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第6章

작가: 藤崎青子
離婚しない。

一生一緒にいる。

かつての綾乃にとって、それは一人きりで胸に抱き続けてきた、かけがえのない夢だった。

だが今は違う。

まるで途方もない恩を施しているかのような徹の態度を見ていると、笑いさえ込み上げてきた。

明日になれば、すべてが終わる。

綾乃はただ、父を医療搬送用のチャーター機に乗せて送り出す、その時を待っていた。

「分かったわ」

綾乃は徹に握られていた手をそっと引き抜き、そのまま布団の中へ隠した。

かつてはあれほど恋い焦がれたその体温も、今では毒蛇にまとわりつかれたような不快感しか覚えない。

骨の髄まで染みついた嫌悪感に、吐き気すら込み上げた。

「もうしないわ。美月さんは無邪気で優しいもの。彼女を不愉快にさせるようなことは、二度としない」

徹の手からぬくもりが消えた。

彼は眉をひそめ、胸の奥に小さな苛立ちを滲ませる。

「分かってくれたなら、それでいい」

そう言って立ち上がると、徹は冷たく言い放った。

「これからは、美月の前でその高慢なお嬢様気質を見せるな」

徹が病室を出ていくとすぐ、綾乃のもとへ執事の義次からメッセージが届いた。

【お嬢様、離婚の手続きはすべて完了いたしました。全資金はS国の銀行口座へ移転済みです。医療搬送用チャーター機の手配も整いましたので、明日の午前10時には出発可能です】

その文面を見た瞬間、綾乃の目頭が熱くなった。

だが翌朝早く、介護士から一本の電話が入る。

受話口の向こうは騒然としていた。

介護士は半ば叫ぶような声で訴える。

「綾乃さん、早く病院へ来てください!私では止められません。

旦那様の妹だと名乗る美月という方が、宗一郎さんを日光浴に連れて行くと言って聞かないんです。何度止めても、まったく耳を貸してくださらなくて……」

綾乃は全身が震えた。

父・藤崎宗一郎(ふじさき そういちろう)は重度の昏睡状態で、人工呼吸器によって辛うじて命をつないでいる。

そんな父を外へ連れ出そうとするなんて、美月は父を殺すつもりなのだ。

綾乃は一秒たりとも無駄にせず、病室を飛び出した。

タクシーを拾い、父のいる病院へ向かう。

集中治療室の入口。

美月が車椅子を押していた。

そこには血の気を失った父がぐったりともたれかかり、その穏やかな表情は、今にも呼吸が止まってしまいそうだった。

綾乃は膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。

それでも必死に駆け寄り、美月の頬を力いっぱい平手打ちした。

「正気なの!?誰がお父さんに触っていいなんて言ったの!」

不意を突かれた美月は、その一撃で顔を横へ弾かれた。

綾乃はそのまま車椅子を力ずくで奪い返す。

「綾乃さん……」

美月は頬を押さえながら言った。

「私は親切でやっただけなの。綾乃さんが急性アルコール中毒で入院していたから、その代わりにおじ様のお世話をしようと思っただけよ。感謝してもらえなくても構わないけど、どうして叩くの?」

綾乃は怒りに震えた。

「それが親切だって本気で言うの?お父さんは重度の昏睡状態なのよ。そんな人を日光浴に連れ出すなんて、お父さんを殺すつもりでしょう」

美月はわざとらしくすすり泣くと、ゆっくり立ち上がり、綾乃の耳元へ顔を寄せて囁いた。

「その通りよ。あなたのお父さんを殺そうとしてるの。でも、あなたに何ができるの?」

その声は冷え切り、悪意に満ちていた。

「見てみたかったの。もしあなたのお父さんが死んだら、その何も気にしていないような顔を、いつまで続けられるのかって。

あなたに会う前は、どれだけ気位の高いお嬢様なのかと思ってた。でも、まさか反撃すらできない負け犬だったなんて。本当につまらないわ」

美月は綾乃の前に立ち塞がり、車椅子を病室へ戻そうとしなかった。

「だから少し火をつけてあげようと思ったの。その火種が、あなたのお父さんの命。一度で死ななければ二度。二度で駄目なら何度でもやるわ。

お父さんが死んだ時、あなたが今みたいに平然としていられるか、楽しみね」

怒りが全身を焼き尽くし、綾乃は思い切り足を振り上げ、美月を蹴り飛ばした。

「どいて!道をふさがないで!」

美月は痛みに顔を歪め、床へ倒れ込む。

だがその口元には、満足そうな笑みが浮かんでいた。

彼女は背後のボディガードたちに向かって叫ぶ。

「あんたたち、何ぼさっとしてるの?私がいじめられてるのに、見てるだけ?お兄ちゃんが私を守れって言ったでしょ!私に手を出した相手には十倍返ししろって!

