登入「は……はぁっ!? 何をフザけたことを……!」「ユグドール王国はセインウッド王国の従属国です。そして、セインウッドはユグドールの宗主国。セインウッドの王族が誰もいなくなればその関係は消滅いたしますが、一人でも残っていた場合、関係は持続いたします。ですので、わたくしがこの国の〝女王〟になることはまったく問題ございません」「じょ……女王だとっ!? 馬鹿なことを言うな! この国はワシのものだ! 誰にも渡しはしないぞ!!」 唾を飛ばしながら怒鳴るセンダンに、アーベリアは冷たい目線を送った。 その冷酷な眼差しに、ビクリとセンダンの身体が震える。「あなたがなんの罪も犯していない場合は、このまま王でいられたでしょう。ですが、あなたは沢山の罪を犯しました。救いようがない大きな罪まで。あなたに王を名乗る資格はございません。本日をもって【廃位】です」「なっ……わしがなんの罪を犯したというのだ! ワシはなんにも悪いことなどやっておらん!!」 センダンの言葉に、アーベリアは馬鹿にしたように声を立てて笑った。 今まで見たことのない彼女の嘲笑に、周りにいた者は唖然とする。「まったく……どの汚い口がそう言っているのかしら? あまりにも愚かで笑ってしまいましたわ」「なっ……なんだとっ!?」「まずはユグドール王。貴族との贈収賄や、気に食わない貴族への圧制、自分に歯向かった者に対し、何の罪もない者を処罰。国民に対して必要以上に高い納税の要求。そのお金で豪遊。国民が貧しい思いをして訴えてもまったく耳を傾けない。王とは名ばかりの、ただの愚者ですわ。バセロルト公爵家と、公爵家に賛同する貴族達の力がなければ、この国はとっくに潰れていたでしょうね」「……っ!!」「続いては、王太子と王妃」 アーベリアから鋭い視線を向けられ、ライラックとルマーサは大きく肩を波打たせる。「王の贈収賄や貴族の圧制を知っていながらも見て見ぬ振りをし、そのお金で豪遊。闇賭博にも手をつけている。そのうえ王妃は何人かの貴族と不倫。自分と夜を共にした貴族の要求に応え、国庫金を使いたい放題。そして殺人未遂と殺人教唆。どれも立派な犯罪ですわ」「そんな……そんなことはしておらんっ! とんでもない法螺(ほら)を吹く〝悪女〟めがっ! 護衛ども、その悪女を斬ってしまえ!!」 センダンの命令に、護衛騎士達は剣を抜きアーベリ
バルコニーから真っ逆さまに落ちるアーベリアの姿を見て、国民の間から一斉に悲鳴が上げられる。「――っ」 イグニスは瞬時に腰を落とし、一気に足を伸ばして地面を蹴った。 刹那、彼の背中から銀色の美しい翼が飛び出す。 その翼を大きく羽ばたかせ、イグニスは空を舞い上がった。 そして、落下するアーベリアの身体を両手でしっかりと抱き留める。「大丈夫か」「えぇ。ありがとうございます、イグニス」 陽の光でキラキラと輝く銀色の翼を見て、アーベリアはエメラルド色に変わった瞳を細めた。「相変わらずあなたの翼は美しいですわ」「よしてくれ。翼を出さない『浮遊魔法』もあるが、それは安定性がなく少ししか飛べないからな」「空から舞い下りた天使みたいで、わたくしは素敵だと思いますわよ?」「勘弁してくれ……」 その場にいた民衆もアーベリアと同じ感想を持ったようで、「天使だ……」「あぁ、綺麗だ……」 と、あちこちから感嘆の息と呟きが漏れていた。 イグニスはアーベリアを抱いたまま、バルコニーへと下り立つ。 そこにいた者達全員が、口と目を真ん丸くさせて呆然と固まっていた。 バルコニーに急いで駆けつけた城の重鎮達を見ると、イグニスの腕から下りたアーベリアは、ライラックに向けてニコリと微笑んだ。「殿下、わたくしの背中を押してバルコニーから突き落としましたね? 王妃陛下の命令だと仰っていましたが」「えっ、あ……ち、違うっ! 僕はそんなことしていないし、言ってないっ!」「そうよ! アタクシの息子になんてこと言うの! アナタが勝手によろめいて落ちただけじゃない! そんなフザけたことを言うのなら、【侮辱罪】で処刑するわよ!」 アタフタと否定するライラックを、ルマーサがヒステリックに援護の声を上げる。 「では、手すりが壊れた理由はどう御説明されるのですか? あの手すりはとても頑丈です。わたくし一人の身体の重みでそう簡単に壊れるはずがありませんわ」「そ、それは……そう、劣化していたのよ! この城も古いから――」「安全のため、巡回の騎士が定期的に確認しているはずですが。しかもその部分だけ壊れるなんておかしいですわよね?」「……っ、じゃあアタクシの息子がアナタを押したって証拠があるの!? ないでしょ!? ないなら適当なこと言わないでちょうだい!」 金切り声で言うルマー
