All Chapters of 迷宮プロレス道 ~伝説のおっさんレスラー、ダンジョン配信で無双する~: Chapter 91 - Chapter 100

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第91話 鹿折ダンジョン 第6層 謎掛け①

■鹿折ダンジョン 第6層 第5層も<タカラタコガイ>の他に変わったこともなく、6層へと降りた。 仙台駅前ダンジョンと比べるとかなり狭く、モンスターも少なくて変わり映えもしない。ここが寂れているのはアクセスが悪いことだけが理由ではないのだろうとクロガネは思った。 6層も荒々しい岩肌と木板の床が続いた一本道だ。 迷うこともないので真っ直ぐに進んでいくと、途中で広場に出た。 広さはおよそ学校の体育館くらいのイメージか。 その奥には、台座に載った彫像のようなものが見える。 整った女の顔に、豊かな乳房。人間の腕はなく、腰から下はライオンの胴体が繋がっており、背からは鷲の翼が生えている。「スフィンクスってやつか」「エジプトにあるやつだね!」 ダンジョンにはしばしば脈絡もなく突拍子もないものが現れる。 仙台にはハワイを思わせるピギーヘッドの王国が隠されていたし、いまさらこの程度で驚きはしない。 近づくと、彫像から厳かな声が発せられる。「この先へ進むことを望むか。配信者よ」 スフィンクスの後ろには、閉ざされた扉が見えた。「望み叶えたくば、我が問いに答えるがいい。正しき答えを持つものにのみ、扉は開かれん」「おー、定番のやつだね!」「その手のやつは苦手なんだがな……」 予想通りの展開に、ソラが手を叩いてはしゃぐ。 一方のクロガネは腕を組んで難しい顔をした。 クロガネも「スフィンクスの謎掛け」くらいは知っているが、その手のなぞなぞには苦手意識があるのだ。「問いに答えられるのはひとりにつき、ただ一度のみ。<記者証持ち>は数に入れん」 つまり、クロガネとソラで合わせて2回しか答えられないということだ。 とんでもない難問が出題されたらどうするかと、クロガネはごくりと唾を飲む。「ま、気楽に行こうよ。いざとなれば裸締めで落とせばいいし。あの身体じゃ抵抗できないでしょ。腕もないし、ライオンの足は背中に届かなそう」「あのなソラ、そういうことは思っても言わん方がいいぞ」 すべてを台無しにする策をあっけらかんと口にするソラを、クロガネは苦笑いしてたしなめる。スフィンクスの顔も若干引きつっているように見えた。 プロレスラーとして、相手の土俵に乗らずに勝負をするなどあるまじきことだ。「あー、すまんな。そういうこと
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第92話 鹿折ダンジョン 第6層 謎掛け②

「も、もう一度申してみよ。我は耳の調子が悪いようだ」「ハッ! とぼけやがって。アトラス猪之崎だよ、猪之崎。アトラス猪之崎のプロレスがこのなぞなぞの答えだ!」 自信満々のクロガネに、スフィンクスが思わずたじろぐ。「ど、どういうことだ? 何をどうしたらそんな答えになる?」「へっ、理由まで説明しろってか。別に構わねえぜ。ソラ、ちょっと手伝ってくれ」「はーい、でも何すんの?」「プロレスだよ。もちろんガチじゃねえ。説明すんのに相手がいた方がいいからな」「うーん、まあ別にいいけど」 クロガネがソラを呼び、真横に立たせる。「いいか、まず猪之崎はな。手四つからはじめるんだ」 クロガネはソラに向けて両手を伸ばす。 意図を察したソラが、その手をがっちりと掴む。 両手を合わせた力比べ――それがプロレスの手四つの形だ。「猪之崎は手四つで相手の実力を測るんだ。それに合わせて試合を組み立てるためにな。力で押すか、技で攻めるか。一流のレスラーなら手四つだけで互いの実力を読み取れる」「単純なパワー比べじゃないもんね」 そう、目の肥えたプロレスファンならば説明するまでもないことだが、手四つとは単純な力比べではないのだ。 もちろん、そのまま力技でねじ伏せることもあるが、相手の力を利用して投げに転じたり、関節技に持ち込むこともある。頭突きや膝蹴りなどの打撃で不意をつくことだって可能だ。 手四つはプロレスの起点であり、そこからの変化は無限大なのである。「つまり、これが朝は四本足ってことだな」「待て、真剣にわからん。説明しろ」「ちっ、話が通じねえやつだな。朝は試合開始ってことだろう? それから四本足ってのはマットについた足の数だ。見りゃわかんだろうが」 クロガネとソラの足はしっかりと地面を踏みしめている。 たしかに、マットについている足の数は4本だ。「続けるぞ、次はこれだ」 クロガネはソラを大きく振って手を離す。 ソラはそのまま駆けていき、ロープに跳ね返されたようなジェスチャーをしてから駆け戻ってくる。それに合わせ、クロガネの巨体が宙を飛ぶ。両足を揃えたドロップキックだ。 ソラがもんどり打って倒れるが、もちろん、当ててはいない。 寸止めのデモンストレーションだ。「手四つからロープに振ってからのドロップキック。これが足2本ってこ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第93話 鹿折ダンジョン 第6層 謎掛け③

