そうして彼女は慌てて後ろへ下がった。紗和が下がると、ボディガードの声が聞こえた。「九条社長のご指示です。こいつを二度と女に手を出せない体にしろ」男の顔は恐怖と苦痛で歪んだ。命乞いをする間もなく、下半身に凄まじい痛みが走り、悲鳴を上げたまま気を失った。その後、誰かが気絶した男を引きずっていき、床に広がった血だまりもきれいに片づけた。紗和はあのボディガードに尋ねた。「あの男、あんなに血を流して……それに、あんなことまでされて……死んだりしませんよね?」ボディガードは言った。「ご安心ください。私どもは心得ております。加減も間違えません。望月様はお休みください。怖がる必要はないと、九条社長からお伝えするよう申しつかっております」そう言うと、男はほかの者たちを連れて部屋を出ていった。紗和は力が抜け、そのままソファに座り込んだ。ふと、祖母が臨終の間際に言い残せなかった言葉を思い出す。彼女の生い立ちには、実は別の事情があると言っていた。けれど結局、祖母は彼女の本当の両親が誰なのかを言い切れなかった。彼女と、この九条という男には、いったいどんな関係があるのだろう。――どうにか一夜をやり過ごし、翌日は出勤日だった。紗和が会社へ行くと、莉乃とばったり鉢合わせた。莉乃は紗和を見た瞬間、目の奥に強い驚きを浮かべた。だがすぐに平静を取り戻した。まるで昨夜、怜央のスマホに出た莉乃に、紗和が警察へ通報してほしいと懇願したことなど、一度もなかったかのようだった。莉乃は白いベアトップのワンピースを着て、大ぶりのイヤリングをつけていた。いかにも上流階級の令嬢らしい装いだった。パーティーやレセプションなら、たしかに映えるだろう。けれどゲームエンジニアという立場には、ひどく場違いだった。そばにいたもう一人の女性エンジニア、小野寺美咲(おのでら みさき)は、莉乃が御堂社長の恋人だと知っていて、しきりに彼女へ取り入っていた。コーヒーを買ってきたり、有名パティスリーの焼き菓子を取り寄せたりしていた。コーヒーは近くの自家焙煎店のもの、焼き菓子も普段ならそう気軽には買えない高級店のものだった。普段、紗和が彼女と一緒に働いている時、美咲がここまで気前よく振る舞うところなど見たことがなかった。紗和を見るなり、美咲はす
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