私は冷めかけたスープをもう一口飲んだ。さっきより甘みが薄くなり、底に沈んだコーンがスプーンへいくつも乗った。病院のものとは違う。今は、味が分かる。 「会社で何があったのかも、聞かせて」 景都はすぐ説明を始めず、一度だけ頷いた。 彼が話したのは、最初の会議室にいた十二人のことだった。顧客対応へ回った営業部長。結婚式で挨拶をしてくれた法務責任者。忘年会で、妊娠中の妻の写真を見せていた若い社員。 数字を並べる時より、話す速度は遅かった。名前を思い出すたびに止まり、コーヒーカップの縁へ指を置く。 顧客情報の漏洩が事実なら、契約停止だけでは済まない。関連部署まで含めれば、百人近い雇用が揺らぐ状況だったという。 「朝までに外部調査の受入れと、取引先への報告手順を決めた。契約は止めずに済んだ」 「仕事は、間に合ったんだね」 「ああ」 そこで景都は言葉を切った。 私は紙ナプキンの端を折り、爪で筋をつけてから開いた。白い紙には折り目だけが残った。 「別に、全部放り出して病院へ戻ってきてほしかったわけじゃないよ」 「分かってるよ」 「今は、でしょ。あの時は?」 景都は一拍置いた。 「君が仕事へ行けと言った。会社は危機だった。だから、行くのが正しいと思った」 その答えは腹が立つくらい、あの頃の景都らしかった。 「病院にいた私には、正しいかどうかなんて分からなかった。景都が来なかった。それしか残ってない」 景都はコーヒーカップを持ったまま動かなかった。取っ手を握る指に、力が入っている。 「……俺が、会社を選んだと思った?」 「うん。私より会社だったんだって」 「そんなつもりじゃなかった」 「分かってるよ」 口ではそう返したのに、声は硬かった。今そうだったと分かることと、あの夜そう感じたことは別だった。 隣の席で、幼い子どもがフォークを床へ落とした。母親が拾って店員へ渡す間にも、子どもはもう別の皿へ手を伸ばしている。私はその小さな手をぼんやり見た。 スープの底をスプーンで一度だけなぞる。 「でも、会議が終わった時に一回くらい、私がどうしてるか聞いてほしかった」 言ってしまうと、ひどく小さな願いに聞こえた。 窓際のブラインドから午後の光が細く床へ落ちている。病室でも、夜が明けるとカーテンの隙間が少しずつ白くな
Last Updated : 2026-08-24 Read more