 ごほん、とスフィンクスは咳払いをし、背筋を伸ばした。 深呼吸をして息を整え、精一杯威厳のある声を出す。「ほう、人間如きに答えがわかったというのか」「あ、そのノリ続けるんだ」 せっかく取り繕ったのに、いきなり腰を折られて涙目になる。 クロガネが小声で「おい、そういうのはやめてやれ」で言っているのが筒抜けなのも心に刺さってくる。「ごめん、いまのナシ! 最初からやり直しで」「……ほう、人間如きに答えがわかったというのか」「へへーん、人間様を舐めてもらっちゃ困るよ!」 物心がついたときからプロレスに染まっているソラだけに、このあたりの切り替えはとんでもなく早い。いかにも世間知らずな少女が生意気に振る舞っているように見せる。 こっちはこっちでクロガネとは別の方向で怖い、とスフィンクスは戦慄した。「ならば答えてもらおうか、人間よ。これで正答にたどり着けなければ、貴様らには罰を与える」 これだけヒントをやっているのだから、頼むから正解してくれ……とスフィンクスは念じる。 小学生でもわかる問題なのだ。それが解けないほど脳みそまで筋肉が侵食しているとは信じたくない。 罰はスフィンクスの意志とは関係なく発動する。 仕返しが怖いからナシ……というわけにはいかないのだ。 自分の運命は完全に眼前の少女に委ねられた。 スフィンクスは脂汗を垂らしながら考える。 祈るような気持ちで、ソラの回答を待つ。 しかし、ソラは口をつぐんだまま一言も発さない。 生きた心地がしないまま、時間だけが過ぎていく。 実際にはほんの数十秒なのだが、焼けた鉄板の上に正座しているかのように時間が進まない。* のこり 60秒 です * 無常にも、脳裏に<運営>のシステムメッセージが鳴り響く。 ソラの沈黙が遅延行為であると判定されたのだ。 この少女は「いざとなれば絞め落とす」と豪語していた。 このまま不正解となったら、勢い余って首をねじ切られても不思議はない。 仙台駅前ダンジョンの<神社>で軽く屠っていた<ヘカトンケイル>だって、自分に比べたら何枚も格上なのだ。* のこり 10秒 です * 死へのカウントダウンがはじまった。 頼む。答えは1秒で十分言えるような短い単語だ。 ちゃんと答えてくれ……!* のこり 5秒 です 4,3,2
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第94話 鹿折ダンジョン 第7層~第8層 モンスターハウス

