悪霊の多い料理店~この世の未練、飯テロ除霊で晴らします~ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

44 チャプター

第21話 死霊の盆帰り 3/4

「エビフライを食うのに資格も何もねえと思うがよ。なんか事情がありそうだな。話くらいなら聞いてやるぜ?」『ありがとう、ございます』 それきり黙り込んだ軍服の青年に、リョウコはそれ以上口をきかなかった。 黙ってグラスに氷を入れ、焼酎をそそぎ、青年の横に置く。 それを見たトウカは「私にも一杯!」とジェスチャーを送るが、リョウコは無視をした。 店の壁にかけられたアナログ時計の秒針が、何回時を刻んだあたりだろう。 青年がグラスの焼酎をぐびりと煽り、重い口を開く。『自分は、約束が守れなかったのであります』「約束っつうのは何だ?」『自分には両親がなく、弟妹がいたのです。出征して、お国のために働いて、金を稼いで帰ってくると約束したのです』「おお、立派な志じゃあねえか。最近じゃあ出世したくねえって若者も多いんだろう?」 リョウコは、出征と出世を聞き間違えていた。『出征して帰ってきたら、銀座の百貨店で、いつかラヂヲで聞いた、エビフライやカツレツ、ビーフシチゥを腹いっぱい食べさせてやると約束をしたのです。しかし、自分はついにその約束を果たせず……』「いい話じゃねえか……」 リョウコは三白眼から大量の涙を流していた。 カウンター越しに青年の肩をガシッとつかみ、熱を込めて語りはじめる。「いいかい、兄さんよ。兄さんの事情はわかった。大見得を切って故郷を出てきたのに、思うように芽が出なくってうじうじしてやがんだ。どうせアレだろう? 実家はこのへんで、今年こそは弟や妹に顔を見せようとして、でも踏ん切りがつかなくってついこんなところで酒を飲んで時間を潰しちまってるんだ。あってるかい?」『おっしゃるとおりです……』 トウカは、「いや、酒を飲ませたのはリョウコさんでしょ」というツッコミをかろうじて飲み込んだ。「でもなあ、故郷に錦を飾りたいって気持ちはわかるぜ。そんな心意気があるだけそれこそ粋ってもんじゃあねえかよ。だいたいアレだ、そんな格好ができるくらいなんだからよ、兄さんだって立派に出世したんじゃねえのかい?」『はっ! 自分は、伍長に任命されました。上官がいなくなったための特例ですが……』「かーっ! ゴチョウなんてすげえじゃねえか。課長、部長の親戚みてぇなもんだろう? あっしなんかは一生かけてもここの店長止まりなんだから
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第22話 死霊の盆帰り 4/4

「細工は流々。あとは仕上げを御覧じろってなぁ」 リョウコが弁当の蓋を開けて中身を見せる。 するとそこには、黄金色の揚げ物が所狭しと隊列を組んでいた。最前面にはすらっと長いエビフライ、真ん中には分厚いとんかつが並び、最後尾には俵型のコロッケが列をなしている。「むっふー! おいしそう!」「こらっ! 弁当に箸をつけるな!」 脊髄反射で箸を伸ばそうとするトウカの手をリョウコがすかさず止めた。「どうせ味見したいって言い出すだろうからよう。別に作っておいたからこっちを食ってくんな」 エビフライは先ほど食べていたから、まずはとんかつからだ。 しかし、エビフライを食べていないトウカからの視線を敏感に感じ取ったリョウコは、揚げ損なったエビフライをとんかつの横に添えてやる。少し曲がってしまったから記念の弁当にはふさわしくないと弾いたものだが、味に変わりはない。「むふむふ、やっぱりリョウコさんのエビフライは最高ですねえ」 トウカは、リョウコがまばたきをする間もなくあっという間にエビフライを平らげていた。先ほど「いろいろな味変を楽しむんだ」と講釈を垂れていたのは何だったのか。そんなものは彼女自身の記憶にはすでに残っていないのである。「さあ、お次はとんかつですね! でも、こんなに厚くて大丈夫なんですか? 大して時間もなかったのに……」『豚肉はよく火を通さなければならないと上官から散々言われましたが……』 二人の前に置いてあるとんかつは、どう見ても指2本分以上の厚みがあった。 青年がエビフライを食べていたのはせいぜいが10分。この短時間で充分に火が通せる厚みだとは到底信じられなかったのだ。「まあまあ、大丈夫だからとりあえず食ってみねえ。もし腹を壊すようなことがあったら、あっしが腹ァかっさばいてお詫びしてやらあ」「そ、そこまで言うなら……」 トウカは恐る恐るとんかつに箸を伸ばし、前歯で思い切って肉を噛みちぎる。 香ばしい衣の先に待ち受けていたのは、肉汁をふんだんに含んだ柔らかい豚肉だった。生っぽさはない。しかし、よく火を通したもののようなぷちぷちした繊維感もない。まるで上等なローストビーフの芯だけを食べているかのような食感に、トウカは思わず目を丸くする。「なんですか、これ!? こんなお肉食べたことないです!」『豚肉とは、こんなにしっとりと柔ら
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第23話 未知との釣行 1/5

