All Chapters of 後悔?そんなの勝手にすればよろしくて?〜悪女と呼ばれた公爵令嬢は絢爛に返り咲く〜: Chapter 21 - Chapter 30

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20.そしてダンスが始まる

「…………は?」 イグニスの口から、思わず怪訝な声が発せられる。「あの女狐は、自分達の代わりに、あなた達が王太子と小娘ペアと並んでダンスをしなさいと言ってるわねぇ」 理解を拒否したイグニスに、カロリナはわかりやすく言葉を直して説明する。「何をフザけたことを――」「王妃は、君がダンスを踊れないという情報をどこからか仕入れ、皆の前でアーベリアに恥をかかせるためにこのような茶番を仕組んだのでしょう」「本当、考えることが幼稚で陰険よねぇ。捻くれた性格が表れてるわ」 ヒューガは顎に指を添え「ふむ」と頷くと、穏やかな顔つきのままイグニスに言った。「非常に遺憾なことに、この国では王族の【命令】は絶対です。あきらかに理不尽な命令は突っぱねられますが、この程度の命令なら問題ないでしょう。行ってきなさい、二人とも」「はい、お父様」「俺は……」「自分を信じれば大丈夫よぉ、イグニス。頑張ってねぇ」「…………」 唇を噛み締めるイグニスを遠目で見ていたルマーサは、口元に当てた扇の下で、赤い唇の端をニヤリと大きく持ち上げた。「何をグズグズしてるの? もう曲が始まるわよ。さっさと位置につきなさい!」「…………」 眉間に皺を寄せるイグニスにアーベリアは微笑むと、彼の腕に自分の腕を絡めた。「さぁ、いきましょう、イグニス」「…………」 アーベリアの顔を見てイグニスは唇を結んで黙り込み、ダンス広場へと足を向ける。「ライラックさまっ、上手にあたしをリードしてくださいねっ」「ジューンメリーも、可愛らしいダンスを僕に見せておくれよ」 二人はすでに位置について、身体を寄せ合って自分たちの世界に入っていた。 アーベリアとイグニスは二人から少し距離を置いて立ち、互いに軽く礼をして向き合う。「……すまない。恥をかかせてしまう」 微かに震えているイグニスの拳を、アーベリアはそっと手で触れた。「あなたと一緒にかく恥は、〝恥〟などではありませんわ。それさえも、わたくしにとって大切で素敵な〝想い出〟になるのですから。今はただ、わたくしと一緒にこの時間を楽しみましょう?」「……っ」 イグニスは、優しく微笑むアーベリアの言葉に銀色の瞳を大きく見開く。 やがて彼は、目を細めて微かに笑った。 彼の身体の震えは、いつの間にかピタリと止まっていた。 会場内に、優雅なダンスの曲
last updateLast Updated : 2026-08-13
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21.手のひらの上で踊る

 二組の歴然とした実力の差を見て、ルマーサは怒りで顔を真っ赤にしプルプルと震えていた。「ちょっと……どういうことよ!? あのダンスの講師、見事なまでの上達ぶりとか言ってたじゃない! アレのどこが見事なのよっ!? 猿より下手じゃない! それに銀髪の男はダンスができなかったんじゃないの!? キィーッ! まんまと騙されたわっ! そこのお前、今すぐ講師を捕まえてきなさいっ! 極刑にして晒し首にしてくれるわっ!」「はっ、はいぃっ!」 ルマーサの怒髪天に、護衛の騎士が慌てて会場を飛び出していく。 頭から湯気を噴き出す勢いで、悔しそうに地団駄を踏むルマーサを、ヒューガとカロリナは笑いを堪えながら見ていた。「ねぇ、ヒューガ……」 今にも大きく吹き出しそうなカロリナの問いかけに、ヒューガは堪らず「ふふっ」と笑うと頷く。「えぇ、きっと〝あの子〟の仕業でしょうね。あの子は怒ると、私でも手が負えませんから……。バセロルト家の中で、一番最恐なのは確実にあの子ですね」✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼「へくしっ!」 ヒューガとカロリナが猿のようにキーキー悔しがるルマーサに笑いを堪えていた頃、盛大にくしゃみをした者がいた。 王城から離れた場所にいるバセロルト公爵家の長男、ラハンだ。「んー……一回か。誰かボクのことウワサしてるのかな。ステキなレディだといいな」「大丈夫ですか、主(あるじ)」「うん、だいじょぶだいじょぶ。今頃アーベリア達はダンスを楽しんでるのかな。あーあ、ボクもいきたかったなー。女狐王妃の悔しがる顔を拝みたかったよ」 ジューンメリーがダンスができないとルマーサが知ったのは、パーティー当日まで一週間を切った時だった。 可愛い愛しの息子に、パーティーの参加者の前で恥をかけさせたくない。 ルマーサは家令に急いでダンスの講師を探すよう命令し、白羽の矢が立ったのが、王国一といわれるダンスの講師だった。 信用するに足る城の使用人に情報料を渡し、定期的に情報収集をしていたラハンはそのことを知ると、ひとつの【仕返し】を思いついた。 そして、ルマーサより早くダンスの講師に接触した。 自分の私財から相応の金を彼に渡し、ジューンメリーのダンスの特訓をしないことを約束させた。 レッスンの最後に、アーベリアのパートナーはイグニスだということ、
last updateLast Updated : 2026-08-14
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22.王太子の部屋にて