■鹿折ダンジョン 第7層「ぬぉぉぉおおお!?」「きゃぁぁあああ!?」 クロガネとソラは足元に突然出来た穴に落下した。 すべり台のような急なスロープになっており、延々と滑り落ちていく。 斜面はツルツルとして指をかけられる場所もなく、抵抗のしようもない。 二人を追いかけるように滑っていくのは、カメラを構えたアカリだ。 配信は【アホすwww】【どうやったら間違えられるんだよwww】【ソラちゃんもゴリラだったかー】といったコメントで大盛り上がりだが、さすがにそれを伝えられる余裕はなかった。 ただ、うなぎ登りに増えていく同時接続者数ににやりと笑みを浮かべるのみである。「ふがっ!?」「うわっ!?」 長い長い滑落は不意に終りを迎える。 空中に投げ出され、何か柔らかいものの上にぼすっと落ちた。 バレーボールくらいの大きさの、柔らかい球体が無数に敷き詰められていたのだ。 色は様々で、赤、青、黄、緑……など、ダンジョンの一室をカラフルに彩っている。「あー、びっくりした。クッションがあって助かったね」「ああ、助かったな。しかし、なんだこの丸っこいのは?」 クロガネは球体をひとつ拾い上げ、まじまじと観察する。 それは半透明の水色をしており、中では小さい粒のようなものが揺れ動いていた。 不思議に思って眺めていると、ぐにゃりと変形してクロガネの手から逃れる。 そして地面にバウンドするとクロガネの顔面にぼすっと激突した。「んん? なんだこりゃ?」 クロガネが首を傾げると同時に、また脳裏にメッセージが表示された。* モンスターハウス だ! * ぼすん、ぼすん、ぼすんと四方八方から謎の球体がぶつかってくる。 大きい水風船をぶつけられているようなもので、痛くも痒くもないのだが、うっとうしいことには違いない。「あはは! 何これ! ちょっと楽しいかも!」 楽しげに笑っているのはソラだ。 飛んでくる球体を器用にかわす姿は踊っているようにも見える。 時々パンチやキックで球体を弾き返しているが、球体にもダメージはない。 戦いというよりも、もはやエクササイズの雰囲気である「これもモンスターなのかあ?」 クロガネはぼすぼすとぶつかられながら頭を掻く。 数が多すぎて、クロガネの巨体ではかわすことなどとてもできないのだ。 最初から諦めて
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第95話 鹿折ダンジョン 第9層 <鏡の間>

■鹿折ダンジョン 第9層 トカゲに逃げられ、第9層に降りてきたクロガネたちの前を待っていたのは金属製の大きな扉だった。ピカピカに磨き上げられており、覗き込むまでもなく自分たちの姿が映る。 その扉にはやはり金属のプレートがはめ込まれており、そこには朱色の文字でこんな文言が刻まれていた。『これより先は鏡の間 進むならば覚悟せよ 己が正道を行く者は 来し方を振り返れよ 最も高く聳えた壁が 汝の行く手を阻まん 壁を砕きし者だけが 生命の秘奥に触れん』「なんだこりゃ? またなぞなぞかあ?」「意味深な感じだね。いまいち意味がわかんないけど」 クロガネとソラは、プレートの前で顔を見合わせる。 つい先ほど、謎掛けに手を焼かされたところなのだ。 どうしても考え込んでしまう。「このキノコえた壁ってなんだ? キノコで出来た壁でもあるのか?」「キノコ? あ、それは茸じゃなくて。『そびえた』ね」「へえ、難しい漢字知ってんなあ」 ソラに教えられ、クロガネは素直に感心する。 先ほどの謎掛けでこそ失敗したが、ソラは勉強はできる方なのだ。塾にも通わなかったのに、県下でもトップクラスの高校に進学し、成績も上位を保っている。 名前を書ければ入れると揶揄された高校を中退した自分とは頭の出来が違うのだ、とクロガネは思っている。思い返せば、ソラの亡父である風祭鷹司も名門大学の体操部からのプロレス転向という異色の経歴の持ち主だった。地頭の良さは遺伝しているのだろう、 ともあれ、考えていたところでしょうがない。 クロガネは扉を押し開けようと手をかける。 しかし、何の手応えもなく押した腕が向こうへとすり抜けた。 驚いて手を引っ込めるが、別になんともない。「へー、幻の扉みたいな感じ? めっちゃ面白い!」 クロガネが手をにぎにぎして確かめている隙に、ソラは身体を半分扉にめり込ませていた。 出たり戻ったりして遊んでいる。この物怖じのなさも鷹司さんにそっくりだとクロガネは短いため息をついた。「あー、向こう側に行っても大丈夫そうなのか?」「うん、とりあえず何にもないよ」 ソラが扉をすり抜けて行ってしまうので、クロガネはその後を追う。 扉を抜ける瞬間、頭の芯を冷たい手で撫でられるようなぞくりとした感触がしたが、それ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第96話 鹿折ダンジョン 第9層 アトラス猪之崎という男

