All Chapters of 迷宮プロレス道 ~伝説のおっさんレスラー、ダンジョン配信で無双する~: Chapter 131 - Chapter 140

147 Chapters

第131話 土蜘蛛退治

 土蜘蛛――それははるか昔、京の都に巣食っていたと云われる妖怪だ。 源頼光の一行は、ある日、京の空を舞う無数のしゃれこうべを目撃した。それを追うと、魑魅魍魎の集う廃屋に潜んだ土蜘蛛と遭遇し、激闘の末にこれを退治したとされる。この逸話は南北時代に書かれた『土蜘蛛草紙』に記され、現代でも歌舞伎や能の演目となっている。 その土蜘蛛が、小山のような巨体で二車線道路を塞いでいた。 飛び降りざまに、醜い老爺を思わせる巨大な顔面を斬りつけたツナだが、刀に伝わる手応えがおかしい。「いでえよ゛ぉ!!」 額から浅く血を流した土蜘蛛が、しわがれ声で叫ぶ。 柱のように太い前足を横薙ぎに振るう。 ツナはそれを交差した両腕で受ける。 衝撃。 ツナの細身が枯れ葉のように吹き飛ばされた。 そして空中でくるりと回転し、道沿いにあった民家の屋根に着地する。 己の体重を消し、衝撃を受け流す源次綱流の受け身『朽葉』だ。「いだがっだぁ!!」 土蜘蛛が跳ね、ツナを押しつぶさんと頭上から飛びかかってくる。 巨体に似合わず、ハエトリグモを連想させる俊敏な動き。 ツナは隣の民家の屋根に跳び、その攻撃をかわす。 土蜘蛛にのしかかられた民家は、轟音とともに半壊していた。 横目で地上を見れば、クロガネの軽トラックが走り去っていくところだった。 荷台ではソラが右手の親指を立ててこちらに突き出している。 見たことのない仕草だが、激励なのだろうとツナは受け止める。 迷わず先に向かったあたり、この程度の敵に加勢は無用と考えたということだ。「ふふっ、その方がありがたい」 ツナはソラの仕草を真似て、トラックに向けて親指を立てた。 そしてにやりと笑ってみせる。 大抵の者は、ツナが女だと知ると過保護になる。もしくは侮る。迷宮探索では誰かと組むこともあるが、女とわかれば無理にかばおうとしたり、戦闘から遠ざけようとするのだ。守ってほしいなどとは、微塵も思ってないのにも関わらず。 だからこそ、その信頼が心地よい。 こんなあやかし風情に苦戦などしては物笑いだ。 早々に片付けて、後を追いたい。ソラに見せられた写し絵巻では、彼らが向かう先はずっと多くのあやかしどもでひしめく死地なのだから。真に加勢が必要なのは、彼らなのだ。「しかし、これはちと厄介だな」 
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第132話 マスクド・ササカマ

■仙台市宮城浜区浦波町 おさかなプロレス道場(株式会社浦波水産) 本名、笹木大智。 リングネーム、マスクド・ササカマは仙台の生まれだ。 小学生の頃、父親の影響でプロレスに魅せられた。 華麗にリングを舞うスカイランナー、トリッキーで予想の付かないイリュージョニスト島崎、そして圧倒的なパワーで愚直に戦うクロガネ・ザ・フォートレス。 超日三羽ガラスと呼ばれる彼らの活躍に、タイチ少年は拳を握りしめてテレビにかじりついた。 中学生の頃、独立したスカイランナーとクロガネが仙台に道場を新設すると聞いたときは胸が躍った。 高校生になったら入門しよう。いや、練習生なら中学生でも入れるんじゃないか。そんなことを妄想しながら、その日を楽しみにしていた。 しかし、両親の仕事の都合で引っ越しを余儀なくされ、夢は叶わなかった。 スカイランナーの訃報に涙しながら、少年は新天地で学業に励みつつ、アマレスリング部に入って心身を鍛えた。 大学は地元仙台を選んだ。 希望する水産関連の勉強をするためと、生まれ育った仙台に愛着があったからだ。それに仙台で暮らしていれば、あのクロガネと街なかでばったり出会ってしまったりするかもしれないという子供じみた期待もあった。 大学では学業の傍ら、プロレス同好会を作って活動した。 高校でのアマレスリングの経験を通じて、自分の才能はそこそこだと自覚していた。超日三羽ガラスのような輝きは放てない。けれども、プロレスには携わりたい。そんな諦観が、WKプロレスリングへの入門ではなく同好会という道を選ばせた。 大学ではダンジョン配信が流行していて、ササカマも何度かダンジョンに潜ったことはある。だが、そちらにはどうも心が惹かれなかった。ダンジョンはすべてが作り物めいて感じられて、自分を熱くさせるものがなかったのだ。結局<ジョブ>も獲得しないまま関心をなくした。 しかし、これがササカマの意外な才能を開花させた。 企画や組織運営に向いていたのだろう。ササカマが主催する学生プロレス団体「おさかなプロレス」は、いかにも素人臭いコミックプロレスからスタートしたのだが、地元では順調に人気を獲得していった。専業で食べていけるほどではないが、スポンサーもつき、赤字にはならない程度の収益を上げられた。 クロガネと出会ったのは、
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第133話 大傀儡兵装<ダイダラボッチ>

