LOGIN国王の弟の息子である尊人は、英国留学から帰国し、公務を始める。まもなく思わぬ事態となり、22歳の若さで国王となる。尊人は「この国にはもはや国王は必要ない」と思っており、この国の王室制度を終わらせようと画策する。様々な命の危険を冒し、やっと自由を手に入れるが、今度は尊人のクローンが……。 ともに留学していた二人の近衛兵との三角関係にも目が離せない。
View More人形にはなりたくない。
操り人形なんて嫌だ。
崇拝対象にもなりたくない。
ただ、人間になりたい。たとえ王だとしても。
I don’t want to be a doll.
I don’t want to be a marionette.
I don’t want to be an idol.
I just want to be a human. Even if I am King.
「今、尊人様が国際空港に降り立ちました。あ、今、お姿が見えました!」
王嗣(国王の継承順位1位であること)である国王の弟則人(のりひと)の長男、尊人(たかひと)が、4年間の留学を終え、母国に帰国した。空港にはたくさんの報道陣が詰めかけ、テレビ中継もされている。
「尊人様、サングラスはお外しください。」
尊人は、前を歩くSPに注意され、黒いサングラスを外した。
「かの国じゃあ、王族がサングラスをしていても何の問題もなかったぞ。」
尊人が言うと、
「我が国ではだめです。」
SPに冷静に返された。
尊人は22歳。今のところ王位継承順位は2位。だが、先日王室典範が改正され、とうとう我が国でも、女性が国王になる事ができるようになった。だが、既に王嗣の身分に定まっている尊人の父則人は、王位継承順位は1位のまま変わらない。父則人が国王になれば、王位継承順位は尊人が1位になり、皇太子となる。女王が誕生するのはまだ先になる。けれど、現国王と則人は年が3つしか違わないのだから、どちらが先に天に召されるかは分からない。もし則人よりも国王の方が長生きをしたならば、国王の一人娘である瑠璃子が王位継承順位1位となり、尊人が国王になる可能性は極めて低くなる。瑠璃子はまだ未婚だが、子供が生まれればそちらに王位は継がれていく。
王族は、成人すると公務を仰せつかる。留学中は免除されていたが、帰国したからには尊人も公務を行う事になる。そこで、常に尊人と行動を共にする、秘書兼ボティーガードが3人つくことになっていた。1人はこの尊人の前を歩いている現SPの藤堂。あと2人は、留学中も尊人と行動を共にしていた山縣未来(やまがた みらい)と渋谷健斗(しぶや けんと)だ。今、尊人の後ろを歩いている。2人ともまだ任務に就いたわけではない。今は尊人同様帰国したばかりである。今までは学生。これからは宮仕えの身となるわけだ。
この未来と健斗は、尊人と同じ22歳。留学する時から選ばれていたボティーガードだった。同じ時期に、同じ国への留学を希望している高校生の中で、身元、素行、交友関係に問題のない人物が国によって選ばれ、尊人に引き合わされた。留学中は4人いたが、その中で宮仕えを承諾したのがこの2人である。だが、これは尊人が強く希望した事でもあった。
「キャー!尊人さまー!」
空港の通路を抜け、ロビーへ差し掛かると、そこには黒山の人だかりが。警備員に抑えられ、押し合いへし合いになって、尊人に向かって手を振ったり、スマートフォンで撮影したりしている女性たちがたくさんいた。すると、健斗がスッと尊人との間合いを詰めた。
「ん?」
尊人が振り返ると、サングラスをしたままの健斗は注意深く一般客を見渡しながら、尊人を守るように歩いた。
「お前はまだSPじゃないだろ?」
尊人が少し微笑んで言うと、
「仕事だからじゃねえよ。友達としてお前が心配なんだ。」
「ははは。ゴホン、礼を申します、健斗。」
尊人はわざと王室言葉を使った。
開けた所に出ると、スペースが作ってあり、そこで写真撮影と簡単な会見が行われる事になっていた。尊人はその真ん中に出た。シャッターを切る音が響き渡る。
芸能人と違って、インタビュワーなどが直接マイクを向けたりはしない。SP以外はあまり近づく事が許されない身分である。「お言葉」は集音マイクが拾うのみ。記者は遠巻きに質問を地声で発する。
「尊人様、留学はいかがでしたか?」
記者が懸命に声を張り上げ、質問を発した。すると、サーッと波が引くように静けさが訪れた。
「大変、有意義な時間でした。このような時間を与えられたことに、感謝いたします。」
尊人が言った。
「うわぁ、尊人、まるで別人だな。よくあんな言葉遣いがとっさに出るよなあ。」
健斗が小声で未来に言った。2人は少し離れた所に立っている。今日は家に帰るのだが、とにかくこの会見は見てから、と両者暗黙の了解でそこにいた。