 アトラス猪之崎とは何者か。 曰く、人類史上最強。 曰く、1万戦無敗。 曰く、万能無敵。 格闘ファンは言う。 所詮はプロレス、すべては演技だ。 そんなに強いなら、五輪のメダルでもボクシングのベルトでも獲ればいい。 投資家は言う。 経営者としてはせいぜいが一流半。 プロレスなどにこだわらなければ一流になれたかもしれない。 音楽家は言う。 彼はなぜ、音楽家にならなかったのか? 彼のピアノが、ヴァイオリンが、声楽が、暇つぶしなどとは言わせない。 対戦者は言う。 強すぎる。とても勝てない。彼こそが最強だ。 しかし、誰しもが口を揃える言葉がある。 ――もう一度戦いたい。 毀誉褒貶。 賛否両論。 百家争鳴。 正体不明。 それが、アトラス猪之崎という男。 まばゆいほどの輝きで、見るものすべてを魅了し続ける男。「スマイルですかーッッ!!」 拳を突き上げ、男が叫ぶ。 その顔は異相。顎が細く長く、尖っている。「スマイルですかーッッ!!」 拳を突き上げ、男が叫ぶ。 何万回も叩いたような、鋼の筋肉。「スマイルですかーッッ!!」 拳を突き上げ、男が叫ぶ。 熱狂する観客。注目せずにはいられない、ブラックホールの如き磁場。 それが、アトラス猪之崎という男だ。『おおーっと! 挑戦者の入場ですッッ!! 一人目は、かつて超日プロレスにその人ありと謳われた、知る人ぞ知る実力派レスラー!! 身長190cm、体重130kg! クロガネ・ザ・フォートレスぅぅぅうううーーー!!』 どこからか聞こえるリングアナウンス。 クロガネは奥歯をぎりりと噛み締め、右拳を突き上げる。 リングに向かって、花道をゆっくり降りていく。『二人目はッッ! まさかまさかの親子鷹ッッ! 超日三羽ガラスの長男、スカイランナーの忘れ形見ッッ! 小さな体に秘めたセンスは無限大ッッ!! 身長160cm、体重61kg! スカイランナーⅡ世ぃぃぃいいい!!』「あははっ! なんかわかんないけど、いいじゃん!」 ソラがくるくると側転やバク転を繰り返し、花道を降る。 客席が湧き、空間にじりじりとノイズが走る。 まるで昭和時代の街頭テレビのようだ。 クロガネは、ロープの間をくぐってのっそりリングに上がる。 ソラは。軽やかにトップロープを飛び越えてリン
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第97話 鹿折ダンジョン 第9層 アトラスvsクロガネ

 クロガネの身体が膨らむ。 アドレナリンが全身を駆け巡り、筋肉に流れ込む血流が増大する。 体温が急上昇し、蒸発した汗が白い湯気となって立ち上る。 相対するはアトラス猪之崎。 まっすぐに肘を伸ばし。クロガネの怪力を正面から受け止める。 白い肌には汗一つなく、名工の手による大理石の彫像を思わせる。「ハハハッ! ウェイトを増やしたか? いいストレングスだッッ!」「ああ、あんたの言う通り、食って食って鍛えまくったからな。このまま捻り潰してやるぜ」 クロガネの身体がさらに膨らむ。 腕撓骨筋が、上腕筋が、上腕二頭筋が、上腕三頭筋が、三角筋が、大胸筋が、僧帽筋が、脊柱起立筋が、広背筋が、腹直筋が、腹側金が、腸腰筋が大臀筋が大腿筋が下腿三頭筋が内側から盛り上がる。 質量保存の法則を無視し、何倍にも肥大する。 それはさながらそびえ立つ城壁の如く。 もちろん、それは錯覚だ。 溢れ出る闘志が見せる幻覚だ。 だが、それが生み出す力は本物。 大型トラックさえ押し倒す圧倒的パワー。 巨人を投げ、巨石を投げ、怪蟲を投げ、毒竜をなぎ倒してきたその力が四つに組んだ手に込められている。「イエスッ! 見事なエナジーだッッ! スマイルが伝わって来るぞッッ!」「余裕かましてんじゃねえぞ、この妖怪親父ッッ!!」 だが、猪之崎の微笑は崩れない。 涼し気な顔のまま、桁外れの圧力を真正面から受け止めている。「だが、ボーイ。プロレスはマッスルだけで闘うもんじゃない。手四つは骨でやるものだ。私の教えを忘れたか?」 両者とも100kg超えのスーパーヘビー級。 しかし、クロガネの方が30kg重い。 こんな力比べは、尋常ならば成立しない。「ああ、あんたの口癖だったよな! ギリッと支えてギュッとやるとか言ってたよな! よーく覚えちゃいるが……意味わかんねえんだよッッ!!」「ならもう一度教えねばならんね。いまはギリッと支えている。そして、これがギュッとだ!」 猪之崎の存在が、クロガネの眼前から消え失せる。 手を掴む感触すら消え失せる。 視界が反転する。 天井が見える。 背中に衝撃。 反射的に首を丸めて受け身を取っていた。 すかさず反転し、立ち上がりつつ後ろに跳躍。 それからやっと状況を飲み込む。 クロガネの力を利用し、
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第98話 鹿折ダンジョン 第9層 選手交代

