Tous les chapitres de : Chapitre 11 - Chapitre 20

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第10話 死人に着せられた罪

 その朝、リュゼル・クレインの名は、王都の罪人台帳へ刻まれた。 大神殿前の広場には、夜明け前から人が集められていた。 商店の軒先にはまだ朝露が残り、石畳を渡る風には秋の冷たさが混じっている。白い階段の上へ立った神官が、封蝋の押された王国布告を広げた。 左右には槍を持つ兵士が並ぶ。 掲示板の中央へ、一枚の似顔絵が打ちつけられた。 青みがかった灰黒色の髪。淡い灰青色の瞳。目元にかかる長い前髪。 顔立ちはリュゼルに似ていた。 だが、描かれた目は不自然なほど暗く窪み、口元には人を妬むような歪みが加えられている。絵師が本人を見たのではない。渡された言葉から、反逆者らしい顔を作ったのだ。「リュゼル・クレイン。辺境生まれの孤児。《看取り人》の職能を持ち、聖印勇者一行に雑役として同行」 神官の声が、静かな広場へ響く。「同人は天葬奈落第六十二階層において、勇者セルヴァン・アルディオスへの嫉妬から命令へ背き、封印区域へ侵入した。制止を振り切って祭壇の剣を抜き、階層主を目覚めさせ、同行者四名を故意に危険へさらした」 集まった人々の間に、ざわめきが広がる。「勇者様に拾ってもらったくせに」「恩を仇で返したのか」「外れ職能が神器を欲しがったらしい」 囁きは、布告よりも速く形を変えた。 魔物の力へ魂を売った。 聖女へ襲いかかった。 初めから魔王軍の手先だった。 誰も見ていない奈落の出来事に、見てきたような言葉が足されていく。「同人は逃走の末、奈落深層へ転落。死亡したものと推定される。しかし、その罪が失われることはない。王国並びに大神殿は、リュゼル・クレインを反逆者と認定し、名誉、身分及び王国臣民としての権利を剥奪する」 死亡したものと推定される。 それは裁きを受ける者が、ここへ立つことはないという宣言でもあった。 違う、と声を上げる口は闇の底にある。 何を言っても届かない場所にいるからこそ、人々は安心して石を投げられた。 兵士が似顔絵の下へ、反逆者を示す黒い札を打ちつける。 槌の音が三度、乾いて響いた。     * 王都の南外れにある孤児院へ兵士たちが現れたのは、昼前だった。 古い煉瓦造りの建物には、焼いた豆と薄いスープの匂いが漂っている。庭では年長の子どもたちが洗濯物を干し、幼い子は欠けた木馬を奪い合っていた。 六人の武装した兵士が
last updateDernière mise à jour : 2026-07-27
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第11話 あなたを私の王にする

「ネフィリア。残りの鎖を解く方法を探す」 リュゼルがそう告げると、祭壇に落ちる水音が、ひどく大きく聞こえた。 先ほどまで彼の頬に触れていたネフィリアの右手が止まる。 紫紺の瞳は真っ直ぐ彼へ向けられていた。そこに驚きが浮かんだのは一瞬だけだった。すぐに冷えた色が戻り、白い指が黒いドレスの上へ下ろされる。「必要ありません」 答えは短かった。「。必要ないって、残り六本もあるんだぞ」「数の話をしているのではないわ」 ネフィリアが僅かに身じろぎする。 首と腰、両足首、翼の付け根へつながった鎖が、暗い天井の下で擦れ合った。金属音が消えた後も、彼女の呼吸には微かな乱れが残っている。「私たちが契約を結んだ理由は、双方が生き延びるためです。