 時は少し遡る。 クロガネが駆る軽トラックは、モンスターを跳ね飛ばしながらおさかなプロレス道場へ向かって住宅地を爆走していた。バンパーはひしゃげ、名状しがたい色の体液でべっとり濡れているが、そんなことを気にしている場合ではない。 ソラは荷台から、習ったばかりの<飛燕>で目につくモンスターを倒している。 ツナは<石産貝>をいくつか持っていたらしく、そのひとつが荷台に残されていた。投げるものには困らない。 おさかなプロレス道場に近づくにつれ、モンスターの密度が増していく。 そして、おさかなプロレスの看板が見えた。 一匹として同じ姿の者がいない、醜悪な異形の群れがひしめいている。 先に見えるのは血まみれになって戦うササカマの姿。 そのササカマが、長身の男にボディブローを受け、道場へと吹き飛ばされるところだった。「突っ込むぞ!」「了解!」 クロガネがアクセルを床につくまで踏み込む。 助手席のアカリが、荷台のソラが衝撃に備える。 タイヤがアスファルトを擦って甲高い悲鳴を上げ、エンジンが唸り声を上げる。 衝撃。 衝撃。 衝撃。 フロントガラスがひび割れる。 ヘッドライトが弾けて消える。 何匹もの異形どもが跳ね飛ばされていく。 異形の群れを抜け、おさかなプロレス道場の入り口に横付け。「ソラ、頼んだ!」「はーい! 任せといて!」 そして車から飛び出し、道場の中へと駆けていく。 ソラは軽トラックの屋根に立ち、仁王立ちになって腕を組む。 そして居並ぶ異形を見下ろして、両手をゆっくり開いて大見得を切る。「スカイランナーⅡ世参上! 街の平和を脅かす悪党どもめ! このあたしが来たからには、ここから先は一歩も通さん!」 どうもツナの影響で、時代劇のヒーローめいたことをやりたかったらしい。 荷台に移ったアカリが撮影を続けているが、コメント欄は【この非常時にwww】【しかし、それでこそスカイランナー】【マジで空気読まねえよなw】と大盛り上がりだ。「お前はあのときの小娘っ!」 異形の群れに囲まれて立つ、着物の女が叫ぶ。 ソラを刺す指先は、派手なネイルで彩られている。「んんー……あっ、あのときの厄介ファンおばさん!」 すぐには誰だか思い出せなかったソラが、首を傾げてからぽんと手を叩く。 あのときとは<
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第134話 弱い者いじめは趣味じゃないんだよね

