جميع فصول : الفصل -الفصل 10

17 فصول

第1話

握りしめていた手から、ゆっくり力を抜いた。声は自分でも驚くほど静かだった。「わかった。この写真にしよう」航介は一瞬、目を見開いた。こんなにあっさり折れるとは思っていなかったようだ。沙耶はすかさず航介の腕に絡みつき、その腕を軽く揺すった。「航介くん、やっぱりやめよう。結菜、嫌そうだし、私のせいで二人の仲が悪くなるのは嫌だから」沙耶はいつもそうだ。物分かりのいいふりをして、さりげなく傷ついたように見せる。航介はすぐに眉をひそめ、沙耶の手の甲を軽くたたいた。「何が気に入らないんだ?沙耶が俺たちの仲間に入れてくれなかったら、結菜は俺と知り合うことすらなかったんだぞ」一言一言が、耳の奥を鋭く刺した。パソコンの画面に大きく映し出された三人の写真を見つめた。沙耶は淡い色のドレスをまとい、まぶしいほど晴れやかに笑っている。航介は沙耶のほうへわずかに顔を向けている。その目には、隠しきれない優しさがにじんでいる。端に立つ私は、場違いなエキストラのようだった。スマホで決済用のQRコードを読み取り、写真代を支払った。「撮影データは全部メールで送ってください。この写真をウェルカムボードにして、ほかはそちらにお任せします」そう告げて背を向け、スタジオのガラス扉を押し開けた。航介が追ってきて、私の手首を乱暴につかんだ。「また何を拗ねてるんだ?沙耶はわざわざ付き添ってくれたんだぞ。沙耶に八つ当たりするなよ」その手を振りほどく。声は少しも揺れなかった。「別に怒ってない。あの写真を使うって言ったでしょ?」航介は言葉に詰まり、不機嫌そうに顔をしかめた。「本当に納得してるんだろうな」沙耶がコーヒーを両手に持ち、小走りで追ってきた。「航介くん、結菜、喧嘩はやめて。二人のコーヒー、買ってきたよ」一杯を航介に、もう一杯を私に差し出した。航介は温かいカップにカップスリーブをつけてから、沙耶に返した。「胃が弱いんだから、冷たすぎるものは飲むな。こっちのホットを飲めよ」当然のように、今度は私を見た。「結菜はそっちのアイスでいいよな。冷たいものでも平気だろ」沙耶の手元で湯気を立てるラテを見つめた。シロップは少なめ、エスプレッソは1ショット追加。私がいつも頼むラテだ。航介が私に押しつけたのは、ア
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第2話

背もたれに残った長い髪を見つめたまま、何も言わずに後部座席へ移った。航介はルームミラー越しに私を見て、わずかに眉をひそめた。「どうして後ろに座るんだ?俺は運転手か?」淡々と答えた。「前は狭すぎるの。脚を伸ばせないから」3年前、航介は助手席はずっと私の席だと言った。今では、シートを元の位置に戻すことさえ面倒らしい。二人で買った新居へ戻った。いつもの暗証番号を入力した。ところが、玄関の電子錠から耳障りなエラー音が鳴った。鍵が開かない。その場で立ち尽くした。航介は前に出ると、迷いもなく沙耶の誕生日を入力した。ピッと音がして、鍵が開いた。体をこわばらせたまま、航介を振り返った。航介は平然と靴を脱ぎながら説明した。「沙耶が、前の暗証番号は覚えにくいって言うんだ。留守中に荷物を受け取ってもらう時、不便だろ。だから、沙耶の誕生日に変えた」二人の新居の暗証番号が、ほかの女の誕生日になっている。深く息を吸った。胸の奥が、すっと冷えた。寝室のドアを開けた瞬間、足が止まった。私が選んだ寝具は、シャンパンベージュのものに替えられていた。お気に入りだったアロマも、鼻につくローズの香りに替えられていた。沙耶がキッチンから出てきた。カットフルーツを載せた皿を手にしている。「結菜、おかえり」笑顔で寝室を指さした。「前のはちょっと派手だったから、勝手にシャンパンベージュに替えちゃった。航介くんも、こっちのほうがいいって言ってたよ」沙耶が手を上げる。薬指のダイヤが、嫌でも目に入った。「この指輪、二日だけ借りててもいい?無理に外すと指を傷めるからって、航介くんが言うの」まるで自分の家のように振る舞う沙耶から、航介へ視線を移した。「これが、沙耶に手伝ってもらうってこと?」航介は苛立ったようにネクタイを緩めた。「沙耶のほうが結菜よりセンスがいいんだ。寝具を替えたくらいで何なんだよ。いつも被害者みたいな顔をするな。俺たちがいじめてるみたいだろ」言い返さず、ただ航介を見つめた。結婚への最後の期待まで、航介は一つずつ壊していく。航介は私の視線に耐えられなくなったのか、財布からキャッシュカードを抜き、ローテーブルに投げた。「暗証番号は結菜の誕生日だ。どうしても気に入らないなら、明日
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第3話