 アーベリアとイグニスにとっては短く、ライラックとジューンメリーにとってはとてつもなく長いダンスの時間が終わった。 曲が止まると、会場が割れんばかりの盛大な拍手が送られる。 それはもちろんアーベリアとイグニスに向けてだ。 二人は互いに礼をし、腕を組むとダンス広場から離れる。 程なくして、次の曲が始まった。 アーベリア達に触発されたのか、皆楽しそうに思い思いにダンスを踊っている。 その中でひときわ目立っているのが、ヒューガとカロリナだった。「【ダンスの貴公子】の呼び名は伊達じゃなかったな」「えぇ、とても素敵ですわ。いつまでも見ていたいくらい」 給仕人から受け取った水を飲みながら、アーベリアとイグニスは父と母のダンスを眺めていた。 ルマーサの姿はいつの間にか会場から消えていた。 自分の思うとおりにならなくて、自室に引っ込んでしまったのだろう。 その時、アーベリアに声をかけてきた者がいた。「アーベリア」 それはライラックだった。若干足を引きずりながらこちらに向かって歩いてくる。 ジューンメリーに何十回も踏まれたからだろう。 アーベリアはすぐに彼にカーテシーをした。「ごきげんよう、殿下」「さきほどのダンス、とても素敵だったよ。それに、その姿……とても綺麗だ」「勿体ないお言葉、ありがとうございます。ジューンメリー様はどうされたのですか? お姿が見えませんが……」「あぁ、彼女は王家に恥をかかせたから家に帰ってもらったよ。もう城へは来させない。僕は後悔したんだ……。やっぱり僕の婚約者は君しかいないって」「まぁ……ありがとうございます」 ライラックの返答に、アーベリアは微笑んで返す。「僕は思ったんだ。君ともっと深い仲になりたいって……。だから、このパーティーが終わったら僕の部屋に来てほしい。もちろん一人でだよ。いいかな?」「かしこまりました。必ずお伺いいたしますわ」 アーベリアが嬉しそうに頷くと、ライラックも満足そうに笑って、「そう言ってくれると思ってたよ。じゃあ、またあとで」 と、足を引きずりながら去っていった。「……ようやく……ようやく、ずっと待ち望んでいたこの時がきましたわ。『天にも昇る気持ち』というのは、こういう感情なのかしら」 アーベリアが目を輝かせ、いつになく高揚しているのがイグニスにもハッキリと伝わってきた。
last updateLast Updated : 2026-08-15
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23.離れからの声