 異形の腕を撚り合わせた異形の脚。 杉の古木よりも太い<ダイダラボッチ>のそれが、アスファルトの地面を砕く。 破片が飛び散り、地響きで軽トラックが一瞬浮き上がる。「オーホホホっ! これでぺちゃんこね!」 イバラが糸を繰ると、<ダイダラボッチ>の脚が持ち上がる。 そこには原型も留めず潰れた無惨な肉塊――などはない。 ただ、アスファルトがすり鉢状に砕かれているだけだった。「巨大化とかちょっとありがち過ぎるかなあ」「なっ!?」 イバラのすぐ横から、少女の声。 そちらを向くと、亜麻色の髪をなびかせるソラが<ダイダラボッチ>の右肩に立っていた。「それに、本体がむき出しとかシューティングゲームのボスキャラみたいじゃん」「んぎゃっ!?」 バチンと弾ける音。 頬がじんじんと熱く、痛い。「うーん、猪之崎さんのビンタってこんなかんじだと思ったんだけど、やっぱまだできないかあ」 自分の手のひらを見ながら首をひねるソラを見て、イバラはようやく気がついた。 自分の頬を、平手打ちされたのだ。「ふざけっ……舐めるな小娘ぇッッ!!」「うわわっ!?」 イバラが小指を曲げると、ソラの足元から鋭い棘が飛び出した。 咄嗟に<ダイダラボッチ>の肩から飛び立つ。 とんぼを切って着地するソラの顔が、一瞬苦痛にゆがむ。 ハーフパンツから伸びる白いふくらはぎには、赤い傷が一筋走っていた。「ちぃっ! そのまま串刺しになっていればよかったものを!」 今度は<ダイダラボッチ>の拳から無数の長い棘が飛び出す。 そして地上のソラに向かって数百キロもあろうかという拳を突き降ろす。「いやいや、そんな見え見え当たらないって」「ぶぎっ!?」 再び、頬に衝撃。 またしても平手打ちを受けたのだ。 今度は棘のない左肩に乗っている。「うーん、やっぱりまだ猪之崎さんのとは違う。脱力だけじゃダメなのかなあ?」「ふざけッ!!」<ダイダラボッチ>の手のひらが、蚊でも潰すかのような要領で己の左肩を叩く。 だが、ソラはひらりと身をかわし、またしても距離を取る。「だからさー、本体むき出しってどうなんだって。チョークなら完全に落ちてたよ?」 ソラの身体が消える。 今度はイバラの正面に現れ、一発平手打ちを決めると<ダイダラボッチ>の胸
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第135話 本物と書いてプロレスラーと読む

 巨人の両腕が、軽トラックごとアカリを叩き潰すかに見えたその刹那。 合間に人影が滑り込む。<ダイダラボッチ>の腕が、軽トラックの寸前で止まっていた。 否、止められていた。「実況席を狙うとか、何考えてんのよッッ!!」 止めたのはソラ。 腕を十字に組み、巨人の一撃をつっかえ棒のように受け止めていた。 巨人の皮膚にびっしりと生えた鋭い棘がソラに腕に突き刺さり、真っ赤な血がだらだらと流れ落ちる。「いひっ! ひひひひっ! 本当に人間って馬鹿ねえ、そんな足手まとい、見捨てればいいのに!」「ぐうううう……」 イバラが醜く嘲笑う。 嘲笑いながら<ダイダラボッチ>の出力を上げる。 このまま強引に押しつぶそうとしているのだ。「ソラさんっ!」「大丈夫! それより、ばっちり撮っててよ!」 アカリの声に、ソラはにかりと笑って見せる。 それはクロガネが死闘の最中に見せる凶獣の笑い。 これまでアカリが見たことがない、獰猛な微笑み。「ひひひひひっ! そんな余裕、あるかしらねえ!」 頭上からかかる圧力が増す。 大岩にのしかかられるが如き圧力。 気を抜けば一瞬でぺしゃんこにされる。 限界ぎりぎりの状況。 しかしソラは、ゆっくり息を吸い、細く吐く。 足の位置を整え、全身の力をひとつの向きに整え、そして曲げる。「ぎゃあっ!?」<ダイダラボッチ>の巨体が斜めにかしぎ、地面を転がっていく。 その全身に生えた棘がアスファルトを削ってがりがりと音を立てた。「一体、何を……!?」 かろうじて立て直したイバラが、苦々しい表情でつぶやく。 体重差にして何十倍、いや何百倍はあろうか。 あんな小柄な女が、この<ダイダラボッチ>を投げられるはずなどない。 先程の技は、猪之崎の手四つ、そしてツナの<芯金><焼入>を見盗ったことで生まれた。いわばソラ流の<ギリっとやってギュッ>といったところだが、そんなことがイバラにわかろうはずはなかった。 理解不能の出来事。 一瞬、狼狽えたイバラだが、トラックの前に立つソラを見て、再び嘲笑う。「いひひひひっ! どんなまぐれか知れないけど、ボロボロじゃないの!」 ソラの両腕は<ダイダラボッチ>の一撃でボロ雑巾のようになっていた。 無数の棘で肉が削られ、とめどなく血が流れてい
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第136話 VS酒吞童子 