直樹との電話を切り、スーツケースを引いて会社近くのホテルへ向かった。チェックインを済ませた直後、スマホの画面が光った。沙耶の投稿だった。添えられているのは、昨日撮った三人のウェディングフォト。写真の中央で、沙耶と航介が寄り添い、幸せそうに笑っている。私の姿はわざとほとんど切り取られ、写真の端に肩だけがぼんやり写っている。投稿には、こう書かれている。【大切なのは、どこに立つかじゃなくて、誰に選ばれるか。いつも私を一番にしてくれてありがとう】その下には、私もよく知る友人たちのコメントが並んでいる。【えっ、何も知らずに見たら、沙耶が花嫁だと思うよね】【航介くんって、昔から沙耶には本当に優しいよね】【この余裕、さすが本命って感じ】その言葉を追うほど、指先が冷えていった。怒りさえ湧かない。体の芯まで冷えきっていた。その投稿をスクショし、タクシーで久我グループへ向かった。社長室のドアを開けると、二人は肩を寄せ合って同じ弁当を食べていた。航介は唐揚げを箸で一つつまみ、慣れた手つきで沙耶の口へ運んだ。私に気づくと箸を止め、表情をわずかにこわばらせた。「どうしてノックもせずに入ってくるんだ?」すぐに手を引っ込め、ティッシュで口元を拭った。デスクの前に立ち、沙耶の手元を見た。想いを込めて作った結婚指輪は、まだ沙耶の薬指にはまっている。指輪は油でべたつき、ご飯粒までこびりついていた。その手を見たまま、冷たく言った。「せめて食事中くらい、指輪を汚さないで」沙耶はきょとんと目を瞬かせ、ティッシュで指輪を軽く拭った。「指がまだ腫れてて、外れないの。結菜、少しくらい汚れても気にしないよね?」航介は眉をひそめ、すぐに口を挟んだ。「少し油がついただけだろ。腫れが引いてから外して、きれいにすれば済む話だ。わざわざ会社まで来て、そんなことで文句を言うのか?」スマホを取り出して投稿を開き、航介の前に差し出した。「沙耶に消させて」航介は画面をちらりと見ただけで、私の手を押しのけた。「ただの冗談だろ。何をそんなにムキになってるんだ?沙耶にはいろいろ助けてもらってる。写真を載せたくらいで騒ぐなよ」似たようなことは、前にもあった。そのときは航介が私をかばい、からかった友人を叱って
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第4話

