All Chapters of 夫の浮気相手は、私の妹でした〜いまから夫の浮気を暴きます〜: Chapter 11 - Chapter 20

41 Chapters

10話

香織の名前を書いた夜から、私は眠れなくなった。 夫の浮気相手が知らない女なら、夫だけを失えばいい。 香織なら、夫と妹を同時に失う。 結婚式の日、香織は私のベールを何度も直した。緊張で手が冷えていた私に、『お姉ちゃん、絶対に幸せになってね』と言い、自分の方が先に泣いた。 陽翔が生まれた日も、家族の中で最初に病院へ駆けつけたのは香織だった。小さな手を怖々とのぞき込み、『私、何でも手伝うから』と笑っていた。 あの涙も、笑顔も、最初から嘘だったとは思えない。少なくとも、あの瞬間の香織は、私の幸せを願っていたはずだ。 だから余計に苦しかった。人は、昔愛していた相手を、あとから傷つけることがある。過去が本物だったからといって、現在まで無実になるわけではない。 私は、結婚式の写真をしまった箱へ手を伸ばしかけ、やめた。確かめたいのは、あの日の香織ではない。いま、崇の隣にいる女性だった。 だから私は、確かめたいのに、外れてほしかった。 …… 水曜日、香織からLINEが来た。 【今週、手伝いいる?金曜なら空いてるよ】 いつもなら、迷わず頼んでいた。 香織が来れば、陽翔は喜ぶ。私も買い物や家事が進む。 でも今は、香織が台所の引き出しを迷わず開ける姿を見たくなかった。 【ありがとう。今週は大丈夫。陽翔と2人でゆっくりするね】 既読がつく。 【そっか。何かあったら、いつでも呼んでね】 何かあったら。 も
last updateLast Updated : 2026-08-11
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11話

香織の仕事用アカウントは、鍵がかかっていなかった。鞄を見つけたあの夜から、約2カ月が経っていた。作品、打ち合わせ先のカフェ、ネイル。私は昔からフォローしている。新しい作品が出れば「いいね」を押し、妹が順調に働いていることを喜んでいた。ただ、投稿が複数枚あるときも、全部を見てはいなかった。3カ月前の投稿で、指が止まった。最初の1枚は、ノートパソコンとコーヒー。【大きな仕事が一区切り。たまには自分へご褒美】私はその写真に「いいね」を押していた。横へ滑らせる。2枚目は、夜景。3枚目は、ルームサービスのワゴンだった。シャンパングラスが2つ。窓際のソファ。投稿日は、崇の「韓国出張」3日目。私は写真を拡大した。窓の外に観覧車が見える。高速道路の曲がり方も、ホテルSの公式サイトに載っている客室の景色と同じだった。グラスの向こうに、ベージュの革と金色の金具。あの鞄。まだ、香織がホテルSへ行ったことしかわからない。そう言い聞かせて、もう一度、画面の端を見る。ソファの背に、紺色のジャケットが掛かっていた。袖口に、銀色の四角いカフス。陽翔が生まれた年、私が崇へ贈ったものだった。裏には、崇のイニシャルを彫ってもらった。画面をさらに広げる。夜景の映った窓に、人影が反射していた。スマホを構える香織。その後ろで、ワイシャツ姿の男がグラスを持っている。顔の半分しか見えない。それでも、見間違えなかった。崇だった。スマホが、手から落ちた。床に当たる音で、息をしていなかったことに気づいた。台所へ行き、シンクに両手をつく。何も食べていないのに、吐き気だけが上がってきた。水を出した。流れる音の向こうで、記憶が勝手につながっていく。香織が選んだ、崇の紺のネクタイ。聞かずに開けた、うちの台所の引き出し。崇のホテル利用日に限って届いた、「今日は忙しい」のLINE。私が欲しいと言った翌月、香織が買ったベージュの鞄。【お姉ちゃんのため】何度も聞いた言葉だった。お姉ちゃんのために、陽翔を預かる。お姉ちゃんのために、荷造りを手伝う。お姉ちゃんのために、家へ来る。そのたび、2人が会う時間を作らされていたのは、私だった。寝室から、崇の寝息が聞こえる。深く、規則正しい音。私が妹の投稿を見ている夜にも、この人は眠れる。悔しいより先に
last updateLast Updated : 2026-08-12
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13話