あなたには、私を解放する義務などない」「鎖につながれたままで、生き延びたと言えるのか」「少なくとも、今すぐ死にはしません」「死ねないだけだろう」 ネフィリアの目が細くなった。 リュゼルは視線を逸らさなかった。 彼女自身が口にした言葉を覚えている。 私は死なない。死ぬことすら許されていない。 死なないことと、生きていることは同じではない。その違いなら、奈落へ落とされる前のリュゼルにも分かった。 呼吸をして、命令へ従い、役に立つ間だけ置かれている。 それを居場所だと思い込もうとしていた。「鎖がすべて解ければ、封印を施した者たちに知られる」 ネフィリアの声が低くなる。「この神殿の封印は、ただ私の力を奪うためだけのものではない。私が目覚めたことを外へ告げる警鐘でもある。人間の神殿にも、夜魔領を支配する者たちにも、いずれ伝わいずれ伝るでしょう」 青白い苔の光が、彼女の白い横顔を照らす。 長い睫毛が伏せられた。「私は人間にとっても、今の魔族にとっても、死んでいたほうが都合のいい存在よ」 リュゼルは、少しだけ考えた。 だが、答えは初めから決まっていた。「それなら、俺と同じだ」 ネフィリアが顔を上げる。「地上じゃ、俺も死んだことにされている。たぶん、死人のままのほうが都合がいい奴ばかりだ」「だから何だと言うの」「都合よく死んでやる必要はない」 リュゼルは立ち上がった。 傷んだ脚に重さをかけると、筋肉の奥へ鈍い痛みが走る。闇爪狼と戦った傷も、ヴァルディオスの力に呑まれかけた疲労も残っていた。
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第12話 鎖を守る心臓

 床が、内側から盛り上がった。 赤黒い亀裂の縁で石が砕け、祭壇を支えていた基礎ごと傾いていく。消えた焚き火の灰が舞い上がり、湿った熱風がリュゼルの頬を打った。 土の匂いではない。 生温かな血と、腐りかけた肉の臭いだった。「下がりなさい!」 ネフィリアの声が飛ぶ。 リュゼルは月角兎の幼体を入れた革袋を抱え、柱の陰へ跳んだ。着地と同時に床がもう一度揺れ、先ほどまで膝をついていた場所が陥没する。 石床の下から、巨大な肉塊が現れた。 心臓だった。 人間のものとは比べものにならない。祭壇の半分を呑み込むほど大きく、濡れた表面を黒紫色の血管が這っている。壁や柱から伸びた管が肉へ食い込み、脈打つたびに神殿全体が低く震えた。 ドクン。 肉の襞から紫黒色の光が押し出される。 六本の太い管へ分かれ、壁面を駆け上がり、残る黒鎖へ流れ込んだ。 途端に、ネフィリアの身体が祭壇へ引きつけられる。「っ……!」 首の枷が白い喉へ食い込んだ。 翼の付け根を縛る鎖も締まり、半透明の黒紫色の翼が痙攣する。彼女は悲鳴を押し殺したが、自由な右手の爪が石床を掻き、細い傷を残した。「ネフィリア!」 リュゼルは革袋を安全な窪みへ置いた。 三匹の幼体は身を寄せ合い、低く鳴いている。「そこを動くな」 通じるはずもない言葉を残し、リュゼルは短剣を抜いた。 黒鎖を巻いた柄が、心臓の鼓動に反応して冷たく震える。「《封牢心臓》……」 ネフィリアが息を乱しながら呟いた。「何だ、それは」「封印を維持するための生きた術式よ。私から吸い上げた魔力を変質させ、鎖へ送り返している」 ドクン。 鼓動のたび、ネフィリアの肌から紫の光が引き剥がされる。 光は鎖を通り、壁面の管へ吸い込まれ、巨大な心臓へ流れ込んだ。そこで濁った赤へ染まり、再び六本の鎖へ送られている。 彼女自身の力を使って、彼女を縛り続ける仕組み。 リュゼルの奥歯が鳴った。「これを止めれば、鎖も弱るんだな」 返事を待たず、心臓へ駆ける。 ぬめる血管を踏み越え、短剣を逆手へ持ち替えた。刃へ《残火》を纏わせる。黒金の炎が外殻の刃を包み、赤黒い肉へ振り下ろされた。「壊しては駄目!」 ネフィリアの叫びが、契約を通して胸へ突き刺さった。 リュゼルは寸前で腕を止めた。 短剣の切っ先が心臓の表面へ触れ、焦げた臭いが立