 夜もすっかり更けた頃、ライラックの部屋の扉が静かに開かれた。 音もなく部屋から出てきたアーベリアは、少し遠くに立っている騎士二人に声をかける。「申し訳ございません。殿下ですが、わたくしとお話をされていたところ、眠気が突然こられたようで、ソファで眠ってしまわれました。恐らくパーティーの疲れが出たのかと。御面倒をおかけしますが、殿下をベッドまでお運びいただけますか?」 『パーティーの疲れ』と聞いて、騎士達はダンスの出来事を思い出し、「あぁ……」と大いに納得する。「かしこまりました。あとは自分達がするので、アーベリア様は自室にお戻りください」「ありがとうございます。殿下をよろしくお願いいたします」 アーベリアは騎士二人に頭を下げると、自室に向かって歩き出した。 夜中なので廊下には人の気配はなく、シンと静まり返っている。 ふと、微かに声が聞こえた気がして、アーベリアは勢いよく振り返った。 彼女の視線の先にあるのは――離れだ。 途切れ途切れで微風に乗ってくる小さな呻き声は、アーベリアにはどこか物悲しさが含まれているように聞こえて。「…………」 彼女はしばらく廊下の奥を見つめたあと、踵を返し再び歩き出す。 自室に着きそっと扉を開けると、そこにはイグニスが腕を組み、壁に寄りかかって待っていた。「イグニス? 先に休んでくださいと言ったではないですか。ただでさえあなたは寝不足なんですから。今日はもう自分の部屋に戻って――」「大丈夫か?」 短いその一言に、アーベリアは目を細めて微笑む。「このとおり、大丈夫ですわ。王太子が深い眠りに入りましたので、〝ゆっくり〟することができました」「そうか」 髪型もドレスも乱れがなく綺麗なままであることを確認し、イグニスは睫毛を伏せる。 アーベリアをソファに促し座らせると、彼は直球で彼女に訊いた。「見つけたか?」「えぇ、色々と収穫がありましたわ。やはり合鍵を持っていました。王がだらしない性格なので、王の代わりに王太子が王家の部屋の合鍵を持っているという読みは当たっていましたわ」 アーベリアが頷くと、ドレスの内ポケットから鍵の束を取り出した。 通常、ドレスには内ポケットはついていない。 恐らく、あとからカロリナが縫ってつけてくれたのだろう。 それを見つけた時、自分の行動を見越したかのような母の行為に、
last updateLast Updated : 2026-08-19
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24.後悔先に立たず

 ライラックから「もう城に来ないでほしい」と言われ、両親から家での謹慎を言い渡されたジューンメリーは、ベッドにゴロンと寝転び、フグのように頬を膨らませていた。「なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよっ。あたし、なーんも悪いことしてないでしょっ? 城に行くのだって、元はといえばお父さんが言い出したことじゃないっ。教養を学ばせるとかなんとかっ。でも結局なんにもしなかったけどっ」 父とともに初めて登城した日、王妃に謁見したのだ。 その時、王は外出中で不在だった。『アナタには、アタクシの息子と仲良くしてほしいの。ゆくゆくはアナタが息子の婚約者になってもらうつもりよ。今、息子には違う婚約者がいるけど、アレはダメだわ。てんでダメ。息子にまったく相応しくない女なの。だからアナタに息子を任せるわ』 王妃にそう言われ、実家での貧乏暮らしにほとほと嫌気が差し【玉の輿】を狙っていたジューンメリーは、目を輝かせて即座に頷いた。 それから、アーベリアがライラックと一緒にいてもジューンメリーは一向に構わず、彼に大胆なくらいすり寄っていった。 アーベリアではなく、自分がライラックのパートナーに選ばれたことも、将来は王太子妃になるのだし当たり前の流れだとすぐに承諾した。 アーベリアに申し訳ないとか、彼女を差し置いてパートナーに選ばれてしまった罪悪感など、ジューンメリーの中では一切存在しなかった。 昔から恋人が絶えなかったジューンメリーは、男が嬉しがる行為や動作を熟知している。 そして、自分が男好みの可愛い容姿をしていることも自覚していた。(この人ももうあたしのトリコね。ホント男って単純バカ! あたしはこのまま王太子妃になって、今までガマンしてきた分、これでもかってほど贅沢をするのよっ。あたし好みの愛人も作りたい放題だわっ) ジューンメリーは、自分の父親が王妃と不倫していることを知っていた。 けれど、それは仕方がないと思っている。 父はお金のために王妃と寝ているのだ。それで家の借金をどうにかしようとしているのだろう。 そうでなければ、五十になったケバケバしいオバサンに甘い言葉を吐き、ベッドを共にできるはずがない。 お金はこの世で一番大事だ。だから父の行動もジューンメリーは許せる。 母親が知ったら激怒するだろうけど、借金があっても何もせずただ家にいるだけの無
last updateLast Updated : 2026-08-20
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25.離れの部屋に住むもの