11月20日、金曜日、午後0時10分。先に電話をかけたのは、崇だった。香織へ先に聞けば、崇へ知らせる時間を与えてしまう。だから崇の昼休みを選び、通話用のスマホをスピーカーにした。テーブルの上では、以前使っていた古いスマホが録音を始めている。私自身が参加する会話だ。質問は短く、答えを誘導しない。弁護士と確認したとおりにする。録音前に、質問を紙へ3つだけ書いた。どこにいたか。何時に戻ったか。誰といたか。4つ目は書かなかった。なぜ嘘をついたのか。その質問は、事実ではなく言い訳を集めるためのものになる。聞きたいことと、いま聞くべきことは違う。弁護士からは、録音の前後を切らず、元データを残すよう言われていた。私は時刻が映る画面を写真に撮り、古いスマホを機内モードにした。証拠は、内容だけでなく、どう残したかまで説明できなければならない。「どうした?」崇の背後で、食器の触れ合う音がした。「家計簿と予定表を整理してるの。韓国出張の2日目の夜、どこにいた?」「急だな」「忘れないうちに書いておきたくて」2秒の沈黙。「向こうの担当と会食。ソウルの焼き肉屋」「ホテルへ戻ったのは?」「11時くらい。疲れて、すぐ寝た」「誰と食べた?」「会社の連中。美咲が知らないやつ」嘘は、質問を重ねるほど具体的になった。「ありがとう。仕事中にごめんね」通話を切る。午後0時12分。録音を止めず、そのまま香織へ電話した。「もしもし、お姉ちゃん?」「急にごめん。ひとつ確認したいことがあるの」「なに?」「崇が韓国へ行った2日目の夜、香織はどこにいた?」受話口が、静かになった。「え、なんで?」「手伝いを頼もうとした日があった気がして。予定表へ残しておきたいの」「ああ。あの日は、新宿でクライアントと食事。終電近くまで一緒だったよ」「誰と?」「仕事の人。お姉ちゃんの知らない人」崇と同じ言い方だった。私が知らない人。「そう。ありがとう」「それだけ?」「うん。それだけ」午後0時14分、通話を終えた。崇はソウル。香織は新宿。けれど、2日目の夜にふたりが同室だったと裏づける資料は、まだない。投稿で確認できるのは、出張3日目にホテルSの同じ客室へいたことまでだった。2日目の答えだけで嘘とは決めない。相談する時間を与えず、別々の説明を記
last updateLast Updated : 2026-08-13
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14話

過去の嘘は、2分以内に別々に記録した。次は、いまも情報を渡し合っていることを確かめる。同じ検証ではない。弁護士へ相談すると、返事は短かった。【危険のない範囲で。偽の予定を伝えるだけにして、ご自身で追わないでください】11月22日、日曜日の夜。私は香織にだけLINEを送った。【来週の金曜、陽翔と実家に泊まることになったの。崇にはまだ言ってないけど、久しぶりにひとりでゆっくりしてもらおうかな】送信する指が、一度止まった。妹を試す姉になりたいわけではない。間違っていたら、私は香織に謝る。疑ったことも、嘘の予定を送ったことも、言い訳をせずに謝る。それでも、見ないふりを続けるよりはましだった。送信。すぐに返信が来た。【いいと思う!崇さんも仕事忙しかったし】崇には、何も言わなかった。……翌朝、11月23日。崇は玄関で靴を履きながら言った。「今週の金曜、得意先と飲みになった。遅くなるから、そのまま泊まるかも」背中に、冷たい汗が流れた。「どこに?」「まだ決まってない。向こう次第」「そう。わかった」ドアが閉まるまで、私はいつもの妻の顔を崩さなかった。金曜に家が空くという情報は、香織にしか渡していない。それが、ひと晩で崇の「泊まりの仕事」へ変わった。間違っていたら謝るつもりだった。謝る相手は、私ではなかった。……私は弁護士へ連絡した。自分で追わない。陽翔を連れ回さない。ホテルへ押しかけない。弁護士から紹介された調査会社へ、11月27日、金曜日だけの調査を依頼した。担当者は、私の資料を見て言った。「確認するのは、接触した人物、入った場所、時刻、出てきた時刻です。公道や施設の共用部分から、適法な範囲で記録します」「部屋の中は?」「入りません。撮りません」その答えに、ほっとした。担当者は続けて、当日の連絡方法を確認した。「奥様はご自宅にいてください。途中経過を見て、現場へ行きたくなる方が多いのですが、接触すると調査が終わります」「陽翔も連れていきません」「はい。それが安全です。緊急時はこちらから電話します。通常の報告は調査終了後ですが、入館を確認できた時点で、写真だけ一度お送りします」私は契約書の欄外へ書いた。【追わない。連絡を待つ。陽翔の日常を変えない】夫と妹が会うかもしれない夜に、家で待つ。何
last updateLast Updated : 2026-08-14
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15話