 山。 その感触は山。 あるいは大地。 その感触は揺るぐことない大地。 クロガネの放った弩は、猪之崎の細い顎に突き立ったまま、止められていた。「ハハッ! ナイスパンチだッッ!」「けっ、鼻血ブーのお返しだ」 猪之崎の鼻から、一筋の血が垂れる。 唇に達したそれを、舌先がぺろりと拭う。「それなら私もお返しせねばな」「よぼよぼジジイのパンチなんざ、釣り銭にも足りねえだろうがな!」 今度は猪之崎が右拳を引く。 左拳を突き出す大きな構えは長弓を引く武士の如く。 クロガネのそれと似ているが、微妙に異なる構え。「ボーイ、行くぞッッ!」「かかってこいやッッ!」 解き放たれる剛弓。 風を切り裂く鋭い鏃。 猪之崎の拳はクロガネよりも一回り小さい。 指は女のように細く、しなやかで長い。 それを凝縮させた小さく硬い拳。 それを放つ一撃を、こう呼ぶ。 ――ナックルアロー 猪之崎の拳がクロガネの額を射抜く。 切り裂かれた皮膚から、鮮血が舞う。 顔面を血に染めながら、凶獣が嗤う。「そよ風でも吹いたか? 涼しくなってきやがった」「エクセレンッッ! ボーイの強がりは相変わらずだな」「おっと、耄碌ジジイのへなちょこパンチだったか。パンチってのは、こうやるんだよッッ!」 爆発音。 クロガネの拳が猪之崎の顔面で炸裂する。 風切り音。 猪之崎の拳がクロガネの顔面を切り裂く。 殴る。 殴る。 殴る。 殴られる。 殴られる。 殴られる。 弩弓と剛弓の応酬。 血しぶきが舞う、舞う、舞う。「あ、案外タフじゃねえか……」「ボーイも見事なタフネスだ。入門に来た日を思い出すよ」「へっ、入門じゃねえ。俺は道場破りに行ったんだ」「おや、そんなつもりだったのか? 私はてっきりファンがサインをねだりに来たんだろうとでも思っていたよ」 殴る。 殴る。 殴る。 殴られる。 殴られる。 殴られる。 赤に染まる視界の中、クロガネの脳裏をよぎるのは20年前。 あれは冬の日だった。 生まれ持っての体格で、喧嘩は負け知らず。 地元仙台では番長気取りだった。 仲間がよそ者にリンチされたと聞いた。 繁華街へ走った。 殴り込んだ高級クラブで飲んでいたのは、身体のデカい男たち。 関係ない。 暴れた。
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第99話 鹿折ダンジョン 第9層 寝技の応酬

