Masuk公爵令嬢イザベラは、王子から唐突に婚約破棄を告げられた。ショックのあまり頭が真っ白になった瞬間、前世の記憶が蘇る。イザベラ・ヴラドクロウは令和日本からの転生者だったのだ。 この世界が前世でプレイした乙女ゲームにそっくりであり、自分が悪役令嬢役だと気づいたイザベラは、断罪イベントを適当に切り上げて屋敷に帰る。 するとそこには、理不尽な婚約破棄をした王子を討とうと、兵を集めて気炎を上げる父親の姿が。このままでは【内乱エンド】で王国ごと破滅すると察したイザベラは、「自分に秘策があるので任せてほしい」となんとか反乱を食い止めるのだった。 その秘策とは―― ――悪の秘密結社を作り、王家に嫌がらせをしまくること!
Lihat lebih banyak「イザベラ・ヴラドクロウ公爵令嬢、本日をもって婚約を白紙にさせてもらう!」
貴族学校で開かれた夜会で、唐突にそんなことを告げられた。
発言の主はイログールイ・ハレム殿下。このハレム王国の王位継承権第一位にして私の婚約者である少年だ。その彼が、なぜ突然にこんな大胆なことを?
「イログールイ殿下、それはどういうことでございましょう? まず、この婚約は家同士の約束。いくら殿下でも一存で覆せるものではありませんわ。そして、何より婚約破棄の正当な理由がどう考えても見当たりません」
「ふん、この期に及んでしらを切るか。ネトリー、こちらにおいで。イザベラに何をされたのか、正直に話すんだ」イログールイに呼ばれて前に出たのは桃色の髪をした少女だ。
歩くたびにその大きな胸が揺れ、会場の男たちの視線を集めているのがわかる。彼女は平民だが、教会学校での成績が抜群であり、また魔法の才能もあったために特例で貴族学校への入学が認められた珍しい存在だ。正直、私にはそこまで才気走ったものは感じられなかったけれど……。
それよりも問題だったのは、平民ゆえに貴族の礼儀や作法を知らなかったことだ。すでに婚約者がいる男性にも誰彼かまわず遠慮なく近づき、気軽に声を交わしていたりする。そういった態度はトラブルのもとだ。慎むように注意したことが何度もあった。「あ、あの、じつは……言いにくいんですけど、イザベラ様は私がお嫌いなのか、いつも睨んできたり、嫌味を言ってきたり……」
はあっ!? 私の注意は嫌味だと思われてたの!?
「あと、最近は持ち物がなくなってたり、汚されたりすることもあって……」
そんなん知らんわ。自分の不注意だろ。
「それで、それで、気のせいだと思いたかったんですけど、つい昨日、階段から突き落とされそうになって……」
「ああ、僕が居合わせて受け止めなければ大怪我をするところだった。そして、犯人がいたであろう階段の上に残されていたのがこの証拠品、イザベラのハンカチだ!」イログールイは懐から1枚のハンカチを取り出して、夜会に集まった貴族子弟たちに見せびらかすように振った。それはいつだったか、私が使用人のひとりに下げ渡したものだ。その後は捨てようが売り払おうが知ったことではない。
「さあ、動かぬ証拠もある! 言い逃れはできないぞ! いくらネトリーが平民だと言っても、それを階段から突き落とそうなんて真似は――」
イログールイが続けて何かを言っているが、ダメだ。頭に入らない。話している言葉自体はもちろんわかるが、内容がめちゃくちゃすぎる。なぜそれが動かぬ証拠になるんだ? それは私が手放した品物だし、ネトリーを突き落としたという犯人が落としたものだとも限らないじゃないか。
いや、そもそもネトリーは本当に突き落とされたのか?
