All Chapters of 人間になりたい。たとえ王だとしても: Chapter 21 - Chapter 30

55 Chapters

誘拐~宣言4

 晩餐会の予定も、次の国への渡航も、あれもこれもキャンセルになり、宮内庁職員は大わらわだった。あの動画を見た後、大使館では天地がひっくり返るような大騒ぎになったが、国から同行してきた宮内庁職員、近衛兵たちは、さほど驚かなかった。尊人が国王を辞めたがっている事はよく分かっていた。あの誕生日会見もあったし、普段から、国王の仕事を愉しんでいない事は承知していた。何か言おうとすれば、政府から止められる事も多い。それは政治案件ですから、と遠回しに言われて口をつぐむ尊人を、いつも見て来たのだ。若くて優秀な尊人には、お人形のような仕事では満足いくはずがない。見ていれば、誰もが思う事だった。「どうしたらいいのだ。身代金を払う必要はないという事なのか?いやいや、たとえ国王でなくとも、国民を見捨てるわけには行かないのだから、身代金は用意すべきなのか?いやいや、テロに屈してはいけない。要求を呑むわけには行かないのだ。だから、つまり、身代金は、ああ、どうしたら。」大使はうろうろ歩き回っていたが、頭を抱えて座り込んだ。「大使、落ち着いてください。政府の方で結論は出すでしょうから。」部下に諭されて、差し出されたコーヒーを一口飲んだ。「宮内庁の方はキャンセルのオンパレードで大変そうだな。しかし、よりによって国王が誘拐されるなどと。前代未聞だ。ああ。」大使はまた頭を抱えた。 バン!とドアが開いて、猟銃を持った男が3人ほど入って来た。尊人は顔を上げた。男たちは尊人を椅子ごと運び、動画を配信した部屋へ戻った。先ほどと同じ位置に座らせ、覆面をしたリーダーが動画の録画ボタンを押した。「よく聞け!こいつは国王ではなくなったかもしれないが、それでもお前たちの国の国民だろう。これから大使館に電話をかける。こちらの要求に対する答え次第では、こいつを撃つ!」リーダーはそう言うと、部下に合図をした。覆面をした部下が猟銃を構え、尊人に銃口を向けた。リーダーはスマートフォンを操作し、大使館に電話をかけた。「大使、LIVEを見ているか?このミスター尊人は、お前の返事次第では命を落とす事になる。さあ、身代金を払う気はあるんだろうな?仲間の解放も、政府に要請してくれたんだろうな?どうなんだ?」電話口で、大使は大きく目を見開いた。その目は、ライブ配信されている映像を見ていた。尊人が銃を向けられている。尊人
last updateLast Updated : 2026-07-20
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誘拐~宣言5

 健斗と未来は、廃屋の入口の陰に身を隠していた。「ここだな。見張りは1人か。どうする?俺たちは丸腰だぜ。」健斗がひそひそ声で言う。「応援を呼んでから突入だな。だがその前に、尊人がいる場所を突き止めたい。なるべく見つからないように動こう。」未来はそう言い、先に敷地内へと入って行った。暗闇の中だが、建物のあちこちからは灯りが漏れている。覗けるところがあれば、覗いて回った。 ある鉄格子のはまっている小さな窓を見つけ、健斗に肩車をしてもらい、未来はその窓から中を覗いた。しかし、中は暗く、廊下に続くドアの存在しか分からない。「どうだ?尊人はいたか?」一度肩車を解除して、健斗は聞いた。「いや、暗くて分からなかった。だが、あの感じからして、独房だ。一か八か、声をかけるか……。」2人が思案していると、「誰かいるのか?」暗闇の中、入り口とは反対側から人が現れた。ターバンを巻き、猟銃を持っている男だ。見つかった。健斗と未来は同時に両サイドへ飛び、相手を挟んだ。敵は銃をどっちに向けるか一瞬迷って、未来の方へ向けた。その瞬間、相手の頭に健斗のかかと落としが決まった。相手はその場に倒れた。尊人が壁に寄りかかってうとうとしていると、パタっという小さな音がした。尊人は立ち上がり、窓から外を眺めた。耳を澄ますが何も聞こえない。「誰か外にいるのか?」尊人は声をかけた。廊下に聞こえるとまずいので、ごく小さい声で言った。「あ、尊人の声だ!」未来が小さい声で言った。手で合図をし、健斗にまた肩車をさせる。窓の鉄格子に手をかけ、中を覗くと、暗い中に、こちらを見て立っている人物の姿が見て取れた。「尊人か?」「未来!よくここが分かったな!」「尊人、大丈夫か?怪我してないか?」「大丈夫だ。」「よく聞け。これから応援を呼んでくる。それまで、そこで辛抱していてくれ。必ず助けるから。」「ああ、分かった。未来も、そして下にいるのであろう健斗も、十分気を付けて。」少し、涙が出てきたので、尊人はそこで言葉を切った。未来の姿はすっと消え、音もなく2人は去った。 健斗と未来は一旦敷地の外に出た。そこで、藤堂に電話をかけた。「尊人を見つけました。応援をお願いします。場所を送ります。」電話を切り、現在地が表示された地図をスクリーンショットして、それを送った。
last updateLast Updated : 2026-07-20
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誘拐~宣言6