利用通知を見つめたまま、乾いた笑いすら出なかった。航介は私のクレジットカードで、ほかの女に数百万円もするウェディングドレスを買った。本番で私が着るはずだったドレスは、秘書に適当に手配させた安物にすぎない。3日後、結婚式前の最後のリハーサルと試食会が行われた。時間どおりにホテルの披露宴会場へ着き、重い扉を開けた。会場の前方では、沙耶があの華やかなウェディングドレスをまとい、くるりと回って見せている。航介はすぐそばに立っている。沙耶を見つめる目は、驚くほど優しい。目の前にあるのは、どう見ても沙耶と航介の結婚式だった。私に気づいた途端、航介の笑みが消えた。足早に近づいてくると、後ろめたさを隠すように言った。「沙耶はこういうドレスにずっと憧れてたんだ。昔からの付き合いだし、買ってやったっていいだろ。結菜のレンタルドレスだって悪くない。細かいことを気にするな」天気の話でもするような口調で返した。「私のカードで、沙耶にウェディングドレスまで買ったんだ。ずいぶん大事にしてるんだね」航介は顔をこわばらせ、すぐに怒りをあらわにした。「少しくらいカードを使ったっていいだろ。結婚したら、どうせ財布は一緒になるんだから。こんな日にまで、俺を責めないと気が済まないのか?」航介の怒りを無視し、そのまま試食会のテーブルへ向かった。スタッフが、新鮮な魚介を使った料理を次々と運んでくる。両親の地元から取り寄せたものだ。祝いの席にふさわしいと思い、私が選んだ。航介は料理を見るなり眉間にしわを寄せ、グラスを床に叩きつけた。「誰がこんなものを出せと言った?沙耶が魚介アレルギーだと知らないのか?」会場責任者の大庭拓海(おおば たくみ)を指さし、声を荒らげた。「全部下げろ。野菜だけのメニューに替えろ」拓海は困ったように私を見た。席を立ち、航介をまっすぐ見返した。「花嫁は私でしょ。どうして沙耶一人のために、料理を全部変えなきゃいけないの?」沙耶はすぐに目を潤ませ、航介の袖をつかんだ。「航介くん、もういいよ。食べなければ済むことだし、私のせいで結菜の結婚式が台なしになったら嫌だから」そう言いながら、エビを箸でつまみ、そのまま口へ入れた。「ほら、少しくらいなら平気だよ」言い終わる前に喉元を押さ
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第5話

電話を切ると、拓海が未記入の欄が残った試食確認書を手に追ってきた。「水城様、式のキャンセルにはお二人の確認が必要でして、久我様は……」けがをしていないほうの手でペンを受け取り、新婦の署名欄に名前を書いた。「ここまでの費用もキャンセル料も、私のカードで払います」拓海は手のひらから流れる血に目をやり、言いかけた言葉を飲み込んだ。ペンを返し、静かに告げた。「確認は、もう済んでいます」終わりは、思っていたよりあっけなかった。救急外来で、先生が傷口を処置した。ピンセットで、肉に深く食い込んだグラスの破片を取り除いていく。血のついた破片を見つめていると、航介の言葉を思い出した。指がきれいだから、結婚式の日に指輪をはめたらきっと似合うと。その指輪は今も、沙耶の指にはまっている。縫合の途中でスマホが震えた。航介からのメッセージだった。【沙耶はもう大丈夫だ。結菜も少しは冷静になったか?】【明日の朝、ホテルでもう一度メニューを確認してこい。魚介は全部外してもらえ。結婚式の担当者にも説明しておけ。これ以上、周りに迷惑をかけるな】画面を見つめ、ふっと笑った。スマホの電源を切り、返信しなかった。傷口を3針縫った。先生から、傷口を水に濡らさず、重いものも持たないよう言われた。できれば誰かに付き添ってもらうよう、念を押された。うなずいて病院を出ると、そのままホテルへ戻った。荷造りはすでに済んでいる。赴任に必要な書類への署名も終わり、控えはメールで届いていた。パスポートや身分証明書、何枚かの大切な書類を手荷物に入れた。最後にベッド脇の引き出しを開け、結婚式当日の流れをまとめた冊子を取り出した。表紙には、私と航介の名前が印刷されている。最初のページには、ウェルカムボードの仕上がりイメージが挟まったままだ。三人で撮ったウェディングフォト。沙耶が中央に立ち、航介はその横で沙耶を見つめている。私は端に立ち、引きつった笑みを浮かべている。その紙を抜き取り、冊子ごとごみ箱へ捨てた。午前1時、スーツケースを引いてホテルを出た。空港のロビーは、深夜とは思えないほど明るい。搭乗手続きの列に並んでいると、沙耶の投稿が目に入った。写真の中で、沙耶は血の気の引いた顔で病院のベッドに横たわっている。手
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第6話