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第13話 王女の最初の一歩

 左足の枷が落ちたのは、警報の残響が神殿の外へ消えた直後だった。 黒い輪がネフィリアの足首から滑り、石床へぶつかる。 重い金属音が響いた。 残る鎖が一斉に震え、封牢心臓が不満を訴えるように脈打ったが、外れた枷が戻ることはなかった。 ネフィリアは動かなかった。 祭壇の上へ座ったまま、自由になった左足を見下ろしている。白い足首には黒紫色の痣が幾重にも残り、枷に隠れていた皮膚は擦り切れて血が滲んでいた。 爪先が、僅かに動く。 もう一度。 自分の意思で動くことを確かめるように、ゆっくりと。「痛むか」 リュゼルが尋ねると、ネフィリアは顔を上げずに答えた。「この程度、痛みには入りません」 強がりなのは、足先の震えを見れば分かった。 だが、リュゼルは言い返さなかった。 遠い通路から聞こえる魔物の足音は、まだ距離がある。《微音察知》が拾う爪音は複数重なっているものの、すぐに神殿へ到達する速さではない。 僅かな猶予があった。 ネフィリアは右手を祭壇へつき、身体を前へずらした。「何をするつもりだ」「見れば分かるでしょう。降ります」 首と腰、両翼、右足を拘束する鎖が、彼女の動きに合わせて擦れる。 自由になった左足が祭壇の縁を越えた。 暗い床へ、白い爪先が近づく。 けれど触れる直前で止まった。 ネフィリアの喉が、小さく上下する。 数百年。 その間、彼女の身体は祭壇の上から動くことを許されなかった。 踏みしめた土の感触も、冷たい水へ足を浸した記憶も、立って誰かと同じ高さから話した感覚も、遠い過去へ埋もれている。 ネフィリアは息を吸った。 細い足が、石床へ触れる。 青白い苔の光の中、足裏へ冷たさが広がった。 その瞬間、紫紺の瞳が僅かに見開かれる。 ただ床へ触れただけだった。 それでも、鎖につながれた王女にとっては、奪われていた領土を一欠片だけ取り戻すことに似ていた。「立てるか」「当然です」 ネフィリアは右手で祭壇を押し、腰を浮かせた。 自由な左足へ重心が移る。 膝が折れた。「っ……」 細い身体が前へ傾く。 リュゼルは反射的に踏み込み、両腕で受け止めた。 片腕を背中へ、もう片方を腰へ回す。 銀白色の髪が胸元へ流れ込み、冷たい香りがした。長く閉ざされた石室の空気と、その奥に僅かな花の甘さが混じっている。 ネフィ
last updateDernière mise à jour : 2026-07-27
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第14話 荷物持ちの砦