 現地の政府軍と、我が国の近衛兵が10分で到着した。藤堂と合流した健斗と未来は、他の軍隊とは別行動で、尊人のいる部屋の外へ回った。敵がこちらの軍隊に気づけば、尊人は人質として連れていかれてしまう。その前に救い出さねばならない。そのためには、普段訓練している、忍術を使うしかない。 3人は外を調べたが、外から尊人を上手く出す手立てはないようだった。そこで、正面突破、ではなく、正面入り口からこっそり入るしかない。見張りはやはり1人。3人は防弾チョッキを着て、入口へ回った。しかし、既に入口の見張りは、軍隊に気づいたようだった。「何だありゃ!まずい、まずいぞ!」そう言ったかどうだか、言葉は分からなったが、何かをわめきながら知らせるために中へ入って行った。その隙に、3人は入り口の中へ侵入した。 中には、猟銃を持った男たちがうろちょろしていた。けれども、見張りが何か言ったので、みんなでリーダーの元へ集まろうとしているようだった。3人は黒い服で暗闇を通り、尊人のいる独房の近くまで来た。そこにも見張りがいるが、みんなが浮足立っているので、気もそぞろだ。 忍法隠れ蓑の術を使う時が来た。ドアと同じ色の布でドアを覆い、その中へ入り込んで部屋の中に入る。これは、未来がやってのけた。ドアをそっと開けて中に入ると、尊人が高い窓の外を見上げていた。「尊人、来たよ。」急にドアの方から声をかけられて、尊人はびっくりして振り返った。「未来!」未来はさっと唇の前に人差し指を立てた。尊人は黙って頷いた。未来は尊人に防弾チョッキを着せ、黒いマントをその上から着せた。そして、そっとドアに手をかける。すると、ドアが外開きのはずだったのに、なぜかスライドして開いた。未来は尊人の手を握ると、走り出した。尊人は、視界が全く開けないのに驚いた。前を走る未来の後ろ姿しか見えない。横はいつも壁。しかし、これは隠れ蓑だ。隣を健斗が走っているのだ。敵は混乱しているが、リーダーが、「人質を連れてこい!」と叫んだ。見張りをしていた者が、ドアを開けようとして悲鳴を上げた。「わー!ドアが、ドアが布になっちまった!」 尊人たちは何とか建物の外に出た。敷地の外に出た時、藤堂が合図を出し、突入の命令が下され、政府軍が突入を始めたのだった。尊人たちは軍の後ろに待機していた車に乗り込んだ。「ありがとう、みんな。迷惑を
last updateLast Updated : 2026-07-20
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クーデター~浅薄1