「かーわーはーぎー! カワハギが食べたいですー!」「へい、らっしゃ……って、またオメェか! 今度釣れたらって言ったろうが!」「今度っていつですかー? 何時何分何秒、地球が何回周ったときー?」「ぐっ、釣りってのはなあ。運も絡むんだよ」 ここは古くからある商店街の片隅、間田木食堂。 コンビニやスーパーも進出しているが、なんやかんやと生き残っている店も少なくない、しぶとい商店街である。 その食堂で、巫女服の少女が駄々っ子のように大幣を振り回していた。 お盆の手伝いの報酬となるはずであったウマヅラハギが食べられなかったことを拗ねているのだ。忙しさに紛れて、1匹しかないそれをうっかり客に出してしまったのである。「きーもーじょーうーゆー。肝醤油が食べてみたかったんですー」「むむむむむ……」 リョウコとて約束を破ってしまったことに後ろめたさはある。 それに肝醤油だ。新鮮なカワハギやウマヅラハギの肝醤油の旨さは他に代えのきかないものである。白子やアン肝を裏ごしして醤油に混ぜてみたりと代替品の模索もしたのだが、それはそれで旨いもののカワハギのそれとはやはり違っていた。 リョウコは三白眼でカレンダーをにらみ、定休日を確認してからぽつりと尋ねる。「……明後日、空いてるか?」「明後日ですか? 除霊の依頼もないし、空いてますよ」「よし、釣りに行くぞ」「えっ、釣りですか?」「朝4時に店の前に集合な。道具は貸すから手ぶらでいいぞ」「えっ、4時!? 朝っていうか深夜じゃないですか!?」「釣りってなぁそういうもンなんだ」「っていうか、なんで釣りに!?」「決まってんだろうが――」 リョウコは、そこで一息溜めて、三白眼の視線の先をトウカに変える。「オメェに釣りの大変さをわからせるためでい!」「ええー!?」 というわけで、トウカはリョウコに連れられて、生まれてはじめての釣りに行くことになったのだった。 * * *「うわー、朝日がきれいですねー!」「写メ撮ってる場合じゃねえぞ。竿振れ、竿」「ええー、こんなにきれいなのに」「日の出の前後は朝マズメつってな。魚が朝飯を食う時間だから釣れるんだよ。こんなときにサボって写真撮ってるやつなんかは釣り人失格だ」「へえ、そんなのがあるんですねえ」 間田木食堂から車を走らせること1時間ほど。 
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第24話 未知との釣行 2/5