■おさかなプロレス道場内 轟音。 ササカマが放ったバリスタナックルを超える轟音が響き渡った。 道場のガラスがビリビリと震え、天井からはパラパラと埃が落ちる。 音の源は裏拳。 クロガネの巨拳が酒呑童子の顔面に衝突したその地点。 常人であれば首から上が失くなるような破壊力。 しかし、酒呑童子はわずかに揺らいだだけだ。 片足を半歩だけ退け、クロガネの豪腕を受け止めていた。「ふむ、痛いな。この感覚も実にひさしぶりだ」「余裕ぶっこいてんじゃねえぞコラァッ!」 クロガネの追撃。 踏みつけるようなケンカキックが酒呑童子の腹に炸裂する。 酒呑童子の身体がリング中央からコーナーまで後退する。「むう、何だ、いまのは?」 酒呑童子は不思議そうに腹を撫でている。 ふっ飛ばされはしたが、痛みはなかった。 クロガネの放った蹴りは、破壊を目的としたものではない。 相手を派手にふっ飛ばす、プロレスの魅せる蹶りだったのだ。 それは殺し合いに明け暮れてきた酒吞童子が知らない異質な一撃だった。「ササ、動けるか? セコンドについてくれたら助かるんだが」「ぜんぜん……余裕っすよ。伊達に看板背負ってないんで」 息も絶え絶えにも関わらず、笑ってみせるササカマに、クロガネはにいと笑い返す。「おう、さすがだな。それでこそ仙台のエースだ。ああ、そういやカメラマンと別行動になっちまってな。ついでに撮影も頼めるか?」「まったく、クロさんは人使いが荒いっすねえ」 ササカマは苦笑いをして、クロガネが差し出したスマートフォンを受け取りリング外に降りる。「よお、待たせたな。てめえ、さっきプロレスがどうとか言ってたよな? このクロガネ・ザ・フォートレスが直々に教えてやる」 クロガネが人差し指を酒吞童子に向ける。 ピストルのようなその形はシュートサインと呼ばれるものだ。 真剣勝負を告げるクロガネの行動に、避難者たちがざわめく。「ほう、人間が儂に物を教えるか。面白い、付き合ってやろう」 酒吞童子にその仕草の意味はわからない。 しかし、指先から発せられる肌を焼くような殺気は本物だ。 酒呑童子の形のよい唇が持ち上がり、白く尖った牙がぎらりと光る。「そうだ、どチンピラ。てめえの名前を聞いてなかったな。試合のあとじゃ口も聞けねえだろうから、元気なう
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第137話 人間と書いてプロレスと読む

 言霊という信仰がある。 神道を始めとする世界各地の古代宗教に伝わる、口に出した言葉は実現する――という考えだ。「誰それが不幸になればいいのに」と多くが願えばその通りになるし、「ああ、自分の人生なんてお先真っ暗だ」と当人が深く思えばそれらは実現する。そういう素朴な信仰の形である。 しかし、表の世界には伝わらない、呪術の世界ではそれは異なる。 言霊が現実化するのではなく、現実を言霊に閉じ込めるのだ。 神道では荒御魂、和御魂というものがある。 前者は人に害をなす悪神であり、後者は人に恵みをもたらす善神だ。 だが、それらは簡単にひっくり返る。 悪神をもてなせばそれは和御魂に変わるし、善神も粗末に扱えば荒御魂と化す。 本来の意味での言霊とは、そうした相互作用を生み出す呪いなのである。 千年の昔。 平安京の御代には酒呑童子は現世の存在であった。 京の都の北西、大江山に絢爛豪華な大城を築き、土蜘蛛と呼ばれる一族を率いたあやかしの王であった。 千年前、この国にはたしかにふたつの王が存在したのである。 人間の目から見れば、それは大皇が統治する日の出ずる国。 あやかしの目からは、それは鬼神が睥睨する日の没する国。 そういう国であったのだ。 しかし、日の出ずる国の帝はそれをよしとしなかった。 昼も夜も、己が手で支配したいと願ったのだ。 これは一概に権力欲とは言えない。 夜の支配者であるあやかしどもは、人間を人間とも思わない。 日が没すれば我が物顔で京の都を闊歩し、赴くままに人を喰らう。 まぎれもなき悪だったのだ。 まあ、これはあやかしの側から見れば言い分もあろう。 人間どもは火を発明して以来、ずっと夜を払い続けてきた。 あやかしからすれば、先に領分を破ったのは人間の方なのだ。 夜の世界ではたしかにあやかしが横暴を振るっただろう。 しかし、昼の世界であやかしを狩り続けたのは人の側なのだ。 これは少々視点が高くなりすぎるが、無数に存在する平行宇宙の中で、この世界は特段に魔素が薄い。 たかが陽光ごときに散らされる魔素しか存在しない世界では、あやかしどもは夜に生きる
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第138話 ラリアット

