目をやった。
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