「はい」 張り詰めた空気が肌を刺す中、監督はゆっくりと、私の心臓を抉るような問いを投げかけてきた。 「あなたは、彼を心の底から愛していますか?」 私は、一切の迷いなく答えることができた。 頭で考えるよりも早く、胸の奥で熱く脈打つ想いが自然と声帯を震わせる。 「はい。もちろんです。私のすべてを懸けて」 力強く言い切った私の言葉に、監督はわずかに目を細め、興味深そうに口角を上げた。 「ならば、彼がそれを望まなくとも、彼を守るために自分自身のすべてを投げ打つ覚悟はありますか?」 自己犠牲。それは古典的なラブストーリーにおける美しいヒロイン像の象徴であり、残酷な逃避でもある。 私はゆっくりと伏せていた視線を上げ、静かに首を振った。 「……いいえ、できません」 私のその意外な答えに、監督は意表を突かれたようにピタリと動きを止め、怪訝そうな皺を眉間に寄せた。 自己犠牲こそが究極の愛だと信じて疑わないようなこの王道ドラマのオーディションにおいて、ヒロインの口から「すべてを投げ打つことはできない」という言葉が出るのは、明らかにセオリーから外れている。 「それはなぜですか? 自分のすべてを懸けて彼を愛していると言うのに?」 「愛しているからこそ、です。彼が本当に望んでいるのは、私が自分を犠牲にすることではなく、共に生きる未来のはずですから。私が彼のためにすべてを投げ打って彼を一人にしてしまっては……何の意味もないんです」 彼を一人で暗闇に置き去りにしたりはしない。共に傷つき、共に生きる。 自己犠牲という美しい嘘を否定し、どんなことがあっても彼と並び立つことを選ぶという強固な意志の表明だった。 「ずいぶんと耳障りのいい、都合のいい理想主義だな」 今までただ黙って審査員席から私を見据えていた悠が、冷たい声を落とした。 私は予想外の方向からの介入に、思わず瞬きをして小さく声を漏らした。 「え……?」 スタジオ内の酸素が一気に奪われたかのような息苦しさを覚える。 「そんなものはただの綺麗事だ。過酷で冷酷な現実の前では、お前のような生半可な理想だけで生きていけるほど甘くない」 冷ややかで、どこか私を挑発し、試すような低い声。 それは、住む世界が違うヒロインを容赦なく突き放そうとする御曹司としてのセリ
最終更新日 : 2026-09-16 続きを読む