 犯人グループは捕まって、事件は一件落着し、尊人たち一行は国に引き返してきた。当然、国に帰れば報道陣が待ち構えている。飛行機の中で、つかの間の安らぎの時を過ごす尊人であった。「上手くやったわね、尊人さん。でもほんと心配したのよー。」麗良はいつも明るい。けれども、麗良自身もこれからの事が不安でないはずはない。「麗良さん、君は、実家に帰るかい?我が国の国籍がない状態だけれど、だからこそ結婚した事にもなっていない状態だし、復籍すれば元通りなんじゃないかな?」尊人が言うと、「私ね、どこか海外へ行こうと思うの。イタリアがいいかなあ。イタリア国籍を取得してさ、向こうで生きるわ。だって、今の国じゃあ、有名過ぎて息が詰まるもの。フランスもいいわね。」「麗良さんなら、どこでもやっていけるだろうね、きっと。」未来がそう言うと、麗良は未来と健斗を順番に見た。「あなたたちはどうするの?2人は国籍があるんだし、ただ就職先を探せばいいだけよね。けど、尊人さんは国籍がない。尊人さんもどこか海外で国籍を取得した方がいいんじゃないかしら。」そう言って、今度は尊人の方を見た。「有名なのは、私以上なのよ。」麗良は大真面目な顔で言ったが、尊人はふふふと笑った。「私は、王族の皆さんに対しての責任がある。自分だけ外へ逃げるわけには行かないよ。」「……「私」モードになってるわよ、尊人さん。……責任、か。」麗良は、最後の方は独り言のように言った。「もうお別れね。最後に、これだけはさせて。」麗良はそう言うと、尊人の顔に顔を近づけ、キスをした。健斗と未来はギョッとして凍り付いた。唇を離すと、麗良は健斗と未来の驚きの顔を見て、にやっと笑った。「いいじゃないの。私と尊人さんは結婚式まで挙げた仲なのよ。ねえ?」といい、尊人に向かって同意を求めた。尊人は穏やかに笑った。 無事本国に到着し、空港に降り立った。報道陣に囲まれたが、政府の出迎えがあり、規制が張られていたので、写真を撮られるのみだった。今まで通りに警護されながら宮殿に帰ると、そこへ首相が会いに来た。「陛下、この度は大変でございましたね。ご無事の御帰国何よりです。」そう言って、深々とお辞儀をした。「首相、私の言葉は聞きましたか。勝手をして申し訳なかったが、もう私は国王ではない。この国に国王はいなくなりました。」尊人が静か
last updateLast Updated : 2026-07-21
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クーデター~浅薄2

 翌朝、朝食の席に着いた尊人は、まだこの建物の中に部外者がいないので、普段ここに寝泊まりしている職員や近衛兵たちを全員集めた。「皆、聞いてくれ。私は、クーデターを起こそうと思う。」一瞬ざわっとしたが、誰もが尊人の次の言葉を待つために、再び静かになった。「私は、皆も知っている通り、この国の国王制を廃止しようと思っている。しかし、政治的権限のない私には、それは出来ない。しかし、私は……私はこんな、意味のない国王でいたくはない。政府の操り人形は嫌なんだ。いや、お飾りの人形かな。私は、ただ、人間になりたいんだ。」一度言葉を切って、尊人は皆を見渡した。「クーデターを起こし、国王に権力を再び持たせ、その上でこの国の王制を廃止する。そうしたらまた、元の通りだ。このクーデターを起こすには、皆の協力が必要だ。もし協力してもらえなければ、諦める。」尊人は一瞬目を閉じた。「だが、もちろん危険が伴うものだ。今のうちに、ここから去りたい者は、そうしてもらって構わない。ただ、この計画を外に漏らしてはもらいたくない。それだけは、頼む。」そう言って、尊人は頭を下げた。「陛下、本気なんですね。」藤堂が発言した。「藤堂、すまない。」また、尊人は頭を下げた。「陛下、いえ、尊人様。頭を上げてください。私は、尊人様が苦悩なさる姿を、ずっと見てきました。何とかならないかと、私も上司に訴えてみたものの、誰も取り合ってくれませんでした。これは、クーデターしかないと私も思います。あなたが決心したなら、私は従います!」藤堂はそう言って、後ろを振り返り、他の近衛兵たちを見渡した。近衛兵たちは、口々に「やります!」「私もやります!」と言って手を挙げた。「皆、ありがとう。恩に着ます。」尊人は涙をこらえて左胸にこぶしを当てた。 ほどなくして、内閣改造が行われ、大臣の任命式が行われる事になった。国王である尊人が形だけ、大臣を任命するのだ。それはこの宮殿で行われる。普段SPがくっついている首相だが、宮殿にいる間は、近くにはいない。報道陣も数が限られ、一般人はもちろん入れないので、油断しているのだ。 この時を狙って、クーデターの計画が練られた。失敗したら逮捕される。いや、命を奪われるかもしれない。それでも、皆快く尊人に協力してくれた。
last updateLast Updated : 2026-07-21
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クーデター~浅薄3

