悪霊の多い料理店~この世の未練、飯テロ除霊で晴らします~ のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

44 チャプター

第32話 逆十字騎士団 2/3

「リョウコ様、このたびはありがとうございましたの。ご恩は必ずお返ししますわ」「くくく、これは借りにしておいてやる。いつか相まみえるその日までな!」「おいおい、ちょいと待ってくれよ。せっかく来たんだからメシくらい食っていきなって」 レヴナントがぶわっとコウモリを発生させて消えようとするのを、リョウコが引き止める。「ちょうど試してる最中の料理があってなあ。味見をしてくれると助かるんだよ」「なっ、リョウコ様のお手伝いができるのですか! それならばぜひ!」「くくく、そこまで言うのならば味見とやらをしてやろう。これで借りはひとつ返したぞ」 とある事件がきっかけで、メアリーはリョウコに心酔し、隙あらば弟子入りしようとしている。 そしてレヴナントは主君が心酔するリョウコをライバル視しているのであった。「それでどんなお料理を作るんですか?」「それは出来てのお楽しみ……ってほどのもんでもねえな。カツ丼だよ」「カツ丼? カツ丼ならもうメニューにあるじゃないですか?」「それにもうひと工夫したいっつう話だ」 新作料理の味見と聞いて、よだれを垂らしているのはトウカである。 このところ、暇さえあれば間田木食堂に入り浸っているのでレギュラーメニューは一通り食べてしまっていたのだ。「ま、まずはスタンダードなカツ丼からだな。食べ比べてもらうのが一番わかりやすいだろうよ」 そう言ってリョウコは冷蔵庫から豚のロース肉を取り出す。 包丁の先で筋を切り、肉たたきで伸ばしたらまた肉を寄せて整形した。両面に小麦粉をはたき、卵液にくぐらせたら荒く挽いたパン粉をぎゅうっと押し付けていく。「そういえば、パン粉はふんわりつけるって聞いたことがある気がするんですけど、リョウコさんはぎゅぎゅって押し付けるんですね」「フライの揚げ方にも色々あるからなあ。あっしは衣が厚めに付いてる方が好きだからこうしてるが、薄衣にするならもっと細かいパン粉をふわっとつけた方がいいな。天ぷらなんかだと揚げてる途中に衣を垂らして、大きくするやり方もあるぜ」「へえ、揚げ物にも色々あるんですねえ。あれ、でもリョウコさんのお店は天ぷらってやってないですよね。なんでです?」「うちは揚げ油にラードを入れてるからな。ラードはうっすら甘くて香ばしいからとんかつやらフライには向くんだが、天ぷらだとくどくなっちまう。サラ
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第33話 逆十字騎士団 3/3

「とんかつ! とんかつ!」 はしゃぐトウカが真っ先に箸を伸ばし、一口目をかじりつく。 さくりと香ばしい衣の中から、柔らかい豚肉が現れる。噛むほどに豚の甘みが口の中に広がり、ほどよい塩味が次の一口を促す。間田木食堂の揚げ物は基本的に下味をしっかりつけており、何も付けずに食べても旨いのだ。「コトレッタ(イタリア風カツレツのこと)と違って厚いお肉を使うのですね」「くくく、豚肉を油で揚げているのになぜかさっぱりと軽い。どんな秘術を使った?」「秘術ってほどでもねえや。生パン粉を使ってるだけよ」 間田木食堂では商店街のパン屋から、作りたての生パン粉を毎朝仕入れていた。 生パン粉は水分量が多く、揚げるとそれが蒸発してふんわりさっくりとした仕上がりになるのだ。「んで、肝心のカツ丼だが――」 リョウコは小鍋に琥珀色のつゆを入れ、薄切りの玉ねぎを入れて火にかける。 つゆは醤油、酒、みりん、出汁を合わせて作ったものだ。それが沸騰し、玉ねぎが半透明になったら上にカツを乗せる。そして溶いた玉子を回しかけ、蓋をして火を止めた。 しばらく待って蓋を開けると、中から黄色と白の入り混じった半熟のカツ煮が姿を表す。茶碗に白飯をよそり、カツ煮を3つに分けてそれぞれに被せる。「はい、お待ちどお。まずはいつもどおりのカツ丼だな」「むはー! やっぱりこれですね! 甘じょっぱいつゆをたっぷり吸ったカツがたまりません!」「サクサクに揚げたものをわざわざ煮てしまうなんてもったいないと思いましたが、なるほど、つゆを吸わせて味を絡める意味があるのですね」「くくく、半熟のとろりとした玉子もまた絶妙ではないか」 差し出されたカツ丼を間髪入れずに頬張り、三者三様の感想をつぶやく。 メアリーとレヴナントがカツ丼を食べるのははじめての経験だったが、気に入ったようであっという間に米のひと粒も残さずきれいに平らげた。「はい、お次はこれだ」 食べ終わったころを見計らい、リョウコは続けて次の丼を出す。 白米の上に一口サイズの真っ黒なカツが2枚載ったシンプルなものだった。「へえ、まるごとソースでつけてるんですね」「これは玉子で閉じないんですの?」「おう、北関東から新潟あたりじゃ定番のソースカツ丼ってやつだ。カツの下にキャベツの千切りを敷くことも多いな」「くくく、ソースがたっぷりついているの
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第34話 生馬麺 1/2

