――灯里?その名前を聞いた瞬間、純夏の体がこわばった。大学時代、成績で純夏に一位を奪われたことが許せず、卒業制作を台無しにし、トイレに閉じ込めて水をかけ、あろうことか無理やり服を剥ぎ取って隠し撮りまでした、あの堂田灯里(どうだ あかり)のこと?ドアノブにかけた手が、そのまま止まった。無意識に、純夏はさらに扉へとにじり寄っていた。「母さん、灯里のご両親は、僕を助けようとして亡くなったんです」克己の声は、疲れきったように低く沈んでいた。「お二人が亡くなる間際に、僕は灯里の面倒を一生見ると約束しました」「面倒を見る?あんな風に甘やかすことが、面倒を見るということなの?同級生をいじめて、純夏まで苦しめて、それどころか」朋恵の声が詰まる。「よりにもよって、人に純夏を襲わせたなんて!克己、あなたは法律を学んだ身でしょう、それがどんな罪か分からないはずがないでしょう!」純夏は息を呑んだ。耳の奥で、鈍い耳鳴りがした。「……分かっています」克己の声は、ひどく掠れていた。「でも、あのとき灯里はまだ二十歳だったんです。黙って刑務所へ送るような真似が、僕にできると思いますか。僕は土下座してまで、灯里を国外に出してくれと頼みました。純夏には、結婚して一生守り抜くことで償ったつもりです。それでも足りないと?」ぱしん、とゴルフの素振り棒が振り下ろされる音。克己の父の小野木耕造(おのぎ こうぞう)は怒りを抑えきれない様子だった。「結婚式は挙げず、婚姻関係まで偽装し、その上、自分の体にまでメスを入れるとは!あろうことか、灯里をこっそり国内に呼び戻して、一ヶ月も世話をしていたそうじゃないか。克己、これのどこが償いだと言うんだ」克己は長い沈黙のあと、灯里をかばうような声で口を開いた。「灯里は向こうでろくに食事も睡眠もとれず、半年のうちに三度も入院したんです。言葉も通じず、友達もできず、大家に追い出され、コンビニのバイト先でもいじめに遭って……父さん、彼女はもう十分すぎるほど罰を受けています。若気の至りで犯した過ちに対して、これ以上、どうしろと言うんですか。僕はただ、これ以上灯里が苦しむのを見ていられないだけです」扉の外、壁に添えていた純夏の手が、ずるずると滑り落ちていった。五年前の雨の夜。空き教室に引きずり込まれ
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