悪霊の多い料理店~この世の未練、飯テロ除霊で晴らします~ のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 44

44 チャプター

第42話 たった一人の悩める男 1/2

 年の瀬もやや押し迫ってきた頃。 行き交う人々が少々足早になるその季節、商店街の一角に間田木食堂はある。 何の因果か悪霊や妖怪のたぐいが引き寄せられ、それを料理で祓ってしまうと噂の謎多き店だ。 その間田木食堂に、悩める男が今日もまたひとり――「ぜったいにこれは悪霊の仕業なんだ! もったいつけないで助けてくれ!」「ンなこと言われましてもね、ここは単なる定食屋で、あっしはただの料理人でして」「うう……どこの除霊師に頼んでも霊なんかついていないと言われ、噂に聞いたこの店だけが最後の頼みだったのに……」「あー、わかんねえっすけど、それなら悪霊がついてなくてよかったじゃありやせんか?」「よくないっ! それでは僕の悩みが解決しない!」「はぁ、うちはお悩み相談所のたぐいでもないんですけどねえ」 カウンターを挟んで、ベレー帽をかぶった男と赤髪の女――間田木リョウコがなにやら話している。 男の表情は必死そのものだが、対するリョウコは困惑している。リョウコには霊感などないし、過去に除霊を手伝ったのも成り行き上のことである。除霊師の間で店の噂が広まっているとは聞いていたが、こんな客に来られても対応のしようがないのだ。「悪霊は、この中に――あれ、今日はいないですね」「おお、トウカ。いいところに来た。このお兄さんの相談に乗ってやってくれよ」 ガラリと引き戸を開けて現れた巫女服の少女は稲荷屋トウカ。 黙っていれば日本人形のような愛らしい美少女なのだが、美味そうな料理を見るとよだれを垂らす食いしん坊と化すのが玉に瑕だ。本職の除霊師であるトウカがやってきたので、リョウコはこれ幸いとバトンタッチすることにした。「なんです、悪霊関連の相談ですか?」「あ、あんたはこの女の弟子っていう新米除霊師だな! 除霊師ランキングにも載っていた!」「えへへ、新人除霊師ランキング第4位の稲荷屋トウカです。リョウコさんの弟子っていうのはちょっと違うんですけど」「細かいことはどうでもいい、僕に憑いた悪霊を祓ってくれ!」 すがりついてくる男に、トウカもまた困惑する。男には、悪霊の気配など微塵も感じられないからだ。 リョウコに視線を送ると、「こういうわけだからよろしく頼むわ」という表情をしている。トウカは「ひとつ貸しですよ」という意味のことを目顔で返した。「ええっと、まずは具体的に
last update最終更新日 : 2026-07-13
続きを読む

第43話 たった一人の悩める男 2/2

 リョウコは、まず冷蔵庫からひき肉を取り出した。 それを大きなボールに開け、塩を振る。「あれ、お肉しか入らないんですか?」「いや、色々足すのは後からなんだよ。まずは肉と塩だけで練らねえと粘りが出ねえからな」 トウカの疑問に答えながら、リョウコはビニール手袋をはめて肉を練っていく。 数キログラムはある肉塊が、徐々に粘りを帯びていった。肉をちぎって、断面が毛羽立つ程度になったら次の工程だ。「こいつにな、荒く刻んだ玉ねぎと、生卵、ナツメグとコショウを加えてさらに練っていく」「玉ねぎは生なんですねえ」「炒めてからでもかまわねえぞ。そのときは肉に火が通らないよう一旦ちゃんと冷ましてからな。あっしは玉ねぎのシャキシャキが残ってた方が好みなんでな、生にしてるんだ」 リョウコとトウカが話していると、そこに冨桐も加わってくる。「パン粉や牛乳も入れないのかい?」「へい、まずパン粉だが、うちのハンバーグはデカいんでね。下手に入れると焼いたときに膨らみすぎて割れちまう。それで肉汁が逃げちまうんですわ。牛乳は味を薄めずに水分を足す役割があるンすけど、生玉ねぎを使ってるんでね。水っぽくなりすぎるんで入れてないってわけで」「なるほど、ボリューム感を追求したが故のシンプルなレシピというわけか……」「まあ、そんな大層なもんじゃありませんが、味と量にはそれなりにこだわってはいますかねえ」 冨桐はメモ帳とペンを取り出してなにやら書き付けはじめた。「ところで肉はどんなものを使っているんだい? 企業秘密ならもちろん答えなくていいが……」「普通の牛と豚の合い挽きですぜ。牛が6、豚が4のやつだ。脂が足りないときには肉屋の方で牛脂を足してもらったりしてますがね。まあ、長年付き合いがあるんで阿吽の呼吸ってやつで」「読者や編集に対する信頼感にもつながる話だな……」 冨桐はペンを走らせ続けている。 リョウコは、よくわからない話がはじまったと思い、何も答えず練った肉を丸めて整えはじめた。それを順番に金属製のトレーに載せていく。「はい、これで一丁上がりと。簡単だろ?」「へえ、ハンバーグって家庭科の授業で作ったきりですけど、もっと色々材料があって面倒くさいイメージでした」「色んなもんを加えて試してみるのも面白れぇけどな。肉の配合、玉ねぎの分量、
last update最終更新日 : 2026-07-13
続きを読む