 街路のイチョウ並木が黄色に色づき、吹く風に寒さが交じる頃。 少し寂れた、しかし、しぶとく生き残る商店街の一角に、間田木食堂はある。「うーん、サンマの塩焼きと、ラーメンひとつ」「こっちも塩焼きとラーメン」「おいらも同じやつー」「あいよっ! サンマの塩焼き三丁にラーメン三丁っ!」 客の注文に威勢よく応える赤い髪の女が店主の間田木リョウコである。 ラーメンを茹でつつ、炭火台の前に立ってサンマを焼いている。漢字で『秋刀魚』と書く通り、秋の味覚の大定番だ。強火の遠火で芯までじっくり火を通す。やがてサンマの表面でぷすぷすと脂が沸騰し、適度な焦げ目がついたら焼き上がりだ。「はい、お待ちどお。サンマの塩焼きにラーメンだ」 出来上がったものを提供すると、客たちは一様に首を傾げる。「うーん、思ってたのと違う」「これじゃないっていうか」「旨いことは旨いんだけどねえ」 そんなことを口々につぶやきつつ、なにやら納得いかない顔でサンマとラーメンを食べてから帰っていくのだった。「なんでえ、今日はおかしな客ばっかだな。せっかく最高のサンマを仕入れたってのに、何が不満だって言うんでえ」 半身だけ食べて残されたサンマを見つつ、リョウコは思わず愚痴を言う。 近年は地球温暖化の影響でサンマの不漁が続いており、穫れてもかつてに比べて身の痩せたものが多い。そんな中、でっぷりと脂の乗ったサンマを仕入れられて上機嫌なリョウコだったのだが、肝心の客に残されてしまってはそんな気持ちもどこかに行ってしまう。「焼き方が悪いのか、塩振りがいけねえのか……いや、そんなことはねえな。いつもどおりの味だ」 客の残したサンマの身を指でむしり、味におかしなところがないか確認する。 自分で思うのも何だが、焼き加減も塩加減も完璧だ。もちろんサンマ自体の質もよく、文句なしに旨い。残される理由がわからない。 おまけにわからないのはまるでセットのように頼まれるラーメンだ。何を頼むのも客の自由だが、サンマとラーメンというのはなんとも妙な取り合わせである。「悪霊は、この中にいます!」「へい、らっしゃ――ああ、トウカか。それ、ひさびさに聞いた気がするなあ」「反応が薄いっ!?」 リョウコが腕組みをして悩んでいるところに、食堂の引き戸をガラリと開けて現れた巫女服の少女が稲荷屋トウカである。気鋭の新人除
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第35話 生馬麺 2/2