第14話 荷物持ちの砦 最初に塞いだのは、西の裂け目だった。 リュゼルは肩を入れ、崩れた柱の一つを床へ転がした。 石と石が擦れ合う鈍い音が、地下神殿へ長く響く。砕けた柱は一人の力で持ち上げられる重さではない。それでも重心を探し、細い外殻片を梃子として差し込めば、少しずつ動かせた。「右へ倒れます」 祭壇からネフィリアの声が飛ぶ。 影鳥の目を通し、柱の向こう側を見ている。 リュゼルは梃子を引き抜き、身を退いた。 柱が傾く。 轟音とともに裂け目へ倒れ込み、通路の半分を塞いだ。天井から細かな砂が降り、冷えた汗へ貼りつく。「これで、大きな魔物は通れない」「神殿の入口を壊しているようにしか見えません」「最初から半分壊れている」「だから残りも壊してよいという理屈にはならないわ」 ネフィリアは自由になった左足を革袋へ乗せ、祭壇の縁に座っていた。 まだ自力で長く立つことはできない。だが、足を下ろした姿は、黒鎖へ全身を預けていた頃と違って見えた。 一本分だけでも、自分のいる場所を選べるようになったからかもしれない。「影鳥を少し下げてくれ。今から石を積む」「命令が増えましたね」「頼みが増えた」「言い方だけは覚えたようね」 黒い小鳥が音もなく後退する。 リュゼルは柱と壁の間へ、人一人が横向きで通れるだけの隙間を残した。正面から突進できず、必ず身体を捻らなければならない幅だ。 足元には浅い穴を掘った。 石床を砕く道具はないため、もともと亀裂が生じていた場所から破片を一枚ずつ剥がす。深さは膝にも届かない。それでも底へ墓守蜈蚣の外殻片を尖らせて並べれば、小型魔物の脚を傷つけるには十分だった。 その上へ薄くなめした魔物の皮を張り、埃と苔を乗せる。 少し離れれば、床との違いは分からない。「魔物など、近づいたところを正面から焼けばよいでしょう」 ネフィリアが言った。「以前のあんたなら、それでよかったかもしれない」「今も、雑魚の群れ程度なら」 彼女の右手へ紫黒色の火が灯る。 けれど炎は掌より大きくならず、すぐに揺らいだ。 封牢心臓から戻った魔力は僅かで、影鳥を二羽維持するだけでも消耗している。強がる声とは裏腹に、呼吸が微かに浅くなった。「一度は焼けても、次が来たらどうする」「その時も焼きます」「その次は?」 ネフィリアは答えなか
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第15話 言葉を持つ魔物

 足跡は、濡れた岩場を選んで続いていた。 罠の前では立ち止まり、警報線の下をくぐり、落とし穴の縁だけを正確に踏んでいる。 偶然ではない。 足跡の主は神殿を見張り、リュゼルが作った仕掛けを一つずつ覚えてから離れたのだ。「見失わないで」 頭上を飛ぶ影鳥から、ネフィリアの声が落ちる。「分かってる」 リュゼルは腰の短剣へ触れ、暗い通路を進んだ。 月角兎の幼体たちは神殿へ残してきた。ネフィリアの影の届く範囲にいれば、少なくとも今は魔物に襲われない。 青白い苔の光は、神殿から遠ざかるほど疎らになる。 やがて暗闇が濃くなり、黒竜から継承した《夜目》でなければ足元すら見えなくなった。天井から落ちる水滴が、岩の窪みへ冷たい輪を作っている。 裸足の跡は、できるだけ水の中を歩いていた。 匂いと足跡を消すためだろう。 だが、負傷している。 右足をついた跡だけが深い。左足は爪先を引きずり、岩肌へ細い血の線を残していた。「急ぐ」 リュゼルは足を速めた。「待ちなさい。足跡を残した者が一人とは限りません」「影鳥には何か見えるか」「動くものはありません。だからこそ警戒して」 ネフィリアの声は冷静だった。 それでも影鳥はリュゼルより少し先を飛び、角を曲がるたび、見えない場所へ先に視線を向けている。 契約のためだと言うのだろう。 リュゼルは口にせず、血の跡を追った。 細い通路を二つ抜けた先で、金属の擦れる音がした。 続いて、押し殺した息。 リュゼルは足を止める。 岩壁の下に、古い獣罠が仕掛けられていた。 黒錆びた二枚の刃が閉じ、その間に細い脚を挟んでいる。刃の内側には返しが並び、抜こうと暴れたため、肉が深く裂けていた。 