《後悔?そんなの勝手にすればよろしくて?〜悪女と呼ばれた公爵令嬢は絢爛に返り咲く〜》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

22 章節

10.尻尾は切られた

 使用人達の願いが通じたのか、王妃付きの侍女は程なくして戻ってきた。 ハァハァと息を切らしながら、侍女が片腕をバッと掲げる。 彼女の手には、なくなったはずのルマーサのブローチがしっかりと握られていた。「お部屋の隅に落ちていました! 丸い形ですので、恐らく机から落下した際に遠くへ転がってしまったんだと思われます。幸いにも傷ひとつ付いておりません!」 それを聞き、思わずといった感じで使用人達の間から安堵の息と歓声が漏れた。「そ、そんな……。嘘よ……そんなこと……そんなことあるはずがないわ……」 ミモザの顔色が死人のように真っ青になり、ガタガタと震えている。 そして彼女は救いを求めるように、ルマーサの方をバッと振り向いた。「……っ!」 ルマーサは、害虫を見るような冷淡な目つきでミモザを見下ろしていた。「……はぁ……。心底失望したわ、ミモザ。使用人の私物を盗んでいたなんて。そんなクズはワタクシの視界に入れたくないわ。罪人としてアナタを処刑します」 ルマーサの冷酷無比な言葉に、ミモザの全身から一気に血の気が引く。「そ……そんなっ! 元はと言えばルマーサ様が――」「お前達、何をグズグズしてるの! さっさとこの罪人を牢に連れていきなさいっ!」「は――はいっ!」 ミモザの言葉を遮るようにルマーサが叫ぶと、廊下で待機していた騎士二人が慌てて中に入ってきた。 そして、愕然としているミモザを取り押さえる。 突如、彼女が身をよじり暴れはじめた。「いやっ、嫌よっ! 離して――離しなさいっ! 美しいものを私のものにして何が悪いのよ! 美しいものは、それが一番よく似合う私が身に着けるのが道理ってもんでしょ!? 私はまだまだ美しいものを手に入れたいのよ! これだけじゃ全然足りないわ! だから処刑なんてされたくない! ルマーサ様、どうか御慈悲を……御慈悲をっ!!」「こらっ! 暴れるな、王妃陛下の御前だぞ! 静かにしないかっ!」 涙を流しながら喚くミモザを、騎士二人が引きずりながら部屋から連れ出していく。 静かになった部屋で、ルマーサの大きな溜め息が響いた。「はぁ、まったく……気分が悪いわ。部屋に戻ります。すぐにアタクシの好きなお茶を用意してちょうだい」「は……はいっ、かしこまりました!」 ルマーサは不快に眉をしかめ、扇子で口元を隠しながら、侍女と共に
last update最後更新 : 2026-08-03
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11.兄には逆らうな

「わたくしが重鎮達や侍女長の言うことを素直に聞き続け、王妃にわたくしを追い出す訴えができないことに、彼女達はやきもきしていたことでしょう。ですので、近いうちに何か行動を起こすのではないかと思っていたのです」「『作戦会議』の時に言っていたな。この金庫を使って何かしてくるかもしれないと。だから前もって俺に暗証番号を解読させた」「えぇ」 頷いたイグニスに、アーベリアは頷き返しながら言葉を続ける。「ですので念のため、金庫の中は毎日確認をしていました。そして昨日、金庫にブローチが入っていたのです。王妃がそれを胸につけている姿を何度か見たことがありましたので、これがすぐに彼女のものだとわかりましたわ。侍女長が本鍵を使って中に入れたのでしょう」「……! そんなことが――」 イグニスは昨日、王妃派の重鎮達に命令され、夜遅くまで雑務に付き合わされていたのだ。「わたくしが部屋にいない間に、初期番号で金庫が開かないことを確認していたのでしょうね。わたくしは、あの二人が実行しようとしている企みが予想できました。昨日は王妃に一日中外出の用が入っていましたので、決行が今日だということも」「侍女長は自分が初期化をし忘れたことが脳から抜けていて、姉上が王妃に伝えず暗証番号を変更したと思い込み、この企みを思いついた。――いや、企んだのは恐らく王妃だな。短気ですぐ頭に血が昇る侍女長がそんなに頭が回るわけない」 イグニスの推察に、アーベリアは同意して首を縦に振る。「えぇ。それとは別に、侍女達のお喋りで装飾品がなくなる話を聞いていたわたくしは、侍女長が身に着けていた、彼女にまったく似合わないネックレスやイヤリングは侍女達から盗んだものではないかと推測したのです。現在お城にいる侍女から盗んだものは、自分の部屋でこっそりと身に着け悦に浸っていたのでしょう」「装飾具に興味がない姉上がそれを褒めた時点で違和感を持っていたが、やはりあの女のものではなかったか。美しいものへの異常な執着心には正直寒気がした。そんな女がよく侍女長をやっていられたものだ」「よほど隠すのが上手だったのでしょう。ちょっとやそっとでは馬脚を現さないと判断したわたくしは、早馬でラハンお兄様にお手紙を出しました」「兄上に……か?」 そこで予期せず自分の兄の名前が出たことに、イグニスは思わず目を見張ってしまった。「本来
last update最後更新 : 2026-08-04
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12.新たな波乱

