悪霊の多い料理店~この世の未練、飯テロ除霊で晴らします~ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

44 チャプター

第11話 真祖吸血鬼 4/4

「むっはー! おいしそう! どうしてさっきは作ってくれなかったんですか!」 眼前のナポリタンによだれを垂らしつつ、トウカが文句を言う。 右手にフォーク、左手にスプーンを持って戦闘準備は万端だ。「レギュラーメニューじゃねえからだよ。レバーだって本当はレバニラ用の仕込みでえ」「むむむ、どうしてメアリーちゃんたちだけ特別扱いなんですか!」「お、おう。トウカ、マジで言ってるならさすがのあっしも引くぞ。こいつらァどう見たってオメェより何歳も年下じゃあねぇか」 トウカは首を回して黒い少年と白い少女を見る。 二人とも、どうやら小学校高学年からせいぜい中学に入ったところだ。 トウカはだらだらと汗をかきながら、フォークとスプーンをカウンターに置いた。「じょじょじょ、冗談ですよ! そそそ、それで、どうしてレバカツなんて作ったんです? 子どもには食べにくいんじゃないですか?」「ああン? だからカレーで味付けしたんだろうよ」「そうじゃなくて、そもそも他のものを作ってあげれば」「栄養バランスだよ。え・い・よ・う・バ・ラ・ン・ス。お嬢ちゃんは貧血でふらついちまったみてえだし、小僧の方も青っちょろい顔しやがってよう。どう見たって血が足りてねえだろうが。レバーはな、鉄分が多い上に吸収率も高い。貧血の予防にぴったりなんだよ」 その言葉を聞いたレヴナントがキッとリョウコをにらみつける。「血が足りぬだと……我を愚弄するか!」「なんで血が足りねえと馬鹿にしたことになるんだよ。まあいいや。ほれ、お嬢ちゃんも食えそうだったら味見してくれよ」 リョウコはレヴナントの怒声を聞き流し、横になっているメアリーに声をかけた。 それに対してメアリーは弱々しい声で応じる。「うっ、うう……。でも、わたくしはこんなものを食べるわけには……」「あー、しゃあねえな。おう、トウカ。冷める前に先に食っちまえ」「えっ、私が!? あっ、あっ、でも、せっかく作ってくれたお料理ですもんね。け、決して私が意地汚いわけじゃないですよ? リョウコさんを気遣って食べるんですからね!」「ごちゃごちゃうるせえなあ。いいからとっとと食いやがれ」 リョウコに促されたトウカが、ナポリタンの山にフォークを突き込み山肌を削り取る。具材を巻き込みながらぐるりぐるりと麺を絡め取り、口いっぱいにそれを頬張った。「むっはー!
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第12話 食闘流布 1/5

【大森田イスキ! 大森田イスキ! イスキ! イスキ! イスキの末脚が伸びる! またたく間に完食し、チャンピオンを華麗に抜き去ったー! 食闘全日本統一王座決定戦、新チャンピオンの座をもぎ取ったのは、《アイドル界からの刺客》大森田イスキだぁー!!】【おーいっしぃぃぃいいいーーー!! ごちそうごちそうさまでしたっ】「「「うぉぉぉおおお!!」」」 通行人もまばらな商店街の一角。 昼下がりの間田木食堂はテレビを見て盛り上がっていた。 番組は食闘全日本統一王座決定戦の決勝戦。 つい先日アイドルから食闘士に転身したばかりの大森田イスキが挑戦するとあって、大注目を浴びていた。間田木食堂の常連客にはアイドル時代からのイスキファンが多く、昼間から酒を飲みつつ応援に勤しんでいたのである。「ひゃー、いつもながら見事な食いっぷりだねえ」「私もあれくらい食べられるようになりたいです!」「なんだァ、巫女さん辞めて食闘士になるのかい?」「いえ、いっぱい食べれたら、色んなものをたくさん味わえるじゃないですか!」 リョウコが酒の肴にと作った小皿料理の数々を、ひたすら食べている巫女服の少女が稲荷屋トウカである。日本人形のような黒髪に、幼さを残しながらも整った顔。黙っていれば絵になる美少女なのだが、口の周りを汚してもりもり食べている時点で台無しであった。「おいおい、あんまり肉ばっかり食うなよ。ネギしか残らねえじゃねえか」「ええー! でも、このチャーシューがおいしすぎて……」 いまトウカが集中的につまんでいるのはネギチャーシューである。 白髪ネギと細かく刻んだチャーシューを甘じょっぱい醤油タレで絡めたものだ。 先日爆盛りラーメンを作った際には即席であったが、今回はきちんと手間をかけた逸品である。焼き目をつけた豚バラ肉に一晩かけてタレを染み込ませ、オーブンでじっくり芯まで熱を通して仕上げたものだ。「この前の『お肉ぅー!』感のあるチャーシューもよかったですけど、真ん中までほろほろ柔らかいこれも乙ですね!」「へへっ、そンなら手間ァかけた甲斐があるってもんだぜ。って、ちゃんとネギとバランスよく食いやがれ! 夜営業にも使うんだからな。肉だけなくなっちまったらたまらねえよ」「はぁーい」 今度はネギを多め、チャーシューを少しで口に放り込む。
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第13話 食闘流布 2/5