罠にかかっていたのは、子どもだった。 年は十五に届くかどうか。 岩陰へ身を縮めた身体は小さく、煤けた布を腰と胸へ巻きつけている。乱れた黒紫色の髪の間から、蝙蝠に似た大きな耳が突き出していた。 背中には同じく蝙蝠に似た翼がある。 片方は膜を破られ、古い血で固まっていた。 人間ではない。 少年はリュゼルを見た瞬間、琥珀色の瞳を大きく見開いた。 喉の奥から鋭い威嚇音を発し、足元にあった石片を掴む。「待て。助けに――」 言い終える前に、石が飛んだ。 リュゼルは顔を横へ逸らした。 頬を掠めた石が、後ろの壁へぶつかる。
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第16話 捨てられた子どもたち

 廃坑の奥には、土よりも冷たい息が澱んでいた。 錆びた支柱が傾き、天井から垂れた根が干からびた指のように揺れている。水滴が割れた鉱車を打つたび、シュカの蝙蝠じみた耳が鋭く伏せられた。 リュゼルは足音を殺し、その小さな背を追った。 罠に裂かれた脚は満足に曲がらず、右足を着くたび肩が落ちる。それでも助けを借りようとはしない。リュゼルが近づけば、琥珀色の目がすぐさま振り返った。拒絶というより、置いていかれないための警戒だった。 頭上では、ネフィリアの影鳥が音もなく翼を傾けていた。 やがてシュカは、崩れた板壁の前で立ち止まった。 石を三度、短く叩く。間を置き、さらに二度。 返事はない。 シュカの呼吸が浅くなった。板を押し退けようとする指が、乾いた泥の上で滑る。リュゼルが無言で横から支えると、少年は牙を見せかけたが、今度は手を払わなかった。 二人で板をずらした途端、腐りかけた藁と汗、排泄物の据えた臭いが押し寄せた。 狭い採掘跡に、四つの影が身を寄せていた。 一番手前の角の太い少年が、折れたつるはしを構える。その背後では、翼の片方を布で巻いた少女と、青灰色の肌をした幼い子が、さらに小さな身体を守るようにうずくまっていた。全員の首に、鈍い鉄の輪が嵌められている。輪の縁は肉へ食い込み、黒ずんだ血が筋になって胸元まで垂れていた。 シュカが喉を震わせる言葉で呼びかけると、つるはしの先が下がった。歓声は上がらない。戻った仲間を見ても立つ力さえなく、翼を負傷した少女の口から細い嗚咽だけが漏れた。 リュゼルが一歩踏み入れると、つるはしが再び持ち上がる。 彼は腰の短剣を鞘ごと外し、床へ置いた。水筒と、神殿から持ってきた焼いた肉の包みも、その隣へ並べる。「奪いに来たんじゃない」 言葉が通じずとも、声の温度なら届くかもしれない。シュカが説明すると、角の少年は疑うように鼻を鳴らした。肉の匂いに青灰色の子が這い出そうとするのを、泥に汚れた指が強く押し留める。 リュゼルは自分から包みを開き、肉を一片食べた。それから水をひと口飲み、残りを彼らの前へ滑らせる。「少しずつだ。急に食べると腹が受けつけない」 角の少年はなおもリュゼルを睨んでいたが、やがて肉を細く裂き、まず最も幼い子へ渡した。「もう一人は?」 穴の奥、積み上げられた麻袋の陰に、小さな少女が横たわっていた
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第17話 王女と五人の客人