「だいたいよう、あんたはサンマが嫌いなのかい?」『イヤ、スキデス。オイシイデス……』 黒い靄が、カウンターに座って焼きたてのサンマをつついている。 どうやって座っているのか、どうやって箸を使っているのか、食べたものはどこに消えるのか、トウカにはどれもわからなかったが悪霊はとにかくサンマの塩焼きを味わっていた。「わかんねえと言えばよう、ラーメンだ。なんでサンマの塩焼きとラーメンを一緒に食べたかったんでえ?」『イヤ、チガウンデス。ソウジャナクテ、モット、ベツノモノガ食ベタカッタハズナンデスケド……』「むうー、この悪霊さんはどうも生前の未練がはっきりしないようですね。そのせいで、姿もはっきりしないのでしょう」 三人で顔を突き合わせながら――悪霊の顔はわからないが――相談をはじめる。「あんた、ラーメンマニアだったりするかい? サンマを鰹節みたいにしたサンマ節ってもんがある。かなり珍しいもんだが、それで出汁を取ったラーメンを食ったとか?」『イエ、ラーメンハスキデシタケド、マニアトイウホドデハ……』「そんじゃあ具材にサンマを使っているとかか? そんなのはちょっと聞いたことがねえが……」 リョウコの脳裏に浮かんだのは京都のニシン蕎麦である。 甘く煮付けたニシンをかけ蕎麦の上にドンと載せたものだが、それをサンマとラーメンに入れ替えたような料理があるのではないかと予想したのだ。『イエ、具材ハ、モヤシヤ、オ肉ダッタトオモイマス……』「もやしに肉……あっ、なるほど! それで、スープにとろみはあったかい?」『ハイ、トロリトシテ、アツアツデシタ……』「おうおう、そんなことだったかあ。ちょいと待っててくんな。いま作ってやっからよ」「えっ、リョウコさんいまのでわかったんですか!?」「こちとらメシ屋のプロだぜ? こんだけヒントをもらってわかんねえことがあるかよ」 そう言うと、リョウコは出汁を小鍋に取り、それに醤油、酒、普通の酢と黒酢、鶏ガラスープのもとを加えて火にかける。ふつふつとしてきたら一旦火を止めた。そこに水溶き片栗粉を流し入れ、全体をぐるぐるとかき混ぜる。「片栗粉は沸騰してるところに入れるとあっという間に固まってダマになるからな。火を止めて、沸騰がおさまったところで入れるのがコツだぜ」 続いて小さなボウルに玉子を割り、菜箸でよくかき混ぜる。 そ
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第36話 ヒダル神 1/3

 天高く馬肥ゆる秋。 晴天の青空に、ポンポンと軽やかな音を響かせて、花火が白い煙を上げる。 今日は商店街最寄りの小学校で運動会があるのだ。その商店街の一角、間田木食堂では弁当作りに勤しむ女主人、間田木リョウコの姿があった。「あれー、今日はランチ営業はやらないんですか?」「おっ、トウカか。いいところに来たな。今日は運動会向けの弁当作りで手一杯だからよ、昼営業はお休みだ。ほら、好きな弁当やるからちょっと手伝ってくれ」 そこへやってきたのは巫女服姿の少女、稲荷屋トウカである。 なんやかんやと理由をつけて、間田木食堂にしょっちゅう顔を出している新米の除霊師だ。「なんか私、ほとんどバイト扱いになってないです……?」「まあまあ、いいじゃねえか。この『デラックス特製のり弁』なんかイチオシだぜ。白身フライの真ん中にチーズソースを挟んでてな、冷めてもとろりとしてるんだ。海苔の下には明太子と昆布の煮物、それとおかかを三色に敷いてある。他のおかずも豪華だぞ。磯辺揚げに、唐揚げに、ひとくちヒレカツ、厚焼き玉子に――」「むっふー、そんなこと言われたら断れないじゃないですか!」 トウカはよだれを垂らしながらキッチンに入っていく。 リョウコの指示に従って、出来上がった惣菜を弁当箱へ詰め込んでいった。「昼前までに仕上げたら、小学校まで配達だ」「へえ、宅配までしてるんですね」「おう、予約もあるからな。んで、残りは現地で場所を借りて売っちまおうって算段よ」「よく学校が許可してくれましたねえ」「あっしは卒業生だからなあ。それに、最近は共働きの家ばっかりで弁当を作る暇もないってんで、営業に行ったら喜んで許可してくれたぜ」 山ほどの弁当ができたところで、それをプラスチックコンテナにしまってワゴン車に積んでいく。 いつかトウカを連れて釣りに行ったときと同じ車だ。後部座席が取り払われており、収納スペースがたっぷり取れるよう改造されている。リョウコはこれを、配達や仕入れにも使っていた。「売り子も手伝ってくれたら、こっちの『カルビたっぷり焼肉ビビンバ弁当』もつけていいんだがなあ。コチュジャンとヤンニムでピリ辛に仕上げてあってな。ナムルはもちろん自家製。キムチは商店街の焼肉屋から分けてもらった手作りで、酸っぱさと辛さのバランスがたまんねえんだよなあ」「はいはい、ここまで来たら
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第37話 ヒダル神 2/3