「なーんか、上手いこと丸め込まれちまった気がするなあ」「いいじゃないですか! ほら、こんなに空気がおいしいですよ!」 リョウコとトウカは、1両編成の電車の手動ドアを開けて無人駅に降り立った。 トウカが胸を膨らませて深呼吸すると、澄んだ空気が肺に満ちる。 ここはN県九頭竜村。新進気鋭のアイドル食闘士大森田イスキの故郷である。 駅には「イスキちゃん! 食闘全日本統一王座おめでとう!!」と書かれた横断幕が大々的に張られていた。「つか、なんでこんな山奥まで来たんだっけ?」「もうー、忘れないでくださいよ。この村の神社の狛犬の目が赤く染まった原因を突き止めて、できれば解決してほしいって依頼じゃないですか」「あっしは拝み屋じゃねえんだけどなあ」 二人がなぜこの村に来ているかと言えば、大森田イスキとそのマネージャー縁之下カイナのたっての依頼を引き受けたためである。 リョウコにそんなものを引き受けるつもりは毛頭なかったのだが、カイナのプレゼンを聞いていたらいつの間にか書類にサインをさせられていた。食堂に並んだ霊感グッズの山々からもわかるが、間田木リョウコという人間は基本的にだまされやすかったのだ。「ようこそようこそ! 九頭竜村へ!」「さっそくですが、九頭竜神社――通称『食闘神社』までご案内します」 駅を降りた二人を出迎えたのは、イスキとカイナだった。 カイナの運転するワゴン車は、緑豊かな山々に囲まれた集落を駆け抜けていく。一面には田んぼが広がっているが、収穫が済んだあとのようで、そこかしこで刈り取った稲が天日干しにされていた。「あそこで干してんのが例のイスキ米ってやつかい?」「はい、そのとおりです。熱風乾燥をやめて昔ながらの天日干しにこだわった、弊社と九頭竜村のコラボ商品ですね」「おむすび作ってきたので、よかったら食べてくださいっ!」 助手席から身を乗り出し、イスキが竹の葉で包まれた塩むすびを渡してくる。 二人はそれを受け取り、はむっと一口頬張った。「むふー、もっちりしてておいしいお米ですね!」「噛めば噛むほど甘みが出てくるな。うちの仕入れに加えたっていいくらいだぜ」「それはありがとうございます。あの間田木食堂が仕入れてくださるとなれば、弊社としても鼻が高いですわ」「そんな風に持ち上げられてもなあ……」
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第14話 食闘流布 3/5

