تسجيل الدخول付き合って7年、私は久我航介(くが こうすけ)と、ようやく結婚式の前撮りの日を迎えた。 私たちを引き合わせた親友・白石沙耶(しらいし さや)も、撮影に付き添ってくれた。 沙耶が淡い色のドレスに着替えた瞬間、航介は思わず目を見張った。 記念に沙耶も一緒に何枚か撮ろうと、航介のほうから言い出した。 華やかな純白のウェディングドレスをまとって真ん中に立つと、沙耶は「これじゃ、私だけ脇役みたい」と笑った。 すると航介は私の腕をつかみ、強引に端へ追いやり、沙耶を真ん中に立たせた。 フラッシュが光る。並んだ二人は妙にしっくりきて、まるで恋人同士のようだった。 写真を選んでいると、航介は三人で撮った写真を指さし、大きく印刷して結婚式のウェルカムボードにすると言い出した。 目に涙をためたまま、航介に問いただした。 「これじゃ、沙耶が花嫁みたいじゃない。どうして私たちの結婚式にこの写真を使うの?」 航介はうんざりした顔でマウスを脇へ押しやり、細かいことにこだわるなと責めた。 「沙耶が引き合わせてくれなかったら、俺と結婚できたと思うか? 三人の写真を使うくらい、何が悪いんだよ。結局、俺の花嫁になるのは結菜だろ!」 いちばん華やかなウェディングドレスを着ているのに、写真の中ではたまたま写り込んだ他人のようだった。 花嫁になることと、愛されることは同じではない。 もう、無理に写真の真ん中に戻る気はなかった。
عرض المزيد翌朝、新しいオフィスへ予定より30分早く着いた。窓の外では街が目を覚まし始め、川面に淡い金色の光が浮かんでいる。総務の担当者は、どこか楽しげな声でネームプレートを差し出した。「水城さん、こちらでよろしいでしょうか?」銀色のプレートを受け取った。そこには、はっきりと文字が刻まれている。【水城結菜アジア太平洋地域事業準備室長】自分の手で、ドア脇のホルダーにはめ込んだ。カチッと音がした。しっかりとはまっている。午前9時、発足式が始まった。本社の役員がオンラインで挨拶し、取引先の代表は最前列に座っている。チームのメンバーも次々と席に着いた。ステージに立ち、原稿を開いた。手のひらの傷痕はかなり薄くなり、マイクを握ってもほとんど見えない。それでも、そこにあることは分かっている。挨拶を終えると、会場が拍手に包まれた。真っ先に立ち上がって拍手を送ったのは瑞穂だった。そばへ来ると、ホットラテを差し出した。「シロップ少なめ、エスプレッソを1ショット追加。お祝いです」笑って受け取った。「ありがとうございます」カップの温もりが、指先へ伝わった。昼頃、法務担当から最後の報告メールが届いた。【久我航介様はすでに帰国しました。白石沙耶様による名誉毀損および権限の不正利用に関する資料は、国内の弁護士へ提出済みです。水城結菜様の個人情報保護に関する対応も完了しました】添付ファイルには、写真が1枚入っていた。空港の出発ロビーに、痩せた航介の後ろ姿が映っている。片手に小さな紙袋を提げていた。袋の口から、見覚えのあるベルベットの箱がのぞいている。一目だけ見て、メールを閉じた。国内の友人たちから、航介の話がぽつぽつ届いた。久我グループは中核となるプロジェクトを失い、資金繰りが完全に行き詰まった。取締役会は航介を経営陣から外した。航介は損失を埋めるため、自分名義の資産の大半を売ったという。かつては何もかもうまくいっていた航介も、今では債権者との話し合いに何度も呼び出されているらしい。航介は今も、どこへ行くにも指輪を持ち歩いているらしい。売却したあの家の前で、午後いっぱい立ち尽くしていたこともあるという。新しい所有者が管理会社へ連絡し、航介はようやく立ち去ったらしい。話を聞いても、
航介は、あの言葉の意味を取り違えたままだ。それから数日、会社の前には現れなかった。それでも毎日、白いバラの花束を送ってきた。カードに差出人の名前はなく、一言だけ書かれていた。【俺は待ってる】受付が初めて花束を持ってきたとき、一目見て、総務に返送するよう頼んだ。二回目は、総務が手順どおり受け取りを断り、記録を残した。三回目には、花屋から届け先を変更するか確認の電話がかかってきた。その番号を法務担当へ伝えた。午後には、法務担当から警告書が送られた。それを最後に、花束は届かなくなった。その日、沙耶にもとうとう、これまでのつけが回ってきた。国内の提携先は、沙耶が権限を不正に使った証拠を、関係者のグループチャットへ流した。監視カメラ映像の持ち出しや、虚偽の情報を広めた記録も含まれていた。航介との関係を匂わせていた、過去のインスタ投稿も掘り返された。航介の名前を出し、仕事で特別扱いしてほしいと頼んでいたメッセージまで晒された。数百万円のドレスを着た写真と、購入明細を並べて投稿する者までいた。コメント欄にはもう、【この余裕、さすが本命って感じ】と持ち上げる声はなかった。残ったのは、嘲りと嫌悪に満ちたコメントだけだった。沙耶は私に電話をかけようとした。三つの番号からかけてきたが、どれも自動で着信拒否になった。最後には、会社の代表アドレスへ長いメールを送ってきた。件名は、短い一文だった。【結菜、あなたの勝ちよ】メールは開かず、そのまま法務担当へ転送し、保存を任せた。午後、瑞穂が新しい任命書を私の机に置いた。「本社がアジア太平洋地域事業準備室を新設することになりました。室長の第一候補は水城さんです。こちらに常駐し、任期は3年以上になります」書類を開いた。任命されれば、自分のチームを持ち、予算も決裁できる。次の四半期からは、契約にも私の署名が必要になる。あとは、私が署名するだけだ。瑞穂が尋ねた。「お返事は、いつ頃いただけますか?」ペンを手に取った。「今、決めます」ペン先が紙に触れると、手のひらの傷痕がわずかにつっぱった。それでも、手は止めなかった。署名を終えると、ほどなくシステムに通知が表示された。【水城結菜様。アジア太平洋地域事業準備室長としての権限が付与
