Tous les chapitres de : Chapitre 31 - Chapitre 40

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第31話 祝杯!

 夜の採石場跡地。 演台に立つ私の眼前には、大勢の戦闘員や怪人がひしめいている。 私は東方の酒で満たした盃を片手に持ち、それを高々と掲げた。「それでは、アホボン王子の廃嫡を祝って、かんぱーい!」『イーッッッ!!』 音頭に合わせて一斉に祝杯を上げる。 例の裁判から1ヶ月後、イログールイの廃嫡が正式に決定され、弟のシキマーが王位継承権第1位に繰り上がった。シキマーはシキマーで評判が悪く、さっそくアホボン2号というあだ名が広まりはじめている。平民の悪口というのはひねりがない分、かえって破壊力が高い。「ははは、まさか2年とかからずここまで至るとはな。この父も……いや、この将軍怪人オトーサマーも鼻が高いぞ!」「ふふふ、すべてはオトーサマーの助力あってのこと。まったくかたじけない」「「はっはっはっ!」」 今日は採石場跡地の秘密基地でのパーティだ。 今回は特別ゲストも招いている。ひとりはお父様。家伝の鎧にさまざまなオプションパーツをくっつけた衣装を身にまとい、将軍怪人オトーサマーとして参加している。 これまで姿は現さなかったが、別働隊を率いてジャークダーの活動を影から支えていた……という設定である。侍女怪人ジージョ・レディに続くオリジナル怪人の第二弾だ。名前が安直なのは、私がつい「お父様」と呼んでしまいそうなので、それを誤魔化すためである。「旦那も嬢ちゃんも、何を遊んでるんだい」 暗赤色の甲冑に身を包む、長身の女怪人がジョッキを片手にやってきた。 昆虫の百足を連想させる鎖を全身に巻き付けた彼女の名は百足怪人センチピードレス! 昭和としては非常に珍しい、日焼けした長身の女性モデルを採用したことでも話題となった悪の女幹部のひとりだ。鎖の隙間から見える褐色の肌が非常にセクシーである。うむ、モデルと言い、衣装といい、パーフェクトな出来栄えだ。 なお、中の人はニシュカである。「おお、百足殿。なかなか似合っているではないか」「なんだかんだ旦那もノリノリじゃねえか。血は争えないってやつかねえ」 ニシュカが私とお父様を交互に見比べる。 そうか、特オタの遺伝子はヴラドクロウ家に伝わるものだったんだな。ひょっとしたらお父様も前世の記憶を引き継いでいたりするかもしれない。折を見て聞いてみるか。 なお、百足怪人センチピードレスは将軍怪人オトーサマ
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第32話 ネトリーはいかにして正ヒロインとなりしか

 ――イザベラたちが祝杯を上げる数日前。《捻じれ捩れたる森》にて。 王国北部に広がるその広大な森林は、300年前に建国王ゼッツリンド率いる勇士たちが《混沌の魔王》ナイアルを封じたとされる場所だ。ナイアルの呪いの残滓といわれる瘴気に満ち満ち、その名の通り木々はまっすぐに育たず、苦しみのたうつ蛇の群れのようだ。魔物も動物も瘴気の影響を受けて変異種と化しており、ただの一体として同じ姿のものはいない。 そんな魔境を、桃色の髪をした少女と、金髪の少年が歩いている。 そのうしろを数人の若者たちがついて歩いていた。「ネトリー、もういい加減に帰らないか? 森に入ってからもうひと月近くはたつじゃないか……」「ベアリッシュ、音を上げたんなら帰っていいわよ。それとも、怖気づいたの?」 ネトリーと呼ばれた少女は、振り返って上等な鎧をまとった若者に答える。 その若者、ベアリッシュは慌てて首を振った。「だ、誰が怖気づいたりするもんか! ただ俺は、このまま探したって無駄なんじゃないかって……」「あら、私の予言が信じられない?」「そ、そんなことはないんだけど……ほら、ヴラドクロウの件もそうだし、殿下もこんな調子だし……」 ベアリッシュの視線の先には、金髪の少年がいた。 少年の金髪はボサボサで、頬は痩せこけ、唇はひび割れている。 しかし、何より異様なのは落ち窪んだ眼下の底にある異様な輝きだ。 青い目を爛々と輝かせながら、「僕は王子だ……次期国王……ひひっ、頭が高いぞ。ひれ伏せ……ひれ伏せ……」などとつぶやいている様子はまるきり幽鬼である。「きゃっ!?」「だっ、大丈夫か、ネトリー!?」「心配するぐらいなら転ぶ前に助けなさいよ」「ご、ごめん。気が付かなくって」 振り向きながら歩いていたら、捻くれた木の根に足を取られてしまった。 ネトリーは小声で悪態をつきつつ立ち上がる。(どうしてこんなことになるのよ……) ネトリーは先ほどつまずいた木の根を蹴り飛ばし、そんなことを考える。(ジャークダーって何よ! なんで強制イベントのあの裁判で負けるの!? 全選択肢を検証したけど負けるルートなんて絶対になかったわ! どうしてイザベラは、あの悪役令嬢は学園に来ないのよ! ぜんっぜん意味がわからない! 私がここまで来るのに、どれだけ苦労したかわかっ
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第33話 ネトリーさん、正ヒロイン就任おめでとうございます!