 白い印が消えるまで、子どもたちは一言も声を上げなかった。 首輪の内側で脈打っていた《閉じた目》へ、ネフィリアが細い指を翳している。紫紺の光が鉄を這い、七本の針を一本ずつ焼き潰すたび、焦げた血と錆の臭いが神殿へ立ちこめた。 最初は、熱を出していた赤髪の少女だった。 リュゼルは少女の頭を胸へ抱き、首輪と皮膚の隙間へ黒鎖の短剣を差し込んだ。刃を少しでも傾ければ、細い首を傷つける。手の震えを息とともに押し殺し、ネフィリアの合図で鉄輪を断つ。 乾いた音を立てて首輪が床へ落ちた。 少女の肩から力が抜ける。リュゼルの服を掴んでいた指だけは、しばらく離れなかった。 残る四人の首輪も同じように外した。角の少年は刃が喉元へ来ても目を閉じず、翼の少女は幼い青灰色の子の手を握ったまま耐えた。最後にシュカの鉄輪が砕けた時、彼は自分の首を何度も撫で、そこに何もないことを確かめていた。「これで追跡の印は死んだわ」 ネフィリアは焼け焦げた鉄片を見下ろした。「ただし、昨夜の一度は止められなかった。誰かが受け取った可能性はある」 リュゼルが神殿の闇へ目を向ける。外から聞こえた鈴は、あれきり鳴っていない。罠線にも異変はなかった。「来るとしたら、どれくらいだ」「相手がどこにいるかによるわ。怯えて眠れない程度には近く、今すぐ逃げ出すほど近くはない。そう思っておきなさい」 不安を煽るのか宥めるのか分からない言い方だったが、子どもたちに意味は届かなかったらしい。シュカは砕けた首輪を爪先で蹴り、祭壇の上のネフィリアを見上げた。「コワイ角、ツヨイ」 神殿から音が消えた。 ネフィリアの紫紺の瞳が、ゆっくり細くなる。「……誰が、怖い角ですって?」 シュカは耳を伏せたまま、今度はリュゼルを指した。「ニンゲン」「それは間違っていないな」「あなたも受け入れないで。私にはネフィリア・エル=ヴァルグレイという名があるのよ。少なくとも殿下と呼ばせなさい」「デンカ?」「王女に対する敬称よ」 シュカは考え込み、ネフィリアの角を見た。「コワイ、デンカ角」 黒い翼がネフィリアの背に一瞬だけ浮かび、神殿の灯が紫に揺れた。五人の子どもが身を寄せる。だが彼女は魔力を放つことも、出ていけと命じることもしなかった。「リュゼル。この子に言葉を教えなさい。最優先で」「分かった」「笑っているよ
last updateDernière mise à jour : 2026-07-27
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第18話 黒い炎の暴走

第18話 黒い炎の暴走 白い印は、削っても消えなかった。 リュゼルが短剣の先で岩壁を抉るたび、閉じた目と七本の針は白い粉になって崩れた。だが、その下の石にまで淡い輪郭が染み込んでいる。冷えた壁へ指を触れると、鼓動にも似た震えが一度だけ返ってきた。「こちらを見ているのか」 傍らの影鳥が首を傾け、ネフィリアの声で答えた。「居場所を示す印であることは確かよ。誰が刻んだのかまでは分からない」「なら、備えないとな」 神殿を守る罠を増やすにも、逃げ道を探すにも食料が要る。昨夜分けた燻製肉は、残り十五切れ。七人で食べれば一日分にも足りず、月角兎の餌にしている光脈苔も、近くの群生地では採り尽くしかけていた。 リュゼルは獣皮の地図へ目を落とした。 神殿の西、三本の爪で囲んだ円がある。影鳥が見つけた《岩鎧猪》の縄張りだった。 成獣一頭なら、肉を燻して十日は保つ。分厚い皮は盾や水袋に、牙は罠の杭に使える。脂も灯りとなる。 ただし、その外殻は鉄の斧さえ弾く。「一人で行くつもり?」「子どもたちを連れていく場所じゃない」「私も子どもには数えないでしょうね」 祭壇の上のネフィリアは、影鳥を通して彼を見ている。実際の彼女は五本の鎖に繋がれ、神殿の外へ一歩も出られない。それでも紫紺の視線に射抜かれると、すぐ隣から睨まれているようだった。