ただの無名女優ですが、トップ俳優になった幼馴染と二度目の初恋を始めます。 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 7

7 チャプター

第1話

「いよいよだね。このオーディションを勝ち抜けばデビューへの扉が開く。今まで一緒に準備してきたこと、ここで全部ぶつけておいで」 「はい」 マネージャーの力強くも温かい言葉に背中を押され、私は息を吐き出した。 膨大な数の書類審査を抜け、形式的な面接もクリアした。 いよいよ今日から、実技を伴う第1次審査が始まる。 このオーディションの過程はすべてカメラで収録され、動画配信サービスでリアリティ番組として全世界に流される。 そして、ここで勝ち残ったたった一人が、秋の大型ドラマのヒロインの座を手にする。 「…よし」 重厚な防音扉を抜けると、体育館ほどある広いスタジオに出た。 パイプ椅子が等間隔に並べられ、すでに異様な緊張感が漂っている。 ここに集められたのは、全国から絞り込まれた計25名の女優たち。 「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」 進行役のスタッフがマイクを握り、正面に設置された長机の前に立った。 「これより、第1次審査を始めます。いきなり実技に入る前に、まずは今回の審査基準と、審査員の皆様をご紹介いたします。本作のメガホンを取る、監督の……」 マイクを通した淡々とした説明が続く中、私は長机に座る面々へと視線を移した。 気難しいと噂の監督、大ヒット作を連発している気鋭の脚本家、そしてプロデューサー陣。 その隣…長机のいちばん端に座る青年に視線が向いた瞬間、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。 「そして、本作の主演を務める一ノ瀬悠真さんです」 間違いない。 少し大人びて、洗練されたオーラを纏っているけれど、あの頃の面影はそのままだ。 私は思わず目を見開き、息を呑んで彼を凝視してしまった。 その強烈な視線に気づいたのか、手元の資料に落とされていた彼の長いまつ毛が持ち上がり、こちらを向いた。 彼の瞳が微かに揺れ、めくろうとしていた台本の手がピタリと止まる。 ほんの一瞬だけ、時が止まったような気がした。 彼も、間違いなく私に気づいた。けれど、彼は何事もなかったかのようにスッと目を逸らし、再び手元の資料へと視線を落とした。 まるで、見ず知らずの他人に向けられるような、何の感情もこもっていない表情。 あの日のことを、怒っているのだろうか。今から四年前。ある日突然、悠
last update最終更新日 : 2026-08-05
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第2話

第1次審査の緊張感からようやく解放され、まだ少し足元がおぼつかないまま、私は人気のない薄暗い廊下を歩いていた。 自動販売機で冷たい水でも買おうと思った矢先、突如として強い力で右腕を乱暴に引っ張られた。 ヒールのバランスを崩し、無防備な体が強引に暗がりへと引きずり込まれる。 「やめてくださっ……!」 恐怖と混乱が全身を駆け巡り、私は反射的に悲鳴を上げようとした。けれど、その必死の抵抗は、強引に押し当てられた大きく少し冷たい手のひらによって、くぐもった音へと変えられてしまう。 「……静かにしろ」 その声のには、冷え切った鋭さと、有無を言わさぬ威圧感があった。 けれど、私にとってその声色は、恐怖以上に別の衝撃をもたらした。 口を塞がれていた手がゆっくりと離される。 非常灯の緑色の光に照らされたその横顔は、少年時代の無邪気さを失い、すっかり大人の男の冷たさを纏っていたが、見間違えるはずなんてなかった。 「悠……?」 私の震える呼びかけに対し、悠は眉間に深い皺を刻んだまま、冷ややかな視線を私に突き刺してきた。 彼はゆっくりと一歩私に近づくと、周囲に誰かいないかを確認するように鋭い視線を巡らせ、再び私を睨みつける。 「なんでお前がここにいる」 再会を喜ぶどころか、まるで私の存在そのものを否定するような口ぶりに、私は息を呑んだ。 オーディション会場にいるのだから、理由は明確なはずなのに。 「なんでって、このオーディションを受けに来たからに決まってるじゃない」 そう言うと、彼は大きくため息をつき、ひどく馬鹿げた冗談でも聞いたかのように呆れたように首を振る。その仕草一つ一つが、私の自尊心を少しずつ削り取っていくようだった。 「今すぐ帰れ」 予想だにしなかった言葉に、私は目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。 言葉の意味を脳が理解するのを拒絶している。 「え……?」 ここまで来るのにどれだけの涙を流し、どれほどの物を犠牲にしてきたのか。彼はそんな私の二年間を、たった一言で切り捨てようとしている。 悠はイラついた様子で髪を乱暴に掻き上げると、容赦なく私を追い詰めるように言葉を続ける。 「どうせお前には無理だ。時間の無駄だ」 その突き放すような言葉に、ようやく私の中でくすぶっていた感情が
last update最終更新日 : 2026-08-05
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第3話

