私を心底憎んでいるはずのトップ俳優から、溺愛されるようになりました。 のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

79 チャプター

第31話

「高橋さんには……ヒロインの前に立ちはだかる最大の壁。一ノ瀬さんを巡る恋のライバルとして、本作に出演していただけないかと考えています」 監督の口から飛び出したその異例すぎるオファーに、スタジオ全体がざわっと大きなどよめきに包まれた。 「ライバル……ですか」 心音さんは目を丸くして監督を見つめ返した。 「彼の婚約者候補として愛理を徹底的に追い詰める、高慢で美しく、そして誰よりも愛に飢えている女性です。彼女の圧倒的な存在感と恐ろしさがなければ、このドラマは成立しません」 ヒロインの座を逃した直後の彼女に、悪役としてのオファーを出す。あまりにも残酷で、同時にこれ以上ないほど彼女の才能を評価した提案だった。 「ヒロインを追い詰めるライバル…。ふふ、面白そうですね。喜んでお受けいたします」 心音さんの凛とした、透き通るような声が響くと、心配そうに見守っていた周囲のピリッとした空気が安堵の溜め息へと形を変えた。 彼女はゆっくりと顔を向け、スポットライトに照らされた私の方へと真っ直ぐに視線を交差させる。そして、私に向かって微笑みを向けながら、宣戦布告ともとれる言葉を紡いだ。 「美羽さん。現場では、よろしくお願いします」 その言葉を聞いて、私の胸の奥にギュッと熱いものが込み上げてきた。 「心音さん、こちらこそよろしくお願いします!」 私と心音さんが互いに視線を逸らさず、深くお辞儀を交わしたその瞬間。 審査員席から、そしてスタジオを取り囲むすべてのスタッフたちから、割れんばかりの大拍手が湧き起こった。 鳴り止まない温かな拍手が少しずつ落ち着きを取り戻していく中、スタジオの中央に立つ監督は深く息を吸い込み、マイクを強く握り直した。 「ここまで彼女たちの相手役として、時に高い壁となり、時に引き上げながら数ヶ月間ともに戦ってくれた一ノ瀬くん。
last update最終更新日 : 2026-09-26
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第31話

あの熱狂的なオーディションの最終選考から、数週間後。 季節は少しだけ秋の気配を含み始め、いよいよドラマ制作は本格的なスタートを切ろうとしていた。 「──それでは、桜田さん。ご挨拶をお願いします」 テレビ局内にある、見上げるほど天井の高い大きな会議室。 口の字型に並べられた長机の周りには、監督やプロデューサーをはじめとする大勢の制作スタッフ、そして名だたる豪華なキャスト陣がずらりと席に着いていた。今日は、撮影に入る前の顔合わせと、全キャストが揃って台本の読み合わせを行う本読みの日。進行役のスタッフに促されて席を立ち上がると、数十人もの大人たちの鋭い視線が、値踏みするように一斉に私へと注がれた。 「は、はい……っ! 白石愛理役を務めさせていただきます、桜田美羽です」声が上ずったり裏返ったりしないように必死にお腹の底に力を入れ、会議室にいる全員の顔を真っ直ぐに見渡した。向かいの席には悠真が座っている。この錚々たる顔ぶれの中で、私は圧倒的に経験も知名度も足りない異物だ。私は強く拳を握り締め、震えそうになる膝を必死に堪えながら、はっきりとした声で言葉を紡いだ。 「右も左も分からない未熟者ですが……このオーディションで掴み取った覚悟だけは、誰にも負けないつもりです。全身全霊で食らいついていきますので、よろしくお願いいたします!」 深々と頭を下げると、会議室に温かい拍手が響いた。全員の挨拶が滞りなく終わり、いよいよ本読みがスタートする。目の前に置かれた、分厚い第一話と第二話の台本。真新しい表紙をめくり、インクの匂いがする活字の羅列に目を落とした瞬間、私の背筋に冷たい緊張感が走った。 「シーン1からお願いします」 監督の合図と共に、会議室の空気が劇的に一変した。 つい先ほどまで和やかに挨拶を交わしていたはずのキャスト陣が、瞬時に役の顔へと切
last update最終更新日 : 2026-09-26
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第32話