「契約越しに力を貸してくれるんだろ」「神殿から離れすぎれば、届く魔力は細くなるわ。血を介しても限度がある。黒竜の力を使うなら、右腕だけにしなさい」「分かってる」「あなたの『分かっている』は、信用してはいけない言葉の一つね」 リュゼルが返事を探しているうちに、影鳥は肩から飛び立った。 子どもたちには、水場より先へ出ないよう告げた。シュカは露骨に不満そうな顔をし、腰の小刀へ手を置いたが、ガザと罠線を見張るよう命じると渋々頷いた。「戻ったら、猪の牙を見せる」「ニンゲン、ヒトリ?」「一人じゃない。怖い角がいる」 影鳥が嘴でリュゼルの耳を強く突いた。     * 岩鎧猪の縄張りは、乾いた石と獣脂の臭いに満ちていた。 低い天井を無数の石柱が支え、足元には砕けた岩が厚く積もっている。壁の一部は幾度も削られ、黒光りしていた。岩鎧猪が外殻を擦りつけた跡だ。 リュゼルは膝をつき、土へ残る蹄跡を測った。 横幅だけで自分の掌より大
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第19話 鎖の外へ伸ばす手

 焦げた鎖から立ち昇る煙は、夜が明けない神殿の中で細く揺れ続けていた。 翼の付け根を拘束する黒鎖。その表面へ刻まれた文字の一部だけが、黒い炎に炙られたように潰れている。リュゼルが指先を近づけると、皮膚を刺すような冷気の中に、僅かな熱が残っていた。「壊れかけているのか」「いいえ。あなたの炎が、鎖へ魔力を送る経路だけを焼いたのよ」 ネフィリアは祭壇に座したまま、煙の流れを目で追っていた。「封印そのものを砕けば、守護を担う魔物が目覚める。けれど先に経路を塞げば、目覚めるための魔力も届かない」 リュゼルは祭壇の下で脈打つ《封牢心臓》へ視線を落とした。 鈍い音が、一定の間隔で石床を震わせている。鼓動のたびに壁面の魔力管が黒紫色へ染まり、残る鎖へ力を送り込んでいた。「次は、左手を自由にする」 ネフィリアの左手首には、長い拘束で黒ずんだ鎖が食い込んでいる。右手と左足はすでに自由になったが、左手首のほか、首、腰、右足、翼の付け根にはなお鎖が残っていた。「今度は力任せに壊さない。心臓から左手へ流れる魔力を止めてから切る」「口で言うほど容易ではないわ。脈動を一度でも読み違えれば、封印の力が楔を弾く。その反動は、あなたの腕を肩から奪うでしょうね」「楔を一本で受けなければいい」 リュゼルが床へ並べたのは、墓守蜈蚣の外殻だった。 薄く削った灰黒色の板を幾枚も重ね、岩鎧猪の脂を染み込ませた魔物の腱で縛る。硬いだけの金属なら、封印の力と正面から衝突して砕ける。だが墓守蜈蚣の外殻には、死者の魔力を受け流す性質があった。 心臓の脈へ合わせ、三本の楔を順番に差し込む。 一撃を受け止めるのではなく、流れを三つに分けて逃がすつもりだった。 リュゼルは外殻の縁へ黒炎を灯した。 炎は指先ほどの大きさだった。以前なら呼び出しただけで腕を覆っていた黒い鱗も、今は手の甲へ数枚浮かぶだけに留まっている。炎を細く保ち、外殻を焼き切る。焦げた獣脂の臭いが鼻へまとわりつき、額から一筋の汗が落ちた。「右へ逸れているわ」「分かってる」「分かっているなら直しなさい。楔の先が太すぎる」「細くしすぎたら折れる」「私の封印を誰より知っているのは私よ」「加工する外殻を知ってるのは俺だ」 紫紺の瞳と灰青の瞳がぶつかる。 先に目を逸らしたのはネフィリアだった。「……先端だけ細くして、根
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