11月27日、金曜日。決定的というのは、言い逃れの余地が限りなく少ない、という意味だ。 弁護士に教わった。写り込んだ鞄では弱い。後ろ姿では弱い。「似ている」は、法廷では「別人かもしれない」と同じ意味になる。 顔が判別できて、2人の距離が言い訳できなくて、日時と場所が特定できる1枚。 それが、最後のピースだった。 …… チャンスは、私が香織にだけ渡した偽の予定から生まれた。 崇は、まだ行き先も決まっていないと言いながら、泊まりの着替えを黒い鞄へ詰めていた。 今夜が、その夜だ。 調査会社には、崇の顔写真、香織の公開プロフィール、ホテルSの所在地を渡してある。確認するのは接触した人物、入った場所、時刻、出てきた時刻。私は追わない。陽翔を連れて行かない。 私と陽翔は、実家ではなく自宅にいた。 嘘の予定を実行する必要はない。2人がその予定を使った事実だけを、第三者に残してもらえばいい。 …… 金曜の夜。崇は「じゃ、行ってくるわ」と黒い鞄を持って出ていった。 陽翔を寝かせたあと、私は照明を落としたリビングで、調査会社からの連絡を待った。 夕食は、予定どおりオムライスにした。陽翔はケチャップで描いた丸を見て、「パパのかお」と言った。 私はスプーンを持つ手を止めず、「似てるね」と答えた。 崇がいま誰といるかを知るための日でも、陽翔にとっては父親が仕事で帰らない、いつもの金曜だった。 私はその日常を壊さないよう、食事を終え
last updateLast Updated : 2026-08-15
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16話

12月4日、金曜日。Xデーは、私が決める。この3カ月、日付はいつも向こうの都合で決まってきた。出張も、接待も、ゴルフも。私はあとから知らされて、あとから調べて、あとを追いかけてきた。最後の日付だけは、私が決める。……暴露の設計図は、紙のノートに書いた。データは消せる。紙は、残る。まず、順番。最初に、嘘。韓国出張という嘘。接待という嘘。ゴルフという嘘。日付と物証つきで、1本ずつ。次に、証拠。パスポート。弁護士の見解書。明細の並び。時系列表。嘘が言い逃れできない形に固まりきったところで、最後に……相手。名前は、出さない。顔も、勤め先も、出さない。それは最初にフォロワーと交わした約束で、最後の夜まで守る。「夫」と「相手」。それだけで足りる。事実は、名前がなくても人を殴れる。出さないものも、決めた。絵里ちゃんから届いた写真は、出さない。あれは法的な協議のための資料で、SNSのための薪じゃない。そして陽翔に関わるものは、写真も、名前も、存在の影さえ、何ひとつ出さない。線を引き終えて、ノートを閉じた。設計図は、これで全部だ。あとは、日付。カレンダーを見る。土曜の夜なら、みんなが画面の前にいる。あの人が「ゴルフの疲れ」で眠りこける、その隣の部屋で。土曜、夜9時。決めた瞬間、心臓がひとつ、大きく鳴った。……金曜の夕方、幼稚園から帰った陽翔を、そのまま実家へ送った。前の日の電話で、母には「週末、大事な用事があるの」とだけ伝えてあった。「あら、崇さんとお出かけ?」「……そんなところ」嘘は、これで最後にする。全部終わったら、私の口から話す。香織の名前ごと、全部。それまでは、この人の週末を、孫と平和なままにしておきたかった。チャイルドシートの陽翔は、ばあばの家に泊まれると聞いて、朝から上機嫌だった。「ママ、おむかえは?」「日曜の夜ね。ばあばと、いっぱい遊んでて」「うん!ばあば、プリンつくってくれるって!」玄関先で手を振る小さな姿が、車のミラーの中で遠くなっていく。この子のいない家で、私はこれから、この子の父親を告発する。ハンドルを握り直した。迷いは、なかった。修羅場を見せないこと。それが、いまの私にできる、唯一の母親の仕事だった。……金曜の夜、予告を投稿した。【明日、すべてをさらします。夜9時、ここで。3カ月分の、全部です】1
last updateLast Updated : 2026-08-16
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17話