私は数時間にわたる極度の緊張から解放されたくて、一人で会議室を抜け出した。 自販機へ向かうため、人気のない裏廊下を歩いていた時。 角を曲がった先の窓際に、見慣れた華奢な後ろ姿を見つけた。 「高橋さん!」 私の声に気づいた高橋さんは、ゆっくりとこちらへと振り返った。 窓から差し込む秋の柔らかい日差しが、彼女の手入れの行き届いた美しい髪をキラキラと照らしている。 「午後の掛け合いよろしくお願いします」 挨拶を口にした直後、私の顔に張り付いていた笑顔は唐突に凍りついてしまった。 つい先ほど会議室で見せていた、あの花が咲くような朗らかな微笑みが、彼女の顔には一切なかった。そこにあったのは、見ず知らずの不快な他人に向けられるような、冷たくて硬い無表情だった。 「……なに、嫌味のつもり?」 高く澄んだトーンとは似ても似つかない、地を這うような低く刺々しい声。 「え……?」 緊張と混乱で喉がカラカラに乾き、私の口から漏れ出たのは、ひどく間抜けで弱々しい掠れ声だけだった。 「あっ、すみません。そういうつもりでは…お見かけしたので、ご挨拶をと思って」 私は必死に誤解を解こうと、両手を胸の前で小さく振りながらしどろもどろに弁解の言葉を紡いだ。けれど、怯えきった私の声など、彼女の耳には全く届いていないようだった。 高橋さんは腕をゆっくりと胸の前で組み、高級なヒールの音をカツンと一つ鳴らして私へ一歩近づいてくる。 「どうしてあんたなんかが主演なの」 「高橋さん、……?」 尊敬する人から突きつけられた、直接的で剥き出しの本音に、私はただ彼女の名前を呆然と呟くことしかできなかった。 彼女の整った眉間には深い皺が刻まれ、怒りのあまり僅かに肩が震えているのが見て取れた。
last update最終更新日 : 2026-09-27
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第33話

午後の本読みは、針のむしろのような時間だった。 高橋さんは、さっきの裏廊下での冷酷な顔を微塵も感じさせない、完璧で美しい高橋心音の仮面を被り直していた。 認めない、か。 その言葉を何度も心の中で反芻し、ずーんと沈み込むような自己嫌悪と絶望感に苛まれていたその時、不意に温かい声が鼓膜を揺らした。 「美羽」 ハッとして弾かれたように顔を上げると、少し前を歩いていた兄が立ち止まり心配そうな瞳で私を見つめていた。 街灯のオレンジ色の光に照らされたその横顔を見て、私は自分が彼と一緒に歩いている最中だという現実へとようやく引き戻された。 兄を迎えに来たというのに、私はずっと無言のまま暗い顔で俯き、最悪の話し相手になっていた。 「あ、ごめん、ちょっと考え事してた」 頭にこびりついていた高橋さんの言葉と表情を振り払い、明るい表情を作りながら慌てて兄の隣へと歩み寄った。 「今日、初めての顔合わせだったんだろ? 疲れてるんだからわざわざ駅まで迎えに来る必要なんてなかったのに」 兄の少しだけぶっきらぼうな言葉には、不器用ながらも私を気遣う優しさが詰まっていた。 自分の長旅の疲労よりも、初の大舞台に挑んで神経をすり減らしているであろう妹の体調を第一に心配してくれている。 「本当は、空港まで迎えに行きたかったんだからね」 仕事終わりにそのまま空港まで直行して、到着ゲートで一番に出迎えて驚かせたかった。「空港に来るのは絶対にやめて。家でゆっくり休んでて」と電話で強く止められていなければ、絶対にそうしていた。 「ほんっと、昔から世話焼きだよな」 確かに私は少し
last update最終更新日 : 2026-09-27
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第34話