「まずはこれなんでしょ?」 ソラが両手を掲げる。 手四つの誘いだ。「フォークダンスの誘いかな? エスコートなら慣れてるよ」 猪之崎がその手を掴もうとする。 その瞬間――「って、真面目にやるわけないじゃない!」 猪之崎の手首を掴み、ソラが飛ぶ。 瞬時に腕に絡みつき、猪之崎がマットに膝を着く。 観客席から巻き起こる驚きの声。そしてブーイング。 ――飛びつき腕ひしぎ十字固め 猪之崎の肘を折ろうと躊躇なく全体重をかける。「ハハハッ! エクセレンッッ! 見事な不意打ちだ! 君には悪役の才能があるッッ!」 しかし、関節の砕ける感触はない。 捕らえたはずの猪之崎の腕が返っており、ソラの肩を掴んでいる。「立ち技の次は、寝技のレッスンだなッッ!」 ソラの身体が引きずられ、猪之崎の下に入る。 そこからぐるりと反転し、足を取られて畳まれる。 その寸前に足を引き、反対に足首を掴んでひねる。 同じ方向に猪之崎の身体が回転し、片足が脇に挟まれる。 反られる前に身体を折り曲げ、股の下から身体を通す。 寝技。 寝技。 寝技。 目まぐるしい寝技の攻防。 2匹の蛇が絡み合う攻防。 有利不利すら不明の攻防。 ある瞬間、それが止まる。「ガール、タップをするなら早めがいいぞ」「誰が……!」 ソラをうつ伏せに倒し、上からかける腕がらみ。 ソラの左腕がぎりぎりと悲鳴を上げる。「うらぁぁぁあああッッ!!」 ごきりと鈍い音。 それと同時にソラの身体が反転。 猪之崎の顔面に強烈な肘打ちが叩き込まれる。 一瞬緩んだ拘束を振り払い、ソラが脱出。 距離をおいて立ち上がるが、その左腕はだらりと垂れている。「ハハッ! すごいスマイルだ、ガール。自分の関節を外すなんてそうそうできるものじゃない」「めちゃくちゃ痛いわよ、バーカッ!」「ああ、肩が外れるのは痛いな。ちなみに、戻すときはもっと痛いぞ?」 猪之崎の姿が消える。 違う、消えるはずがない。 低空タックル。 迎撃の膝。 空を切る。 左腕。 引かれる。 振り回される。 激痛。 悲鳴。 ぼごりと鈍い音。 投げられる。 ロープ。 背中に食い込む。 跳ね返る。 眼前。 二の腕。 喉。 衝撃。 天井。 息。 血反吐。 ラリアット。 衝撃。 背中。
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第100話 鹿折ダンジョン 第9層 ビンタ

「うおっっっしゃぁぁぁあああ!!」 咆哮とともに、クロガネが観客席を練り歩く。 両手を上げて唸り声を上げ、観客たちを追い散らす。「ボーイ……? 何をしているのかね?」『ボーイだと!? ハッ、10万飛んで37歳の吾輩に、小僧っ子が何を言いやがる!』 クロガネは血混じりの唾を吐き捨てると、パイプ椅子を掴んで片っ端からリングに投げ込んでいく。 そんなものが当たるわけもなく、猪之崎はただ唖然とするのみだった。「ちょ、コースケさん、何を……?」 突然の凶行に、アカリが思わず素に戻る。 しかし、クロガネはそれに不敵な笑みと共にマイクをアカリへと返す。 何か狙いがあるのだ。 それを察したアカリは、背筋を伸ばして気持ちを切り替える。 マイクを握りしめ、叫ぶ。『おーっと、デビル・コースケ選手、突然の乱入! そして乱心です! 観客を脅し、奪ったパイプ椅子をリングに投げ込んでいきます!』 20脚、いや30脚は投げ込んだだろうか。 リング上はパイプ椅子が散乱し、足の踏み場もないほどだ。「へっ、こんなとこか!」 クロガネがリング内に飛び込むと、蹴散らされたパイプ椅子が耳障りに泣き叫ぶ。「ボーイ……いや、デビル・コースケ君と行ったかな? 神聖なリングに何をしてくれたのだね?」 それが設定であることを理解し、猪之崎は即座に話を合わせる。 デビル・コースケはクロガネがWKプロレスリングを経営していく中で生まれたプロレスラーだ。この猪之崎はその存在を知らないのだ。 だが、どうやら悪役であることは間違いない。 ならばと猪之崎は正義役の立場で対応する。「クハハハハ! リングが神聖などとは笑わせる。魔界のリングは血と炎に彩られた灼熱地獄よ! 本物のデスマッチってもんを見せてやるぜ!」 クロガネの足元からパイプ椅子が飛ぶ。 足で引っ掛けてぶん投げたのだ。 猪之崎は顔面めがけて飛んできたそれを両手でブロックする。「だあっしゃぁッッ!!」 その直後、クロガネのドロップキックが猪之崎を襲う。 ガードの上から押し込むような重い一撃。 さすがの猪之崎もこらえきれずたたらを踏むが、パイプ椅子を踏んでしまってバランスを崩す。 そこへすかさず、クロガネのショルダータックルが炸裂。 技も理合い
last updateLast Updated : 2026-07-13
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