「ちょっとアナタ! 一刻も早くあの娘を追い出してちょうだい! あの娘はライラックには不釣り合いよ。あの娘はダメだわ、アタクシ達王家の中に入れてはいけない女なのよっ!」 ルマーサの金切り声を、隣の玉座に座るセンダンは顔をしかめながら聞いていたが、大きく溜め息を吐いた。「はぁ……またその話か。あの娘はよくやっているじゃないか。ワシ達の言うことにハイハイ頷いて逆らわない。『首振り令嬢』とはよく言ったものだ。ライラックと結婚したあとも色々やらせて便利に扱えばいいだろ」「そういう問題じゃないのよ! あの娘は危険なの! 何かとんでもないことをしでかしそうな――」「フン、そんなの気にし過ぎだ。あんな小娘一人に何ができるというのだ。もうこの話はやめだ。ワシの生誕祭には、あの娘もワシ達と一緒に同行する。ライラックの婚約者としてな」「ちょっとアナタ……!」 面倒になったセンダンはルマーサの言葉に耳を貸さず、さっさと王の間から出ていってしまった。「――フンッ、何よ! 本当使えない男ね! 早くあの女を追い出さないといけないのに! ライラックまでその気になったら大変だわ。アタクシの可愛い息子とあの女との結婚は絶対に許さないわよ」 ルマーサは人差し指の爪をガシガシと噛みながら思案し――やがてひとつの結論に辿り着いた。「……そうよ。追い出すのがダメなら、〝始末〟してしまえばいいのよ。不慮の事故に見せかければいいわ。その役目は……あの子にしましょ。アタクシの言うことなら何でも聞く、とても素直で良い子だから……ウフフッ」 ルマーサはニヤリとほくそ笑むと、いそいそと王の間を出ていったのだった――✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼ ユグドール国王生誕祭、当日。「アーベリア様、とてもよくお似合いです!」 サラサ、ナナカ、リラの三人は、支度の終わったアーベリアに元気良く声をかけた。「ふふっ。今回もありがとうございます、サラサさん、ナナカさん、リラさん。あなた方がいてくださって、本当に良かったですわ」「そ、そんな……。勿体ないお言葉です」 三人が顔を赤くして照れているのを見て、アーベリアはクスリと微笑む。 今回のドレスもカロリナが贈ってくれたものだ。 白をベースに、アーベリアの瞳の色と同じ翠がアクセントとして散りばめられた、美しいデザインのドレス
「すっかり遅くなってしまいましたね。誰かに見つからないうちに戻りましょう」「あぁ」 足早に歩くアーベリアの手には、小袋に入ったクッキーがあった。 氷漬けにはなっていない。ディーンが溶かしてくれたのだ。「この〝毒〟の判明はラハンお義兄様に頼むしかありませんわね。わたくしは自由にお城から出られませんし、〝毒〟に関しての知識はあまり深くありません。お義兄様には何度も甘えてしまって申し訳ないけれど……」「それは心配しなくていい。むしろ兄上は喜ぶだろう。姉上に頼られてな」 イグニスは首を振ると、アーベリアにスッと手を差し出した。「その菓子は俺が預かろう。これから『移動魔法』を使って兄上に届けてくる。兄上ならこの時間はまだ起きているだろうからな。この件は早い方がいい」「ありがとう、イグニス。助かりますわ」 アーベリアからクッキーの入った小袋を受け取ったイグニスは、少し逡巡したあと口を開いた。「……俺達が初めて会った時のこと、覚えているか?」「えぇ、もちろんですわ」「あの時、俺の髪のこと『きれい』って言ってくれただろう?」「えぇ。陽に照らされて輝くあなたの髪は、本当に綺麗でしたから。本物の〝天使〟だと思いましたもの」 微笑んで頷くアーベリアに、イグニスも微かに口の端を持ち上げて返す。「俺は、自分の髪と目の色が嫌いだった。『先祖返り』のせいで、俺だけ家族と違う色を持って産まれてしまった。だが、その言葉を聞いて、少しだけこの色が好きになった。今はもう嫌いじゃない」「ふふっ。髪や目の色が違っても、あなたは立派なバセロルト公爵家の家族の一員ですわ。わたくしはその銀色、とても好きですわよ」「……ありがとう。渡したらすぐに戻ってくる。気を付けて部屋に戻ってくれ」 アーベリアに背を向けたイグニスは、詠唱を唱えはじめた。 その姿が瞬時に消えたのを見届けたアーベリアは、彼の耳が赤くなっていたことを思い出し、クスリと唇を綻ばせたのだった。✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼「はぁ、ようやく着いたねぇ。この村で合ってる?」「はい、間違いないかと」 ユグドール王の生誕祭まで一週間を切った日、ラハンと〝影〟はセインウッド王国の隣国にある、辺境の小さな村に到着した。 クッキーにかけられていた白い粉を調べたところ、これは人工的に作られた〝