「さ、論より証拠だ。食べ比べてみねェ」 リョウコたちは、本社とは別にある境内の社務所にいた。 中には炊事場があり、そこを借りていたのである。先ほどの話のあと、リョウコは三人を買い出しに走らせ、自身は炊事場に残って調理をしていたのだ。「ええっと、どっちも具のない細巻きのお寿司で、見た目に違いはないみたいですけど……」 リョウコが差し出してきたのは何の変哲もない――どころか、切り口が真っ白な細巻きだ。白い米が海苔で巻かれただけの代物が、2つの皿に並べられていた。「食ってみりゃあわかる。味の違いがはっきりわかるように、醤油はなしで食ってくんな」「うーん、あまり食欲はそそられないですね……」「味見なんだから贅沢言うんじゃねえ」 トウカたち買い出し組は、怪訝な顔をしながらも2つの細巻きを口に運ぶ。 何度も何度も噛み締めながら、探るように味わった。「で、右の皿と左の皿。どっちがイスキ米だと思う?」「うーん、左だと思います。お米の甘みがはっきりしているように思いました!」「イスキも左ですっ。こっちの方がおいしいもん!」「私も左ですかね。右はどうも味がぼやけていて、べちゃっとして食感も悪く思います」 リョウコは三白眼を細め、「くくくっ、そうか、三人とも左ねえ」と笑った。「正解は逆だよ。右がイスキ米、左があっちの米だ」 リョウコはしてやったりという顔で炊事場の一角を指す。 そこには神社に奉納されたイスキ米と、昨年まで作られていた従来の九頭竜米の玄米とが積まれていた。「えっ、逆!? っていうか、左のって古米じゃないですか!?」「おう、古米だよ。ここは涼しいからな。保存状態がよくて助かったぜ。おまけに精米機まであるなんて気が利いてやがらぁ」 古米とは、簡単に言えば1年以上前に収穫された米である。 穫れたての新米であるイスキ米よりなぜおいしいのか、トウカにはわけがわからなかった。「まあ、普通は新米の方がいいもんだって思うわなあ。だが、寿司飯を作るときには新米がいいってわけじゃねえんだ」「えっ、なんでです?」「細けえ理由もあるが、一番は水分の含有量だな。新米は水っ気が多いくて、寿司酢となじみが悪りぃんだ。もちもちで普通に食うぶんには旨いんだが、ほぐれにくいからパラパラにしたい寿司とは相性がよくねえ。熱風乾燥させた最近の米ならそんなに気にしなく
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第15話 食闘流布 4/5

「ああン? 河童は河童だろうが。本人もそう言ってるしな」『呼び名は好きにするがいい。人の子が余を河童と呼ぶのであれば、余は河童なのであろう』「ほら、やっぱり河童じゃねえか」  髭のようにタコの触手をくねらす怪人の横で、リョウコはからからと笑っている。 トウカをはじめ、イスキとカイナもその様子を見て固まっている。頭がタコで、岩のようにゴツゴツした皮膚の河童など聞いたこともない。何よりもその存在感だ。トウカ以外には正体まではわからないが、溢れんばかりの神気がその身体から放たれているのである。「ああああの、河童さんなら頭にお皿がついてると思うんですが……」「おう、トウカ。言っていいことと悪いことがあるぞ」 トウカの言葉に、なぜかリョウコが怒り出す。 リョウコはトウカの肩に手を回して、耳元で小声でささやいた。(そういうこと言うんじゃねえよ。本人が一番気にしてるに決まってんだろ)(ど、どういうことですか?)(かーっ! 察しが悪りぃなあ。オメェはよう、ハゲを見つけたら『あなたは髪の毛がないですね』って言うのか? そんなんは人間の所業じゃねえ)(えっ!? 頭の皿ってそういう扱い!?) 目を白黒させるトウカから離れ、リョウコはタコ頭の両肩に目を置いてまっすぐに見据えた。「ツレが失礼したぜ。なんつうか……あっしが言うのもなんだけどよ、河童の価値は頭の皿なんかで変わるものじゃねえと思うぜ。気にすんなよ」『余は何も気にしていないが』「ハッハー! さすがは神さんだ。懐が深いねえ」 リョウコは腕組みをして満足げにうなずいている。 そんなリョウコに、トウカはもうひとつわいた疑問をぶつけた。「というか、リョウコさんは河童には驚かないんです?」「おっ、学がねえと思って馬鹿にすんねえ。あっしだって新聞は毎日読んでるんだぜ」「そんなこと言って、競馬新聞じゃないですか」「ああン? ちゃんとこういうのも読んでんだよ」 そう言って、リョウコはくしゃくしゃになった新聞を自慢げに広げてみせた。 そこには『本誌独占スクープ! またまた発見、山奥に潜む河童を激写!!』という見出しがおどっている。どう見てもきぐるみのその写真の上には、『東都スポーツ』のロゴが燦然と輝いていた。『東都スポーツ』、略して『東スポ』は正しい内容の方が少ないと言われるゴシップ誌である。「東ス
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第16話 食闘流布 5/5

