All Chapters of 迷宮プロレス道 ~伝説のおっさんレスラー、ダンジョン配信で無双する~: Chapter 111 - Chapter 120

147 Chapters

第111話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン メリーさんのひつじ

 草むらにうずもれるように、何かの屋根が見えてきた。 扁平な円錐形の骨組みに、破れた布がところどころにこびりついている。 往時は柔らかく日を透かしていたのだろう。しかし、いまは建物の白骨死体とでも呼ぶべき惨めな姿を晒していた。 その下に、何頭もの動物たちが円を描いている。 半数は馬だ。大きさはポニーよりも小さいが、体型はサラブレッドのようにすらりとしている。 残りは様々だ。長い鼻のゾウがいる。王冠をかぶったライオンがいる。とぼけた顔のパンダがいる。首の長いキリンがいる。大きな尻尾のリスがいる。うずまき角のヒツジがいる。「あ、メリーゴーランド!」 史料館を出てから息も絶え絶えだったソラも、少し元気を取り戻した。 オクたちピギーヘッドや、ダンジョン銀行のウサギ頭取と出会ったときの反応からもわかるとおり、ソラはかわいいものが好きなのだ。目の前のメリーゴーランドは風雪に晒させて劣化はしているものの、デフォルメされた動物たちは丸っこく、不気味さはあまりない。 中央に立つ柱にはあまり劣化がないことも要因だろう。 大理石調の素材で、ローマの遺跡にあるような彫刻がかたどられており、八角柱のそれぞれに鏡がはめ込まれている。鏡にはサビも浮いておらず、あたりの景色をきれいに写し取っていた。「そういえば、こういうのって乗ったことなかったなあ」「ん? そうだったか?」 ソラのつぶやきに、クロガネが一瞬表情を曇らせる。 数えるほどではあるが、幼いソラを遊園地に連れて行ったことぐらいはあるのだ。どれに乗れ、どれに乗ってはいけないなどとうるさく口を出した記憶もない。「あっ、ごめんごめん。クロさんが悪いとかじゃなくて、あたしって遊園地じゃジェットコースターとかそういうのばっかり乗ってたじゃん」「そういやそうだったな。タカさんなら一緒に乗れたんだろうがなあ……」 後悔があるとすれば、一緒に乗ってやれなかったことだ。 その巨体ゆえに、どの乗り物も乗車を拒否されるのだ。座席に身体が収まりきらなかったり、安全バーが締められなかったりするのだから仕方がない。 ソラの亡父である風祭鷹司であれば、そんなことにはならなかったろう。 身長はクロガネとほとんど変わらなかったが、体重は100kgに満たずプロレスラーと言うより総合系の選手のような体型をしていた。その均整の取れた肉体
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第112話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 観覧車

 夕焼け空に描き出された巨大な円。 鉄骨で構成された骨組みは蜘蛛の巣を連想させる。 外周には窓の付いたゴンドラが均等に十二個吊り下がっていた。 赤錆まみれのそれらには、赤、青、水色といった塗料の名残が残るものもあるが、くすんだ灰色になって元の色がわからないものがほとんどだった。「この観覧車にゃ、さすがに乗れそうにねえなあ」 見上げてつぶやくのはクロガネだ。 ちょうど入場口のところにゴンドラがひとつ来ているので、正確に言えば乗ること自体は可能だ。 しかし、乗ったところで動かない観覧車に意味はないだろう。「これがくるくる回って、高いところがから景色が楽しめる、という仕掛けでござるか?」 クロガネの隣では、オクが物珍しげにしている。 ダンジョンはもちろん、<アイナルアラロ>にも遊園地などない。先ほどのメリーゴーランドといい、人骨を飾った史料館といい、人間とは変わったことをする生き物だと感心している。「ところで、あそこに乗っている人間がいるようでござるが?」「ん、どこにいるんだ?」「ほら、てっぺんのあそこでござるよ」「うーん、見えねえなあ……」 ダンジョンに棲まうものの共通の特性として、オクは夜目がきく。 クロガネには見えずとも、オクの目にははっきりと見えていた。 四人乗りの狭いゴンドラに、十を超える人影ががみっちりと詰まっている。 人影はうぞうぞと手を動かし、ゴンドラの中でもがいている。 それはまるで、虫かごに捕らえられた無数の虫のようでもあった。「外に出たいようでござるよ?」 その光景を、オクはそう解釈する。 びちびちと人間離れした動きをする人影たちを見て、魚籠に詰まった釣られた魚を連想したのだ。「イタズラでのぼったやつが降りられなくなったのか? しゃーねえなあ」「あたしが見て来よっか?」 メリーゴーランドの件で吹っ切れたソラが提案する。 幽霊だったらどうしよう……などとはもはや考えない。 それに、幽霊にもプロレス技が通用することも学習していた。「いや、さすがに危ねえだろ。それに誰かいたとして、下ろしてくるのは流石に無理だろ?」 そんなソラをクロガネが止め、下段に止まったゴンドラに手をかける。 熊よりも太い腕がゴンドラにかかると、ぎしぎしと耳障りな音を立てて揺れた。「なるほど、これじゃ骨組みまで力
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第113話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 廃ホテル