「お育ちが違うんだよ。俺たちと一緒にいたのはたったの4年間。その前はずっとああいう言葉遣いで過ごしてきたんだろうよ。」
未来も小声で言った。
国王と王嗣の逝去が報じられ、国中が喪に服した。1か月間、娯楽などが自粛され、テレビ局のアナウンサーは黒いネクタイで現れた。事故の原因は、トレーラーの運転手の、突然の病死であった。運転手には持病があり、意識を突然失ってしまって起こした事故だった。テロではなかった。 一般の葬儀にあたる大喪の礼、葬場殿の儀が滞りなく執り行われた。瑠璃子と弘子は宮殿を明け渡すため、別の御所へ移り住んだ。宮殿の中はリフォームされ、尊人や君子、その他大勢の近衛兵、宮内庁職員が入居した。 そして逝去後1か月が経ち、尊人の即位の礼が行われる事になった。今までの自粛ムードから一変、今度はお祝いムードが漂い始める。即位の礼では、三種の神器である勾玉、剣、鏡を受け継ぎ、宮殿の外へ出て、国民の前で即位を宣言する。この日の為にリハーサルを行い、念入りに用意がなされた。 そして11月の下旬、すっきり晴れた朝である。「尊人様、お似合いです。」首相が出迎えて、そう言うとともにひざまずいた。尊人は今、萌黄色の民族衣装を身に纏い、同じ色の烏帽子をつけていた。健斗と未来は着物の裾を持って後ろに控えていた。彼らは黒子のようになっていた。警備をする都合上、民族衣装などを着ているわけにもいかず、けれども近衛兵の恰好をしていたのでは場の雰囲気にそぐわない。そこで、近衛兵の制服の上に、黒くて薄い仮装束を羽織り、頭には黒い烏帽子を付けていた。 尊人と未来と健斗は、広場に敷かれた赤い絨毯の上を、宮内庁の職員に先導されて歩いて行った。雅楽が演奏される。1万人もの国民が見守る中、テレビ中継もなされ、厳かにその儀式は始まった。大勢集まっているにも関わらず、とても静かだった。 国民に一番近いところに儀式台が置かれ、尊人がそこへ上がる。首相と宮内庁の職員がそれぞれ神器を持ち、尊人に授けるというのが即位の礼だ。尊人が台へ上がった。国民の方を向く。国民は息をのみ、その姿に見入った。健斗と未来は足元にひざまずいた。首相らが、三種の神器を持って歩いてきた。そして、尊人の前に差し掛かったとき、「カン!」「カン!」と、金属音が2回響いた。健斗は立ち上がって尊人に覆いかぶさった。首相のSPが大勢なだれ込んできて、首相に覆いかぶさる。その場は騒然となった。尊人のSPたちも駆けつけ、盾を持った警官隊が尊人たちを囲んだ。「あ!健斗!健斗
留学から帰ってきたのが9月で、それからひと月ほど経った10月下旬、尊人の公務中に、同行していた宮内庁の職員の電話が着信した。「な、なに?どういうことだ!え?何だと!」穏やかな空気が流れていた場所に、突如大声が響いた。「何かあったのですか?」尊人が聞くと、電話を切った職員は、青ざめた顔を尊人に向けた。「大変です。国王ご夫妻と則人様ご夫妻の乗られていた車が、事故に遭われたそうです。今、救急病院に搬送されたそうなので、我々はそちらに向かいましょう。」尊人は、目の前が真っ暗になった。「大丈夫か?」健斗が尊人の肩を抱いた。いつもなら藤堂が𠮟りつけるところだが、今はそれどころではない。おそらく尊人が倒れそうなのを、健斗はいち早く察知した、藤堂はそう理解した。「健斗、どうしよう。どうしたら。」尊人は健斗の胸におでこを付けた。健斗は尊人の頭を優しく撫でた。「とにかく病院へ行こう。落ち着くんだ。大丈夫、俺が付いてるだろ。」「うん。」健斗は尊人の肩を抱いたまま、職員の行く方へ促した。「欧米はスキンシップが我が国とは違うのだろうが……。」藤堂が後ろでぼそっとつぶやいたのを、未来は聞こえないふりをした。 病院に到着すると、首相や官房長官も既に来ていた。そして、国王の娘、瑠璃子も来ており、集中治療室のガラス窓に張り付いていた。「瑠璃子ちゃん!」尊人は瑠璃子に駆け寄った。「尊人さん!尊人さん、どうしましょう、私。」瑠璃子の手は震えていた。尊人はその手をそっと両手で包んだ。 瑠璃子は26歳。国王の一人娘だ。国王は、弟の則人よりも結婚が遅く、王妃弘子と結婚してからもなかなか子宝に恵まれず、瑠璃子はやっとできた実子だった。皇太子だった当時、弟の所にも女の子しかおらず、瑠璃子も女の子だったため、国民の間にはいよいよ女王を認めるべきか、という議論が起こった。だが、その後尊人が生まれたため、その議論は一度は立ち消えになった。それでも、国王が瑠璃子の父に代替わりした時から、やはり次の次も見据えた議論をすべき、という世論が高まり、とうとう法律が変わったのだった。次の王は則人だが、今後は国王の子がたとえ女でも次の国王になることになる。 医師団が出てきて、首相と話し始めた。医師が首を振っている。尊人は瑠璃子の手を離し、首相のところへ詰め寄った。「どうなのです、父