「もう、本人の前でオーディション見るのやめてよ」 テレビの液晶画面に写っている自分の姿。 兄が配信サービスを開き、連続ドラマのオーディション番組を嬉々として再生していた。画面の中の私は、髪を振り乱し、鬼気迫る表情で感情を剥き出しにして叫んでいる。 自分の生々しい芝居を客観的に、しかも家族と一緒に見せられるというのは、服を脱がされるよりも居心地が悪く、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。 私はたまらず手元にあった大きいクッションを抱きかかえ、自分の赤くなった顔を半分以上隠すようにしてソファの端っこへと沈み込んだ。 「俺は特にここが好きなんだよ。ヒールを投げつけるところ」 私の必死の抵抗を完全にスルーして、兄はテレビ画面を指差しながら心底愉快そうに声を上げて笑った。 「あの時は無我夢中で、つい。でも、今考えるとなかなかやばいよね…」 クッションに顔を押し付けたまま、私はくぐもった声でそう返すのが精一杯だった。 画面の中でパンプスを振りかぶる自分を見ていると、まるで全く別の人間が憑依しているかのような奇妙な感覚に陥る。 「いや、それだけ役に入り込んでたってことだろ」 私の自嘲気味な言葉を、兄はきっぱりと否定してくれた。 画面から私へと視線を移した兄の顔には、からかうような色はもう一切なく、一人の役者としての私を肯定してくれる光が宿っていた。 「まあ、そうだけど」 素直に褒められたことで逆に照れくさくなってしまい、私はクッションから少しだけ顔を出して曖昧に視線を彷徨わせた。 「それにしても、相手役があの子だったなんてな。そっちの方がやりやすいもんな
last update最終更新日 : 2026-09-28
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第35話

「あの時のお前はなんていうか……もぬけの殻だったからな」 兄は昔の記憶を辿るように、遠い目をしてそう呟いた。 自分の過去の姿をどうにか脳裏に引っ張り出そうとするけれど、あまりにも辛すぎる記憶に対して脳が防衛本能を働かせているのか、当時の自分がどんな顔をして何を考えて過ごしていたのか、輪郭がぼやけてしまっていた。 「そんなに酷かった?」 私が首を傾げながらおずおずと尋ねると、兄は「ああ」と短く息を吐き、 私の顔を真っ直ぐに見つめた。 「ひどいどころの騒ぎじゃなかったぞ」 はっきりと断言されたその言葉に、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。 自分自身の記憶がすっぽりと抜け落ちている分、一番近くで私を見守ってくれていた兄には、どれほどの心労をかけてしまったのだろうか。 「覚えてないなぁ……」 私が素直に白状すると、兄はわざとらしく大きなため息をついた。 「一ヶ月ぐらいは飯もろくに食べないし、会話もちゃんとできなかっただろ? かと思えば、急に『芸能界に入る』なんて言い出すし」 「えへへ……」 気まずさと照れ隠しが入り混じり、ごまかすようにヘラヘラと笑い声を漏らした。 当時の兄の苦労を思うと平謝りするしかないのだが、変に湿っぽい空気にするのも嫌だった。 「まぁ、美羽の人生なんだから、好きにすればいいけど」 女優という不安定で過酷な世界へ飛び込むことを、最終的に誰よりも応援し、背中を押してくれたのは兄だった。 けれど、その温かい肯定の言葉を聞き、私の胸の奥にずっとくすぶっていた冷たい不安の種が、急速に芽を出し始めた。 「でも、私のせいでお兄ちゃんに迷惑をかけちゃうかもしれない。いや、きっとそうなると思う」 顔を伏せ、膝を抱え込むようにして小さ
last update最終更新日 : 2026-09-28
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第36話