 枯れた川をまたいで、小さな橋がかかっている。 その先には敷石を並べた小径があり、元は日本庭園だったのだろう、その左右には雑草に埋もれた石灯籠が不規則に並び、朽ちた竹製の鹿威しらしきものの跡などがあった。 日はとっぷりと暮れていた。 小径の先には、糸のように細い上弦の月にかすかに照らされて、木造の建物が見える。4階建ての瓦屋根。見たところ傷みは少なく、まだ人が住んでいると言われても信じられる程度だった。 玄関の軒先には「比良坂レジャーホテル」と筆文字で大書された看板がかかっている。「なかなか趣のある建物にござるな」「案外きれいに残ってるもんだなあ」「下手なコンクリより、しっかりした木造の方が長持ちするらしいね」 興味津々のオクを先頭に、クロガネ、ソラと続いていく。 その途中、4階の障子窓が不意に光り、人影が映った。 人影は長髪で、和装の男のものに見えた。「あ、また人影でござる!」「おう、今のは俺にも見えたぜ」「なんか史料館で見たやつに似てるような……?」 ソラが首を傾げるが、一瞬のことでじっくり確認できる間はなかった。 しかし、正体不明であろうが悪霊も殴れば退散するとすでに学んでいる。 不意をつかれて狼狽えないよう、ソラはこっそり深呼吸をした。 入り口は開け放しになっており、中は暗い。 クロガネが提灯をかざして入っていくと、打ちっぱなしの三和土の横には下駄箱があり、上がり框の向こうに受付カウンターらしきものが見えた。「土足は気が引けるけど……」 三和土の横に据えられた下駄箱を見ながらソラが言う。「さすがにこれじゃなあ……」 分厚く埃を被った床を見ながらクロガネが言う。 上がり框をまたいでのぼると、床板がぎしぎし悲鳴を上げた。まるで高下駄の歯の重みに抗議しているかのようだ。「とりあえず、床は腐ってねえみてえだな。オク、お前もちょろちょろしてっと危ねえから、俺のあとからついてこい」 クロガネは慎重に一歩一歩慎重に進む。 そのたびに、床板が耳障りな悲鳴を上げる。 床板が抜けるとしたら、ダントツで体重の重いクロガネが一番可能性が高い。逆に言えば、クロガネが大丈夫ならオクやソラも安全に歩けるだろう。 そこそこに広いエントランスの壁には、何かのパネルが貼られていた。 提灯を近づけて
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第114話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 脱出ゲーム