 体毛の一切ない銀色のつるつるした皮膚。 胴体に比べて異様に大きい頭部にも髪は一本も見当たらない。 アーモンド型の目は白目がなく、真っ黒だ。鼻の部分には小さな穴がふたつ開いているだけ。体長は15センチほどで、動かなければ人形にしか見えないだろう。『繰リ返ス、ワレワレハ、宇宙人ダ』「はっ!? えっ!? 宇宙人!?」 トウカはパニックに陥り、大幣をめちゃくちゃに振るった。 予期せぬ事態に直面したらとりあえず大幣を振る。それがトウカという除霊師の習性である。「おおおおー! すげえ、宇宙人じゃん! 初めて会ったぜ!!」『ソウダ。ワレワレハ、宇宙人ダ』 混乱するトウカを尻目に、リョウコは大興奮で自称宇宙人を観察している。 ヤンキー座りで顔を近づけ、顔を傾けながらあらゆる角度から宇宙人をじっくり眺めていた。「ちょっ、リョウコさん危ないですよ! そんな不用意に近づいちゃ!」「危ないことなんてあるかよ。ほら、アレやろうぜ、アレ。ト・モ・ダ・チってやつ」『ムム! ト・モ・ダ・チ』 リョウコが人差し指を突き出すと、宇宙人たちが群がってその指先に小さな人差し指を合わせる。触れたところがぽわわわわわっと淡い光を放ち、その光がホタルのようにゆらゆら飛んで、空中でふっとかき消えた。『まさかこんな辺境で南のねずみ花火銀河聖騎士団に伝わる古式の礼法に出会おうとは……。あいや、失礼。拙者ども、外縁宇宙を放浪せし修業の一団にて候。ワープ力が足りなくなり、一酸化二水素に墜落して抜け出せず難渋していたところだったのだ。助けていただき、感謝を致す』「急にサムライ言葉になった!?」『先ほどの間田木殿との交感を通じ、貴殿らの文化を学習し申した。我らの有り様を貴殿らの文化に照らし合わせると、サムライなるものが近かったのでござる。しかし、貴殿らにとってサムライとは崇高な存在でもあるご様子。無礼があったのであれば、この皺腹をかっさばいてお詫びし申す!』「やめてぇー!?」 何もない空間から光る刀をブオンと生み出し、腹に当てようとする宇宙人をトウカは必死で止めた。『むっ、しかし、助けてもらった礼もせぬ、礼を失した詫びもせぬでは武士の一分が立たぬというもの』『そのとおり。それでは青い雪だるま星雲超新星
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第25話 未知との釣行 3/5

「焼きおにぎりのコツはな、ぎっちり固く握ることだ」「えー、でもおにぎりはふわっとしてた方が美味しくないですか?」「その気持ちもわかるけどよ、焼きおにぎりはタレをつけたりひっくり返したりで結構いじくるだろ? ふわっと握っちまうと焼いてる間にバラバラに崩れちまうんだよ」「なるほどー」 リョウコが魚をさばいている横で、トウカはぎゅっぎゅとおにぎりを握る。 不揃いの三角形が、横に置いた紙皿に並んでいく。『我らも何か手伝えぬか? 馳走になるばかりでは武士の一分が立たぬ』「おー、そうか。それならカワハギをさばくのを手伝ってもらうかねえ」『カワハギ?』「おう、この魚だよ」 リョウコはテーブルとまな板をもうひとつ用意し、銀色の小人たちの前に置いた。 釣ったそばからエラに包丁を入れて、血抜きはすでに済んでいる。 そのカワハギから、角、背びれ、腹びれ、胸びれを切り落とし、そして尾びれの手前にすっと包丁を入れて切れ目をつけたら、そこに指を突っ込んでビリリと皮を剥いた。「ひゅー、一発成功。こうなると気持ちいいな」 リョウコの目の前には、半身の皮がきれいに剥かれ、白い身をあらわにしているカワハギの姿があった。『なんと、まるで巨大なガム星雲に棲む粘獣狩人団の如き鮮やかな手際。間田木殿、見事なお手前で』「いや、こいつァ皮が剥ぎやすいからカワハギって言うんでぇ。コツがつかめりゃ誰でもできるぜ。一丁、こいつを捌くのを手伝ってくれねえか? 何しろ何十匹も釣れちまったからよう」『委細承知。任されよ』 銀色の小人たちは、光り輝く刀を持ってカワハギに群がっていく。 体長10~15センチほどの小人がその倍もあるカワハギに群がるものだから、もはやクジラの解体現場のような様相である。 しかし、その手並みは鮮やかだった。 レーザーメスの如き切れ味を誇るビーム刀はカワハギの硬いヒレも易々と切り落とし、その隙間に手を突っ込んで力強く皮を剥いでいく。数分とかからず、1匹のカワハギが丸裸になった。「ひゃー、とてもはじめてとは思えない手際だねえ」『狩りは我ら青い雪だるま星雲超新星武士団のお家芸よ。獲物の解体には慣れてござる。して、このあとはいかが致そう?』「頭のうしろの背骨を落としてな、ベリッとふたつに折るんだよ。するってぇと内臓がきれいに引っこ抜けるんだ」 言い
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第26話 未知との釣行 4/5