この女を十回蹴り飛ばしなさい!もし蹴らないなら、あんたたちもこの女と一緒に私をいじめたって、お兄ちゃんに言いつけるから!」

ためらっていたボディガードたちは、ついに最初の蹴りを放った。

綾乃は吹き飛ばされ、冷たい壁へ激突する。

背中には冷や汗が噴き出すほどの激痛が走った。

二発目。

……

十発目。

全身の骨が砕け散りそうな痛みだった。

それでも綾乃は這うように父のもとへ戻り、必死にその身を庇った。

「何をしている」

背後から、徹の氷のように冷たい声が響く。

美月は彼の胸へ飛び込み、ぽろぽろと涙をこぼしながら泣きじゃくった。

「お兄ちゃん、私、綾乃さんの代わりにおじ様を外の空気に当ててあげようと思っただけなの。

なのに綾乃さん、何も言わずにいきなり叩いてきたの。ボディガードの人たちも私を守ろうとしただけで……」

徹が振り返る。

その瞳は氷のように冷え切っていた。

「綾乃、昨日警告したばかりだろう。俺の言葉を聞き流したのか」

「徹、あなたの目は節穴なの?」

綾乃はかすれた声で叫ぶ。

「お父さんは人工呼吸器で命をつないでいるのよ!この女が管を抜いたの!それのどこが外の空気に当てることなの?」

徹は眉をひそめた。

「美月は親切でやっただけだ。口で注意すれば済む話だろう。わざわざ手を上げる必要があったのか」

彼は美月の腫れた頬を見下ろし、冷たい声でボディガードに命じた。

「綾乃を引き離せ。美月の言う通り、お義父さんを日光浴に連れて行け。五分後に病室へ戻せばいい」

綾乃の頭の中で、何かが弾けるような音がした。

「徹、狂ってるの?お父さんを殺す気!?」

「大げさだ。たかが五分だ。死にはしない。これは、お前へのささやかな罰だ」

そう言い放つと、徹は美月を抱き寄せ、そのまま一度も振り返ることなく歩き去った。

綾乃はボディガードに押さえつけられ、意識のない父が強烈な日差しの照りつけるテラスへ押し出されていくのを、ただ見ていることしかできなかった。

幽霊は泣き叫びながら、必死にボディガードたちを引っかき、叩き続けていた。

だが、そのすべては虚しく空を切るだけだった。

その五分は、永遠のように感じられた。

全身を引き裂くような痛みに耐えながら、綾乃は気を失いそうになる。

その果てしなく長い時間の終わりに、ようやく義次の声が耳へ届いた。

「お嬢様……宗一郎様はただ今、屋上の医療搬送用チャーター機へお乗せいたしました。少々お待ちください。すぐ医師が参ります」

「いいえ、必要ないわ」

綾乃は義次の手にすがり、どうにか身体を起こした。

そして、先ほどから鳴り続けていたスマートフォンに応答する。

受話口の向こうから聞こえてきたのは、徹の冷たい声だった。

「お義父さんの病気については、すでに海外から専門医を呼んである。明日には病院で診察を受けられる。お前さえ大人しくしていれば、彼もすぐ良くなるだろう」

綾乃は口元にわずかな笑みを浮かべ、静かに答えた。

「分かったわ。すべて、あなたの言う通りにする」

そう言い終えると、彼女は携帯を放り投げた。

義次に支えられながら、ゆっくり立ち上がる。

喉の奥から生暖かい鉄の味が込み上げ、どろりとした血が込み上げてきた。

それでも綾乃は何事もなかったように、そっと唇を拭う。

「行きましょう」

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