 侍女長ミモザが捕まり、彼女が盗んでいた侍女達の装飾品は、すべて持ち主のもとへ返された。 アーベリアに理不尽な要求をしていた重鎮達は、今回の事件を受けしぼんだように大人しくなり、彼女を見た途端目を逸らして離れていくようになった。 こうして、平穏な日々が訪れた―― ――と思った矢先、また新たな問題が生まれようとしていたのだった……✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼「先日の事件は災難だったね。犯人が見つかって良かった。僕は君が無罪だと最初から信じていたよ」「ありがとうございます、殿下。そのお言葉、とても嬉しいですわ」(何もせず王妃の言いなりになって傍観を決めていた男の言う台詞ではないな) ライラックとアーベリアの会話に、少し離れた場所で待機していたイグニスは心の中で横槍を入れる。 本日は一週間に一度の、庭園で行われる二人のお茶会だ。 しかしミモザの件があり、ある程度収束するまでお茶会は中止となってしまい、今回二人が会うのは二週間ぶりのことだった。 紅茶を嗜みながらライラックとアーベリアが談笑していると、向こうからこちらに駆けてくる影が見えた。 イグニスが即座に反応し、アーベリアの前へ守るように立ち塞がる。 段々と近付いてくる影の正体は、杏色のプリンセスドレスを着た小柄な女性だった。 ライラックの護衛はその女性に対し何も反応を見せなかったので、イグニスは敵ではないと判断し、握っていた剣の柄から手を離す。「ライラックさまぁっ」 肩まである桃色のふわふわした髪を揺らし、同じ色の瞳を輝かせながら、女性は笑顔でライラックの名を呼び―― 駆けてきた勢いのまま、ライラックに抱きついた。「おっと」 ライラックは笑いながら、さも当たり前のように女性を受け止める。 アーベリアとイグニスは、抱き合う二人の姿に、暫しの間身体が硬直してしまった。「ライラックさま、捜したんですよっ。あたし、ライラックさまに会いたくて仕方なかったんですからっ」「あぁ、ごめんよ。今日は僕の婚約者のバセロルト公爵令嬢とお茶会があってね。君が今日来るとは聞いてなかったから」「婚約者? お茶会?」 そこでようやく、女性はアーベリアの存在に気が付いたようだった。 「あっ、ごめんなさい! あたし、ライラックさましか見えてなくてっ」 慌てたように女性は
last update最後更新 : 2026-08-05
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13.嘲笑う令嬢