 リョウコが取り出したタッパーを開ける。 少し黄色みかかった液体から、青銅色に輝く魚の切り身が姿を現した。三枚におろしたサバの半身である。 それをまな板に置き、キッチンペーパーで水気をよく拭き取る。そして皮目に幾筋か飾り包丁を入れると、カセットコンロのボンベを取り出して先端に何かの器具を取り付けた。「むむ、なんですか、それは?」「バーナーだよ。カセットボンベに付けられる簡単なやつだな」「へえ、バーナーって火を吹くあれですよね? もっとおおげさな機械だと思ってました」「料理用のバーナーって言えばこんなもんよ。取り回しがいいから案外便利だぜ」 言いながら、リョウコはバーナーでサバの皮目を炙る。 ぷすぷすと音を立てて皮目が沸騰し、黒い焦げ目が点々とついていく。「はい、これでお終ぇっと」「あれ、ずいぶんあっという間なんですね」「いつまでも炙ってたら焼き魚になっちまうよ」 リョウコは焼き目をつけたサバに刺身包丁を入れていく。 根本から先端までを使い、身を潰さずにすっすと均等な幅に切りそろえていった。厚みは人差し指の半分ほどか。切り終えるとそれを包丁の背に乗せ、紙皿に移して刻んだ小ねぎをパラパラと散らす。「お待ちどお。炙りしめ鯖の一丁上がりだ。醤油は好みでつけてくんな」「えー!? しめ鯖ってこんなすぐにできちゃうんですか?」「作り方にもよるけどよ、15分も漬ければじゅうぶんだな」「でも、どうして新鮮なサバをわざわざ酢で締めちゃったんですか? そのままお刺身にもできそうなのに……」「そのまんま刺身にしても旨ぇんだがな。サバにはアニサキスっていうおっかねえ寄生虫がいることがあるからなあ……。自分だけで食うならともかく、他人様に出す料理で生サバの刺身はちぃと厳しいな。九州のあたりじゃアニサキスが滅多にいないらしくて、ゴマサバの刺身を普通に出してたりするがよ」「へえ、同じサバでも地域によって違うんですねえ」 トウカは感心しつつ、できたての炙りしめ鯖に箸を伸ばす。 宇宙人たちも光り輝く刀を抜いて、それを突き刺して思い思いに頬張りはじめた。「むふー! お酢のすっぱさのあとからお魚の脂の甘みがおっかけてきます! 炙った皮も香ばしいですね!」『炙ったことで皮目の下の脂が溶けて、いっそう旨味を増しているのだな。先ほどの刀使いと言い、さぞ名
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第27話 未知との釣行 5/5

「まずはこれこれ。肝醤油ですね」「おう、肝もたっぷりあるからな。ケチケチしねえでたっぷり醤油に溶かしてやれ」「やったー!」 トウカは小皿に醤油を注ぎ、それと同じくらいの量のカワハギの肝を溶かし込む。 肝の形が点々と残っており、見るからに濃厚だ。「ぐひひ、これをカワハギの刺身にたっぷり絡めて……」「汚ねえ笑いだなあ……」 5、6枚の刺身をいっぺんに箸でつかみ、肝醤油に絡めるトウカを見てリョウコは思わず呆れてしまう。片手に白飯が山盛りになった丼を持ち、よだれを垂らしながら刺身にじゃぶじゃぶ醤油をつけている姿は二十歳そこそこの乙女が見せていい姿ではなかった。「これをご飯の上でちょんちょんとして、一口で頬張ると……むふうううう!!」 トウカの口の中で、肝醤油の濃厚な旨味が炸裂する。 ひと噛みごとに歯を押し返す、しこしことした食感のカワハギの身。それ自体は淡白な白身だが、こってりした肝醤油と組み合わさることで絶妙なバランスを醸し出していた。「まるでふぐ刺しみたいな歯ごたえですね! いくら噛んでもなくならないです!」「おう、釣りたてのカワハギはこの歯ごたえが魅力だな。寝かせて熟成させるとむっちりねっちりした食感に変わって旨味も増すんだが、あっしはこの釣りたての歯ごたえがカワハギの醍醐味だと思うねえ」 リョウコもカワハギの刺身に舌鼓を打ちつつ、何かを作っている。 炊いた米を小分けにしてラップに乗せ、それに刺身を一切れ入れて飴玉のようにぎゅっと絞っているのだ。「リョウコさん、それは何を作ってるんですか?」「ん? これは手まり寿司ってやつだよ」「手まり寿司?」「最近はスーパーの弁当なんかにもあるから有名だと思ったんだがな。案外まだまだ知られてねえか。ま、現物を見れば早いだろ」 リョウコがラップをほどくと、丸く握られた米にぴったりと刺身が張り付いているものが姿を現した。ちょうど指三本でつまめる程度の球状になっている。「わあ、すっごいかわいい!」「おう、食いたいなら自分で作ってみな」「ええー、リョウコさん作ってくれないんですかー」「あっしは宇宙人たち用に作ってたんだよ。オメェまで食べはじめたらおっつかねえだろうが」 リョウコが視線で示した先には、手まり寿司に群がる銀色の小人たちがいた。 宇宙人たちのサイズ感からするとサッカーボールに食ら
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第28話 疳の虫 1/2