第44話 怪盗ラクーンアイ 1/2

 高級住宅街の屋根屋根を飛び越えて、ひとりの少女の影が走る。 覆面に顔を隠し、身体には濃紺色のレオタードをぴったりとまとっている。その軽やかな動きは、人間と言うよりもまるで1匹の野生動物のようであった。「くそっ、捕まえろ! ラクーンアイが出たぞ!」「絶対に逃がすな! あの書類が流出すればお館様もただでは済まん!」 地上を走って追いかけるのは黒服の男たち。 しかし、夜空を自在に駆ける少女に翻弄され、いくら懸命に追っても距離が縮まらない。それどころか、徐々に引き離されつつある。「くっ、仕方がない。発砲を許可する! 撃て、撃て!」 リーダー格の男がそう叫ぶと、黒服たちは懐から一斉に拳銃を抜いた。 3Dプリンター製の簡易なものだが、殺傷力は十分にある。おまけに、使用後は焼いてしまえば証拠が残らないため、近頃闇社会で流行っているものだった。 閑静な住宅街に、何発もの銃声が響き渡る。 そのうちの一発が少女の太ももをかすめた。思わず苦鳴を洩らす少女だが、その動きに衰えはない。やがて黒服たちを振り切って、遠く離れた商店街まで逃げ切った。 その一角の、いくらか古びた定食屋の前で、いよいよ少女は力尽きる。 その場に倒れて、動かなくなってしまった。 * * *【今夜の特集は『怪盗ラクーンアイ徹底解剖! その正体に迫る!』です。お楽しみに】「おお、リョウコさん、今日はラクーンアイの特集をするみたいですよ!」「ああン? なんでえ、そのなんちゃらアイってのは?」 少々うらぶれた商店街の一角、間田木食堂では今日も赤髪の女――間田木リョウコと、やたらに入り浸っている巫女服の除霊師――稲荷屋トウカがテレビを見ながら話をしていた。「ええー、リョウコさん知らないんですか? 近頃巷を騒がしている怪盗ですよ。悪い政治家やお金持ちから悪事の証拠を盗んで、ネットに公開してるんです!」「ふーん、世直しってやつかねえ。奇特なやつもいたもんだ」 リョウコは興味なさげに手元でなにやら作っている。 といっても実に簡単なもので、丼に盛った白飯に天かすを載せ、自家製のめんつゆをさっと回しかけて小ネギを散らしただけのものだ。「むむっ、リョウコさん何を作ってるんですか?」「ああ、もうオメェは本当にめざといなあ。たぬき丼だよ、たぬき丼」「へえ、おいしそうですねえ。私にも一杯ください
last update最終更新日 : 2026-07-13
続きを読む

第45話 怪盗ラクーンアイ 2/2

【速報です。東京地検特捜部は与党我民党幹事長、波洲沱氏宅の強制捜査を開始し――捜査のきっかけは通称『怪盗ラクーンアイ』が公開した資料と見られ――】「おお、すごい! またラクーンアイが大手柄ですよ!」「ううん? そうか、そりゃあよかったなあ」「うわー、めちゃくちゃ興味なさそう」 間田木食堂に突然の珍客があってから数週間。 今日もトウカはカウンターで食事をしながらリョウコと雑談をしている。今日のメニューは唐揚げ定食。間田木食堂の唐揚げはひとつひとつがとても大きく、かぶりつくと肉汁が垂れてくるほど瑞々しい。これにマヨネーズをたっぷりつけて食べるのが最近のトウカの流行である。 ところで例の珍客――タヌキだが、商店街の獣医に預けたところ、しばらくして逃げ出してしまったらしい。 銃創なら警察にも届ける必要があったのだが、肝心の証拠であるタヌキが消えてしまったのでそのあたりのことはうやむやになっていた。逃げ出すほどの元気を取り戻しており、リョウコの応急処置も適切であったことから、タヌキ自体の心配はないだろうとは獣医の言葉だった。「つうかよ、なんでトウカはそんなになんとかアイってのが好きなんだよ?」「だって怪盗でそのうえ義賊ですよ! きっとこう、背が高くって、スラッとして、ニヒルな笑顔が似合うクール系イケメンに違いありません!」「はあ、うちの常連みてえな中年太りのおっさんかもしれねえぞ?」「もうー、やめてくださいよ。リョウコさんは夢がないなあ」 そんな益体もない話をふたりが続けていると、ガラリと音を立てて店の引き戸が開けられた。 入ってきたのは十代後半程度に見える少女。茶色のショートボブで、くりっとした垂れ目気味の目に愛嬌がある。どこかタヌキのような雰囲気のあるその少女は、怪我でもしているのか左足を少し引きずっていた。「いらっしゃい、好きな席にどうぞ」「えっと、ここでもいい?」「へい、もちろんかまいやせんぜ」 少女はカウンター席に座る。 そしてそわそわした様子で店内をきょろきょろと見回していた。 その様子に気がついたリョウコが声をかける。「お目当てのメニューが見つからないんですかい? うちは品数多いっすからねえ。とりあえず言ってもらった方が早いかもしれないっすよ。メニューにないもんでも、できる範囲でやらせてもらうん
last update最終更新日 : 2026-07-13
続きを読む
前へ
12345
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status