 警戒心なんて欠片もないマリアンヌの背中。 ネトリーの視界の端に、折れた木の枝が映る。 拾う。 重い。 硬い。 マリアンヌの背後に立つ。 ――そして、振り下ろす。 振り下ろす。 振り下ろす。 振り下ろす。 振り下ろす。振り下ろす。 振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。 振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。 振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。 振り下ろす。振り下ろす。 振り下ろす。 振り…… す…… 腕の感覚がなくなるころには、動かなくなったマリアンヌが足元に転がっていた。 ネトリーはそれに石を抱かせて、泉の底へ沈めた。 それからは順調だった。 マリアンヌが行方不明になり、ネトリーは無事、貴族学校への推薦を受けた。 この世界の主人公は、再び私になったんだ、と確信した。 そもそも、マリアンヌは本当に主人公だったのか? 原作で、主人公の過去についてはほとんど語られていない。 それはそうだ。乙女ゲームなのだから。 主人公に過剰な設定を与えると没入できなくなってしまう。 だから、これが正しいストーリーなのだ。 私は正しくニアミアの主人公で、この世界は私のためにあるのだ。 貴族学校に入ってからは、ゲーム中のイベントがそのまま再現された。 あこがれのニアミアの世界に、ようやく本当に入れたんだと思った。 最推しのイログールイ王子に接近するためには少しズルもした。 予言者のような振る舞いで気を引き、本来よりもずっと早く仲を深めたのだ。 トゥルーエンドであるイログールイと恋仲になるのは、通常の手順では最短で三年生の秋からだ。 貴族学校は三年制、そのほとんどを最推しと過ごせないなんて、そんな理不尽はあるだろうか? 大丈夫、私はこの世界の主人公。 世界は私を中心に回っている。 すべては私の思いどおりだ。 そう、思いどおりでなければいけない。 思い通りにならない世界なんて間違っている。 あのいまいましい悪役令嬢、イザベラ・ヴラドクロウさえいなければ! * * *「ネトリー! こっちに変なものがあるぞ!」 イザベラへの憎しみを新たにするうちに、ベアリッシュが何かを見つけたらしい。 指差す先には毒々しい紫色の蔦にびっしりと覆われた石碑があった。 それは死んだマリアンヌの
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第34話 防衛戦開始

