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第2章

作者: 藤崎青子
綾乃は死ぬほどの激痛に苛まれながらも、その瞳には困惑の色が浮かんでいた。

震える声で、ようやく言葉を絞り出す。

「私は……何もしていないわ」

徹は冷え切った眼差しでしばらく彼女を見下ろすと、乱暴に床へ突き飛ばした。

「まだしらを切るつもりか。彼女をどこへ隠した」

綾乃は氷のように冷たい床に這いつくばりながら叫ぶ。

「私じゃない!本当に私じゃないわ!」

ビシッ!

最初の鞭が、容赦なく綾乃の背中を打ち据えた。

錯乱した幽霊が駆け寄り、透けた身体で必死に綾乃を庇おうとする。

「怖がらないで。私が抱きしめていれば痛くないから。この鞭打ちも、耐えれば終わるわ。

綾乃、いい子だから、あの女の居場所を彼に教えてあげて」

綾乃の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

幽霊の言う通りだった。

肉が裂けるほどの鞭打ちは、本当に耐え難いほど痛かった。

でも――

どうやって教えればいいというの。

美月がどこにいるのかなど、綾乃にはまったく分からないのだから。

鞭は何度も何度も振り下ろされる。

その一撃ごとに、空気を切り裂く凄まじい音が響いた。

すべてが終わる頃には、綾乃は血だまりの中に倒れ込み、呼吸さえかすかになっていた。

「徹……私は知らない……私がやったんじゃないわ」

「お前じゃないだと?この西浜市で、誰が彼女に手を出せる。そこまで言い張るなら、俺を恨むなよ」

その瞬間。

氷室邸の大きな扉が乱暴に開かれた。

藤崎本邸の執事、陣内義次(じんない よしつぐ)が慌てて駆け込んでくる。

「お嬢様、大変です!宗一郎様が心臓発作でICUへ搬送されました。ですが、どの医師も手術を拒否しておりまして……」

綾乃の虚ろだった瞳が、一瞬で大きく見開かれた。

しかし、血まみれで倒れる綾乃の痛ましい姿を目にした義次は、その場にひざまずき、泣き崩れた。

「お嬢様、どうされたのですか!一体何があったのですか……旦那様、どうしてお嬢様をこんな目に遭わせるのですか。

お嬢様は幼い頃から、一度たりともきつい言葉を浴びせられたことさえないというのに……」

だが、徹は何も答えなかった。

ただ静かに綾乃の前まで歩み寄り、冷たい眼差しで見下ろす。

「美月の帰りが一時間遅れれば、お前の父親の治療も一時間遅れる。

居場所を白状した瞬間、医者を手術室へ入れてやる」

綾乃は死に物狂いで床を掴んだ。

あまりに強く力を込めたせいで、爪が三本も折れた。

「徹……」

歯を食いしばりながら、彼女はようやくその名を呼んだ。

「本当に私じゃないの。あの子がどこにいるのかなんて、何も知らないわ」

徹は聞こえていないかのように腕を上げ、腕時計へ目を落とした。

「まだ思い出せないのか。もう五分経った。お前の父親くらいの年齢で、心停止が十分を超えれば、たとえ助かっても重い後遺症が残る」

綾乃は身体を引きずるように起き上がり、その場で彼の前にひざまずいた。

「徹……あなたがお金に困っていた時、お父さんがお金を出したでしょう。人脈が必要だった時も、全部お父さんが用意してくれた。あなたを経済誌に載るほどの人物にまで育ててくれたじゃない。お願いだから……」

冷たい涙が、次から次へと頬を伝って落ちる。

「お父さんを助けて……私は本当に何もしていないの」

徹は眉をひそめ、その瞳には怒りが渦巻いていた。

だが、彼が口を開くより早く、スマートフォンが鳴り響く。

電話の向こうから聞こえてきたのは、明るく無邪気な声だった。

「お兄ちゃん、スマホの充電が切れちゃってたの。ごめんね、心配かけちゃって……」

その瞬間。

綾乃は全身から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

長い沈黙が流れる。

徹は彼女の目の前で別の番号へ電話をかけた。

「病院の医者に伝えろ。手術を始めていい」

それだけ言い残すと、それ以上何一つ説明することはなかった。

振り返ることもなく、そのまま立ち去っていく。

綾乃もまた、身体中の力をすべて使い果たしたかのように、その場で意識を失った。

再び目を覚ましたのは、二日後だった。

目を開けるや否や。

綾乃は無表情のまま腕に刺さっていた点滴の針を引き抜いた。

背中は焼けつくように痛んだ。

それでも壁に手をつきながら、ふらつく足でICUへ向かう。

氷のように冷たいガラス越しに。

綾乃は幽霊と並んで立ち、かつて何よりも自分を大切にしてくれた父の姿を見つめていた。

今の父は、顔から生気を失い、全身に無数の管を繋がれている。

「あの美月っていう女……徹とはどういう関係なの?」

幽霊の喉は、まるでガラスの破片を飲み込んだかのように、ひどくかすれていた。

「彼が入り婿になることを承諾したのは、あの子の心臓移植に必要な6000万円を手に入れるためよ」

綾乃は自嘲するように笑った。

「あなたは……どうやって死んだの」

幽霊の声は、血を吐くような悲痛な響きを帯びていた。

「火よ……とても大きな火。あの子に足を折られて、来る日も来る日もいたぶられ続けたの。すごく痛かった……

助けて……もう二度としないから。服を脱がせないで……触らないで……こっちに来ないで……」

綾乃は全身を震わせ、力が抜けたようにその場の椅子へ崩れ落ちた。

固く目を閉じたまま、声もなく冷たい涙を流す。

もういい。

私の負けだ。

綾乃はICUの前に座り続け、そのまま一夜を明かした。

翌朝。

彼女は義次を呼び寄せた。

「陣内さん。藤崎グループの株は全部、徹に気づかれないよう、裏の金融業者へ担保に入れて現金化してちょうだい。利息なんてどうでもいいわ。借りられるだけ借りて。

それから、私名義の財産も全部、人知れず処分して。現金に換えられるものは、一つ残らず売って。

本邸には、私が署名した離婚協議書が置いてあるわ。これを全部、七日以内に終わらせて。七日後、私たちは西浜市を永遠に去るの」

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