「それで、ヒダル神ってのは一体何なんでえ?」「餓鬼の一種で、取り付いた人にひどい空腹感を与えて動けなくしてしまう悪霊、あるいは妖怪です。何かを一口でも食べれば祓えるはずなんですが……」 ヒダル神とは、トウカの説明した通りの存在だ。 主に山道に出没し、歩いている旅人に取り憑く。山の中で突然虚脱感に襲われて動けなくなったらこの妖怪の仕業だと言われているが、正体はハンガーノック――急性の低血糖症ではないかともされる。登山家が行動食としてチョコレートや飴、レーズンなどの高カロリーな食物を摂取しながら進むのは、これを防ぐためである。「へえ、何か食えばいなくなんのか。じゃ、なんでオメェさんはいなくなってねえの?」『えっ、そこで儂に聞くの?』「そりゃよう、直接聞くのが一番速えし、間違いもねえじゃねえか」『それはそうじゃが……』 食中毒の悪霊ではないと知ったリョウコはもはや平常運転である。 ヒダル神の目の前までずかずかと歩いていき、直接問い質しはじめた。「あのー、リョウコさん。一応言っておきますけど、悪霊に近づくのは危ないんですからねー。まあ、どうせ聞いてくれないと思いますけど」「ああン? 食中毒菌じゃねえんだろ? それなら近づこうが触ろうが問題ねえじゃねえか。なあ、ヒダル神さんとやら?」『あ、うん、そうなんだけど、ちょっと肩を叩くのやめてくれんかの? けっこう痛いんじゃが』「ははは、悪りぃ悪りぃ!」 リョウコはヒダル神の人間離れした撫で肩をバシバシと叩いて笑っていた。 トウカは「なんでこの人、取り憑かれないんだろう……」と思ったが、もはや気にしてもしょうがないのでその疑問を心の棚にそっとしまった。「ンで、なんでこんなところで人に取り憑いてんだ?」『もともとこの建物の裏山におったんじゃがのう。走ってきた子どもに引っ張られてこんなところまで来てしもうた』 この小学校の運動会では、種目のひとつに長距離走がある。 校舎裏の低い山がそのコースの一部となっているのだが、そこで子どもの一人に取り憑いてしまったようだ。こういった妖怪はある種の自然現象でもあり、己の意思に反して人に憑いてしまうことがしばしばある。「それで、なんで帰らねえんだ? みんな色々食ってたんだろ?」『それがのう、儂も帰りたいんじゃけど、こう、子どもたちがな、「あれが食べた
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第38話 ヒダル神 3/3

「それで、大豆はどうするんです?」「こいつはな、こうするんだ」 リョウコは何キロもある大豆を、フライヤーの中に沈めていく。 パチパチと油が弾ける音が、給食室に一斉に響き渡った。「低温で10分ぐらい揚げると、カリカリのスナック菓子みたいになるんだよ。今回のカレーは肉も具材もねえからな、これで食感にアクセントを加えようって寸法よ」「あ、そういえばお肉使ってないですね。どうしてです?」「おう、これよこれ」 トウカはリョウコが差し出してきた紙束を見る。 そこには生徒の名前とともに、様々な食材が書かれたリストが掲載されていた。「これはアレルギーの一覧表?」「おうよ、生徒さんが持ってるアレルギーをまとめたもんだな。肉のアレルギー持ちがいたから、肉は一切使ってねえ。小麦粉のアレルギーもいたから市販のカレールーも避けたってわけだ」「食材をぜんぶペーストにしたのは?」「そっちは単純に好き嫌いへの対策だな。ニンジンが嫌いだの、じゃがいもが苦手だのって言って器用に残す子どもは結構いるだろ? ぜんぶ形をなくして煮込んじまえば、そんな心配もなくなるってえわけだ」「なるほど、いろいろ考えてるんですねえ」「メシ屋が料理のことを考えねえでどうするってんでえ。お、よし、いい揚がり具合だな」 濃いきつね色に揚がった大豆を、フライヤーから引き上げる。 油を切ったら塩コショウを軽く振って味をつけた。「むふー、香ばしい匂いがしますねえ」「はいはい、せっかくだから揚げたてを味見してくんな」「やったー!」 リョウコは小皿に大豆の素揚げを少し取り分け、トウカに差し出した。 トウカは大喜びでポリポリとそれをかじる。「歯ごたえがとってもいいですねえ」『酒の肴にもよさそうじゃなあ』 ヒダル神もしれっと大豆に手を伸ばし、ポリポリとかじっている。「カレーの仕上げもバッチリだな。よしっ、こいつを校庭で配るぞ!」「はーい」 * * *「わあ、食べやすくておいしー」「優しい口当たりのカレーねえ。こういうのひさしぶりに食べたわ」「カリカリのお豆がお菓子みたい!」「大豆の素揚げかな? 懐かしいなあ、カレーにも合うんだねえ」『ふむ、カレーというのははじめて食べたが、なかなか美味いものじゃのう』 リョウコたちは、学校から長机を借りてそこでカレーを配っていた。 児童もそ
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第39話 裏稲荷明神 1/2