「アーベリア、教えてほしい。コノーテの亡骸も、皆とともに埋葬されたのか?」 ディーンは自分が話し終えた後、アーベリアのこれまでのいきさつを聞いた。 そして、気になったことを彼女に尋ねた。「……お姉様の遺体は見つかりませんでした。お義父様――バセロルト公爵が、セインウッドから帰還したユグドール兵を問い詰めて白状させたところ、お姉様はわたくしを逃がした後兵に追われ、崖まで追いつめられたそうです。そしてお姉様は自ら崖から飛び下り、下に流れる川へと落下していったとのことでした」「崖から落下……。そんな……」「あの高さから川に落ちた衝撃だと十中八九助からないと判断した兵達は、生死の確認をしないまま引き上げたそうです」「……っ。じゃあ、もしかしてコノーテはまだ――」 一縷(いちる)の望みを見出したディーンに、アーベリアは目を閉じ、首を横に振った。「いえ。姉がもし生きていたならば、お義父様に連絡を寄越すはずですので。十二年経った今も連絡がないということは……」「……そう、か……」 息をつき、震える唇を噛み締めたディーンはおもむろに立ち上がると、壁に掛けてある一枚の絵画に歩み寄る。 それはこの部屋に古くから掛けてある絵画のようで、全体的に色褪せていた。 ディーンはその絵画の後ろに指を差し込むと、小さな何かを取り出し、アーベリアの前で手を広げた。 彼の掌に乗っていたものは、氷漬けにされた一枚の花形のクッキーだった。「……これは……。まさか、お姉様の作った……」「うん。十二年前、厨房から連れ出される前に、周りに気付かれないようにクッキーを掴んで急いでポケットに入れたんだ。それを溶けない氷で覆って、今までずっと隠し持っていた。このクッキーの表面には〝毒〟がかけられている。その成分を調べて〝毒〟の詳細がわかれば、コノーテの無罪を晴らせるかもしれない」「……っ!」「私は動くことができないから、君に頼みたい。不躾なお願いで申し訳ないが……」 水色の瞳を閉じ、深く頭を下げるディーンに、アーベリアはふるふると首を左右に振った。「いいえ、こちらこそ助かりますわ。本当にありがとうございます、ディーン様」「いや、こんな私にできることがあるのならなんでも言ってくれ。今更になってしまったが、私はコノーテの無念を晴らしたいんだ」「それはもちろん、わたくしもですわ。で
夜になった。 今まで微動だにしなかったアーベリアの身体がピクリと動き、瞼がゆっくりと開かれる。 瞬間、目に入ってきた自分の前に立つ長身の男性にビクリと肩を揺らし、アーベリアは慌てて上半身を起こした。 口髭を生やした男性は、アーベリアを安心させるように薄茶色の瞳を細め、優しく微笑む。「怖がらなくて大丈夫ですよ。私は、あなたをここまで連れてきたイグニスの父親で、ヒューガ・バセロルトと申します。あなたが小さい頃、セインウッドのお城でお会いしたことがあるのですが、覚えておいででしょうか?」「バセロルト……。――バセロルト公爵さん……?」「はい、そうです。覚えていてくださって嬉しいですよ」「こ、公爵さん……っ。み……みんなが……、みんなが……っ」 翠の瞳に大粒の涙を溜め、ヒューガの腕をギュッと掴んできたアーベリアを、傍にいたカロリナがそっと抱き寄せた。「大丈夫よ、無理して話さなくていいわ。落ち着いてからでいいから、ね? 温かいミルクでも飲む? すぐに持ってくるわ」 カロリナの優しい言葉と温もりに、アーベリアは涙を堪えながらブンブンと首を左右に振ると、拙いながらも必死に説明をはじめた。 少しでも早く話して、セインウッドの皆を助けてほしかったのだ。 アーベリアが話し終わるころには、ヒューガ達の顔つきは非常に険しいものへと変わっていた。「あの愚王……。私達の留守中に、そんなとんでもない蛮行に出るとは……。この国にはまだその情報が流れていないようですね。明日には広まりそうですが」「わたしと子供達も一緒に視察にいけ、だなんておかしいと思ってたのよ。ヒューガに力ずくでも止められることがわかってたから、わざとわたし達を別の国へ視察に行かせたのね。ほかの貴族は反対しても王族に逆らえないから」「すぐに戻って王に抗議をしにいきます。カロリナ、アーベリア様を頼みましたよ」「えぇ、任せて」 その翌日、一足先にユグドール王国に戻ったヒューガが登城し、興奮冷めやらずのセンダンに厳しく抗議をしたが、「あっちが先に【宣戦布告】をしてきたのだ! それに対抗して何が悪い! こっちは弟を殺されたんだぞ! こちらも受けて立つのが筋ってものだ!」 と、相手が悪いの一点張りで、センダンはまったく悪びれもしていなかった。 前王に大きな恩義があり、ユグドール王族に忠義を誓っていた