重苦しい沈黙が支配する短い休憩が終わり、私たちは再びスタジオの中央へと集められた。 いよいよ、第1次審査の結果発表。 整列した25名の間に、先ほどまでの熱気とは打って変わって、息の詰まるような緊張感が漂っている。 祈るように両手を握りしめる者、ただうつむいて震える者。 誰もが自分の運命の瞬間を待ちわびていた。 「それでは、結果を発表します。名前を呼ばれた方は一歩前へ出てください」 クリップボードを持った進行役のスタッフが、無機質な声で告げた。スタジオの空気がさらに一段階、冷たく張り詰める。 カメラの赤いランプが、私たちの強張った表情を容赦なく捉え続けていた。 「一人目……」 淡々と読み上げられていく合格者の名前。 呼ばれた者は弾かれたように顔を上げて前へ踏み出し、呼ばれない者は祈るように強く目を閉じる。 次々と枠が埋まっていく中、私の名前はなかなか呼ばれなかった。 焦りが心臓を鷲掴みにし、喉がひどく渇く。 先ほど廊下であれほど悠に見得を切っておいて、ここで落ちるわけにはいかないのに。 「─────そして、最後。桜田美羽さん」 その瞬間、頭の芯が真っ白になり、ふっと全身の力が抜けそうになった。 「はいっ!」 張り詰めた沈黙を破り、私は少し上ずった声で返事をした。震える足に必死で力を込め、バミリが残る中央のスペースへと一歩前へ踏み出す。 「以上の方は、第2次審査にお進みください。残念ながら名前を呼ばれなかった方は、ここで終了となります。お疲れ様でした」 前に並んだのは、私を含めて15名。 半分近くの人が、この数時間で荷物をまとめて帰ることになった。 名前を呼ばれなかった少女たちは、呆然と立ち尽くしたり、両手で顔を覆って泣き崩れたりしている。 これが、サバイバルオーディションの現実。 勝者と敗者が、カメラの前で明確に線引きされる世界。 私は安堵で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、前だけを見据えた。 敗者たちがスタジオから去ると、スタッフが分厚い紙の束を配り始めた。 「明日からは、皆様にはこのドラマのヒロインそのものになりきって演技をしていただきます」 手渡された資料の表紙には、ヒロインの名前が印字されていた。 ページをめくると、彼女の生い立ち、性格、細かな癖、さらには誰にも言えない過去のトラウマに至る
last update最終更新日 : 2026-08-05
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第4話

オートロックの扉が重い音を立てて閉まると、部屋の中は完全な静寂に包まれた。 壁際のデスクに向かって椅子を引き、どさりと腰を下ろす。 小さく息を吐き出してから、先ほど手渡されたばかり台本をデスクの上に広げた。 台本に描かれていたのは、誰もが平伏すような富と権力を持つ財閥の御曹司と、ごく普通の家庭で育った平凡なヒロインの美しい身分違いの恋だった。 人前では決して隙を見せず、冷たい男の仮面を被って生きる彼。けれど、その裏にある不器用で深い優しさに、ヒロインだけが少しずつ気づいていく。 住む世界の違いや、一族からの容赦ない反対。周囲からの冷たい悪意に晒されながらも、ふたりは決して手を離さず、過酷な茨の道を歩みながら愛を育んでいく。 ページをめくるごとに、彼女が背負っている過去や、表面的な明るさの裏に隠された複雑な感情が浮き彫りになっていく。理不尽な運命に翻弄されながらも、決して自分を見失わず、逆境に立ち向かっていく姿。 「……芯が強い女性、って感じかな」 資料の余白にペンを走らせながら、ぽつりと呟く。 ただ守られるだけのひ弱なヒロインじゃない。 自らの足で立ち、運命を切り開く泥臭い強さを持っている。 今の私が抱えている意地や反骨心を重ね合わせれば、きっと血の通った演技ができるはず。 全体像を掴んだところで、明日の審査で使われるシーンのページを開く。 明日は今日のようなグループ演技ではない。相手役との、一対一のセリフの掛け合い。 この量のセリフを、明日の朝までに完全に自分のものにし、さらに感情の乗せ方を何パターンも用意しておかなければならない。 台本に視線を落とし、ヒロインのセリフと交互に書かれている、相手役のト書きとセリフを目でなぞる。 これを声に出して読むのは、あの人なのだ。 「悠と、演技を……」 無意識にその言葉を口にした瞬間、声が微かに震えた。 彼と同じ世界に立ち、カメラの前で、同じ作品の登場人物として言葉を交わすこと。それは私にとって、血の滲むような努力の末にようやく辿り着いた究極の夢であり、最高に嬉しい出来事のはずだった。 それなのに。 あの氷のように冷たく、激しい憎悪を含んだ声が台本の文字の向こう側にちらつく。 明日、彼とは台本上の愛に溢れた言葉や切ない視線を交わ
last update最終更新日 : 2026-08-05
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第5話