 皆が寝静まる、真夜中。 アーベリアとイグニスは離れの近くで息を潜め、見張りの騎士の様子を伺っていた。「離れの前に立っている騎士が一人、交代で城の巡回をしている騎士が一人だな。巡回の騎士が戻ってきた時に〝実行〟するぞ」「えぇ、お願いします」 しばらくすると、巡回していた騎士が廊下の向こうから歩いてきて、離れの前にいる騎士に話しかけた。「はぁ、ダリぃ。こっちは特に異常なしだ。そっちはどうだ? また獣みたいな唸り声を上げたりしてないか?」「いや、今のところは大丈夫だ。あんな状態で喉を使うのはかなり負荷がかかるし、そう何度も出せないだろう」「はぁ、まったく……。それのせいで妙な噂が立ってるの、お前も知ってるだろ? こっちは誤魔化すのに必死だよ。面倒な仕事を増やさないでほしいもんだ」「本当にな……。何度も声を上げるようなら、陛下に報告した方がいいかもな。そうなると、もう二度と声を出せなくなるだろうな。もしかしたら、声だけじゃなく命も失うことになるかも」「あぁ……。陛下は誰に対しても容赦ないからな……。少しでも逆らったらその場で処刑間違いなしだぜ。おー怖い怖い」「けど、俺達貴族は陛下に逆らわなければいい暮らしができるんだから、適当に頭ペコペコ下げておけばいいさ」「ははっ、そうだな」 騎士達は話に夢中で、アーベリアとイグニスにはまったく気が付いていないようだ。 アーベリアはイグニスに頷くと、彼も頷き返し、足音なく彼らに近付いた。 そして、彼らの背中に手を当てたと同時に魔法を発動させる。「えっ……」 彼らが違和感に気付く前に、二人の身体はその場にドサリと崩れ落ちた。 膝を折り、動かない二人を確認すると、イグニスはアーベリアに目を向ける。「成功した。こいつらは朝まで起きないだろう」「ありがとう、イグニス。直接身体に触れる必要があるうえ、成功率の低い『気絶魔法』を二人同時に成功させるなんて、相変わらずあなたの魔法は完璧ですわね」「大したことじゃない。こいつらは自分達が魔法をかけられたなんて思わないだろう。国認定の魔法士は、戦争時や緊急事態以外は人に攻撃魔法を使ってはいけないからな」「あなたがこの国の魔法士にならない理由はそこにもありますものね」「あぁ。俺は家族と領民を守るためなら、人間にも容赦なく魔法を使う。人ほど怖いものはないからな」
last updateLast Updated : 2026-08-21
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26.語られる真実

「やはり王弟殿下……。では、王が言っていた『弟は毒殺された』は嘘だったということか」 イグニスが眉間に皺を寄せ、ディーンを見つめる。 アーベリアはディーンに近付くと、彼の喉に翠色の瞳を向けた。 ディーンの喉とその周辺の皮膚が、見るも痛々しいほどに赤黒く変色している。「……喉が焼かれていますわ。年月が経ち、声帯が僅かに回復し、微かでも声が出せるようになったのでしょう」「酷いことを……。やったのは間違いなく王だろう。王弟殿下に真実を言わせないために喉を焼いた……。殺さなかったのは、実の弟に情けをかけたからか。だとしても、牢獄のような場所に閉じ込められ、目隠しをされたまま生活をさせられ、生きていても死んでいるようなものだ」「……えぇ、本当に。心底外道ですわね。吐き気がしますわ」 いつもより低い声音に、イグニスはアーベリアに眼差しを向け――小さく目を見張る。 彼女の横顔は氷のように冷たく、表情が何もなかったのだ。 それは、イグニスが今まで見た中で一番冷たい〝無〟の表情で―― しかし、それは一瞬のことだった。 すぐにいつもの顔に戻ったアーベリアは、自分を見つめているイグニスに視線を移した。「イグニス、あなたの『治療魔法』でなんとかなりますか?」 変わりのない柔らかな口調に、イグニスは銀の目を細めて頷く。「……あぁ。俺の『治療魔法』は、命に関わる致命傷や病気以外の外傷なら大抵は治せる。殿下の喉も恐らく問題ない。ただ、声の質は元通りまでいかないかもしれないが」「それでも構いません。お願いできますか?」「わかった」 イグニスは返事とともにディーンに歩み寄って跪くと、彼の喉に手を翳(かざ)して両目を閉じ、詠唱を唱えはじめた。 程なくして、イグニスの掌から暖かな薄橙色の光が発せられ、ディーンの喉を包み込む。 すると、柔らかな光に包まれたディーンの赤黒い肌が、少しずつ元の肌色へと戻っていった。「……完了した。焼かれた声帯も元に戻っているはずだ」 イグニスは大きく息を吐くと、額に浮かんだいくつもの大粒の汗を腕の裾で拭おうとした。 それより早く、アーベリアの取り出したハンカチが彼の汗を優しく拭っていた。「ありがとう、イグニス。『治療魔法』は精神の負担と魔力を大きく使いますものね……。大丈夫ですか?」「これくらい大したことはない。あと十回はでき
last updateLast Updated : 2026-08-22
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27.『幸せな日々』