「やぁーだぁー! もういらないー!」「こらっ、大声出さないの! 好き嫌いしないで食べなさい!」「やぁーだぁー! たーべーなーいー!!」 泣きわめく子供の声が響いたのは、ひなびた商店街の一角、間田木食堂である。 母と娘らしい親子連れが、テーブル席で食事をしていた。 甲高い子供の声に、店にいた客の一部が思わず眉をひそめている。 その様子を見ていた赤髪の女が、親子のところへやってくる。 すらりとした長身のこの女が食堂の主人、間田木リョウコだ。「おっ、どうしたね、小さなお客さん。嫌いなもんでもあったかい?」「むううー!」 リョウコの言葉にむくれて応じるのは、4、5歳くらいの子供だった。 その前には、添え物のトマトと白いご飯が手もつけられずに残っている。「すみません。騒がしくして。この子、好き嫌いが激しくって……」「おう、気にするこたァねえさ。子供は騒ぐのが仕事ってなもんだ。うちの客に子供がうるせぇなんて野暮を言うやつぁいねえよ!」 リョウコが店全体に聞こえる声で言うと、眉をひそめていた客たちが気まずそうに目を伏せた。「ふむー、ちょっといいですか?」 親子とリョウコのやり取りに、巫女服を来た少女が割って入った。 少女の名は稲荷屋トウカ。間田木食堂の常連であり、全国除霊師ランキングを昇り龍の勢いで駆け上がっている新人除霊師である。「ちょっとお手を拝借しますね」「やぁーだぁー!」 グズる子供の手を、トウカはやや強引に引いて手のひらを開かせる。 一瞬、眉間にしわを寄せ、「ああ、やっぱり疳の虫ですねえ」とつぶやくと、懐から矢立て(筆と硯を収納する道具)を取り出した。「ちょっとお水をもらいますね」 コップに水を張り、白い筆先にそれをちょんとつける。 そして子供の手のひらに『の』の字を三度描き、「えいっ」と口訣を唱えた。すると手のひらから白い糸のようなものがにゅるにゅると出てくる。トウカはそれを指先でつまみ取り、懐紙に包んで封印した。「はい、これでおしまいです。これで落ち着いたかな?」 尋ねるトウカに、子供は不思議そうな顔で首を傾げている。 先ほどまで大声で喚いていたとは思えないきょとんとした表情だった。「あ、ありがとうございます。でも、いまのは何でしょうか?」「疳の虫というものですね。子供に取り
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第29話 疳の虫 2/2

