景都は自動販売機の前で足を止めず、また横へ並んだ。「喉、渇いてたんじゃないの?」「電車に乗ってからでいい。ここで止まると、また人に挟まれる」 水より、今の歩幅を選んだように見えた。確かめず、前を向く。改札の手前で、互いの路線が分かれる。景都が傘を鞄へしまうため立ち止まり、そこで初めて腕が離れた。濡れた袖に空調の風が当たる。「袖、冷たくなってないか」「少し。でも、上着を貸すほどじゃないからね」 景都は自分の上着を脱がなかった。私も借りたいとは言わない。 景都は路線案内を見上げた。「電車、あと四分」「見たんだ」 濡れた傘の留め具を指で直しながら、彼は言った。「今は見ていいだろ」「別に、止めてないけど」 いつものやり取りへ戻ると、肩の力が抜けた。それぞれの改札へ向かう。振り返る理由がなく、私は交通系カードをかざした。反対側の列へ入る景都の姿が、柱の向こうへ消える。ホームへ下りると、雨で濡れた人の匂いがした。向かいの線路から冷たい風が上がってくる。袖はまだ湿っている。さっきまで隣にあった腕のぬくもりが消え、そこから冷えていった。 電車へ乗り、空いた端の席へ座る。ハンカチでコートの水分を押さえると、景都に触れていた側だけ皺がついていた。トーク画面を開いても、新しいメッセージはない。さっきまで隣にいたのだから、送る用事もなかった。『さっき、遠回りしてくれてありがとう』と打ちかける。腕が触れていた時間まで礼に含めるようで、結局すべて消した。窓へ映る自分の腕は、もう誰にも触れていなかった。 次に会った夜、雨は降っていなかった。駅前の店で夕食を済ませ、改札まで歩く。道は乾いているのに、景都は前回より少し近くを歩いている。肩が触れない幅は、きちんと残していた。会計は私が自分の分を払い、景都も何も言わなかった。店を出たあと、彼は最短の大通りではなく、街路樹のある道を選ぶ。遠回りだと指摘しようとしてやめた。私も駅へ急いでいなかった。「映画、また行く?」「今度は俺が選んでいいか」 景都は、もう候補を決めている顔だった。「レビュー見ないなら」「上映時間は見る」「
Última actualización : 2026-09-03 Leer más