 9月中旬、任命式のために、新しい大臣たちが続々と宮殿に到着した。尊人は燕尾服を着て、謁見の間に待機していた。報道陣が10人ほど入り、近衛兵は部屋の壁に沿ってずらりと並んで立っていた。実は、いつもよりも多い。20人ほどいる。首相のSPは中に入るものの、入り口付近に3人ほど立っているだけだった。 任命式が始まろうとした頃、食事係の職員が素っ頓狂な声を出した。「あら、これ首相の忘れ物じゃないかしら?あらやだ、どうしましょう!」それを聞いて、首相のSPの3人はそろってドアの外を覗いた。その時、健斗が3人を部屋の外へ押し出し、強引に扉を閉めた。「何だ!?」SP達は訳が分からず、扉を見つめて佇んだ。さっきの素っ頓狂な声を出した職員は既に姿を消していた。 謁見の間では、尊人の合図で、近衛兵たちが一斉に大臣たちを取り囲んだ。「何だ?どうしたのだ?」大臣たちは何が起こったのか分からず、きょとんとしている。「皆さん、私はクーデターを起こします。恐れ入りますが、行政府の権限を、私に今、譲っていただきたい。」尊人が言った。報道陣から「えっ」という驚きの声が漏れた。「陛下、このような事をして、一体何を考えているのです。」首相が言った。「私は、再三王制の廃止を訴えてきましたが、全く聞き入れてもらえませんでした。話し合いがなされているようにも思えません。そこで、私が行政権を得て、その私が王制を廃止すればよいと考えたのです。」尊人が言った。すると、首相は近衛兵の静止を振り切るようにして、前に出てきた。「もし、断ると言ったら、どうなさるおつもりですか?」すると、首相ののど元に、藤堂が短刀を突き付けた。「大人しくしてください。誰も怪我をして欲しくないので。」尊人が言った。場内がざわつく。どうしても、武力行使が必要なようだ。「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」首相は声を荒げた。生中継ではないものの、テレビカメラは回っている。「陛下、何が不満なのです。自由が欲しいのですか?けれども、陛下は何かをしたいなど、訴えた事はないではありませんか。何かしたい事があれば、出来る限り叶えて差し上げますのに。」首相はそれでも果敢に言葉を発する。「私はただ、人間になりたいのです。お飾り人形ではない、自立した人間に。私には、苗字すらない。……王制を廃止する。それ
last updateLast Updated : 2026-07-21
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逃避行~分岐1