12月5日、土曜日、夕方。崇は「ゴルフで疲れた」と言いながら帰ってきた。いかにもくたびれたように肩を落とし、いつもどおり夕食を食べ、いつもどおりの時間に風呂に入り、いつもどおり早々に眠りに落ちた。何も知らない顔で。陽翔は実家にいる。久しぶりに2人だけになった食卓へ、私はカレーを出した。崇が好きな辛さに合わせ、結婚してから何度も作ってきた味だった。テーブルには、2人分の皿と、2つの水のグラス。崇はひと口食べると、いつものように言った。「やっぱり美咲のカレーがいちばんだな」「そう」「陽翔がいないと静かだな。明日、迎えに行ったら、今度3人で動物園でも行くか」明日のテーブルには香織も座る。崇はそれを知らず、来週の家族の予定を口にしている。「いいね。陽翔、喜ぶと思う」私は嘘をついた。崇が何度も私へしてきたことを、初めて同じ食卓で返した。食後、崇は自分の皿だけを流しへ置き、先に風呂へ入った。私は残った2つのグラスを洗い、伏せて並べた。夫婦として食べる最後の夕食になるかもしれない。それでも味はいつもと同じだった。終わりは、特別な音を立てて始まるとは限らない。明日ここへ座るのは3人だ。けれど、3人で家族になるためではない。誰がこの家から降りるのか、決めるためだった。土曜、夜8時52分。予約投稿は、昨夜のうちにセットしてある。9時0分、機械が正確に狼煙を上げる手はずだった。なのに私は、いま、スマホの設定画面を開いていた。予約投稿一覧。【いまから夫が浮気をします。これまでの全部を、さらします】……21:00、投稿予定。指が、削除のボタンの上で止まる。機械に任せるつもりだった。感情で順番が狂わないように。震える指の代わりに、正確な機械に。でも、違う。これは、機械の仕事じゃない。3カ月前、フォロワー0人の画面に、この指で最初の1行を書いた。パスポートを家の中で確かめたのも、この指だった。明細にログインしたのも、香織のインスタを開いたのも、鎌をかけたのも、ぜんぶ、この指だ。最後の狼煙まで、機械に譲る理由が、どこにある。私は予約を、取り消した。……8時58分。リビングの灯りは、点けたままにした。隠れる理由はもう、どこにもない。寝室から、崇の寝息が聞こえる。ゴルフの疲れで、今夜も深く眠っている。スマホの画面には、打ち終えた文章がある。何
last updateLast Updated : 2026-08-19
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18話