第2次審査の会場となる広々としたスタジオで、付箋と書き込みでボロボロになった台本をきつく握りしめていた。 今日のために、セリフの一言一句から相手の間の取り方まで、すべてを完璧に頭に叩き込んできた。 けれど、参加者たちがスタジオの中央に一列に並べられると、張り詰めた空気を切り裂くように監督の低い声が響いた。 「さて。さっそくだが、君たちが握りしめているその台本をすべて回収させてもらう」 スタッフが素早く動き出し、有無を言わさぬ手つきで参加者たちから次々と台本を没収していく。 「え……?」 「この台本を使った演技は、通過者のみで行う次回の第3次審査で行う。」 監督の言葉に、周囲から戸惑いのざわめきが起こる。 私も思わず息を呑んだ。 「なぜ、わざわざ課題台本を事前に渡し、今日まで徹夜して読み込ませたのか。それは、君たちが頭で作ってきた芝居を、ここで一度全て空にするためだ」 容赦のない言葉に、スタジオの空気が凍りつく。 「実際の現場では、直前の台本変更や想定外のトラブルなど日常茶飯事だ。完璧に準備したものを突如奪われた時、役者の本性が顔を出す。僕たちが見たいのは、予定調和の綺麗なセリフじゃない。追い詰められ、計算が狂った時にこそ剥き出しになる、感情の反射神経だ」 監督は手元のバインダーをパタンと閉じ、私たちに向かって告げた。 「つまり、今から君たちには即興芝居をやってもらう。テーマは、数年ぶりに再会した幼なじみと、解けない誤解」 ドクン。 心臓が、痛いほどの音を立てて跳ねた。 数年ぶりに再会した幼なじみ。 それは…。 震える視線を、審査員席へと向ける。 そこに冷静に参加者たちを観察していた悠と、ふいに視線が交差した。 この即興芝居で言葉を紡げば、果たしてどこまでが演技で、どこからが真実の感情になってしまうのだろうか。 「公平性を期すために審査は1人ずつ行います。桜田美羽さん以外は、一旦別室の待合室へ移動して待機してください」 スタッフの事務的な声が、凍りついたスタジオの空気を動かす。 私の名前が呼ばれ、肩が跳ねた。 心の準備をする時間すら与えられないまま、1番手という重圧が容赦なくのしかかる。 けれど、不思議と足の震えはなかった。 ざわめきが遠ざかり、スタジオの中が
last update最終更新日 : 2026-08-05
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第6話