 そんな中、イグニスはジューンメリーに対し呆れた眼差しを向けていた。(本来は姉上と王太子だけの茶会なのに、遠慮をまったくせず居座り、姉上を無視し王太子とばかり話す、か。この娘、非常識にも程があるな。普通は遠慮して、王太子が許しても自ら離れるものだが) そのイグニスの思いが通じたのか、ジューンメリーは「あっ」と声を出しアーベリアの方を向いた。「ごめんなさいっ。あたし、ライラックさまとずっと話しててっ。あたしもう行きますねっ」 「うん、わかったよ。またね、ジューンメリー」 素直に頷き別れを告げたライラックに、ジューンメリーはあからさまにムッとした表情を浮かべた。   (引き止めてほしかったようだな。面倒臭い娘だ) ジューンメリーは椅子から立ち上がり歩きかけたが、その身体がフラリと傾き、座っているライラックの胸にもたれかかった。「おっと……大丈夫かい?」 「うぅ、ちょっとめまいが……。あたし歩けないかも……」 「あぁ、それは大変だ。医務室に連れていくよ」 ライラックが手を上げ護衛を呼ぼうとしたが、それをジューンメリーが即座に制止した。「あたし、ライラックさまがいいの。ライラックさまがあたしを抱っこして連れていって?」 桃色の目を潤ませながら自分を見上げてくるジューンメリーに、ライラックはすぐに頷いた。「アーベリア、すまないけど……」 「わかりましたわ。わたくしのことは気にせずいってくださいませ」 「ありがとう。来週のお茶会も楽しみにしているよ」 ライラックはジューンメリーを横抱きにすると、護衛と共にその場から去っていった。  ジューンメリーはライラックにギュッとしがみつき、その表情を窺い知ることができなかった。 しかし、彼女の顔に満面の嘲笑が浮かんでいることは、イグニスには容易に想像できた。 アーベリアは侍女達にお茶会の片付けをお願いすると、イグニスの方を振り向く。「いきましょうか、イグニス」 「……大丈夫か」 あんなあからさまに婚約者と伯爵令嬢の仲睦まじげな光景を見せつけられたのだ。  イグニスが問いかけると、アーベリアは切なそうに眉尻を下げた。「わたくしもあんな風に甘えることができたのなら、愛する人の心をもっと掴むことができるのでしょうね」 「…………」 悲しみを含んだその言葉に、イグニスが眉間に皺を寄せた時
last update最後更新 : 2026-08-06
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14.勝ち誇る令嬢

「戦勝記念日……」  その言葉を聞いた途端、イグニスの眉間に皺が寄る。  しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻っていた。  アーベリアは壁に貼ってある暦(こよみ)に視線を向けていたので、彼の変化には気付けなかった。「お城で毎年開かれる【戦勝記念日パーティー】も、もうすぐですわね」 「あぁ。バセロルト家はなにかにつけて毎年欠席していたが、今年は姉上が王太子の婚約者に選ばれた。出席しなきゃ駄目だろうな」 「お父様のもとへ招待状も届いている頃でしょう。お父様達には御足労をかけさせて申し訳ないですわ」 「いや、父上達は姉上に会えるから喜び勇んでやってくるだろう。王太子からはパートナーの誘いを受けたのか?」 イグニスの質問に、アーベリアはコクリと首を縦に振る。「えぇ、今日のお茶会の時に」 「そうか。あの様子では、伯爵令嬢をパートナーにすると言い出しそうだったからな」 「ふふっ。そんなことを言われたら、わたくし泣き濡れてしまいますわ」✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼「すまない、アーベリア。母上に頼まれてしまってね。今度のパーティーは、ジューンメリーをパートナーにするよ。君は適当にパートナーを見つけてくれ」 【戦勝記念日パーティー】の開催まで一週間を切った、ライラックとアーベリアのお茶会の日。  ライラックは当たり前のようにジューンメリーを連れてきて隣に座らせると、開口一番にそう言った。  アーベリアとイグニスは、あくびれもせず告げたライラックに、一瞬言葉を失ってしまう。「ごめんなさい、アーベリアさまっ。でもあたし、ライラックさまのパートナーになれて、すっごくすっごく嬉しいっ」 「ははっ、そうか。もちろん僕もだよ」 ジューンメリーが笑顔でライラックに抱きつき、彼も微笑みながら彼女の身体を受け止める。「ライラックさま、だーいすきっ」 「あぁ……僕もだよ、ジューンメリー」 互いの顔を近付けて見つめ合い、前回より二人の親密度があきらかに上がっている。「…………」 アーベリアはそんな二人を、微笑みを貼り付けた表情で見ていた。  やがて、彼女が静かに唇を開いた。「……わかりましたわ。殿下の仰せのままに」 「ありがとう。僕のことを心から慕う君なら、必ず頷いてくれると思っていたよ」 ライラックが
last update最後更新 : 2026-08-07
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15.さぁ、始めましょう。……怪談話を

