『これ、君が嫌いなやつだろ』 甘いクリームが山ほど乗った写真に、『よく覚えてるね』と返す。『前に一口でやめた』 結婚中の話だった。 覚えていることと、今の私を知っていることは違う。だから週末、私はその店へ景都を連れていき、甘くないレモンケーキを頼んだ。 景都はレモンケーキを見て、前はケーキも嫌いだっただろうと言った。「今は、これなら食べる」 彼の知らない五年を責めるつもりはない。「今知ったじゃん」と皿を彼の方へ寄せた。 景都は一口欲しいと言った。私はフォークで端を切らず、皿ごと寄せる。「自分で取って」「そのくらい自分で取るよ」「じゃあ聞かないでよ」 景都は小さく眉を寄せ、自分のフォークで一口だけ取った。 その帰り、駅の人が少ない場所で短くキスをした。離れた直後、景都の手が腰へ触れ、身体が反射的に強張った。彼の手がすぐ離れる。「ごめん」「違う。嫌じゃない。びっくりしただけ」言い訳みたいに早口になった。景都は何も言わず、半歩だけ距離を戻した。◇ 月曜の昼、会社近くで景都と待ち合わせた。取引先へ渡すサンプルをLATTICEの担当者に預けるだけの予定だったが、時間が合ったので一緒に昼食を取ることにした。 店の前で灯と鉢合わせた。「え」 灯の目が私から景都へ動く。「深見さん、お疲れさまです」「宮坂さん」 仕事の挨拶だけなら何もおかしくない。 問題は、景都が私の手から自然に紙袋を取ったことだった。 景都は私の手から紙袋を取った。持ち手が細く、指へ食い込んでいたからだという。「軽いし、自分の商品なんだから私が持つよ」 軽さではなく、痛そうだったから、と返される。私は持ち手へ手を伸ばした。「じゃあ返して。持ってほしくなったら、私から言うよ」 景都は名残惜しそうに、素直に返した。 灯が黙る。 その沈黙が不自然すぎて、私の方が居心地悪くなる。「真帆、ちょっと待って」「何? 昼休み、短いんだけど」
Last Updated : 2026-09-13 Read more