「は……?」 あまりにも拍子抜けする私の返答に、悠は完全に虚を突かれたような顔をした。 「……ふざけんな」 数秒の空白の後、彼の茶色い瞳に、先ほどよりもさらに激しい怒りの炎が揺らめいた。 「あんな風に俺を突き放して急に姿を消したくせに、よくそんな平気な顔ができるな!」 「そうね。あなたから見れば、私はただの裏切り者よ。最低な女だわ」 私は自嘲するように小さく笑い、その痛みをすべて飲み込んで肯定した。 「なんで今更現れるんだよ! あの時…っ、俺は、お前さえいれば他には何もいらなかったのに!」 絞り出すような彼の叫び。 「だからよ……!」 私は一歩、彼に向かって強く踏み出した。もう、はにかむような笑顔は作れなかった。 「あなたが私を選んで、自分の可能性を捨てようとするから……っ! あなたの夢を一番近くで見ていたのは私よ。誰よりも才能があって、誰よりも必死に努力していた。それなのに、私と一緒にいることでチャンスを潰していくのを、黙って見ていられるわけないじゃない!」 静まり返ったスタジオに、私の叫びが響き渡る。 悠の肩が、ビクンと小さく跳ねた。 私を睨みつけていた瞳から鋭い憎悪が薄れ、代わりに強烈な戸惑いと、今まで知らなかった真実に対する激しい動揺が浮かび上がる。 「だから、私があなたを裏切ったように見せかけるしかなかったじゃない……っ!」 私は彼を見捨てたわけじゃない。 彼の輝かしい未来の足手まといにならないために、あえて自ら泥を被り、彼を遠ざけた。 「本当は…私だって、ずっと隣にいたかった。でも、私がいたら、あなたは……」 とめどなく溢れそうになる涙をギリギリで堪え、私はただ真っ直ぐに彼を見つめた。 静まり返ったスタジオの中、私の震える声だけが吸い込まれていった。 やがて彼は、ふっと短く息を吐き出し、自嘲するように目を伏せた。 「……馬鹿だな」 静かな、ひどく掠れた声だった。 「馬鹿って……何よ」 私が震える唇で言い返すと、彼は再びゆっくりと顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめ返した。その目には、もう隠しきれないほどの熱と痛みが滲んでいる。 「俺は、お前さえいれば……それだけで良かったのに」 飾り気のない、痛いほどの本音。 その切実な響きに、私は息を呑み、言葉を
last update最終更新日 : 2026-08-05
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第7話

あれから1週間。 私の身体には、未だに悠に力強く抱き寄せられた時のあの熱が、べっとりと張り付いたままだった。 ふと思い出すだけで、心臓の奥がドクンと音を立てる。 事務所の長机で、黒いまま沈黙を保つスマホの画面を見つめながら、私はぽつりとこぼした。 「今日までに電話が来なければ、落ちたってことなんですよね」 「そう不安がるな。上手くいったんだろ?」 向かいの席に座るマネージャーが、コーヒーカップを置きながらおおらかに笑う。 「でも、私よりも演技が上手い人は沢山いるから……」 「俺は、美羽よりも上手い人は見たことないけどな」 「え?」 予想外の言葉に顔を上げると、マネージャーはまっすぐな眼差しで私を見ていた。 「演技が上手いと言うより、役柄本人そのもの。美羽は完全に憑依型だもんな。……あの人と同じで」 「ちゃんと演技しようって、思ってるんですけどね」 私は少しだけ苦笑いを浮かべて返した。 天才と称され、どんな役にも完璧に染まりきるあの人の顔が脳裏をよぎる。 「はぁ…」 第2次審査の即興劇が終わって深くお辞儀をした直後、私はふらりと倒れそうになった。 極限まで張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れたとか、泣きじゃくったせいで酸欠になっていたとか、そんな身体的な理由じゃない。 役が、抜けきらなかったから。 「どうした」 「いえ」 与えられた設定と自分が完全にリンクしてしまい、本心と芝居の境界線が完全に消え失せてしまう。 だから、監督から「カット」の声がかかっても、私はあの痛切な感情の濁流から現実へと戻ってくるのが遅れてしまった。 今回に限ったことじゃない。レッスンを受けていた頃もそう。 私の沈黙をどう受け取ったのか、マネージャーは少しだけ声のトーンを落とし、そして力強く告げた。 「使いこなせたら、きっと武器になる」 マネージャーの真っ直ぐな言葉に、私は膝の上でギュッと両手を握りしめた。 「……でも、怖いんです」 ぽつりと、自分でも驚くほど震えた弱音がこぼれ落ちた。 「怖い?」 「はい。役の感情に飲み込まれている時、自分自身がどこにいるのか、本当に分からなくなるんです」 私は俯いたまま、あの審査でのヒリヒリとした感覚を思い返していた。 「あの即興劇の時もそうでした。自分が抱えている本当の過去の痛み
last update最終更新日 : 2026-08-08
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