 今から十四年前。  セインウッド王国とユグドール王国は宗主国と従属国の関係だったが、互いに良き親交を築いていた。 その証として、セインウッド王国第一王女であるコノーテ・セインウッドと、ユグドール王国第二王子ディーン・ユグドールが、正式に婚約を結んだ。 何故コノーテの相手が、ユグドール王国第一王子のセンダンでないのか―― それは、センダンがコノーテより十三歳も年が離れており、彼はもう既に婚約者であったルマーサと婚姻していたからだ。 当時十九歳のコノーテと二十二歳のディーンは歳が近いこともあり、初めて会った時から意気投合し、会うたびに絆と愛を育んでいった。 そして、コノーテと十二歳年が離れているアーベリアも、ディーンによく懐いていた。 コノーテとディーンの間に頻繁に割り込んでくるアーベリアを、二人は邪険にせず、むしろ慈愛を持って可愛がった。 二人は、無邪気で可愛く、寂しがり屋の一面もあるアーベリアのことが大好きだった。「ねぇ、お姉さま? お姉さまはディーンさまと婚約しているのよね?」「えぇ、そうよ」「じゃあ、早く結婚してほしいわ! わたし、早くディーンさまと家族になりたいもの! そして『お兄さま』と呼びたいの! わたし、お兄さまも欲しかったから!」「まぁ……ふふっ。そうね、私も早くディーンと結婚したいわ。そして夫婦らしく『あなた』と呼びたいわ」「えっ? あっ、うん……わ、私も……その、君と……」「あれー? ディーンさま、照れてる? 顔まっかっか!」「あらあら……うふふっ、本当だわ。可愛いわね、『あ・な・た』?」「こ、コノーテ……。もう勘弁してくれ……」 これ以上ないくらいに顔全体を赤くしたディーンに、姉妹は声を揃えて楽しそうに笑う。「ディーンさま、まっかっかですごく暑そう! 氷の魔法で冷やしたらどう? あっ、ついでに氷の鳥さん作って! わたしもお姉さまの鳥さんのように、動く鳥さんが欲しい!」 指を組み、翠の瞳をキラキラと輝かせて言うアーベリアに、ディーンは申し訳なさそうに微笑んで答える。「動かない氷の鳥は作れるけど、残念ながらコノーテの鳥は二度と作れないと思うんだ。私が一心に彼女のことだけを考えて魔法を使ったら、大きな奇跡が起きて生まれたものだからね」 ディーンの言葉に反応して、コノーテの肩に乗っている掌ほどの氷の鳥が、コテ
last updateLast Updated : 2026-08-23
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28.『幸せが崩れる』