 ユグドール王国にあるバセロルト公爵領の、公爵家の屋敷内にて。  窓にかかるカーテンがきっちりと閉められ、月光の一筋も入ってこない、闇に覆われた部屋があった。  そんな一寸先も見えない真っ黒な空間に、突如指先ほどの小さな灯火が現れた。  微かにユラユラと揺らめく橙色のそれは、ロウソクの火だ。 その光に灯され、ボゥッと妙齢の女性の顔が浮かび上がる。「さぁ、始めましょう……『千物語』を」 わざと低く悠然とした声音で、その女性が言葉を発した。  続いて、彼女の右隣の空間にもポッとロウソクの火が現れ、ボワッと壮年の男性の顔が浮き彫りになる。 鼻の下に形の良い髭を生やしているその男性は、ゆっくりと口を開いた。「三人で『千』の怪談話は多いですね……。せめて『百』にしませんか? 一話ごとに消すロウソクもまったく足りないですし」 次に、男性の右隣の暗闇にも橙色の光がボッと灯され、スゥッと糸目な青年の顔が現れ出た。「『百』でも十分多いと思うよ? けどまぁ、情報通のボクならば『千』でも『万』でもドンとこいだけどねぇ。ロウソク一万本用意しておけば良かったよ」 自信ありげに、口元に微笑を湛えている青年はそう口にする。  三人とも顎の下からロウソクを照らしているので、暗闇の中ロウソクの仄暗い明かりに映る彼らの顔は……非常に怖い。 もしも今、誰かが部屋に入ってきたら、盛大な叫び声を上げ腰を抜かしつつ一目散に逃げ出すこと間違いなしだ。「ロウソク一万本……それは圧巻だわぁ。でもこの部屋に入るかしら~?」 「確かに、ボク達の入る隙間がなくなりそうだねぇ。それじゃあ怪談話ができないよ~」 「二人とも、その前に火事の心配がありますよ」 「ヒューガ、違うわ。心配じゃなくて、確実に火事になるわよぉ」 「あぁ、それは少し困りますね」 「いやいや、少しどころじゃないと思うよ~?」 三人が仲良く会話をしていると、ノックもなくガチャリと扉が開かれた。「どこにもいないと思ったら、やっぱりここにいたか。飽きずによくやるものだ」 叫び声がなかった代わりに、これみよがしに溜め息が聞こえてくる。  扉から姿を見せたのは、壁に寄りかかって腕を組む、無表情のイグニスだった。「あら? イグニスじゃない~。こんな夜中にどうしたの? アーベリアは?」 「もちろん城の自室で寝ている
last update最後更新 : 2026-08-08
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16.王妃の思惑

「まぁ。それでは、あなたがわたくしのパートナーになってくださるのですね」 「あぁ。調べたら、パートナーは『異性』という以外は特に決まりはないらしい。だから家族でも問題ないそうだ」 「そうなのですね。わたくしとしては嬉しいのですけれど……。あなた、ダンスは得意ではなかったですわよね?」 「…………」 アーベリアの指摘に、イグニスは口を閉ざす。  自室で紅茶を嗜んでいたアーベリアは、そんな彼にクスリと微笑んだ。「大丈夫ですわ。踊らなければいいだけの話ですし。あなたはわたくしの隣にいてくださるだけで十分ですわ」 優しく笑うアーベリアに、イグニスは頭を下げる。「すまない……。本ばかり読み耽り、ダンスの練習を逃げていた過去の己を思いきり殴りたい気分だ」 「悔いる必要はまったくありませんわ。あなたが読書家だったおかげで、王国一や二を争う魔法の実力者になったのではないですか。それは誇っていいものですわ」 「……そう言ってくれるとありがたい」 アーベリアの温かな言葉に、イグニスはふっと表情を和らげる。「国の魔法士試験を受ければ、あなたの実力ならすぐにこの国の頂点に立つ魔法士になれますのに……。やはり意思は変わらないのですか?」 「あぁ。俺のこの力は、家族と公爵領民のためだけに使いたい」 「魔法士は国所属になりますので、王家の言うことに逆らえなくなりますものね」 「それは心底御免こうむりたい。――あぁ、父上から連絡があってな、パーティーには父上と母上が出席するそうだ。兄上は用事で来られないらしい」 それを聞き、アーベリアの眉尻がわかりやすく下がった。「そうなのですね……。ラハンお兄様にもお会いしたかったのに残念ですわ」 「神出鬼没な兄上のことだ、いつでも会える。それと、俺達がパーティーに着る礼服は母上が用意してくれるそうだ。それくらいは甘えてほしいと」 「まぁ……。実は、パーティーのドレスをどうしようか頭を悩ませていたところだったのです。お母様には本当に感謝の気持ちで一杯ですわ」 嬉しそうに微笑むアーベリアとは対照的に、イグニスは小さく息を吐いた。「本来は婚約者である王太子がドレスを贈る役目なんだが。あの伯爵令嬢をどうにかしないと、婚約者の座を取られてしまうぞ」 「……えぇ」 「どうする? 諦めるか?」 イグニスの質問に、アーベリアは
last update最後更新 : 2026-08-09
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17.パーティー当日