飛行機が着陸した頃、夜が明けたばかりだった。迎えに来たのは、海外支社を任されている片桐瑞穂(かたぎり みずほ)だった。見るからに仕事のできそうな女性だ。瑞穂は私の手に巻かれた包帯を見て、わずかに眉をひそめた。「水城さんですか?」「はい」スーツケースを受け取ると、それ以上は何も聞かなかった。「部屋は用意してあります。午前中は休んで、午後から会社で必要な手続きをしてください」車に乗り込み、見知らぬ街並みが窓の外を流れていくのを眺めた。スマホの電源を入れた途端、通知が次々と画面に表示された。航介からの不在着信は、40件を超えている。音声メッセージやチャット、メールまで届いていた。一つも開かず、航介の連絡先をブロックした。それを見ても、心は少しも乱れなかった。午後、会社で手続きをしていると、総務の担当者から新しい社員証を渡された。そこには、ローマ字表記の名前と役職が記されている。【Project Manager】指先で、その文字をそっとなぞった。この社員証を手にして初めて、新しい生活が始まるのだと実感した。ほかの女がはめた結婚指輪より、ずっと確かなものに思えた。その頃、国内では航介が必死になって私を捜していた。最初に向かったのはホテルだった。フロントが宿泊記録を確認し、私がすでにチェックアウトしたと伝えた。航介は怒りを押し殺し、低い声で尋ねた。「結菜はどこへ行った?」フロントの担当者は丁寧な態度を崩さなかった。「申し訳ございません。お客様の情報はお伝えできかねます」次に、私の会社へ向かった。葵は赴任手続きの書類を航介の前に置いた。「水城さんは、すでに長期の海外赴任手続きを終えています。前の部署で使っていたアカウントも、本日午前0時に停止されました」航介の視線が、書類の上で止まった。「長期って、どういう意味だ?」「少なくとも3年です」その言葉が、航介に残っていた最後の甘い考えを打ち砕いた。私が身を隠したのは、航介が折れるのを待つためだ。彼はそう思い込んでいた。けれど私は、元の職場で使っていた権限まで手放していた。航介が車へ戻ると、沙耶が助手席でホットラテを手にしていた。「航介くん、そんなに心配しないで。結菜は強く出られない性格だし、何日かした
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第7話

航介は一晩中、フライト情報を調べ続けた。けれど、手がかりはメールに記されていた街の名前だけだった。便名も到着時刻も、現地の勤務先も分からない。夜が明ける頃、航介は私の実家を訪ねた。母・水城真由美(みずき まゆみ)は、ドアを開けて航介を見るなり、険しい顔になった。「何しに来たの?」航介は一睡もしていなかった。目はひどく充血している。「結菜はどこにいるんですか?」母は冷ややかに航介を見た。「今さら、結菜を捜しに来たの?」航介は声を詰まらせた。「俺が悪かったんです。結菜がどこにいるか教えてください。迎えに行きます」父・水城孝志(みずき たかし)がリビングから出てきて、航介の足元に茶封筒を投げた。「迎えに行くだと?よくそんなことが言えるな」封筒から散らばったのは、私が残した書類の写しだった。不動産の売却依頼書、結婚式のキャンセル確認書、海外赴任の申請書、それに救急外来の診療記録。航介は診療記録を拾い、そこに書かれた内容に目を止めた。【右手掌部切創。ガラス片残留。3針縫合】彼の呼吸が乱れた。あの日、披露宴会場で私を突き飛ばしたあと、航介は一度も振り返らなかった。ただ沙耶を抱き上げ、外へ駆け出した。少し強く転んだだけだと思っていた。けれど今、診療記録に並ぶ文字を見て、航介は初めて私の傷がどれほど深かったのかを知った。母の声が震えた。「結菜は昔から痛いのが苦手だった。子どもの頃は、注射のたびに私の手を握っていたのよ。なのにあの日は、一人で病院へ行って、3針も縫ってもらった。それでも私たちには、電話一本かけなかった」航介の顔から血の気が引いた。言葉を失い、唇だけがわずかに動いた。母は目を赤くして、航介をにらんだ。「私たちにさえ何も言わずに出ていった子が、あんたに泣きついて戻るとでも思った?」航介はうつむいた。手の中の診療記録が、しわだらけになっている。父はきっぱりと言い放った。「二度と来るな。結菜との結婚は認めない」ドアが閉まる直前、航介の耳に母の声が届いた。「あの子がどこへ行ったってかまわない。あんたから遠く離れてさえいれば、それでいい」ドアが閉まった。航介はその場から動けなかった。そこへ沙耶から電話がかかってきた。電話に出ると、沙耶の甘えるよう
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第8話