「話がある。2人とも」12月6日、日曜日の午後。私は夫と妹を、同じテーブルに着かせた。昨夜の実況から、24時間も経っていない。投稿後も、タイムラインには反応が流れ続けている。誰も画面の向こうの部屋までは見えない。それでも、見守ってくれている人がいる。そう思うと、私はひとりではなかった。陽翔は、まだ実家だ。母には「もう少し預かって」とだけ伝えてある。この家に、いま子どもはいない。崇は、昨夜からずっと落ち着かない顔をしていた。香織は、私からの【話がある。来られる?】の一言だけで、いつもの笑顔で玄関に立っていた。「お姉ちゃん、どうしたの、改まって」「香織ちゃんも座って。飯にしようか」崇が、こともなげに椅子を引く。何も知らないふりの2人が、私を挟んで座る。この家のテーブルは、3人で座るようにはできていない。誰かが余る。今日、余るのは私じゃない。「単刀直入に言う」私は、テーブルにファイルを置いた。香織の顔が、初めてわずかに強張った。……「崇。韓国出張、なかったよね」「な、なんの話……」「パスポート、見た。弁護士にも相談した。あなたが話した『韓国出張』は、もう事実として扱えない」ファイルから、1枚目を出す。「韓国出張」という説明には重大な疑義があり、国外渡航の有無は現時点で未確定だと記された弁護士の見解書。続けて、同じ日程のホテル明細と、ホテルSへ入る崇と香織の写真を並べた。崇の視線が、そこに釘付けになる。「出発して3日目、自宅に有効なパスポートが残っていた。どうして韓国にいるふりを続けたの」崇の喉が、動いた。「勝手に俺のものを調べたのか」吐き捨てるような声だった。「家族の書類を探していて見つけた。有効期限を確認して写真に残し、見つけたときと同じ場所へ戻した」「同じだよ。人のもの勝手に触ったんだからな」「国内のホテルを利用した明細も、そこへ入るあなたたちの写真もある。韓国にいた人の記録じゃない」崇の顔から、血の気が引いた。「……出張の予定が変わったんだ。いちいち全部、説明する必要はないだろ」「なら、最初から韓国出張だと嘘をつかず、私に言えばよかった」「言えるわけないだろ。お前が騒ぐから」「会社には、あの金曜を何と申請したの?」崇の視線が動いた。「……有給だよ。休みをどう使おうが、俺の自由だろ」「私には韓国出張。実際は
last updateLast Updated : 2026-08-20
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19話

「香織」呼び捨てにするのは、何年ぶりだろう。「あなたも、そこにいたよね」沈黙が、テーブルに降りた。「……なんの、こと」香織の声が、初めて掠れた。「とぼけなくていい。写真がある。顔まで、はっきり写ってる」「そんなの、見間違いだよ。似てる人なんて、いくらでも……」「香織」私は、遮った。「見間違いって言うなら、これも見間違い?」インスタのスクリーンショットを、テーブルに滑らせる。ルームサービスの写真。窓の外の夜景。紺のジャケット。香織の顔から、笑顔が、ゆっくり剥がれ落ちていった。「……お姉ちゃん」「答えて」長い沈黙のあと、香織は、両手で顔を覆った。「……ごめんなさい」「理由を、聞かせて」「私……」香織は、震える声で言葉を継いだ。「お姉ちゃんのためだったの。お姉ちゃんが、崇さんに構ってあげられないから。育児で疲れてて、崇さんも寂しそうにしてて。私が、話を聞いてあげてるうちに……」「いつから?」「え……」「いつから、そうなったの。答えて」香織は、しばらく黙っていた。それから、消え入りそうな声で言った。「……去年の冬。陽翔くんが3歳になる少し前」1年前。私が「ちゃんとした幸せ」の写真に、いいねを押していた頃だ。「私のため?」声が、自分でも驚くほど静かに出た。「私のためって言葉、あなた、昔からよく使うね。お姉ちゃんのため。お姉ちゃんが喜ぶと思って。……でも香織、あなたが手に入れてきたのは、いつも私が先に持ってたものだよ」「そんな、そんなつもりじゃ」「つもりじゃなくても、そうなってる」香織の目から、涙がこぼれた。「私だって、欲しかったの。お姉ちゃんみたいな、ちゃんとした幸せが。お母さんも、困ったらお姉ちゃんに聞きなさいって、いつも私を比べた。崇さんだけは、私を選んだと思った。……気づいたら、惹かれてた。止められなかった」「止められなかった、で1年続けたの?」「……お姉ちゃんは、幸せそうだったから。私が少しくらい、崇さんの寂しさを埋めても、バレなければ、誰も傷つかないと思ってた」「バレなければ」私は、静かに繰り返した。繰り返して……そこで、切れた。「あの10日間、私がどこにいたか知ってる?」香織の肩が、跳ねた。「ひとりで陽翔の夕飯を作って、ひとりでお風呂に入れて、ひとりで寝かしつけた。あんたが【急な仕
last updateLast Updated : 2026-08-23
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