 上る、上る、上る。 ひたすら上る。 折返し、折返し上る。 ひたすらひたすら上る。「さすがにおかしくねえか?」 10階まで上ったところで、クロガネが足を止める。 この程度で疲れはしないが、代わり映えのしない階段をひたすら上っているだけでは面白くない。配信の機微には疎いクロガネだが、プロレスに例えるならこれは塩仕合だろう。展開の変化がない仕合は観客を退屈させてしまう。「一回廊下に出てみない?」「そうしてみるか」 ソラも同じことを感じていたのだろう、そんな提案を口にする。 クロガネは即座にそれに乗り、廊下に出た。 埃の積もった廊下には、左右に客室らしい襖戸が並んでいる。「これって鍵かけられるのかな?」 疑問に思ったソラが、手近な戸を無造作に開ける。 そして、「びゃっ」と短い奇声を上げ、それからすぐに閉じる。「ん? どうした、何かあったか?」「あ、いや、ごめん。不意打ちだったからびっくりしただけ」 深呼吸を2回。 それからバーンと勢いよく戸を開け放した。 中にいたのは、3人の男――とおぼしき者たち。 三度笠に道中合羽を羽織り、脚絆を履いた時代劇にでも登場しそうな渡世人の風体。しかし、決定的に違うところがあった。 顔、腕、脛、本来肌が露出しているはずの箇所が、赤茶に汚れた包帯でぐるぐる巻きになっていた。いわば、渡世人のミイラ男とでも呼ぶべきモノたちが、長ドスを片手に待ち構えていたのだ。「こういうのがいただけ」「おうっ、ヤクザかッッ!!」 巨躯が消える。 少女が消える。 瞬きも出来ぬ刹那。 そののちには、クロガネの高下駄の歯が2体の顔面に、ソラの踵が残りの1体の顎に突き刺さっていた。 変形のドロップキックと、飛び後ろ回し蹴りを受けた3体の渡世人は悲鳴も上げずに吹き飛び、障子窓を突き破って外へと落下していった。「た、ためらいがなさすぎるでござる……」 躊躇なく室内に飛び込み、一撃を見舞った二人に唖然としているのはオクだ。 文字通り一瞬の出来事。オクは廊下に残されたまま、指一本動かす間もないまま決着がついてしまった。「ヤクザ相手にゃまず一発かますのが一番なんだよ」「まあ、ぶっちゃけヤクザとは違うと思うけど」「何? 違ったのか?」 クロガネは怪訝な表情で破れた窓から顔を出す。 下を見て、落ちたは
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第115話 仙台藩 比良坂宿場 

 時は文政6年(西暦1823年)。 イギリス、アメリカ、ロシアなど諸外国の商船がしきりに日本列島に接近し、この2年後には異国船打払令が発せられる頃である。 ほどなく訪れる幕末の騒乱を知らぬ奥州街道を、一人の若侍が旅していた。 背はすらりと高く、線は細い。 月代を剃っておらず、総髪を後ろでひとつに縛っているだけだ。 土埃にまみれた脚絆からは長い旅路を想像させるが、その顔に疲れの色はない。文月の強烈な日差しに焼かれてきただろうに、どういう手妻か李朝白磁の名品のごとく抜けるような肌をしている。 若侍と行き逢った者は、男も女も老いも若きも問わず、ぽっと頬を染めて見とれてしまう。 足を止めるだけならまだましだ。もと来た道を戻ってふらふらとその艶やかな後ろ姿を追おうとする者も珍しくない。老人ともなれば思わず手を合わせて拝み始める者までいる。 歌舞伎の女形にでもなったなら、大層な人気を博しただろう。「お武家様、お茶などいかがでございましょう」 茶屋の女中が勇気を振り絞り、若侍に声をかける。 女は女で近在の宿場町では一番の器量良しと評判の看板娘であったが、若侍の美貌の前には霞んでしまっていた。「すまぬな、拙者は先を急ぐゆえ」 凛と涼やかな返答。 声色までが艷やかだ。 女はへなへなと腰が砕けそうになりつつも、「どちらまで」と行く先を尋ねる。「今日中に比良坂宿まで行きたくてな」「なんと、比良坂まで」 この茶屋から比良坂の宿場町までは、早馬でも丸一日かかる。 それを徒歩で往こうとは無茶が過ぎると止めようとした。 しかし、女の前から若侍の姿はすでに消えている。 遠く道の先にかの若侍の後ろ姿があった。 ゆったり歩いているようにしか見えぬのに、飛脚が走るよりも速い。 若侍の背中はみるみる点になり、やがて峠の向こうへ消えた。 女はあやかしにでも化かされたのかと、ほっとため息をついて目を擦った。■比良坂宿(文政6年同日) 日ノ本の国にそれが生まれたのは約200年前、元和元年(西暦1615年)まで遡る。 のちに大坂冬の陣と呼ばれる合戦を終え、豊臣氏が滅亡し、神君家康公を頂点とする江戸幕府が盤石となった最初の年だった。元和への改暦
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第116話 仙台藩 比良坂迷宮