「お待ちどお、間田木食堂特製『うさぎさんのオムライス』だ。よかったら試してくんねえ」「わぁー! うさぎさんだー!」 目の前に出された一皿に、幼女が歓声を上げた。 つぶらな瞳の白うさぎが、黄色い布団からちょこんと頭を出しているように見えるのだ。黄色い布団はふっくらとぷるぷる揺れて、とても暖かそうだ。幼女がスプーンを差し入れると、中から半熟の卵とトマトが混ざったものがとろりと流れ出してくる。「そいつをご飯と混ぜながら食べてくんな。お好みでケチャップもどうぞ」「ありがとー!」「どうだい、旨めぇかい?」「うん、おいしい!」「へへっ、そいつァ何よりだ。お客さんに喜んでもらえるのが料理人の本懐ってもんよ」 口の周りをケチャップで汚しながらオムライスを食べる幼女を、リョウコは鼻の脇をかきながら見ている。 そこに幼女の母親が、申し訳なさそうに頭を下げた。「すみません、こんなことまでしていただいて……。あの、追加のお代も払いますので」「いや、気にしておくんなせえよ。あっしが勝手にやったこと。なにより、旨そうに食ってもらうのが料理人の一番の報酬ってやつで」「それにしても、この子がこんな美味しそうにトマトを食べるのははじめてで驚いています」「私もびっくりです! トマトのオムレツなんてはじめて見ました!」 幼女がオムライスを食べる様子を、よだれを垂らしながら見ているトウカが口を挟んだ。「おいおい、子供が食ってるもんをみてよだれを垂らしてるんじゃねえよ……。まあ、それはともかく卵とトマトっていうのは相性抜群なんだぜ。中国じゃトマトと卵の炒めものは家庭料理の大定番だ。香港あたりじゃ西紅柿炒鶏蛋、地域によっては蕃茄炒蛋なんて呼ばれてるな」「へえー、そんなお料理があるんですね! 知らなかったです!」「家庭的すぎるせいなのか、見た目がよくねえからなのか、日本の中華料理屋じゃ出してる店は少ねえ気がするなあ。おっ、そうだ。すげえ簡単だからよ、お母さんも作り方を見ていくかい?」「でも、そんなご迷惑をおかけするわけには……」「どうせ作んねえとそこの欠食児童がおさまらねえからよ。ついでだ、ついで。何も気にしなくって構わねえんだぜ」「むきー! 誰が欠食児童ですか!」「おや、じゃあトマトと玉子の炒めものは
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第31話 逆十字騎士団 1/3

「むうー、今日のレースはタンピンサンショクを軸に流すか……」「ええー、またリョウコさん穴狙いですか? このレースはオールグリーンとコクシムソーで決まりですよ」「そんな順当な馬券のどこが面白いんでえ。万馬券こそ浪漫ってもんじゃねえか」「オッズを見て賭けているうちは勝てないですよー」 ややシャッターがちな郊外の商店街。 その一角にある古びた定食屋、間田木食堂でふたりの女が向かい合っていた。ひとりは赤髪の長身で、もうひとりは巫女服を着た小柄な少女だ。競馬新聞を広げて、ふたりで赤鉛筆を持って今日のメインレースの予想をしているのだった。 そんなところに、突然ガラリと食堂の戸が引き開けられる音が響いた。「リョウコ様、お逃げください……! やつがここに……!」「我が君よ、伏せろっ!」 白い髪に白い豪奢な服をまとった純白の少女と、黒髪に眼帯をした黒い服の少年が店に飛び込んできた。少年は少女を抱きしめ、地面に転がる。 その直後、戸が真っ二つに引き裂かれ、バケツ型の兜をかぶった全身鎧の大男が姿を現した。「ふはははは! ついに追い詰めたぞ吸血鬼を操る邪悪なる死霊術師よ! む、そこにいるのは稲荷屋トウカ! 食を用いた邪法を以って成り上がっているという外道ではないか! ちょうどいい、貴様もろともこの聖剣の錆にしてくれる!」 大男は、両刃の大剣を振り回しながら店に押し入ってくる。 椅子が、テーブルが次々に両断され、上に載せられてた調味料の瓶が床に落ちて粉砕されていった。「一体何の騒ぎですか!?」「くっ、稲荷屋トウカ、あなたもいたのですね。リョウコ様とともにお逃げください!」「こやつはヴァチカン第十三機関逆十字騎士団だ! 自分たちが認めない除霊師たちを斬って回っている!」「ヴァ、ヴァチカンのイスカリオテ……!? あの教皇庁の命令すら聞かない狂犬集団ですか!?」「神の法から外れる邪法使いどもが我ら逆十字騎士団を狂犬扱いとはずいぶんと吠えてくれる。我が手により地獄へ送られることを光栄に思うがいい!」 大男が大剣を振り回し、白い少女――東欧黒魔術協会の誇る気鋭の除霊師メアリーと、黒い少年――千年を超えて生きる真祖吸血鬼レヴナントを追い詰める。 トウカは大幣を振るって応戦しているが
last update最終更新日 : 2026-07-13
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