「何?」 空気が一変し、リビングに突然ピンと張り詰めたような緊張感が走った。 「あれから、カメラのフラッシュが怖くなっただろ?」 脳裏にフラッシュバックするのは、あの絶望的な日の記憶。 私たちの家の周りを取り囲んだ無数のマスコミ、容赦無く向けられるカメラの砲列、そして視界を真っ白に染め上げた無数の閃光。 あの強烈な光は、私の心に決定的なトラウマを植え付けていた。それは、人前に立つ職業を選ぶ上で、あまりにも致命的すぎる欠陥だった。 「うん。そうだね」 私は深く俯き、消え入りそうな声で肯定するしかなかった。 こんな弱さを未だに抱え続けている自分がひどく情けなかった。 女優という仕事は、常にカメラのレンズとフラッシュの光に晒され続ける運命にある。スポットライトを浴びれば浴びるほど、その脅威は増していく。 「これから試写会とか、色々カメラの前に経つ機会が増えるけど、その…平気か?」 兄の声には、妹の成功を喜ぶ気持ちと同じくらい、深い心配の色が色濃く滲み出ていた。 「その時は…薬を飲むよ」 震える指先を隠すように両手を強く握り締め、そう答えた。 私の鞄の奥底には、抗不安薬の小さなボトルが常にお守りのように入っている。 フラッシュを浴びる可能性がある場所へ行く前には、必ずそれを飲んで無理やり自律神経を落ち着かせればいい。けど、それはあくまで一時的な対処療法に過ぎず、根本的な解決には全くなっていないことを、私も痛いほど理解していた。 「もし発作が起きたら、その時は───────」 「大丈夫。明日も葛西先生とビデオ電話することになってるから」 これ以上兄に心配をかけまいと、私は顔を上げて無理やり明るい笑顔を作った。
last update最終更新日 : 2026-09-29
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第37話

翌朝。窓から差し込む秋の柔らかい陽射しが、部屋のフローリングを照らしていた。 壁掛け時計の短い針が十の数字をぴったりと指し示したのを確認し、私はデスクの上に置いたノートパソコンの通話ボタンをクリックした。 ピロン、という短い電子音と共に画面が切り替わり、見慣れた診療室の背景が映し出される。 「美羽ちゃん久しぶり」 モニター越しに温かい笑顔を向けてくれたのは、白衣を着た初老の男性だった。 画面越しであっても、彼の穏やかで包み込むような声を聞くと、無意識のうちに入っていた肩の力がフッと抜けていく。 「葛西先生お久しぶりです」 私はパソコンのカメラに向かって頭を下げた。 「最近気分はどう?」 カルテに目を落としながら、葛西先生はいつものように穏やかなトーンで問いかけてきた。 精神科医としての鋭い観察眼を持ちながらも、決して患者を急かさないゆったりとした間合い。 私は膝の上で両手を軽く組み、この数週間の自分の精神状態を頭の中で素早く整理した。 連続ドラマのヒロインという重圧、高橋心音さんからの明確な敵意、そして幼馴染である悠真との冷たい再会。 心は大きく揺れ動いているけれど、かつてのように真っ暗な絶望に呑み込まれて身動きが取れなくなるような、あの破滅的な感覚とは違う気がした。 「オーディションがあったので、少し神経質になっていたところもありますが…特に気になることはありません」 嘘はついていない。 極限のプレッシャーの中で感情はジェットコースターのように乱高下しているし、昨日の本読みの後は胃が鉛のように重かった。それでも、兄の言葉に救われて前を向くことができた今の私なら、この程度のストレスはコントロールできる範囲内に収まっていた。 画面の向こうの葛西先生は、私の少しだ
last update最終更新日 : 2026-09-29
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第38話

