土蜘蛛――それははるか昔、京の都に巣食っていたと云われる妖怪だ。 源頼光の一行は、ある日、京の空を舞う無数のしゃれこうべを目撃した。それを追うと、魑魅魍魎の集う廃屋に潜んだ土蜘蛛と遭遇し、激闘の末にこれを退治したとされる。この逸話は南北時代に書かれた『土蜘蛛草紙』に記され、現代でも歌舞伎や能の演目となっている。 その土蜘蛛が、小山のような巨体で二車線道路を塞いでいた。 飛び降りざまに、醜い老爺を思わせる巨大な顔面を斬りつけたツナだが、刀に伝わる手応えがおかしい。「いでえよ゛ぉ!!」 額から浅く血を流した土蜘蛛が、しわがれ声で叫ぶ。 柱のように太い前足を横薙ぎに振るう。 ツナはそれを交差した両腕で受ける。 衝撃。 ツナの細身が枯れ葉のように吹き飛ばされた。 そして空中でくるりと回転し、道沿いにあった民家の屋根に着地する。 己の体重を消し、衝撃を受け流す源次綱流の受け身『朽葉』だ。「いだがっだぁ!!」 土蜘蛛が跳ね、ツナを押しつぶさんと頭上から飛びかかってくる。 巨体に似合わず、ハエトリグモを連想させる俊敏な動き。 ツナは隣の民家の屋根に跳び、その攻撃をかわす。 土蜘蛛にのしかかられた民家は、轟音とともに半壊していた。 横目で地上を見れば、クロガネの軽トラックが走り去っていくところだった。 荷台ではソラが右手の親指を立ててこちらに突き出している。 見たことのない仕草だが、激励なのだろうとツナは受け止める。 迷わず先に向かったあたり、この程度の敵に加勢は無用と考えたということだ。「ふふっ、その方がありがたい」 ツナはソラの仕草を真似て、トラックに向けて親指を立てた。 そしてにやりと笑ってみせる。 大抵の者は、ツナが女だと知ると過保護になる。もしくは侮る。迷宮探索では誰かと組むこともあるが、女とわかれば無理にかばおうとしたり、戦闘から遠ざけようとするのだ。守ってほしいなどとは、微塵も思ってないのにも関わらず。 だからこそ、その信頼が心地よい。 こんなあやかし風情に苦戦などしては物笑いだ。 早々に片付けて、後を追いたい。ソラに見せられた写し絵巻では、彼らが向かう先はずっと多くのあやかしどもでひしめく死地なのだから。真に加勢が必要なのは、彼らなのだ。「しかし、これはちと厄介だな」
Last Updated : 2026-07-13 Read more