 比良坂迷宮は2つの巨石に挟まれた坂を降った先にある 迷宮の生まれる以前、この坂は黄泉に通じているという伝承があった。各地に伝わる黄泉比良坂伝説を持つ地のひとつだ。迷宮を研究する国学者の中には、記紀神話に記された黄泉比良坂とは、そもそも古代に発生した迷宮のことを指しており、最奥は別世界につながっていると主張する者もいる。 ツナが巨石の間を通り抜けると、すっと空気の温度が下がった感触がある。 迷宮での探索を重ね、経験を積むとこういった肌感覚が備わる。<運営>によれば、迷宮の風には魔素なる成分が含まれているそうだ。魔素に馴染んだ人間は、それに敏感になるのだ。 迷宮に入って早々、黒い鞠に似た物体が飛んでくる。 鞠には人差し指と親指で丸を作ったほどの硝子が嵌まっており、ツナの周りをくるくると廻る。人にまとわりつく蚊のようでうっとうしいが、これを追い払う手段はない。 ツナは娯楽のために配信を行うことはない。 迷宮改方のお役目に必要な資料を写し絵巻で撮るだけだ。 しかし、<運営>が寄越すこの鞠が勝手に撮影し、配信を行う。 あえて配信受けするようなことは何もしないのだが、その美貌によりそこそこの人気を博しており、使い道のアテもない迷宮点銭だけが貯まっている。 坂の左右は鬱蒼とした森に塞がれ、うねった獣道を進むしかない。 突き当りには四階建ての旅籠らしき建物があり、ご丁寧に「比良坂レジャーホテル」なる屋号まで掲げられている。蘭学者によれば英機黎語をカナで表したものではないか、とのことだ。日ノ本の言葉に直すならば、遊山旅籠とでも言ったところか。 迷宮では、こうした異文化が無造作に入り交じることが珍しくない。 開け放しの玄関をくぐり、上り框をまたいで土足のまま屋敷に上がる。 資料で読んだ情報に従い、まずは四階まで進む。 客室の襖を開けると、包帯まみれの木乃伊が三体。 渡世人の姿をしたそれを、抜き打ちの一閃でまとめて両断する。「ジョウムツ……」 両断された木乃伊の一体が、そう言い遺して風にさらさらと溶けていく。「ふむ、幸先がよいな」 一部屋目で当たりを引くとは運がいい。 十階に上がり、再び客間を探索。 浪人、山伏、僧侶の姿をした木乃伊を
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第117話 仙台藩 比良坂迷宮 羆天狗

 羆の如き巨漢が弾丸の勢いで駆けてくる。 貫目はツナの倍以上はあろうか。 巨体が跳躍し、回転する。 相対する敵に背を向ける見たことのない動作。 一瞬、対応が遅れる。 風切り音。 高下駄の一本歯が、ツナの眼前を通り過ぎる。 わずか一寸。ぎりぎりでのけぞっていなければ、鼻が持っていかれていただろう。「ちっ、初見でかわすたぁやるじゃねえか」 そこから逆回転。 岩のような巨拳が迫る。 逆手の抜き打ちで迎え撃つ。 ――源次綱流兵法『立杭』 刀身を鞘の半ばまで抜き、刃で以って受ける超至近用の抜刀術。 川の流れを割く杭の如く、受けつつも斬る攻守一体の技。 が、不発。 巨漢の拳が刃の直前で止まっている。 跳び退がりながら刀身を抜き放ち、順手に持ち替える。 正中線を正面に向け、鋒を敵に向ける正眼の構え。(徒手が相手ならば、これがよい) 正眼は鋒で牽制し、懐には容易に飛び込ませない構えだ。 斬るには一拍を要するが、受け、突きならば無拍子で放てる利点がある。 じりじりと間合いを測りながら、視野を広げて全体を見る。 背後には先ほど見かけた町娘と、脇にいるのは豚頭のあやかし。 資料には徘徊型はいないとあったため油断していた。 おそらくは、この容貌魁偉の大男が前衛。 あの娘と豚頭が妖術を放つという組み合わせだろう。 術の準備に入っている様子はないが、決着を急がねばこちらが不利になる。 男の様子を改めて観察する。 短く刈り込んだ頭は浪人、町人のそれではない。 さながら、山籠りを続け坊主頭が伸び放題の荒法師。 法衣こそまとっていないが、徒手の兵法に溺れ、魔道に堕ちた天狗の一種か。 天狗にはいくつかの亜種がいる。 大抵は何らかの獣と混じった風貌で、烏と混じれば<烏天狗>、山犬と混ざれば<狗賓>、猪と混ざれば<猪狗>といった具合だ。 巨体に獣の如き凶相を浮かべるこの天狗は、さしずめ<羆天狗>といったところだろう。 鋒を斜めに下げ、下段に構える。 間合いが縮む。 鋒で地を擦るようにしながら、あえて徒手の間合いに踏み込む。「どっせい!」 誘いに乗った<羆天狗>が巨拳を放つ。 |鎮西八郎《ち
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第118話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 格闘談義