「その可能性は高いね。でも、彼もそうだったように、上手く適応できるようになれば使いこなせるよ」 葛西先生のその言葉は、残酷な宣告であると同時に、真っ暗闇の中に差し込んだ一筋の希望の光でもあった。 「父は、どうやって乗り越えたんですか」 私はパソコンのモニターに向かって、すがるように身を乗り出していた。 父が遺してくれた直接的な演技のノートや手記は何も残っていない。だからこそ、父の最も苦しい時期に伴走し、その心の葛藤を一番近くで見届けてきた主治医の言葉だけが、今の私にとって唯一の手がかりだった。 「感情をコントロールできるように訓練したんだよ。練習あるのみ。かな」 期待を込めて見つめる私に対し、葛西先生はふっと優しく微笑み、拍子抜けするほどシンプルな答えを返してきた。 そこに精神医学的な特別な魔法や、天才だけが知るような秘密のショートカットなど存在しなかった。 「やっぱり、そうですよね」 「一緒に頑張ろう」 画面の向こうで、葛西先生は力強くそう言ってくれた。 単なる医師と患者という関係を超えて、亡き父から受け継いだ危うい才能と向き合う私を、一人の人間として全力でサポートしようとしてくれている。 背筋をスッと伸ばし、私は心からの感謝と決意を込めて、パソコンのカメラのレンズを真っ直ぐに見つめ返した。 「はい」 私の力強い返事を聞いて、葛西先生は満足そうに深く頷き、ふっと肩の力を抜くようにして微笑んだ。 話題が一段落し、先生は手元のカルテから視線を外すと、今度は私の個人的な生活状況を気遣うような、親戚のおじさんのような穏やかな眼差しへと変化した。 「実家には帰らないのかい?」 突然投げかけられたその質問に、私の胸の奥がチクリと痛んだ。 「
last update最終更新日 : 2026-09-30
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第39話

控室でメイクを施され、衣装にそっと袖を通すと、私の中にフワリと役が馴染んでいく。 準備を終え、第1スタジオの扉を押し開けると、スタッフのよく通る声が巨大な空間全体に響き渡った。「──ヒロイン・白石愛理役、桜田美羽さん入られます!」 すると、黙々と作業をしていた大勢のスタッフたちの手がピタリと止まり、「おはようございます!」「よろしくお願いします!」という活気のある声と共に、温かい拍手がパラパラと巻き起こった。 一気に自分へ向けられた無数の視線と期待の重さに足がすくみそうになったが、私は腹の底にグッと力を込め、深く丁寧にお辞儀をした。 「おはようございます。桜田美羽です。本日はよろしくお願いいたします」 眩い照明に照らされた光の中心へと足を踏み入れると、埃っぽさと建材の匂い、そしてライトの熱気が全身を包み込んだ。 天井には無数の巨大な照明機材が張り巡らされ、その下には豪華で精巧な社長室のセットが組まれている。 「桜田さん、おはようございます。立ち位置はこちらになります。悠真さん先に入られてますので、まずは動きの確認からいきましょうか」 バインダーを手にした助監督さんが穏やかに微笑み、私をセットの中央へと案内してくれた。 促されるまま視線を向けると、そこにある高級な革張りのソファに、衣装とメイクを身に纏った悠真が腰掛けていた。 「おはようございます。よろしくお願いします」 私は逃げ出したくなる衝動を腹の底に押し込み、彼に向かって真っ直ぐに頭を下げた。 「おはようございます。こちらこそお願いします」 悠真は立ち上がると、私に向かって頭を下げた。 無視されるかと思ったけれど、大勢人がいる手前、私を無下には出来なかったみたいだ。 「それでは、まずは動きの確認から入りましょう」 台本を片手に持った監督が私たちの間に歩み寄り、落ち着いた声で指示を出した。 周囲のスタッフたちが一斉に動きを止め、ピンと張り詰めた静寂がスタジオ全体を包み込む。 今日のシーンは、不当な扱いを受けた愛理が、単身で社長室に乗り込み、御曹司である彼に直談判を挑むという、物語序盤の重要な山場だった。 「悠真くんはソファに座ったまま、彼女をあしらうような余裕を見せてください。美羽さんは、部屋に入ってきて彼の正面に立つ。怒りを覚えながらも、決して引かない強い意志をぶつける
last update最終更新日 : 2026-09-30
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