 魔物の大群を相手取った籠城戦は3日目に突入していた。 パルレの報を受け、慌てて王都に戻った私たちを待っていたのは、混乱する人々の姿だ。街から逃げ出そうとするもの、武器を取って戦おうとするもの、泣き喚くもの、ただただ立ち尽くすもの。 本来、指揮を取る立場の王家は真っ先に逃げていた。 残されていたのは、王都の死守を命じる書き置きのみだ。総大将が誰かも書かれておらず、命令書の体裁すら取られていない。混乱するなという方が無理な話だ。 お父様が強権を発して防衛体制を整えなければ、いまごろ街は地獄絵図と化していただろう。「北門正面! 大物に狙いを合わせよ!」「了解!」 北門の城壁で守備につくヴラドクロウ家の郎党たちが、牛頭魔人の変異種に向けて大型弩の照準を合わせる。クランクを回して弦を巻き上げ、丸太じみた太矢に魔法使いたちが様々な付与魔法をかける。「装填よーし! 狙いよーし!」「弓神に祈りを! 撃てぇ!」 稲妻と炎をまとった太矢の群れが、尾を引いて牛頭魔人に殺到する。2本、3本、4本、分厚い鉄板をも貫く太矢が弾き返される。全身から不規則に生える捻くれた無数の角に防がれたのだ。 しかし、半数は通った。 牛頭魔人は「ぐるぅぅぅもうぅぅぅ」と低い唸り声を上げる。そのまま数歩歩いて、象の如き巨体が土煙を上げて倒れる。すると周辺にいた魔物どもが、一斉に群がって屍肉を漁りはじめる。 多頭の犬頭矮人、腹から細い腕を生やした矮躯小鬼、右腕だけが肥大した岩肌巨人、下半身が萎縮し両腕で這いずる人身馬体、異様に巨大化した頭部にびっしりと目玉のついた二頭身のあれは……もともとは赤銅鬼人だろうか? 城壁から見下ろす幾千、幾万の魔物の群れには、ただの一体として同じ形がない。まさしく百鬼夜行だ。前世の図書館で見た図録を連想する。 変異種――それは瘴気の影響を受けて、姿形や性質を変質させた魔物を云う。 個体による差異が大きいが、一般に通常の魔物よりも強力で、なおかつ凶暴な性質を備える。 普通は瘴気溜まりから生じるダンジョンごとに数匹現れる程度で、こんな大群が現れたなんて記
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第35話 夢の中へ

 これは夢だ。 すぐにわかった。 なぜなら、幼稚園バスに乗っているから。 窓の外には太陽にきらめく砂浜が続いていた。 車内には白人、黒人、ラテン、中東、ミックス……などなど、あらゆる人種の子どもがいて、シリコンバレーの土地柄を感じられる。みんな、親は同じ会社だ。世界最高の時価総額を誇るそのIT複合企業は、従業員への福利厚生の一環として、家族向けの幼稚園まで用意していたのだ。 ま、この頃の私にそんな難しいことはわからなかったけど。 自分の手を見ると、もみじのように小さくて、ぷっくりとしている。 お母さんの長くてしなやかな指とは大違いだ。 あの指がトントンと包丁を使って、魔法みたいにおいしい料理を作ってくれるのを眺めるのが好きだった。 お父さんの手はごつごつですっごくおっきい。 なのに、ピアニストみたいにすらすら動いて、私がリクエストした絵をあっという間に描いてくれる。ペンタブレットとキーボードは、私の目には魔法の道具に見えた。 お父さんもお母さんも、私にとっては魔法使いだ。 自分も将来はあんな魔法使いになりたいと、なれると思っていた。 今日は私の6歳の誕生日だ。 家に帰ったら、いつもは1時間までって約束のキッズチャンネルで、正義戦隊ジャスティスイレブンの最終回を観るんだ。最終回は2時間だから、一気に観たくて誕生日まで我慢していた。お母さんのごちそうを食べながら、お父さんと一緒にジャスティスイレブンを応援しよう。 その頃のシスコでは特撮が流行っていて、何十年も前の日本の特撮番組がオンデマンドで放送されていた。大怪獣、変身ヒーロー、どちらともつかない不思議なもの。 ぜんぶ、ぜんぶ大好きだけど、一番はやっぱり戦隊ヒーローだった。 真っ直ぐなヒーローたちに、どこか憎めない悪の秘密結社。 なんてったって、斬殺怪人キルレインがカッコいい。 だって、日本のサムライみたいだったから。 2歳まで暮らしていたっていう、私の知らない、私の故郷。 仕事が落ち着いたら休暇をとって、ネット通話でしか会ったことのないおばあちゃんのうちに行こうってお父さんたちは言ってるけど、それはいつになるんだろう? ポーチに付けたジャスティスイレブンのキーホルダーをいじりながら、そんなことを考えていた。 すると、急に身体が前へと押し出される。 バ
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第36話 反撃開始!