最後の面会は、社内の法務部にある面談室で行うことになった。窓から明るい光が差し込み、磨かれたテーブルには二つの書類が置かれている。一つは、航介が持ってきた品物の一覧。もう一つは、今後の連絡や接触について確認する書類。航介は約束の時間より30分早く着いていた。ドアを開けると、航介はすぐに立ち上がった。テーブルには、いくつかの箱が並んでいる。結婚式の招待状の見本、前撮り写真の元データが入ったハードディスク、結婚式当日の流れをまとめた冊子、それにあの指輪。捨てたはずの冊子まで、航介はどこからか見つけてきていた。椅子に腰を下ろしたが、どれにも触れなかった。法務担当が、決められた手順に沿って確認を始めた。「久我様、水城さんの個人的な連絡先や住所の記録は、すべて削除済みでしょうか。今後は行動予定を調べたり、第三者を通じて情報を得たりしないことも、お約束いただけますか?」航介はうなずいた。「間違いありません」声は低かった。法務担当が続けて尋ねた。「結婚式用の共有アカウント、招待状の共有リンク、スタジオでの写真展示の許可は、すべて取り消しましたか?」「取り消しました」航介は証明書類の束を差し出した。「インスタにも説明を載せました。あの写真を投稿したのは間違いだったと、もう全員が知っています」スクリーンショットが添えられたページを開いた。航介は、ウェルカムボードに使う写真を間違えたことを認めていた。私のカードで沙耶のドレスを買い、結婚指輪をはめさせたことも。試食会で私にけがを負わせたことまで、はっきり書かれている。誤解だったという言い訳も、沙耶の体調を理由にする言葉も、そこにはなかった。法務担当から書類を受け取り、署名した。航介は、私が署名する手元をじっと見ている。傷痕は薄くなったものの、まだ手のひらを横切るように残っている。航介が不意に、かすれた声で尋ねた。「まだ、痛むのか?」顔を上げなかった。「もう痛くありません」航介の目が、たちまち赤くなった。手続きが終わると、法務担当は立ち上がった。「外でお待ちしています。10分後に戻ります」ドアが静かに閉まった。航介はようやく息をつけたように、ベルベットの箱を私の前へ押し出した。「結菜、受け取らないのは分か
航介と会うことには、すぐには同意しなかった。翌朝、まず法務担当に、航介から届いた書類をすべて確認してもらった。株式譲渡は正式に行われている。補償金も、すでに指定の口座へ振り込まれていた。公開謝罪文は、国内の友人たちが入っているいくつかのグループチャットと、社内の一斉メールにも送られている。瑞穂がスクリーンショットを表示したスマホを差し出し、淡々と説明した。「久我グループの取締役会は、かなり荒れているそうです。あの案件は、次の資金調達の柱でした。手放した以上、資金繰りも厳しくなります」数枚のスクリーンショットに目を通した。あれだけ沙耶を花嫁のようだとはやし立てていた友人たちも、今は、誰も何も言わない。【結菜、ごめんなさい】と送ってきた人もいた。以前のコメントを削除した人もいる。スマホを脇へ置いた。「補償金は返してください。結婚式の費用は、すでに精算しています。家を売ったのも、私が決めたことです」瑞穂が私を見た。「それで、会う件はどうしますか?」少し黙った。「今日の午後、会社の応接室へ来てもらってください。15分だけです」午後3時、航介は時間どおりに現れた。ガラス張りの応接室の外を、社員たちが行き来している。前に会ったときよりも、さらにやつれている。目の下には濃い隈ができていて、スーツの袖口には乾いた血がわずかについている。ベルベットの箱を強く握りしめている。指輪も、まだ持っている。「結菜」航介は立ち上がった。声はかすれている。向かい側の椅子に腰を下ろした。「久我さん、15分です」その呼び方に、航介の肩がわずかに揺れた。けれど、何も言わなかった。航介は書類の入った封筒を差し出した。「これは、今の俺にできるせめてもの埋め合わせだ。結婚式も、家も、けがも、俺が傷つけた結菜の誇りも」受け取らなかった。「補償金は返しました」航介は動きを止めた。「どうして?」「私が傷ついたことと、久我さんが何を失うかは、別の話です」航介の喉仏が上下し、目の縁がまた赤くなった。「それなら、どうすればいい?」印刷しておいた書類をテーブルに置いた。「条件が三つあります」航介が書類へ目を落とした。一つ目は、私との結婚に関する情報をすべて取り下げること。