イログールイの気を引くための狂言だったのでは? ついでに婚約者である私に濡れ衣をかぶせようとして――ここまで思考が至ったところで、ネトリーの顔を見た。
そこには、思わずギリッと奥歯を噛む。
目の奥が沸騰しているような感覚だ。怒り。
呆れ。 羞恥。 悔しさ。さまざまな感情がないまぜになって、腹の下からせり上がり、濁流と化して頭の中に押し寄せてくる。馬鹿馬鹿しすぎて、何から口にすればいいのかわからない。視界まで霞んでくる。歪んだ景色の中で、イログールイがまだ何かを言い立てているが、同じ人間の言葉とは思えない。理解できない。気が遠くなる。比喩じゃない。この世から重力が失われたかのように、地面がふわふわと頼りないものになっていく。
――そのときだった。
頭の中に、見たこともない――いや、しかしよく見知っている記憶が蘇ったのは。
そこは令和の日本。窓から見えるビル群、机の上にはスマートフォンとさんざん苦労して自作したデスクトップパソコン、それを取り囲むフィギュアの群れ。あっ、これは正義戦隊ジャスティスイレブンだな。
それと対峙しているのが斬殺怪人キルレイン様。ジャスティスイレブンの宿敵、悪の秘密結社ジャークダーの女幹部だ。鎧武者を連想させるが、それでいて女性的な曲線を持つ造形のバランスが実に美しい。
それにあっちの棚にあるのは格闘戦隊バキレンジャーと忍者戦隊シノブンジャーの怪人たちなどなど。そして「
「あれ? ここ、乙女ゲームの世界?」
思わず、そんな言葉が口から洩れていた。
「なんだ、何か申し開きがあるのか! それなら言ってみろ!」
「あー、ないっすないっす。婚約破棄? オーケーオーケー。それじゃ私……じゃなかった、わたくし、急用を思い出しましたので失礼しますね」 「なっ!? なんだその態度は!? ネトリーに対する謝罪はないのか!」 「ちょっと何言ってるかわかんなかったんで、あとで書面とかにまとめてもらえると助かるっす……ですわ。ですの?」 「おい! ま、待て! 本当に何も言うことはないのか!?」私はイログールイに背を向けて、さっさと夜会の会場をあとにした。
会場のあちこちからクスクスと忍び笑いが聞こえた気がするが、いまの私にはどうでもいいことだった。※IFエンドです。 第33話で語られた事件の際、もしもネトリーが踏みとどまっていたら……という場合のストーリーです。 婚約破棄すら発生しない、まるきり別の世界線としてお楽しみください。───────────────────■イフエンド②:きれいなネトリー 警戒心なんて欠片もないマリアンヌの背中。 ネトリーの視界の端に、折れた木の枝が映る。 拾う。 重い。 硬い。 マリアンヌの背後に立つ。 枝が、振り上げられない。 そのまま、固まる。 背後の気配を感じたマリアンヌが振り返った。「どうしたの、ネトリー? 水が冷たくって気持ちいいよ!」「えっ!? あ、ええと、なんでもないよ。それより、手がかりもないところでそんな風に顔を洗ってたら落っこちちゃうよ。ほら、これを杖にして」 拾った枝をマリアンヌに差し出すと、彼女は「ありがとう! でもそれはネトリーが使って!」と断った。 ネトリーは枝を泉に突き刺し、それを掴みながら片手で顔を洗う。 本当だ、冷たくて気持ちがいい。 沸かさずに飲んだって大丈夫そうな水だ。 顔を洗うたびに、何かが流れ落ちていく。 目の腫れが引いていく。 さっぱりした気持ちで立ち上がると、マリアンヌがハンカチを貸してくれた。 * * * ――数年後。貴族学校にて。「きゃー! ネトリー、ひさしぶりー!」「ちょっ、マリアンヌ! 抱きつかないでよ! 田舎者だと思われるじゃない!」「いいじゃない、田舎者なんだし」「私はライブラで1年以上も暮らしてたの! 王都なんかよりもずっと進んだ街なんだから」 貴族学校の門を潜ったネトリーに、薄紫色の髪をした少女が飛びついてくる。 