「ふむ、神気に満ち満ちておるなあ。ちょっとした霊山ほどの霊格があるぞ」「はあ、そりゃあ縁起がいいってことですかねえ? そんなことよりお客さん、ご注文はお決まりで?」「ふうむ、ではいなり寿司をもらおうか」「お稲荷さんだけだとあんまりお腹にたまらないっすよ? 蕎麦やうどんともセットにできやすが」「なるほど、それならきつねうどんとセットで頼むかの」「あいよっ! きつねうどんとおいなりさんセット一丁!」 ここは少々さびれた商店街の片隅、年季の入った定食屋間田木食堂。 カウンターを挟んで、古風な着物を身にまとった女と、店主のリョウコが向かい合っていた。 着物の女は淡い黄色の髪をしていて、細く吊り上がった目の美人だ。年の頃は三十絡みだろうか。どこか怜悧な印象があり、一言で表すならキツネを思わせる女だった。「はい、きつねうどんとお稲荷さんのセット、お待ちどお!」「ほほう、透き通ったきれいなおだしさんじゃのう。関西風か?」「へい、昆布と鰹の出汁をしっかり引いて、酒とみりん、色の薄い白醤油で味を整えたもんで。あっちじゃ、あご出汁を使うことも多いっすから、純粋な関西風ってわけでもねえですけどね」 着物の女は割り箸でうどんをつまむと、ふうふうと息で冷ましてそれをすする。桃色の舌で唇をちろりと舐める仕草がなんとも妖艶である。「しこしことコシの強いおうどんさんじゃのう。これはさぬき風かの?」「ええ、冷凍のさぬきうどんでさ」「ほう、これが冷凍?」「最近のはよく研究されててね、ほとんど打ちたてみたいな味わいなんでさあ」「ほうほう、最近は進んでおるんじゃのう」 女はつるつるとうどんを飲み込むと、今度は油揚げをつまみ上げ、端から一口かじる。「ほほっ、これも分厚くて食べごたえがあるの。甘じょっぱい煮汁に、さらにおだしをたっぷり吸っているのがたまらん」「へい、油揚げは商店街の豆腐屋から毎日仕入れているもんでして。それをうちで煮ているもんになりやす」「ほう、手作りか。とするとこのお稲荷さんのお揚げも?」「へい、もちろんうちで煮ておりやす」 油揚げを半分ほど食べた女は、今度はいなり寿司に興味を変える。 セットにつくいなり寿司はふたつで、鮮やかなきつね色のものと、やや黒っぽい色のものが並んでいた。「ふうむ、いなり寿司も2種類あるのか。ではまず、こちらの普通の
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第40話 裏稲荷明神 2/2