「むふー、甘くって舌が休まります!」「甘じょっぱいのにさっぱりで、すっごくすっごくあとを引きますっ」 カイナの細巻きに、トウカとイスキが飛びついて舌鼓を打っている。 普通のカッパ巻きに、黒く甘く、ねっとりとした味わいの食材が加えられていた。最初はその甘味を強烈に感じるが、わずかに混ぜ込まれた胡麻の香りと爽やかなきゅうりがそれをリセットし、くどさのない仕上がりになっている。「お気に召したようで何よりです。昆布の佃煮と海苔の佃煮、それに炒り胡麻を合わせてみました」「単品じゃあ濃い味付けだがよ、きゅうりがさっぱりといい仕事してやがるな。あっしが何にも口を挟んでねえのにこれだけのものが作れるたあ、さすがは虎穴流のマネージャーさんだぜ!」「そ、そんな間田木様からそのように褒められるなどもったいない……」 リョウコの言葉に、メガネの下の頬がぽっと赤く染まった。『むう、遠く潮騒が聴こえてくるようだ――。見事なり』 クトウリュウも触手を蠢かしながら感心している。 パリパリときゅうりを噛む音が触手の動きと一致していた。「じゃ、次は河童の神さんの出番だな」『余の好物を入れただけだぞ』「料理なんてェのはな、美味けりゃなんでもいいんだよ!」『なるほど、そういうものか』 クトウリュウがその海底岩礁を思わせる暗灰色の腕で細巻きの乗った皿を差し出した。それは一見してただのカッパ巻き。中央に4切りにされたきゅうりが1本通っているだけのシンプルな代物だ。 しかし、よくよく見れば米が違う。銀色に輝く白米に桜色の粒が散りばめられ、鮮やかな紫のかけらもわずかに見える。「むふー、これは何ですかねえ?」「御託はいいからよ、とりあえず食ってみな!」 リョウコに促され、トウカたち三人は細巻きを口に運ぶ。 柔らかな海苔を歯が突き破ると、ほどよい酸味の米の中にむちむちと歯ごたえの強い、さらに酸味の強い粒が混ざっている。その酸っぱさに頬の内側がきゅうとなったら、中央のきゅうりがそのみずみずしさで和らげてくれる。謎の食材のむっちりとした食感と、きゅうりのシャクシャクとした歯ごたえが見事な調和を作り出していた。「なんだか不思議な味わいです! こんなカッパ巻きは食べたことがありません!」「おーいっしぃぃぃいいいーーー!! これならいくらでも食べら
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第17話 メリーさん 1/2

「へえ、この水晶玉に透かして馬ァ見ると調子がわかるってのか」「はい、こちらにはナノテクノロジーを応用した特殊な加工が施されていまして、生き物がまとっている生命オーラを見ることができるのです」 通行人もまばらな昼下がりの商店街の片隅。 古びた定食屋である間田木食堂で、紺のスーツを着た七三分けの男と赤髪の女、間田木リョウコが向かい合って話していた。 二人が挟んだテーブルの上には、よく磨かれた水晶玉が置いてある。その脇には、恰幅のいい男性が札束で満たした風呂に入って美女を侍らせている写真がデカデカと掲載されたパンフレットが添えられていた。「むうう、しっかしちぃと高けぇんだよなあ」「いまならローンも可能ですよ。今日契約していただければ、金利・分割手数料はすべて当方が負担致します。それに、これくらい一度万馬券を当てただけで回収可能じゃないですか」「たしかにそうだなあ」「ご納得いただけましたね。ではこちらの書類にサインを――」「悪霊……じゃない、悪徳業者はこの中にいます!」 建付けの悪い引き戸をガラリと開けて現れたのは、巫女服の少女だった。 大幣をばっさばっさと振りながら、七三分けの男に詰め寄っていく。「この水晶が10万円? 霊力もまったく感じませんし、水晶じゃなくてガラス玉じゃないですか。インチキにしたってほどがありますよ!」「イ、インチキとは何ですか! 突然現れて、あなたこそ失礼にもほどがあります。一体何様のつもりですか!」「ふふふ、何様だとはよく聞いてくれました。私こそが新進気鋭の天才除霊師、稲荷屋トウカ、その人です!」「げえ!? 本物の除霊師!?」 七三分けの男は泡を食って水晶をしまうと、ほうほうの体で食堂から逃げ出していった。「あーあ、行っちまった。せっかくの儲け話だったのに……」「何が儲け話ですか! リョウコさんは騙されやすすぎます!」 リョウコは未練がましい目で男が残していったパンフレットを見ている。 トウカはそれをひったくってぐしゃぐしゃに丸めながら叱るのだった。「えー、でもよう、あの水晶を使えば馬の体調がわかるってンだぜ?」「そんなのは前走からの体重変化、追い切りのタイム、トモ(馬の太もも)の張り、騎手との折り合いなんかを見てればわかるじゃないですか! だいたい、馬の体調がわかっただけで
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第18話 メリーさん 2/2