 クーデターを起こした実行犯は皆捕まり、尊人も監禁された。そして、その事で国会に王制廃止案が発議された。いずれにしても、このまま尊人に国王を続けさせるわけにはいかず、代わりを見つけるのも難しく、結果、賛成多数で可決された。つまり、この国の国王制は廃止されたのだった。尊人は、とうとうやり遂げた。だいぶ荒っぽいやり方であったが。 裁判が開かれ、尊人は、近衛兵全員の無罪を求めた。自分が画策し、支持した事であり、立場上逆らえなかった者たちばかりだからと。首相に刃を突き付けた藤堂は、執行猶予付きの有罪判決が出されたが、他の者は全て無罪となった。皆釈放されたが、尊人だけは自由の身にはなれなかった。処遇が決まらないのだ。刑務所ではないが、結局宮殿に監禁状態になった。これでは今まで以上に不自由になったという事になる。 宮内庁が解体された。元王族は、それまで行っていた公務から全て撤退し、ゆえに収入も失った。だが、人道的に問題があるとされ、博物館の館長とか、学会の会長職など、それぞれが何かしらの役職にあてがわれた。これで職が無くなったのは尊人だけになった。母の君子も職を得た。尊人は、一部の身の回りの世話をしてくれる公務員以外、会える人はおらず、ただ、自分の部屋で過ごした。「結局、自由にはなれませんでしたね。」女性の世話役がそう話しかけると、「そうですね。でも、人形ではなくなりました。操られてはいないから、少しはましになりました。」尊人はそう言って儚く笑った。 健斗と未来は実家に帰った。だが、尊人の事を想うと居ても立ってもいられず、職を探す気にもなれなかった。2人は連絡を取り合い、合流した。「なあ、未来。俺たちはどうしたらいいんだ?」「……どうしようもないだろ。何もできない。」「また、あの時みたいに救い出すか。中東の時みたいに。」「無理だろ。この国のセキュリティを甘く見るなよ。」未来はそう突っ返したものの、ふと宮殿の警備について考えた。「いや、そうでもないか。それほど厳重に守られているとも思えないし。」未来がそう言うと、健斗は「国にとっちゃ、尊人は邪魔な存在だろ?居なくなってくれたらホッとするんじゃないか?」と言う。「救い出せたら、どうする?外国に行くのは難しいんじゃないか?空港でもどこでも、出国審査に引っかかる。」「尊人はパスポート持ってないしな。
last updateLast Updated : 2026-07-22
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逃避行~分岐2

 尊人が本を読んでいると、いきなりパタンと音がしてドアが閉まった。開いていたわけではないので、開けてから閉めた人物がいるのだ。尊人はドアの方を振り返って、のけぞった。そこには、健斗と未来が立っていたのだ。「は?どうしているんだ?」「しー!尊人、迎えにきたぞ。」健斗は人差し指を唇に当てて、小声で言った。尊人は走り寄って健斗に飛びついた。そして、未来にもハグをした。「どうやって来たんだ?」尊人が聞くと、「思った以上に簡単だったぞ。見張りはいないし、鍵がいつも開いている窓があるって、俺たちは知っているしな。」健斗はそう言ってウインクした。「さあ、尊人。ここから出よう。」未来が言った。「そんなことして、大丈夫なのか?誰かに迷惑がかかったりしないだろうか。」尊人は躊躇したが、未来は勝手知ったる尊人の部屋。次々に鞄に荷物を詰め始めた。もちろん、最低限の荷物なので、背負える程度の量である。「尊人、大丈夫だ。国はお前の処遇に困っているんだ。いなくなっても困らないさ。むしろせいせいするだろうよ。」健斗が言う。尊人は考え込んだが、反論できる事はなかった。「うん、分かった。それで、どこに行こうとしている?」尊人が言うと、荷物を詰め終わった未来が鞄を閉めながら、「ロンドンだ。」と言った。 リュックを未来が背負い、健斗が先頭に立って、3人は尊人の部屋を出た。例によって、隠れ蓑の術を使い、また、アクロバティックな技を使い、難なく外に出た。そして、そのまま未来の運転する車で空港へ向かった。「飛行機に乗るのか?」尊人が尋ねると、「ああ、そうだ。なんと、自家用ジェットだぞ。」未来が楽しそうに言った。 空港に着く前に、借りたレンタカーを返し、預けておいた荷物を受け取った未来と健斗。そして、空港には正面からは入らず、ここでもまたアクロバティックに滑走路へ入り込んだ。このために、尊人も全身黒い服を着せられ、鞄も見事に黒いものを選んで持たされていた。もちろん健斗と未来も全身、荷物まで真っ黒だ。そして、ある小型ジェット機に近づいた。「あれだ、あのイタリア製のジェット。」健斗が指さし、未来が電話をかけた。「近くまでたどり着いた。頼む。」電話を切ると、ジェット機から女性が降りて来た。ああ、あれは麗良だ。尊人たちは麗良の方へ向かって歩いて行った。「麗良さん!
last updateLast Updated : 2026-07-22
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逃避行~分岐3