■比良坂レジャーランド跡ダンジョン 廃ホテル裏手(?) オクには記憶があった。 おぼろげながら、しかし確かに存在する記憶。 己がサムライに憧れ、志したその記憶。 仙台駅前ダンジョン10層の役割に囚われる前。 大海原の小舟で狩りをする戦士であった後。 己が何者かもわからぬ、束の間の混沌。 そのとき、確かに存在していた。 ただの一刀で巨大な魔物を斬り伏せる美丈夫。 爽やかに微笑する涼し気な表情。 師匠と並ぶ、もうひとつの指針。 ダンジョンの深層で出逢った、孤高のサムライ。「待った! 待ったでござるよ!」 気がつけば、身体が動いていた。 クロガネと美剣士の間に割り込んでいた。 巨獣と、麗人の時が停まる。 破断寸前の琴の弦に乗ったような緊張感。 オクという異物は、限界の闘争の場にあってはならぬ夾雑だった。 だが、そんなことは百も承知。 一瞬が稼げればいい。 この闘争いはあってはならぬ。 そう、本能が囁いていた。「危ねえぞ」 ちりちりと空気を灼く殺気をまとうのは巨獣。「ふん、あやかしが一丁前に仲間を気遣うか」 小柄を逆手に握り、氷の如き殺気をぶつけ返す美剣士。「ええっと、ひょっとして、おサムライの人も配信者だったりする?」 そして少女が、剣士の背後に浮かぶ黒球を指さした。<運営>が操るカメラドローンだ。 * * *「いやー、悪かった! てっきりモンスターだと思ってよ!」「もんすたあ? ああ、あやかしのことか。いや、拙者こそ早合点だった。面倒がらずに声をかけておけばよかったのだ」 巨漢と痩躯の美剣士が、頭をかきながら向かい合っている。 ソラの一言で、互いが人間であることを理解したのだ。 たっぷりの間は必要としたが、やがて二人とも構えを解いていた。 クロガネは有無を言わさず仕掛けたことを、ツナはソラを見かけたときに声をかけなかったことを謝っているのだが、互いに微妙に噛み合っていない。「いつか助けていただいた者でござる! また会えて光栄でござるよ!」「ううむ、すまぬが拙者には心当たりがない」「あの身のこなし、太刀筋は間違いないでござる!」「となれば、先代かその前か……。いずれにせよ、当流は歴史が長い。あやかしとの交流もあったのであろう」
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第119話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 裏(?)