『だーかーらーさー、最近の子はわたしのことネタ芸人か何かだと思ってんのよ!』「へえ、お客さんは女優さんか何かで?」『ほらー、お姉さんもわたしのこと知らないじゃん』「申し訳ないっすねえ。こんな商売してるもんで、テレビなんかにゃてっきり疎くなっちまうもんで」『むうう、そういうことなら許してあげるわ。焼酎ハイボールおかわり!』「あいよっ! レモンは絞りますかい?」『たっぷりお願い』 カウンターに座った西洋人形――メリーさんが、ジョッキを片手に延々と愚痴っている。つまみは漬物の盛り合わせと筑前煮、それに突き出しのもやしの和え物だ。 もやしと言っても手抜きではなく、食感のしっかりした豆もやしに、ごま油と豆板醤、鶏ガラスープの素を加えてナムル風にした食べごたえのある一品である。小鉢ひとつで200円のそれを、メリーさんは何度もおかわりしていた。『最近の子はさー、有名人ならなんでもおもちゃにしていいって思ってるのよ』「そういうところがあるんですかねえ。うちにゃあ若い子なんてあまり来ないんで、さっぱりわかんねえんすよねえ」『ダメダメ! 客商売がそんなんじゃダメよ! トレンドを吸収していかないとすぐに時代に置いてかれっちゃうんだから』 メリーさんの首がギギギギと音を立てて横に向き、トウカに青い瞳を向ける。『あんたなんかは若いでしょ? 店長さんに色々教えてあげなさいよ』「ええ、まあ、若いですけど……。一応二十歳は過ぎてます」『はぁー、二十歳でおばさん気取りねえ。最近の若い子はさー、こうやって無邪気に人の心を傷つけるんですよ。わかる? 世渡りには気遣いが大事なのよ、き・づ・か・い』「ええっと、メリーさんはその、かなりお若く見えますけれども、本当は――」『ほらー、そういうこと言っちゃう! 気遣いが足りないってそういうところよ!』 メリーさんは焼酎ハイボールをがばっと飲み干すと、おかわりを2杯要求した。濃いめで。「な、なんで2杯も?」『そりゃあんたに奢ってあげるためらっれしょうよ。二十歳過ぎてんでしょ? それともわたいの酒なんか飲めないってわけぇ? あーあ、これだから最近の若い子は――』「あ、いや、ありがたくいただきます」『そういえば、店長もいけるクチ? わたりがおごっちゃられるから一緒に飲もうよー』「それじゃ、あっしも同じものをあり
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第19話 死霊の盆帰り 1/4