「うん、やっぱり君の作るお菓子は最高に美味しいな。栄養満点だし、城の皆も喜んで食べているよ」「ふふっ、ありがとう。そう言ってくれると作りがいがあるわ」「お姉さまの作るお菓子は世界一だもの!」 ディーン、コノーテ、アーベリアの三人は、広大な薬草畑に囲まれ、ティータイムを楽しんでいた。「君の薬草入りのお菓子を食べるようになってから、皆体調がすこぶる良くなってね。年配の人達も例に漏れずさ。全員君に感謝しているよ」「あら、嬉しいわ。あなたも知ってのとおり、うちの国は世界で屈指の薬草王国だから、私も薬草のことを学んでいるのよ。先日、ようやく『薬草師』の免許も得たのよ」「えっ、それって高難易度の免許じゃないか! すごいな、おめでとう!」「ふふっ、ありがとう。だから、あなたを元気なままでうんと長生きさせてあげるわ。おじいちゃんになっても、ずっと私の傍にいてね」「……っ」 微笑みながらの、コヨーテから突然の逆プロポーズに、ディーンの顔が真っ赤に染まる。 彼は思わずコヨーテの両手を掴み、強く握り締めていた。「わ、私も君とずっと一緒にいたい! 君を愛しているから……!」「ディーン……」 しっかりと見つめ合う二人は、とても良い雰囲気で。 このまま抱きしめ合う流れだったが、もう一人の小さな存在がそれを許さなかった。「きゃーっ! ディーンさまがお姉さまにプロポーズをしたわ! これはもう、今すぐに結婚ね! そうよ、それしかないわ! ほら二人とも、グズグズしてないで早く教会にいきましょ! そして誓いのくちづけをして、二人は晴れてオシドリ夫婦になるのよ!」 腕を振り回し、興奮してはしゃぐアーベリアを見て、二人はポカンとした顔を見合わせ――プハッと吹き出した。「もう……本当にこの子ったら、どこでそんな言葉を覚えてくるのよ」「ははっ、この子には敵わないな」「ディーン。これ、お城の皆の分よ。色々と大変だと思うけど、無理しないでって伝えてね」「ありがとう、コノーテ。皆、君のお菓子の虜になってるから喜ぶよ」 ディーンはコノーテに優しく微笑むと、不意に顔を曇らせ小さく溜め息を漏らす。「兄が国王になってから一年経ったけど、少し不穏な感じでね……。今までやってきた方針が突然変わったりして、周りは振り回されているよ。兄は気まぐれだから……。落ち着いたら、君達家族をうちの
last updateLast Updated : 2026-08-24
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29.『崩れた先の崩壊』

 侍女の言うとおり、皆が倉庫の中をあくせくと片付けていたので、ディーンは彼らを驚かせないようにそっと声をかけた。「皆、作業お疲れさま」「あっ、殿下! おかえりなさいませ!」「いやぁ、陛下が突然厨房に来られて、『全員、ここの倉庫の整理をしろ』とおっしゃいましてな。皆で慌ててやってたんですよ」「兄上が? 厨房には一度も入ったことがないのに、どうしてそんなこと……」 怪訝に眉根を寄せるディーンに、料理長が肩を竦めて答える。「またいつもの気まぐれではないですかな? ――おっと失礼、今のは聞かなかったことにしてくださいね」「ははっ、わかったよ。皆、少し休憩して、私の婚約者が作ったクッキーを食べないかい?」「コヨーテ様の!? もちろん戴きますとも! じゃあ皆、一旦休憩にするぞ!」「はーいっ!」 料理長は目尻の皺をさらに濃くして笑い、うんうんと頷く。「いやぁ、コノーテ様のお菓子はまさに〝美味しい薬〟ですからなぁ。あの苦い薬草が入っているなんて夢にも思いませんよ! 最近は本当に身体の調子が良くてですな。そのお陰で気分も上々ですぞ! 今回も遠慮なく食べさせてもらいますよ!」「ははっ、そう言ってくれるとコノーテも喜ぶよ。それと皆に、『色々大変だけど無理しないで』と言ってたよ」「なんと! ――うぅっ……素晴らしくできたお方ですな、コノーテ様は……。王妃様と比べたら、天と地の差で大違い――」 感動して涙ぐむ料理長の口を、彼の助手が慌てて手で塞ぐ。「師匠、こんな所で王妃様の悪口を言っちゃ駄目ですよ! すぐに処刑されちゃいますって! コノーテ様の褒め言葉だけにしてください!」「おおっと、すまんすまん」「料理長、あたし達の分も残してくださいね? 独り占めは駄目ですよ!」「あー、わかったわかった! だが一番の年配者であるワシが最初に食べるからな!」 皆でワイワイと喋りながら厨房に戻ると、王付きの侍女の姿はなくなっていた。 テーブルに置かれたいつもの籠を見て、皆の瞳が一斉に輝く。 料理長が籠にかかった布を取ると、花や葉っぱの形をした可愛らしいクッキーが綺麗に並んでいた。「おぉっ、相変わらず美味しそうですなぁ。では早速戴くとしましょう」「もう、料理長ってばぁ。いっつも一番最初に食べるんだからぁ」「ワシは毒味役も兼ねているからな。コノーテ様の作ったお菓子
last updateLast Updated : 2026-08-25
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