 ロンドンは、かつて3人が住んでいたところで、知っている場所も多々ある。住む場所も決めてあった。さすが未来である。実は永住ビザも取得しており、ここで商売を始めるつもりだった。自分が起業して、そこで尊人も働くのであれば、国籍やら何やらがなくても、生活していけると思ったのだ。 入居して、しばらく3人で暮らしたが、ある日健斗が切り出した。「俺さ、国に帰るわ。」「は?」尊人と未来が同時に言った。「なんでだよ。」未来が言うと、健斗は未来と尊人を交互に見ながら言った。「俺がいたら、邪魔だろ。」未来は押し黙ったが、尊人は首を横に振り続けた。「何言ってるんだよ。そんなわけないじゃないか。」だが、健斗はここ数日、考えていたのだ。何をするにも尊人は未来に聞く。何をしたらいいか、どうしたらいいか、どこで買う?これでいい?何でも自分ではなく未来に聞くのだ。確かに未来は頭脳に長けている。自分は体力に長けている。今、ここで暮らしていくのに体力や武力は必要ない。けれども、それだけだろうか。結局のところ、自分は邪魔者で、未来と尊人は両想いのカップルなのではないか。いや、おそらくまだカップルにはなっていないが、それは自分がいて、2人が気を使っているからそういう関係になれずにいるのではないか。2人の、尊人の幸せを考えたら、自分はいなくなった方がいいのではないか。健斗はそう考え、身を引く事にしたのだった。「俺は、自分の国に帰って、向こうで就職する。また、遊びに来るからさ。なっ。」健斗はそう言って尊人の肩に手をかけたが、尊人の顔を見ることができず、すぐに去った。そして、既にまとめてあった荷物を持ち、家を出たのだった。あまりに呆気ない別れだった。尊人は呆然とし、黙って涙を流していた。未来は何も言わなかった。
last updateLast Updated : 2026-07-22
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再会~成就1

 未来は、武術を教える教室を開く事にした。「忍術」と唄えば、イギリス人に受けるだろうと考えたのだ。そして、母国語も教える事にする。そうすれば、尊人にも手伝ってもらえる。元手も必要ないし、まだ蓄えもある。とにかく道場を開き、看板を掲げた。インターネットにもホームページを開設し、入会申込や見学予約をウェブ上でできるようにした。早速申し込みが入り、子供から大人まで、忍術を教える教室は始まった。基本を教えるだけでも、皆喜んで帰って行く。 だが、尊人は元気がなかった。生徒たちの前では明るく振舞っているけれど、1人になるとうつむいて何かを考えている事が多かった。未来は、その姿を見るのがつらかった。 夜、居間のソファで読書をしていた尊人が、本を閉じてから何やら1人で考えている時、未来は雑務を終えて部屋に入って来た。未来はそっと後ろから抱きしめた。「どうした?何を考えてるの?」未来が優しく問うと、尊人は未来の腕を両手でつかんだ。けれども何も言わない。未来は手を離した。そして、ソファを回って尊人の前に立った。うつむいていた尊人は、ゆっくり未来の顔を見上げた。しばらく、2人は動かなかった。しばらくして、尊人は立ち上がり、未来に抱きついた。未来は尊人の頭を撫でた。「お休み。」尊人はそう言って、寝室へ入って行った。未来は大きく息を吐いた。そして天井を仰いだ。 そうして3カ月あまりが経った。尊人と未来の関係は、変わらなかった。尊人がふさぎ込む事はほとんどなくなったが、未来が尊人を抱きしめると、その時は悲しそうな目をする尊人だった。 それでも、確かめたい、そうしないではいられない未来は、ある夜、決行した。 入浴を済ませた未来は、先に入浴を済ませてソファに座り、スマートフォンを見ていた尊人のところへゆっくりと歩いて行った。「どうした?」ただならぬ雰囲気を察してか、尊人はスマートフォンから目を離し、未来を見た。未来はギラギラした目をしていた。尊人がスマートフォンをテーブルに置くのと、未来が尊人の隣に腰かけるのとが同時だった。「未来、何か話があるのか?」尊人が問うと、「尊人、俺の事好きか?」未来は突然そう言った。「え?そりゃあ、好きだよ。未来は?」尊人が無邪気に聞くと、「俺は、お前を愛している。」未来はそう言った。尊人は黙った。なんと言ったらいいのか、分からな
last updateLast Updated : 2026-07-23
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