 酒呑童子の額から生える2本の角が、クロガネの腹筋をえぐっていた。 もう少し、ほんの僅か、指先一本ほども押し込めば腸が破れていただろう。 しかし、鋼鉄の腹筋はすんでのところでそれを押し留めていた。「そんじゃあ、こっちの番だ」 食道からせり上がる熱い血を飲み込み、クロガネが不敵に笑う。 酒呑童子の背中から覆いかぶさり、腰に手を回す。 傷口が引き裂けるのも構わず、酒吞童子を逆さまにぶっこ抜く。 酒呑童子の長身を、その分厚い肩に担ぎ上げる。「ぬおっ!?」「歯ァ、食いしばれよ」 そのまま、振り下ろす。 鉱夫が振るうツルハシのように、酒吞童子を振り下ろす。 落雷。 否、落雷の如き轟音。 酒呑童子の背中が、マットに叩きつけられる。 リング全体がぐわんぐわんと揺れ、囲むロープが弦楽器のように震える。 ――パワーボム クロガネの全体重を乗せた衝撃が、酒呑童子の全身を痺れさせる。 プロレスの代名詞のひとつとも言える技が炸裂し、酒呑童子はマットに大の字に横たわる。 その顔面に、クロガネの肘が降りかかる。 寸前で酒呑童子が身を捩り、エルボードロップをかわす。 そのまま素早く立ち上がり、2歩、3歩と飛び退る。「フハッ! 驚いたぞ! 金時の相撲には、儂も手を焼いたのだが」「ハッ! テメェみてえな真似っこが相撲だと? プロレスにはな、力士出身のレスラーがごろごろしてんだよ。横綱級のぶちかましは、あんなもんじゃねえぜ?」 腹の傷から血を流しながら答えるクロガネに、酒呑童子は顔をしかめる。「ああ、ぷろれすは徒手空拳が信条だったな。これは無作法をした」 そう言うと、酒吞童子は己の角に手をかける。 それから歯を食いしばり、両腕に力を込める。 びきびきと生木が裂ける音。 ぶちぶちと生肉が裂ける音。 だくだくと流れる紫の血液。「ふう、これでよかろう」 紫の血で顔面を染めながら、酒呑童子が笑う。 その両手には、いまぶち折ったばかりの2本の角。 根本は紫、先端は赤に濡れたそれを、酒呑童子はリング外に放り捨てる。「血止めも必要だろう。待ってやる」「要らねえよ、ンなもんは。おい、ササ、タオルくれや」「押忍!」 リングサイドのササカマが、クロガネに向かってタオルを投げる。 降参を告げる
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第139話 ジャーマン・スープレックス