  ――戦勝記念日パーティー、当日の朝。  アーベリアはカロリナが送ってくれたドレスを見つめ、ほぅ……と溜め息をついた。 それは、感嘆の息――ではなく、落胆からきたもので。「とても美しいドレスなのですけれど……。背中に留めるボタンがあるので一人では着られないですわ……」 アーベリアの専属侍女であり侍女長であったミモザが捕まってから、未だ彼女に専属侍女がつけられていないのだ。「俺が目を瞑りながら留めようか」 「気持ちはありがたいのですけれど、さすがにあなたでもそんな器用なことはできないでしょう? せっかくお母様が贈ってくださったのですし、このドレスを着てパーティーに出席したいのですが……。仕方ありません、今回は別のドレスに――」 その時、扉からノックの音が聞こえた。  自分の部屋に人が来ることは滅多にないので、アーベリアは不思議に思いながらも「はい」と返事をすると、「失礼いたします!」 という元気な声とともに扉が開かれ、サラサ、ナナカ、リラの三人が姿を現した。「あら? あなた方は――」 「私達、アーベリア様とイグニス様のお支度のお手伝いをしにまいりました! どうぞよろしくお願いいたします!」 サラサがニコッと笑ってお辞儀すると、ナナカとリラも笑顔で頭を下げる。「まぁ、あなた方が……。よろしいですの?」 「はい! 昨日、アーベリア様のお兄様が突然私達の前に現れて、『二人のことをよろしく頼むよ』と丁重にお願いされたんです。ですので、誠心誠意お二人の準備をお手伝いさせていただきます!」 「お兄様……ラハンお兄様が?」 「はい! ラハン様、とっても素敵な方でした……」 頬をポッと染めたナナカに、サラサとリラはうんうんと大きく頷く。「兄上は女性に対してかなりの紳士だからな。そして相変わらずの神出鬼没だ」(それに、そんな堂々と現れて彼女達に頼むとは……。全然陰から手助けしていないじゃないか) 心の中で苦笑するイグニスの背中を、リラがグイグイと押してきた。「さぁさぁ! 殿方はここから出て、自室で準備をしましょう! 行きますよ!」 「あ、あぁ……」 「リラさん、イグニスを頼みましたわ。ありがとうございます」 「はいっ、お任せください!」 リラはグッと拳を握り締め頷くと、困惑気味のイグニスと一緒に部屋を出ていった。「では、私達が
last update最後更新 : 2026-08-10
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18.欲深い令嬢