 お盆。それは蒸し暑い夏のさなかに行われる。 正式には盂蘭盆会と言い、仏教と中国の祖霊信仰とが結びついて生まれたとされる。祖先の霊が彼岸から現世に里帰りするので、それを丁重にもてなそうという行事である。 そのお盆の晩、少々寂れた商店街の一角にある間田木食堂の引き戸を、巫女服の少女がガラリと引き開けたところから今回のお話は始まった。「悪霊は、この中にいます……って、ぎゃぁぁぁああああ!?」「へい、らっしゃ……ってトウカじゃねえか。なんでえ、藪から棒に」「何でも何も、お店じゅう悪霊だらけじゃないですか!」 トウカの視界は店に集まった悪霊の群れで埋め尽くされていた。 旧日本陸軍の軍服姿の男、戦国武将を思わせる鎧武者、濡れそぼる着物を身にまとう痩せた女、首に縄を巻き付けてギョロギョロと辺りを見渡す女……などなど、ありとあらゆるバリエーションの悪霊が揃っていたのである。「まあ、そりゃお盆だからなあ。そういうこともあるだろうよ」 焦るトウカとは対照的に、リョウコは平気な様子で包丁を振るっている。「いや、いくらお盆だからってこれはおかしいですよ! 早くお祓いしないとたいへんなことになります!」「それがもう大変なことになっててよう、仕事がおっつかねえんだ。トウカ、ちっと洗いもんでも手伝ってくれねえか?」「だからそんな場合じゃないって!?」「そうかあ、カワハギのいいやつが釣れたんだがよう。こいつァあっしの晩酌の肴になっちまうようだ」 リョウコが視線を送った先には、水槽を泳ぐ顔の長い魚がいた。 これはウマヅラハギ。しこしこと歯ごたえの良いタンパクな身が特徴の魚だ。正確にはカワハギとは別種だが味は近い。 長らくカワハギよりも劣るとされていたが、近年ではその評価も覆りつつあり、新鮮なものであれば高値で競り落とされる立派な高級魚である。「こいつの肝をよう、包丁でととととーんと叩いてな、醤油に溶いて刺身をつけて食うってぇと、あっさりした身に肝のコクがまとわりついて、こりゃあもう絶品なんだがなあ。あっし一人で片付けちまうなんて罪だぜ、罪。けどまあ、一緒に食うやつがいねえんじゃあしょうがねえ」「手伝います! 私、肝醤油ってはじめてです!」 ウマヅラハギにつられたトウカは、よだれを垂らしつつリョウコの隣で洗い物をはじめた。 そうし
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第20話 死霊の盆帰り 2/4

 戦国武将ひとりが昇天したところで、店内の混雑はまだまだ終わらない。 リョウコは包丁を閃かせ、フライパンを煽り、中華鍋を振るって次々に料理を生み出していく。トウカは巫女服の袖をまくり上げて配膳に走り回り、食べ終わった食器を下げ、隙を見ては洗い物を片付けていく。『……8枚、9枚。……1枚、足りない……』「なんでえ、姐さん。チャーシュー麺のチャーシューを先に全部食っちまったのかい? へへっ、いい食いっぷりだねえ。しかたねえ、もう1枚サービスしてやるよ!」『……じゅ、10枚……。おいしい……』 濡れそぼった着物を着た女の悪霊が、光に包まれて昇天する。『おいてけ……おいてけ……魚……おいてけ……』「あいよっ! 刺身の盛り合わせな。ところでよう、兄さん。ウマヅラハギの活きがあるんだが、こいつァどうだい? ちぃとばっかし値は張るがよ」『……うまい……うまい……』 目も鼻もないのっぺらぼうが、毛むくじゃらの正体を現して退散する。『ぽぽぽ……ぽ、ぽぽぽぽ……』「おお、姐さんは背ェが高いねえ。あっしも高いほうだがそれ以上だ。ちっくら足の長さでも分けてくんねえかい?」『この子ね、背が高すぎて頭まで血が回んないのよ。何か元気の出るもの作ってちょうだい』「おや、メリーさんじゃねえか。最近一緒に仕事してるっつう八尺様ちゃんってなァ、そのお人かい? まあともかく、そんならスタミナ炒めだな。モツとレバーをたっぷりのニラとにんにくでピリ辛に炒めた気合いの入る一品よ」『ぽぽぽぽ、ぽ』 メリーさんと八尺様が、スタミナ炒めをつまみに瓶ビールを数本開けたところで帰っていく。 そんなこんなで、嵐のような時間が過ぎ去った。 トウカはもはやへとへとで、カウンターに突っ伏してぐったりとしている。「おいこら、トウカ。まだお客さんが残ってんじゃねえか」「ええー、まだお仕事ですかー」 トウカが渋々顔をあげると、そこには旧日本陸軍の姿をした青年がカウンターに座っていた。 どこからどう見てもこの世に未練を残した浮遊霊のたぐいなのだが、疲れてどうでもよくなっていたトウカは注文を聞きに行く。「ご注文はお決まりですか?」『よ、洋食を。お願いするであります』「洋食? 洋食って言ってもたくさんありますけど……」『すみません、自分、田舎者で、こういう立派なリストランテに来たのははじめ
last update最終更新日 : 2026-07-13
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