 クロガネの豪腕が鈍い轟音を響かせる。 酒呑童子の長身がぐるりと一回転し、仰向けにマットに叩きつけられる。「っしゃぁっ! コラァ!」 間髪入れず、クロガネが酒吞童子の両足を脇に抱え込む。 持ち上げ、ひねり、酒吞童子をうつ伏せに反転。 そしてそのまま両足を引き、酒呑童子の背中に腰を下ろす。 ――逆エビ固め 背中と腰の関節を極めるプロレスの基本技。 戦後のプロレス黎明期から、多くのプロレスラーが必殺技として多用した技。 近年のプロレスでは逆に見ることの少なくなった、基本にして奥義。 それが炸裂し、避難者たちが歓声に沸き立つ。「ぐおおっ!」 酒呑童子の端正な顔が苦痛にゆがむ。 両腕をバタつかせるが、背中にいるクロガネの身体には届かない。 びきびきと背骨が軋む嫌な音が体内で反響する。「おっと、プロレスを知らねえんだったよな。降参したけりゃマットを3回叩け。それかロープに触れろ。ロープに触れたら技を解くのがルールだ」 満身の力で酒吞童子の脚を引きながら、クロガネはレッスンを再開する。 酒呑童子は歯を食いしばりながら、クロガネの巨体を背負ってマットを這う。 一回、二回。 両腕を伸ばし、引く。 それはさながら蝸牛の如く。 ぬめった汗が、マットに軌跡を残す。 三回、四回。 両腕を伸ばし、引く。 震える指先が、かろうじてロープに触れる。「ブレイク! ロープブレイク!」「ハッ、根性あるじゃねえか」 ササカマの宣言で、クロガネが技を解く。 酒呑童子は荒く息を吐きながら、ロープを掴んでかろうじて立ち上がる。「なぜ……技を解く……」 蓬髪を振り乱しながら、酒呑童子がつぶやく。「ああン? それがルールだからだよ」 コーナーに戻り、ロープにもたれかかりながらクロガネが応える。「なぜ……刀を使わぬ……。先に武器を使ったのは儂だぞ……」「ハッ! 舐めるんじゃねえよ。ルールも知らねえよちよち歩きのトーシローに凶器を使われて、凶器で返して何がプロだ? 何がプロレスラーだ?」 それは、クロガネの矜持。 ひとたびプロレスラーとしてリングに上がれば、徹底してプロレスで戦う。 関節に刃物を埋め込んだ敵が相手でも、橈骨をショットガンに入
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第140話 スリーカウントはプロレスラーの本能です

 見事に半円を描いたブリッジ。 酒呑童子の両腕は、クロガネの腰をロックしたままだ。 クロガネの分厚い肩が、見紛えようもなくマットについている。 言い訳のしようもない、フォールの姿勢。 しかし、想像もしていなかった事態に、ササカマは身じろぎもできない。 いや、そもそもササカマはレフェリーではない。 酒呑童子のロープエスケープには咄嗟にブレイクを宣言してしまったが、本来クロガネのセコンドであるはずのササカマが取るべき行動ではなかったのだ。 道場に沈黙が満ちる。 避難者たちも、一言も発せないまま両手を握りしめている。 つばを飲み込むことすら憚られる静寂が空間を支配していた。 しかし、その静寂を打ち破る声。「ワァァァァアアアアーーーーーーーーーーン!!!!」 それは少女の声。 両手両足を包帯でぐるぐる巻きにされ、眼鏡の女に肩を貸された少女の声。「ツゥゥゥゥウウウウーーーーーーーーーーウ!!!!」 ソラだ。 ソラに状況はわからない。 しかし、リングで起きていることがプロレスであることは理解った。 ソラはクロガネを理解っている。 クロガネならば、空気を読んだレフェリングなど絶対に認めない。 だからこそ、カウントを続行する。「スリィィィイイイーーーーー――――……」「うおらぁっ!!」 それはスリーカウントの成立寸前。 まな板で息を吹き返した魚のように、突如としてクロガネの身体が跳ねる。 両足を広げ、遠心力をつけてヘッドスピン。酒呑童子のクラッチを切り、フォールから脱出。 とんぼを切って素早く立ち上がる。「ひゅー……ちっくら昼寝をしちまってたぜ」 クロガネは首をコキコキと鳴らして笑う。 膝にはかすかな震え。しかし、それは頑強な意志によって抑え込まれている。 この場でそれに気がついているのは、ソラとササカマ、そして酒吞童子のみ。 クロガネは確かに気を失っていたのだ。 だが、プロレスラーの本能がクロガネを目覚めさせた。 スリーカウントコールが、プロレスラーの本能を揺り起こしたのだ。「ほう、随分寝起きのいいことだな」 クロガネの虚勢を見抜いた酒呑童子もまた笑う。 しかし、それに嘲りの色は一滴たりとも混じらない。 強者を認め、そして称える笑
last updateLast Updated : 2026-07-13
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