学術都市とあだ名されるライブラの神学校で主席となったネトリーは、留学生として貴族学校に編入することになった。 ネトリーの専門は農学だ。3年前の魔虫の被害で王国が被った被害は甚大だった。実家や、故郷の村々を守るために、この世界の農業を改善したいと思ったのだ。 前世で農業をしていたわけではない。ライトノベルでノーフォーク農法だとかなんだとかを読んだことがある程度で、そんな知識が役立つわけもない。ゼロからの積み上げだ。 今回の留学は、そんな研究姿勢が耳に入ったとある大貴族からの推薦でなったことだ。王家を除けばこの国で一番の権勢を誇るその貴族家は、
※IFエンドです。 最終決戦で思い出した過去がもし〇〇だったら……というやつ。 プロット段階では候補として存在していた世界線となります。 本編とは矛盾する部分が生じますが、細けえことは気にすんな!の精神でお願いします。───────────────────■イフエンド:前世は正義のヒーローでした 幾千、幾万の魔物たちが王都に押し寄せている。 その光景に、頭の芯が灼かれるような既視感をおぼえる。 ――そうだ……あれは、ジャークダーとの最終決戦のあと…… 私は、ジャークダーとの決戦を終えて、ジャスティスイレブンを辞めた。 ジャークダーはたしかに人類に仇なす悪だった。 しかし、決してわかり合えない存在でもなかったはずだとわかってしまったのだ。 ジャークダーにはジャークダーの正義があり、そして仲間同士の友情もあった。 あのマサヨシという戦闘員が、キルレインを身を挺してかばったところで、私は、私の殉じる正義に確信を持てなくなってしまったのだ。 本部にジャスティスバングルを置き、誰にも告げずに行方を眩ました。 身分を詐称し、地方都市のスナックで働きはじめた。 水商売ははじめてだったが、お客さんには意外に可愛がられた。 そのうち常連客のひとりから「うちで働かないか」と誘われ、小さな広告代理店に入社した。 慣れないデスクワークには苦労したが、体力だけは自信がある。 必死で仕事に食らいついた。 そのうち、とある企画を任された。 全国で活躍する正義のヒーローたちのグッズ企画の案件だ。(ここでも正義のヒーローか……) 思わず苦笑いしてしまったが、社運のかかったプロジェクトらしい。 社長に恩返しするためにも、私は寝食も忘れて各地のヒーローについて研究し――ているうちに、すっかりオタク化していた。 それまでずっと「中の人」だったから気が付かなかったが、一歩引いて外から眺めていると、私がかつて信じていた正義もそう捨てたものではなかったらしい。 そして数は少ないが、ジャークダーにもファンがいたことを知った。あの戦いで散った彼らの想いに共感するものがいたのだとわかると、なぜだか救われた気がした。 SNSでぽつりぽつりと彼らの思い出をつぶやくと、意外にも反響を呼んだ。 悪の秘密結社としては異例なことに、ジャークダーのグッズも大量に作られた。そ
ヴラドクロウ家の使用人、パルレ。 長女イザベラ・ヴラドクロウの付き人であり、幼い頃は遊び友達として、長じてからは侍女として仕え続けている。姓がないことからもわかるとおり、彼女は平民の出だ。魔物に襲われた村の生き残りで、ヴラドクロウ家に拾われて育ったのである。 イザベラは昔から破天荒な性格だったが、例の婚約破棄があってからさらに一皮むけた……というかはっちゃけていた。それまで以上に無茶をするようになったし、「トクサツ」とかいうよくわからないことについて語り出すと止まらなくなった。 ショックで変になってしまったのか……と心配したこともあったが、無茶苦茶ではあるものの話を聞くと理屈は通っているから余計に不思議だった。 事実、『プロジェクト・ジャークダー』は大成功を収め、ハレム王家を追い出してこの国の女王に君臨してしまったのだから恐れ入ると言うほかない。 ……しかし、いまのパルレにとって一番の関心事はそんなことではない。「キルレイン陛下! 頼まれていた書類できたっす!」「うむ、ありがとう」「あとついでに街で評判のお菓子を買ってきたっす! 休憩にどうぞっす!」「お、おお、すまないな。あとで頂くとしよう」「すっすすっす」と奇妙な口癖が抜けない全身黒タイツはマサヨシだ。 ジャークダーの平戦闘員だったのだが、イザベラは詳しく語ってくれないが、先の戦で大手柄を挙げたらしい。そのうえ、物覚えがよく読み書き計算もあっという間にマスターした。 そのため、いまでは女王の筆頭補佐官として働いている。生真面目な性格でみんなに好かれており、古参(といってもせいぜい数ヶ月の差だが)の戦闘員たちもマサヨシの大出世を心から祝っていた。 ……そして、そんなこともパルレにはどうでもいい。 パルレはティーワゴンを押して執務室に入った。「お嬢様、お茶を淹れてきました。そろそろ休憩におやつでも……あら、マサヨシさん、いらしてたんですね! わあ、お土産のお菓子まで! よかったら一緒にお茶をいかがですか?」「えっ、いいんすか? キルレイン様は忙しいんじゃ……」「お嬢様もかまいませんよね?」「あ、ああ、もちろんかまわんぞ。ちょうど小腹が空いてきたところだ」 イザベラが真っ赤な顔をぶんぶんと振っている。 十年以上仕えてきたが、こんな表情のイザベラを見るのははじめて
「ああー、マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり」 私はバルコニーに設置された《拡声》の魔道具の調子をチェックする。 うむ、音割れもないし、音量も十分だ。 お天気についても定型句ではなく、実際見事な日本晴れだ。 いやもちろん、ここは日本じゃないんだけど。「えー、我が親愛なる『悪の秘密国家ジャークダー』の国民諸君、今日は私の拙い演説を聴きに来てくれて、感謝の極みだ」 群衆から「そんなことはないぞー!」「きゃー! キルレイン様ー!」「太もも見せて―!」などの反応が返ってくる。最後のやつはけしからんな。仕方がない、立ち姿を工夫してギリギリ見えるか見えないかのところまで攻めてやろう――と思ったらパルレに肘で小突かれた。 なんだよう、悪の女幹部にはお色気だって必要なんだぞ。「私が国家元首に就任して早2ヶ月が経った。混沌の魔王ナイアル、そしてイログールイ・ハレムがもたらした悪夢はいまや影も形もなくなり、平和を取り戻せたことをじつにうれしく思っている」 群衆から歓声が湧き上がる。 拳を突き上げて踊っているものまでいる。 まあ……この言葉には多分に嘘が含まれるのだが。 あの戦争で死んだものは多いし、後遺症のあるものもいる。 とくに、魔物の進路上にあった農村はほとんど全滅状態だった。 どれだけ街や村々の復興が進んだとしても、それらの傷が完璧に癒えることはない。傷跡は未来永劫残り続けるのだ。 しかし、区切りというのは重要だ。 こうして「傷は癒えた」と宣言することで、人々はそれを信じることができる。 明日に向かって歩む力を得られるのだ。「就任2ヶ月を記念して……というにはキリが悪いが、今日は3つの発表があって皆に集まってもらった。聞き逃すものがいるといけないからな。少し、静粛にしてくれると助かる」 こう告げると、群衆はすっと静かになった。 うーん、「はい、静かになるまで○秒かかりました―」みたいな小ネタを挟みたかったのだが、そんな暇はないようだ。「本題の前に、改めて確認したい。あの戦争のあと、貴族のみならず平民までもがハレム前王家を拒絶し、私を王として戴くことを選んだ。その選択に後悔があるものがいたら、ここで声を上げてほしい。私はそれを罰さないし、責めもしない。皆の正直な心を知りたいだけだ」 しばらく待つ。 声を発するものはひとりもいない。