だが、綾乃は信じなかった。徹はA国にいた三か月間。毎朝欠かさず「おはよう」のメッセージを送ってくれた。毎晩、ビデオ通話で顔を見せてくれた。そして、自分にとって綾乃こそが唯一の救いなのだと、そう直接伝えてくれたのだ。だからこそ。綾乃が扉を押し開け、薄暗い宴会場で目にした光景は――眩いスポットライトの下、白いドレスをまとった一人の女性を抱き締める徹の姿だった。そして、その女性が隙を見て、そっと彼の顎に口づけを落とした瞬間。綾乃の世界は、音を立てて崩れ落ちた。彼女は一直線にステージへ駆け上がる。幽霊が彼女の前に立ちはだかり、泣き叫ぶように叫んだ。「やめて。その子は彼が心から愛している人なの。彼女を叩いたら……」だが、もう遅かった。綾乃の手は幽霊の透けた身体をすり抜け、そのまま白いドレスの女性の頬を力いっぱい打ち抜いていた。パァン――!鋭い破裂音が響き渡り、宴会場の喧騒は一瞬で静まり返る。「恥ってものを知らないの?彼に妻がいるって分かっているんでしょう?まさか既婚者だと知らなかったなんて言わないわよね!?」死んだような静寂が広がった。綾乃の掌は熱を帯び、痺れていた。彼女は徹を真っ直ぐ睨みつけ、その言い訳を待った。いつものように、冷ややかながらも優しく自分の手を取り、「痛くなかったか」と気遣ってくれるのを待っていた。しかし――彼はそうしなかった。綾乃は初めて、徹の瞳に宿る殺意を見た。いつも穏やかで、波一つ立たなかったその目が、一瞬で血走っていた。彼は床へ倒れた女性に駆け寄り、そっと抱き起こすと、守るように腕の中へ抱き寄せた。「謝れ」徹が口を開く。その声は、氷よりも冷たかった。綾乃は呆れ返り、思わず言い返した。「何を言ってるの?徹、私はあなたの妻よ。さっきステージで、この子が一番大切な人だって言ったでしょう?じゃあ私は何なの?それに、今この目で見たのよ。この子があなたにキスしたのを。それなのに、私に謝れって言うの!?」徹は反論もしなければ、怒鳴ることもしなかった。ただ淡々と告げた。「彼女は俺の妹、江崎美月(えざき みつき)だ」綾乃はあまりにも馬鹿げた話に、声を荒らげた。「結婚して三年になるのよ?いつの間に妹なんてできたの?そんな
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