 籠城4日目。 突貫で準備を終えた私たちは、北門上の城壁で待機している。 あちこちから雄叫びや悲鳴、魔物の吠声が聞こえる。 城壁に取り付く魔物に石を落とし、熱した油をぶちまけ、弓で射る。 登ってきた魔物は槍で叩き、剣で切りつけ、時には蹴って地面に落とす。 この4日間、ずっと続いてきた光景だ。 援軍が来るまで持ちこたえられれば……と信じて戦ってきたが、そろそろ体力的にも精神的にも限界を迎えつつある。 人間同士の戦争ならば、わずか4日でこれほど消耗はしない。 日が落ちれば、ほとんどの場合は戦いが中断するからだ。 しかし、魔物には昼も夜も関係ない。 文字通り昼夜の別なく押し寄せてくる魔物の大群に、兵はすっかり疲弊していた。 ――だからこそ、いまは反撃が必要だ。 目的は3つ。 ひとつ目は士気高揚。 ひたすら防戦一方ではどうしたって士気の低下は免れない。派手な戦果をあげれば、精神面はかなり回復するだろう。 ふたつ目は戦況に波を作ること。 一本調子で攻め立てられていると休む間もない状況に陥ってしまうのだ。痛撃を与えることで、わずかな間でもいいから攻撃の手をゆるめさせたい。 みっつ目はずばり斬首戦術だ。 変異種は同種であっても群れをなさない。それが共食いもせず、一丸となって王都を攻めているのはなんらかの力で操られているからに間違いない。 では操っているのは何者か。問うまでもあるまい。巨大な赤子に変異したイログールイの王冠に立つ、混沌の魔王とおぼしき男だ。大将を討つことで、魔物の統制を失わせる作戦である。 ふたつ目までは確度が高いと思う。 みっつ目については……正直、賭けだ。しかし、その喉元に迫るだけでも、その後は守りにも意識を割かざるを得なくなるだろう。それで攻撃の圧力が下がれば万々歳である。 太陽が沈む。 レヴナントが蝙蝠怪人バット・バッデスと化すのを皮切りに、他の怪人たちも一斉に変身していく。 蜘蛛怪人スパイディ・ダーマは八本の手足を構え、 深海怪人ダイオウ・テンタクルスは無数の触手をうねらせ、 猛虎怪人ティガ・タイガーは不敵に牙を剥き、 獅子怪人ライオニダスは地平線まで届く咆哮を上げ、 関取怪人オーゼキングは大地を揺らす四股を踏み、 蟷螂怪人マンティス・シザースは鋭い前肢で空を切り、
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第37話 イログールイの色狂い

 イログールイの意識は混沌の中にあった。 その中で、イログールイは王国に君臨する王であり、誰からも仰ぎ見られる存在であり、神に祝福された存在だった。大陸に響き渡る名声。絶世の美を誇る妃。世界中の美酒、美食、美女と財宝が集められた宮殿では、今日も王を讃える盛大な宴が開かれる。 遠くきらめく燭台。 足元には真紅の絨毯。 会場に満ちるざわめき。 その心地よい喧騒を破る何かがある。 遠く聞こえる雑音。 ドンチャンドンチャンと耳障りな囃子。 だみ声の、調子っ外れの、下品な戯れ歌。『イローグルイのっ、色狂い♪ そのくせ玉無し、甲斐性なし♪ 平民女に誑らかされてっ、貴族女に愛想つかれた♪ ご立派なのはお顔だけ♪ 中身はすかすか、叩けばコーンと音がする♪』 一瞬、理解が出来ない。『イローグルイのっ、色狂い♪ そのくせ玉無し、甲斐性なし♪ 平民女に誑らかされてっ、貴族女に愛想つかれた♪ ご立派なのはお顔だけ♪ 中身はすかすか、叩けばコーンと音がする♪』 戯れ歌が、繰り返される。『イローグルイのっ、色狂い♪ そのくせ玉無し、甲斐性なし♪ 平民女に誑らかされてっ、貴族女に愛想つかれた♪ ご立派なのはお顔だけ♪ 中身はすかすか、叩けばコーンと音がする♪』 理解する。 血液が沸騰する。【ぼくはぁぁぁああああ!! うぉうだぞぉぉぉおおおお!! 不敬はぁぁぁあああ許さぁぁぁぬぅぅぅううう!! あの不埒もののぉぉぉおおお!! 首をぉぉぉおおお!! 持って参れぇぇぇえええ!!】 命を下すが、誰も動かない。 歓談しながら美酒と美食に酔うだけだ。 ああ、使えない。 ぼく以外の人間はみんな愚かだ。 愚かすぎて、誰もぼくの話を理解できない。 王たるものの孤独。 玉座に座る虚無が身にしみる。「おーい、アホボン! 言葉もわからねえくらいバカになっちまったのかあ!?」「ギャハハ! もともとわかんねえのに、周りがわかったふりしてやってたんだよ!」「おーい、玉無し王子! てめぇでかかってくる度胸はねえのか?」「キンタマ見せろや玉無し王子! あっ、元王子だったかあ?」「アホボン王子から王子を取ったらアホボンじゃねえか」「ボンでもねえから、ただのアホだぜ」「おまけにビビりの腰抜けときた」
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第38話 VS魔王!

