血に濡れた大剣は、持ち主を失っていた。石床へ深く突き立った刃の脇に、半ば白骨化した巨躯が横たわっている。鎧の隙間から覗く骨格は人間より明らかに大きく、砕けた兜の左右には角らしきものが残っていた。死んでからどれほど経つのか分からない。それなのに刃へ付着した黒い液体だけは乾いておらず、灯石の青白い光を濡れたように返している。だが、リュゼルの目を奪ったのは大剣でも死体でもなかった。その向こうに、途方もなく広い谷があった。岩壁に囲まれた空洞という言葉では足りない。天井は灯石の光が届かないほど高く、左右の壁も闇の奥へ消えている。谷底を埋め尽くしているのは土ではなく、骨だった。獣の肋骨、人間の頭蓋、角を残した魔族の骨格、翼膜だけが黒く乾いた竜種の残骸。それらが幾層にも積み重なり、白灰色の斜面となって遥か奥まで続いている。そして、その骨の海の中央で。一人の女が戦っていた。褐色の肌。顎のあたりで鋭く切り揃えられた黒髪。頭頂から生えた丸みのある黒い耳は、獣のそれだった。腰の後ろから伸びる長い尾が、身体の動きに合わせてしなやかに揺れている。獣人。女は二本の湾曲刀を握っていた。右の刃で襲いかかる骨蜘蛛の前脚を受け流し、左の刃を胴体の下へ滑り込ませる。硬い外殻が擦れ、火花が散った。刃先が奥に隠れた黒い核を正確に穿つと、巨大な蜘蛛の身体が一瞬硬直し、そのまま何百もの骨片へ崩れ落ちる。「速い……」リュゼルは思わず呟いた。実戦経験の差は見ただけで分かった。踏み込む位置。刃の角度。次の敵を見る視線。一つの動作が終わる前に、すでに身体が次へ向かっている。無駄がない。それでいて機械的でもない。足場となる骨が崩れることまで計算し、滑るなら滑る動きのまま刃を振るう。自分より遥かに強い。少なくとも今のリュゼルが、正面から一対一で勝てる相手には見えなかった。それでも。「まずいな」女の左腕から血が流れている。肩口から肘にかけて大きく裂けており、黒い革鎧が赤黒く濡れていた。動くたびに傷口が開き、血が指先を伝って湾曲刀の柄へ落ちている。骨蜘蛛はまだ十を超えていた。死者溜まりの魔力を吸って動いているのか、身体の大部分は獣や人の骨を無造作につなぎ合わせたような形をしている。一体倒しても、周囲の骨山から新たな脚が突き出してくる。「行くぞ」リュゼルが踏み出した。
Dernière mise à jour : 2026-08-22 Read More