航介が来たと知ったのは、会議が終わったあとだった。瑞穂がタブレットを差し出した。画面には、髪を乱した航介が会社の1階ロビーに立っている。受付の社員が、丁寧ながらもきっぱりと入館を断っている。「申し訳ございません。ご予約のない方はお通しできません」タブレットから聞こえる航介の声は、ひどくかすれている。「結菜に会いに来た」受付は同じ説明を繰り返した。「水城はただいま会議中です」「会えるまで、ここで待つ」瑞穂が私を見た。「警備に任せましょうか?」画面へ目を落とした。まだ半月しかたっていないのに、航介は目に見えて痩せている。それでも、もう何も感じなかった。「社内規定どおりに対応してください」瑞穂はうなずいた。「分かりました」会議室へ戻り、契約書に目を通した。海外のプロジェクトは、想像していた以上に複雑だ。取引先の要求は厳しく、時間にも余裕がない。それでも、この忙しさは不思議と苦にならない。仕事なら、やるべきことがはっきりしている。頑張った分だけ、きちんと結果につながる。恋愛は違う。7年かけても、最後まで私は写真の端にいた。午後8時に会社を出ると、航介はまだロビーにいる。私を見るなり、航介は目を見開き、よろめくように立ち上がった。「結菜」足を止めなかった。追ってきた航介の前に、警備員が立ちはだかった。「結菜、少しだけ話を聞いてくれ」航介は声を低く抑え、慎重に言葉を選んでいた。いつも命令するだけで、我慢するのは私だった。そんな航介が、今さら私の顔色をうかがっている。けれど、もう遅かった。「久我さん、ご用件があるなら、弁護士か会社の受付にご連絡ください」その呼び方を聞いた途端、航介の顔がこわばった。「今、なんて呼んだ?」航介を見つめ、静かに繰り返した。「久我さん」彼の目が赤くなった。「結菜、俺が最低だった。沙耶に指輪をはめたことも、暗証番号を変えたことも悪かった。写真をあんなふうにしたことも、結菜を突き飛ばしたことも、本当に悪かった」言葉を重ねるほど、声が震えていく。「全部やり直す。結婚式もやり直すし、家も新しく買う。指輪も沙耶から返してもらった。気が済むまで俺を責めてくれていい」航介はベルベットの箱を取り出した。中の指輪は、
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第9話