 王都中からかき集めた素材で作った樽爆弾の威力は計算通りだった。 炭、硫黄、硝石、これらで作るのが黒色火薬だ。 硫黄がなかなか集まらなかったので焦ったが、意外なことに銭湯ギルドが持っていたので事なきを得た。温泉風にするため、湯の花を大量に備蓄していたんだそうだ。 集まった素材を超特急で調合した。 前世で刷り込まれた感覚は鈍っていなかったようで、文字通り目をつむっていたって思い通りのものが作れる。匂い、手触り、味。素材の質にバラつきがあろうと、私の感覚は完璧な火薬を作り上げる。 それを樽詰めにしたのがイログールイを吹き飛ばしたものの正体だ。 古釘や鉄片なども適度にブレンドしている。 地面に埋めたのは、指向性を高めて威力を上げるため。 爆発によって生じる衝撃波は、上と横に向かって拡散する性質を持つ。 地面に埋めてやると、逃げ場のなくなった横向きの衝撃波がすべて上に向き、飛躍的に破壊力を増すのだ。 ……思い出したくもなかった前世知識だけど、とにかくいまは役立った。 イログールイの巨体は腹でちぎれて上半身と下半身が泣き別れだ。 時折びくりと震えているが、死後硬直だろう。 異形の魔物に変異したとはいえ、身体を真っ二つに引き裂かれてはひとたまりもなかったようだ。【いまのは何だ? 魔力は欠片も感じなかったが、余があの忌々しい封印に囚われている間に人間どもが発明したのか?】 いまや動かぬ肉塊と化したイログールイの王冠から男が降りてくる。 万華鏡のように色の変わる長髪を風になびかせながら、桃色髪の少女を伴って。「お前が魔王イカか? これでどろどろに溶けるイカっ!」「研ぎ澄ました鋼線よりも鋭い糸で切り刻まれろクモっ!」 テンタが強酸性のイカ墨を吐き、スパイディが鋼線の如き糸を射出する。 しかしそれらは、男の前に湧き上がった極彩色の膜によって遮られた。 不定形のそれは粘体魔獣の変異種だろうか?【ほう、夜の種族がこんなにも生き残っていたとは。ゼッツリンドに呪いをかけ、根絶やしにするよう命じたはずだったのだが……そのような些事もこなせぬ輩に封じられたとは、返す返すも口惜しきことよ】「なっ、我らの父祖が虐殺されたのは、貴様の仕業だと言うのか!?」【なるほど、一応は効果があったのか。そのさまを見届けられなかったのは残念だ】「ほざく
last updateDernière mise à jour : 2026-07-13
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第39話 戦い終わってその後は