翌日、未来と健斗がやってきた。藤堂は既にこの家に住んでいる。お屋敷には個室の使用人室がいくつもあって、未来と健斗にもそれぞれ与えられた。食卓やお風呂なども尊人一家とは別の物が備わっていて、建物は1つだけれど、家は2つあるような、一般家庭で言えば二世帯住宅のようになっていた。ゆえに、玄関も2つある。未来と健斗は使用人用の玄関から入り、自室に案内され、荷物を整理し、制服を着て、それから尊人に会いに行った。いや、会いに行かされた。調子と結子も来ていて、尊人の父則人と、君子と、尊人の5人がそろっているところへ、藤堂に連れられて現れたのだった。「殿下、これが今後尊人様を警護いたします、近衛兵でございます。」王族のSP=近衛兵、のリーダーである藤堂が言った。「山縣未来と申します、殿下。」「渋谷健斗と申します、殿下。」2人はひざまずいて挨拶した。「よろしく頼みます。留学中も尊人が大変お世話になったようですね。感謝いたします。これからも尊人を助けてやってください。」則人が穏やかに言った。「はっ。」未来が言い、2人はひざまずいたまま頭を下げた。「2人とももういいから、俺の部屋に来てくれ。」尊人はそう言って、2人に立つよう促した。「え?」健斗は尊人に腕を掴まれて立ちかけながら、そこにいる人たちを見回した。「いいのか?」健斗がそう尊人に言うと、「こら!口の利き方に注意しろ。」藤堂が小声で言った。「あ、申し訳ありません、殿下。」健斗が立った状態で尊人に少し頭を下げたので、尊人はちょっと噴き出した。「ははは。健斗、家の中で俺の事を殿下、なんて呼ばなくていい。未来もな。」「え、でも……。」未来が藤堂を見る。藤堂は無視していた。「お2人とも、こちらに座って、留学中のお話でも聞かせてちょうだいな。」結子がそう言ってソファを勧めた。未来はカチンと固まった。「どうしたんだ?」尊人が声をかけると、気を付けのまま首を尊人の方へ向け、「結子様じゃないか!テレビで見るより美しい!俺、近寄れない、無理、今日会えるなんて思ってなかった!」小声でそう言うが、結子にも他の皆にも丸聞こえである。けれども上品な一家なので、何事もなかったようににこやかに微笑んでいる。「姉上様、彼らはまだ王族に慣れていませんから、また今度にしてください。今日は私からいろいろ話をし
4年前。尊人が国を出てイギリスへ留学した時、未来と健斗も同時にイギリスへ留学した。初めて対面した時、もちろん未来と健斗は尊人の事をテレビで見て知っていたが、それでも間近で見て、驚いた。「山縣君と渋谷君ですか。よろしく頼みます。」見た目は今どきの若者となんら変わらない尊人だが、言葉を発した途端、違和感、いや、オーラをまとってしまう。幸いイギリスではそれほど彼を知っている人もいないし、いや、知っていても、そもそも外国人というのは見分けがつかないものだから、彼を見て尊人だと気づく人はそういない。しかもしゃべるのは英語だし、言葉遣いで気づかれる事もない。が、守れ、と言われた2人には、こんな目立つ人を警護するなんて、と青くなったのだった。「尊人……様、言葉遣いを、その、我々と同じように……。」健斗がしどろもどろになっていると、未来が笑いだした。「尊人様、これからは尊人、と呼び捨てにしてもよろしいですか?それと、ため口もお許しください。そうしないと目立ちますので。」高校を卒業したばかりの、一般の男子としては精一杯の尊敬語を使ってそう告げた。尊人はそれを聞いて、目を見開いてしばし動きを止め、「ため口、とは何ですか?」と聞いたのだった。 だが、それからすぐに尊人は「普通の言葉遣い」になった。4人の友人にゆるく守られながらも、母国にいる時とは違って自由があるイギリスで、彼は大きく羽ばたいたのだ。英語も堪能になり、イギリス人の友達もたくさん作った。 空港を出て、尊人は御所に向かった。久しぶりの我が家。年に2度くらいは帰郷していたので、ざっと半年ぶりである。リムジンを降り、SP3人に守られながら家の中に入った。やれやれだ。外国ではこんなに厳重な警備などなく、普通に外を歩いていたのに。「尊人さん、お帰りなさい。」母が出迎えてくれた。上品で穏やかな母、君子(きみこ)は、普通の母だと思っていたけれど、そうではないらしい、と今は尊人にも分かっている。君子の実家は宮家ではないが、当時では珍しい、テレビの無い家庭だった。父と結婚した当時は珍しがられたが、今はむしろ新しいか。なかなか祖父母の家に遊びに行く事はできないけれど、何度か訪れたことはある。今でもテレビはもちろん、パソコンもスマートフォンもない暮らしをしている。 尊人には姉が2人いる。年の離れた姉だ。長女の調子は3