■比良坂レジャーランド跡ダンジョン 裏(?)「へえ、こっち側はけっこう栄えてんだな」「お祭りでもあるのかな? 着物の人ばっかり」「サムライがたくさんいるでござるよ」 比良坂レジャーランドの裏口から出た――と思い込んでいる三人は、木造の日本建築が並ぶ町並みを物珍しげに眺めている。 比良坂宿はそれほど人気の高い宿場町ではない。 はしゃぐ三人を、よほどの田舎から出てきたのだろうと想像する。 変わった形の写し絵巻を持つ女だけは落ち着いたものだ。この女だけは江戸か上方か、どこか都会の出身だろうと当たりをつける。「旦那方、お食事でしたらうちはいかがです?」 白くなめらかな肌の女が声をかけてくる。 髪を結って頭頂の皿を隠しているが、おそらく<河童>だろう。<河童>には腕の良い漁師が多く、こうして居酒屋を営むものも珍しくない。 ここならばハズレはないだろうと、ツナは暖簾をくぐった。「らっしゃい! 今日は戻り鰹のいいのが入ってるよ!」 調理場から威勢のよい声が飛んでくる。 半のれんに隠れて顔は見えないが、緑色の肌がちらちらと見える。<河童>の夫婦が切り盛りする店のようだ。「肴は任せる。銚子を四本、冷やでくれ。それと茶はあるか?」「麦湯なら井戸で冷やしておりやすぜ」「うむ、それを三人分……でよいか? 水菓子(果物)があればそれも頼む」「合点で!」 女二人と豚頭の小人は酒を飲まぬだろうと思っての気遣いだ。 大男はいくらでも酒を飲みそうだから、酒は最初から多めで頼む。 クロガネとしては本当なら生ビールが欲しいところだったが、連れられた店でいきなり注文をつけるのも違うだろうと日本酒で良しとする。ソラとオクには「麦湯」が何かわからないが、やはりもてなしを断るのは気が引けるし、そもそも店内にかかるメニューの札も崩し字でまるで読めないのだ。「あいよっ! お待っとさん!」 少しして、店主が銚子と麦湯を載せた盆を持ってきた。 店主は案の定<河童>で、皿の付いた頭にねじり鉢巻を締めており、いかにも威勢がよさそうだ。べらんめえの口調といい、江戸でひと稼ぎしてから地元で店を持ったというところだろう。「よく出来たコスプレだなあ」「コンセプトレストランってやつ?」 大男と少女は<河童>を見慣れないようで、目を丸くしている。 独
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第120話 たいむりぃぷ?

 渡辺源次綱。 平安中期の武将であり、活躍したのは西暦で言えば1000年前後の人物だ。 酒吞童子を退治した源頼光の配下であり、当人にも茨木童子という鬼を退治した伝説が残る。 その千年前の人物を名乗る人間が現れたのだから、ソラが驚くのも当然だった。「ああ、草双紙の流祖様――渡辺綱とはもちろん別人だ。源次綱流の流祖が渡辺綱でな。その名を継いでいるというわけだ。拙者は三十一代目に当たる」「渡辺綱って襲名制だったんだ……」 初めて耳にする事実だ。 おとぎ話の登場人物の名を継いでいる人間が、令和の世にも存在するとはソラは思ってもみなかった。「じゃあさ、この雑誌に出てる人は分派か何かってこと? よく見たら流派の名前も違うし」「ふむ、渡辺源次流か。ざっと見るところ術理は未熟だが源次綱と似ているな。しかし、分派など聞いたことがない。そもそも千年の歴史などと誇っておるが、それでは当流よりも古いではないか」『月刊秘奥』に目を落とすツナの眉には皺が寄っている。 どうやら自分の流派を勝手に剽窃されている感じがしているらしい。「でも、渡辺綱って千年以上前の人じゃないの?」「まあ大雑把に申せばそうなるが……実際はまだ九百年に満たぬな。まあ、所詮は講談やおとぎ話でしか知られぬ人物よ。詳しく知らぬのも致し方がないが……」 遠い目をするツナに、ソラは申し訳なさが半分、「ちょっとめんどくさい人だな」という気持ちが半分になる。「ああ、で、でも、渡辺綱って平安時代の人でしょ? ほら、西暦953年から1025年の人だって。ほとんどぴったり千年じゃん」「せいれき? 流祖は天暦から万寿のお人だが……」「ほら、ちゃんとこれに書いてある」 ソラが差し出したスマートフォンには、百科事典サイトが表示されている。 ツナはそれを受け取ると、まじまじと読み込み始めた。「間違ってはおらぬ……いや、伝書にない補足まで……」「ツ、ツナさん? どうしたの?」 渡辺綱を名乗る人間だ。 インターネットですぐ調べられることぐらいは当然知っているだろうと思ったのだが、どういうわけか異様に食いついている。 スマートフォンを操作する指使いもおぼつかず、ソラが何度か手伝ってやる必要があった。 そのページに記載さ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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