「おうこら、トウカ。いきなり出てきてこんな姉さんをババア呼ばわりはねえだろうが」「いや、おばあちゃんなんですよ、私の」「こんな若いババアがいるわけ……って、トウカのバアちゃん!?」「ほほ、孫が世話になっているらしいのう。どうもきっかけがなくての、自己紹介が遅れたが、妾はトウカの祖母、稲荷屋テンコじゃ」「はあー、こんなべっぴんさんがおばあちゃんとはねえ……」 リョウコは目を丸くし、稲荷屋テンコを名乗る女を見る。 妖艶に着物を着こなし、柳のようにしなやかに座る様子は美人画から抜け出してきたようだ。見た目から想像できる年齢は高く見積もってもせいぜいが三十代前半。三十路前だと言っても通用するだろう。「ほほほ、若作りを褒められてもそう嬉しいものではないものじゃ。きっかり還暦のババアじゃよ」「還暦ってことは六十歳かあ。まるで見えねえなあ……」 リョウコは改めてトウカを見る。 この少女――見た目は十代半ばの少女にしか見えないが、実際は二十歳を超えて成人済みである。酒もよく飲むし、アテも漬物やイカの塩辛など、年寄りじみたものを案外好むのだ。どうやら、稲荷屋の家系は代々若く見えるのだろうとリョウコは一人で納得した。「それで、間田木殿の元で修行に励んでおるという話じゃが、どんな料理が作れるようになったのかの?」「へ、修業? トウカにゃちょくちょく店を手伝ってもらってやすが、修業ってえほどの――」「ままま毎日がんばってますよ! 料理の腕だってめきめき上達中です!」「ほほほ、そうか。では何か一品作ってもらおうかの」 トウカはリョウコの言葉を強引に遮り、会話に割って入った。 そして急ぎ足でキッチンに入り、リョウコに小声でささやく。(私、ここで修行してることになってるんで話を合わせてください!)(ええ、どういうこったい?)(実家にいるとおばあちゃんの修業が厳しすぎるんですよ……。それで、リョウコさんに修業をつけてもらってるってことにしてて)(はあ、しかし、オメェにまともに料理を教えたことなんてほとんどねえぞ?)(なので、練習不要でさっとおいしく作れるものをいま教えてください!)(おいおい、なんだそりゃあ。まあ、貴重な臨時バイト兼常連さんの頼みだ。かまわねえけどよ)(やったー! リョウコさん、大好きです!) リョウコはとあるレシピをトウカにそっと
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第41話 間田木食堂の休日

 平日の真っ昼間にもかかわらず、通行人もまばらな商店街。 その片隅に『本日定休日』の張り紙をした食堂がある。 店の名は間田木食堂。年季の入った2階建てで、1階は食堂となっている。 正午をまわる寸前で、その2階で赤髪の女が目を覚ます。「あー、くっそねみぃな。昨日は飲みすぎたか……」 洗面所で雑に顔を洗い、歯を磨く。 昨晩は常連のひとりである外国人女性(と、リョウコは思いこんでいる)のメリーさんと、パートナーの八尺様が閉店寸前に訪れていたのだ。メリーさんは絡み酒であり、やたらと奢ってくれるのでリョウコもすっかり飲み過ごしていた。なお、八尺様は人見知りをするのか、「ぽぽぽ、ぽ」と何かを言いかけているところしか見たことがない。「うー、腹減ったな。冷蔵庫になんかあったっけ……」 いい加減に見えるリョウコだが、仕事とプライベートはきっちり分けている。 店で使った食材は、基本的に廃棄寸前にならなければ自分で食べないし、調理場も自分の生活スペースである2階と、営業スペースである1階で使い分けているのだ。 なお、これは以前に『マルサの女』という映画を見てからの習慣である。惣菜屋の夫婦が、売れ残りを自分たちの食事にしていてとんでもない追徴課税を受けていた。悪霊だの妖怪だのは恐れないリョウコだが、税務署や保健所など、自らの商売に直結するお上に対しては大きな恐れを抱いていた。 冷蔵庫を開けて、眠たい顔をしかめつつ中にあるものを確認する。 生卵と、ラップで包んだ豚バラ肉の塊があった。肉の正体は自家製のベーコンである。ソミュール液(香辛料を加えた塩水)に1週間ほど漬けておき、りんごの木で燻したものだ。店で出せるほどの量は作れないので、完全にリョウコが自分で食べるための趣味の品だ。「こいつを薄切りにしてから……あー、どうすっかなあ」 ベーコンを適当に薄切りにした後に、赤髪をかきむしりながらキッチンを見渡す。 髪を触るのは不衛生なので店では一切やらない。こういう気遣いをしなくてもいいことも、リョウコが店とプライベートで調理場を完全に分けている理由のひとつである。「今日はそうだな……パンでも食うかあ」 リョウコは、4枚切りの分厚い食パンを棚から取り出す。 懇意のパン屋から買っているものだ。店では当日に仕入れたものしか使わないが、自分で食べる場合には適当
last update最終更新日 : 2026-07-13
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