航介は結局、レセプションへの参加を認められた。瑞穂から届いた参加者名簿では、航介の名前だけが赤字で表示されている。「取り消しますか?」名簿に目を通し、首を横に振った。「必要ありません」一度中に入れば、そこにはもう自分の居場所がないと分かる。レセプションの前日は、遅くまで残業した。残業を終えて外へ出ると、航介が待っていた。前回のように駆け寄ってはこない。数歩離れた場所から、私を見つめている。「結菜、結婚式の担当会社に確認した」足を止めた。「ホテルによると、試食会の日の防犯カメラ映像は、誰かが持ち出していたらしい。沙耶は、結菜が会場責任者に消させたと言ってる。みっともないところを見られたくなかったからだって」小さく笑った。「それを信じたんですか?」航介の喉が動いた。以前なら、迷うことなく沙耶を信じていた。今になって沙耶を疑ったところで、もう遅い。「必ず調べる」航介は苦しそうに私を見た。「もし、あの日のことが誤解だったなら……」「誤解なんてありません」静かに言った。「あのとき、久我さんは私が倒れるほど強く突き飛ばしました」航介は何も言えなくなった。その横を通り過ぎようとすると、航介が手を伸ばした。けれど、私の袖に触れる寸前で止めた。「指輪はもう返してもらった。沙耶にも、もう外させた」振り返り、航介を見た。「久我さんは、本当にそれだけが問題だと思っているんですか?」航介は言葉に詰まった。そのとき、ようやく少しだけ分かったのだろう。あの指輪に込めた想いを壊したのは、沙耶がはめたことだけではない。沙耶の好き勝手を許し、何度もかばい、そのたびに私を後回しにした航介自身だ。部屋へ戻ると、見覚えのないアドレスからメールが届いていた。メールの送り主は、ホテルの宴会部で臨時スタッフと名乗っていた。メールには、保存しておいたという映像が添付されている。【水城さん、あの日の防犯カメラ映像は、白石さんの知人が一度持ち出していました。何かあったときのために、念のためコピーを残しておきました。これまでは怖くて送れませんでしたが、先日、久我様の関係者が確認に来たため、やはりお渡ししたほうがよいと思いました】映像を再生した。画面の中で、沙耶が丸いテーブルの
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第10話

司会者に名前を呼ばれると、会場から拍手が湧いた。ドレスの裾を持ち上げ、ステージへ上がった。会場の片隅に、航介が立っていた。沙耶はぴったりとその隣に立っている。最初のスライドを映し、落ち着いた声でプロジェクトについて説明した。数字も計画も、質問への答えも、すべて私自身の成果だ。ここでは、誰にも端へ追いやられない。誰かのために場所を譲る必要もない。暗証番号を勝手に変えられることもない。発表を終えると、取引先の代表が自らステージへ上がり、私と握手を交わした。瑞穂が笑顔で声をかけてきた。「水城さん、今夜はとてもすてきでしたよ」少し笑った。「ありがとうございます」ようやく航介が近づいてきた。二歩手前で止まり、今度はいきなり手を伸ばしてこなかった。「結菜、5分だけいいか?」腕時計に目を落とした。「このあとも、取引先へのご挨拶があります」航介の声はかすれている。「終わるまで待つ」顔を上げ、航介を見た。「それは久我さんの自由です。私には関係ありません」航介は青ざめたまま、何も言い返さなかった。耐えきれなくなったのは沙耶だった。一歩前へ出ると、すぐに涙を浮かべた。「結菜、航介くんをそこまで突き放して満足?結菜を捜すために、会社のプロジェクトまで中断したんだよ。取締役たちからも毎日のように責められてる。みんなに見放されるまで追い詰めないと気が済まないの?」沙耶を見た。「私がそうさせたの?」沙耶は言葉に詰まった。周囲の視線が集まり始めた。唇を噛み、航介へ向き直った。「航介くん、もう帰ろう。結菜は仕事もうまくいって、周りからちやほやされてる。7年も一緒にいたのに、もうどうでもいいんだよ」航介は動かなかった。低い声で聞いた。「あの日、エビを食べる前に何の薬を飲んだ?」沙耶は目を見開いた。「何の薬?何を言ってるのか分からない」「お前のバッグが防犯カメラに映ってた。映像は消えたと言ったな。さっきも、自分から口を滑らせた。沙耶、本当のことを言え」航介の声が、次第に低くなっていく。沙耶の目から、次々と涙がこぼれた。「航介くん、結菜のことは信じるのに、私のことは信じてくれないの?」その言葉を口にすれば、航介はいつも沙耶の味方になった。けれど今夜、航
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