「ふふふふふ……あはははははは!」「どうした、11番?」「くくくくく、はーはっはっはっはっ!」「笑うのをやめなさい、11番。懲罰房に入りたいのか?」 先生が、鞭を取り出した。 子どもの私が、怖くて怖くて仕方がなかった鞭。 でも、いまの私にはちっとも怖くない。 なぜなら、いまの私は――「下郎が! この私がそんなくだらぬ脅しに屈すると思ったか!」「な、何を言っているんだ、11番!?」「わけのわからぬ名で私を呼ぶな!」「11番、気でも違ったのか!?」 先生が、一歩、二歩と後ずさる。 それを追って、二歩、三歩と距離を詰める。 腰から鞘ごと《人喰い雄呂血》を抜き、左手で鞘を、右手で柄を握る。「な、何をするつもりだ、11番!?」「そんな名ではないと何度言わせる」「11番でなければ、誰だと言うんだ!? ┓▓*▨か!? イザベラか!?」「どちらでもないっ!」 鞘から黒刃を抜き放ち、上段に構える。「私の名はキルレイン! 武の道に生き! 己が悪を貫き通す! 悪の秘密結社ジャークダーの女幹部、斬殺怪人キルレインだッッ!!」 暗黒刀技――邪刃一閃―― 黒刃を斜めに斬り下ろす。 人喰い雄呂血が先生を両断する。 もろともに、灰色の世界が真っ二つに切り裂かれる。 灰の世界の残骸が細かな粒子となって散っていく。 そのギザギザの切れ目から、世界が元の色を取り戻す。 目の前には、袈裟懸けに斬られて血を吐く魔王ナイアルが立っていた。 視界の端々に、正気を取り戻して立ち上がる怪人と戦闘員の姿が映る。「面妖な術を使いおって。だが、このキルレインに斯様な子ども騙しは通じぬと知れ!」【ぐっ……はは、は……。余の術を子ども騙しとは……言って……くれる……】 魔王は、崩れ落ちて膝をついた。 万華鏡のように輝いていた長髪は、いまは燃え尽きた炭のようにくすんでいる。「ちょ、ちょっとナイアル!? そんな怪我ぐらい治せるでしょ!? あなたは不老不死の魔王なんだから!」 ネトリーが、血泡を吹くナイアルを抱え起こして揺さぶる。【不老不死……? くはは、そんなものを信じていたのか……。人間とは、愚かしい。斬られれ
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第40話 めでたし、めでたし

「ああー、マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり」 私はバルコニーに設置された《拡声》の魔道具の調子をチェックする。 うむ、音割れもないし、音量も十分だ。 お天気についても定型句ではなく、実際見事な日本晴れだ。 いやもちろん、ここは日本じゃないんだけど。「えー、我が親愛なる『悪の秘密国家ジャークダー』の国民諸君、今日は私の拙い演説を聴きに来てくれて、感謝の極みだ」 群衆から「そんなことはないぞー!」「きゃー! キルレイン様ー!」「太もも見せて―!」などの反応が返ってくる。最後のやつはけしからんな。仕方がない、立ち姿を工夫してギリギリ見えるか見えないかのところまで攻めてやろう――と思ったらパルレに肘で小突かれた。 なんだよう、悪の女幹部にはお色気だって必要なんだぞ。「私が国家元首に就任して早2ヶ月が経った。混沌の魔王ナイアル、そしてイログールイ・ハレムがもたらした悪夢はいまや影も形もなくなり、平和を取り戻せたことをじつにうれしく思っている」 群衆から歓声が湧き上がる。 拳を突き上げて踊っているものまでいる。 まあ……この言葉には多分に嘘が含まれるのだが。 あの戦争で死んだものは多いし、後遺症のあるものもいる。 とくに、魔物の進路上にあった農村はほとんど全滅状態だった。 どれだけ街や村々の復興が進んだとしても、それらの傷が完璧に癒えることはない。傷跡は未来永劫残り続けるのだ。 しかし、区切りというのは重要だ。 こうして「傷は癒えた」と宣言することで、人々はそれを信じることができる。 明日に向かって歩む力を得られるのだ。「就任2ヶ月を記念して……というにはキリが悪いが、今日は3つの発表があって皆に集まってもらった。聞き逃すものがいるといけないからな。少し、静粛にしてくれると助かる」 こう告げると、群衆はすっと静かになった。 うーん、「はい、静かになるまで○秒かかりました―」みたいな小ネタを挟みたかったのだが、そんな暇はないようだ。「本題の前に、改めて確認したい。あの戦争のあと、貴族のみならず平民までもがハレム前王家を拒絶し、私を王として戴くことを選んだ。その選択に後悔があるものがいたら、ここで声を上げてほしい。私はそれを罰さないし、責めもしない。皆の正直な心を知りたいだけだ」 しばらく待つ。 声を発するものはひとりもいない。
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