「ジューンメリー……?」 ライラックの戸惑いの呼びかけに耳も貸さず、ジューンメリーは笑顔でイグニスのすぐ前まで来た。「こんなにステキなお方だったんですね、イグニスさまっ。あたし、イグニスさまともっとお近づきになりたいですっ」 うっとりとした表情を浮かべながら、ジューンメリーはイグニスの胸に飛び込もうとした。 彼女の行動を興味本位で見ていた参加者達は、一斉にギョッと目を剥く。(おいっ、王族の前だぞ!? しかも王妃が見ているのに!?)(さっきまで殿下とイチャイチャしていたのに、なんて変わりようだ……! 顔が良ければ誰でもいいのか!?)(いや、あの令嬢は爵位の高い男ばかりと交際していると噂で聞いたことがあるぞ。イグニス卿はバセロルト公爵家の次男だから問題ないんだろう。顔は殿下より遥かに美形だしな……) 参加者達がコソコソと小声で言い合い、そのうちの一人が辺りをグルリと見回した。 ジューンメリーの両親であるリアンジュ伯爵と夫人の姿は、この会場に見当たらない。 多大な借金持ちのリアンジュ伯爵家は、王太子のパートナーとなった娘だけを出席させ、伯爵と夫人は体裁を気にして欠席したのだろう。(親がいなければ、娘を注意する者がいないじゃないか!)(あぁ、誰か……王妃が怒り出す前にあの令嬢を止めてくれ……!) 王族の手前、何もできず皆がハラハラと見守る中、ジューンメリーの身体がイグニスの胸へと吸い込まれる―― ――はずだったが、それは見事に空振りに終わった。 イグニスがサッと素早く横に避けたのだ。「えっ――ぶふっ!」 ジューンメリーが勢い余って見事にすっ転んだ。 誰も動かず助けてくれる者がいない中、ジューンメリーはノロノロと上半身を起こす。 まさかイグニスが自分を拒否し避けるとは思っていなかったジューンメリーは、自分の今の状況が信じられず呆然としていた。 しかし、すぐさま可愛らしく両頬を膨らます。「もうっ、イグニスさまのイジワルっ。照れなくったっていいんですよっ」 プクリとした頬のまま、ジューンメリーはわざと怒った仕草をしながらイグニスを見上げ――ピシリと固まった。 彼は眉間に皺を寄せ、ジューンメリーを銀色の瞳で鋭く睨みつけていたのだ。 今まで相手になった男性からは、好意の熱視線や優しい眼差しだけ向けられてきたジューンメリーだったので、ま
last update最後更新 : 2026-08-11
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19.王妃の命令

「お父様、お母様。お久しぶりです。お会いできて嬉しいですわ」 ふわりと笑うアーベリアに、ヒューガとカロリナも微笑みを返す。「私もですよ、アーベリア」「うふふっ。アーベリア、その姿とっても綺麗よぉ」「三人の侍女さん達と、お母様が贈ってくださったこの素敵なドレスのお陰ですわ。本当にありがとうございます」「いいのよぉ。こんなことしかできなくてごめんなさいね?」「いいえ、お母様。そんなことありませんわ。お父様達が陰でわたくしを助けてくださっていること、知っておりますもの。大好きですわ、お父様、お母様」「ははっ、これは嬉しい言葉を聞けましたね」「わたしも大好きよぉ、アーベリア。……あぁ、もちろんイグニスもよ?」「思い出したように付け加えないでくれ」「これより、国王陛下から【戦勝記念日パーティー】開催の御挨拶を賜ります」 四人が仲良く談笑していると、案内役の張り上げた声が会場に響き渡った。「全員集まったので、【戦勝記念日パーティー】の開始を宣言する」 瞬間、会場内がシンと静まり返る。 それだけでは挨拶が終わらないことを、皆わかっているのだ。「あれは忘れもしない……。今からだと、そう……確か……十二年前だ。この国の宗主国であったセインウッド王国の王族は、あろうことかワシの弟であったディーンを毒殺した。『気に食わなかった』という理由だけで、ワシの唯一人の弟を殺したのだ! その横暴さと下劣極まりない行動にワシは怒りの頂点に達し、憎きセインウッド王国に反旗を翻した!!」 拳を振り上げたセンダンの熱弁は続く。「結果、ワシらは勝利を収め、セインウッド王国は殲滅した。〝悪〟は滅びたのだ! 〝正義〟を掲げたこの国の勝利は同然だった。敵(かたき)を取ったワシに、弟の魂も浄化され、天の国で喜びに満ち溢れていることだろう。今あるこの国の平和は、ワシら王族が作っていると言っても過言ではない。これからもワシらを讃え、敬い、この国と王族のために尽力していくといい」 センダンがようやく話し終わると、会場のあちこちから一斉に拍手が送られてくる。 【戦勝記念パーティー】恒例の、毎年ほぼ同じ内容の式辞だ。「我らが崇拝する国王陛下、万歳!」「正義の国、ユグドール王国万歳っ!」 称賛の声を飛ばす者は、王派や王妃派の貴族達だろう。「……何が〝平和〟だ。王家に媚びへつらう貴
last update最後更新 : 2026-08-12
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