誰もいない静まり返った自室のドアを開け、ソファに重い体を沈める。 部屋の明かりもつけないまま、私は自分の膝の上に乗せた両手をぼんやりと見つめていた。 手のひらには、白い包帯が痛々しく自己主張している。 本物のガラスへのすり替え。飴ガラスではなく、明確な悪意を持って私を傷つけようとした何者かの存在。 頭の中で何度反芻しても、行き着くのはどす黒い疑惑と恐怖だけ。 「誰が、何のためにあんなことを……」 冷え切った自室の空気の中で震えそうになったその時、静寂を切り裂くようにスマートフォンの着信音がけたたましく鳴り響いた。 画面に表示された名前に目を丸くする。 私は慌てて深呼吸をし、オーディションの極限状態や先ほどの恐怖を引きずった声色を隠すようにして、努めて明るい声で通話ボタンをタップした。 「もしもし、美羽。今、少しだけ時間あるか?」 耳元から聞こえてきたのは、どこか暢気で温かみのある低い声だった。 その日常に触れた瞬間、張り詰めていた心の糸がふっと緩んでいく。 「もしもしお兄ちゃん。時間ならあるけど、どうしたの?」 背後からは微かに車の走行音や街の喧騒が聞こえており、おそらく仕事の帰り道なのだろう。 いつもならお互いの近況をダラダラと話し始めるような関係性だが、今日の兄の声には、少しだけ言い淀むような、何かの報告をためらうような微かな緊張感が混じっていた。 何か実家でトラブルでもあったのだろうかと一瞬身構えた私の耳に、兄は思いがけない突然の報告を切り出してきた。 「実は来月から出張で、一年そっちに行くことになってさ」 予想もしていなかった急展開に、私は思わず弾かれたように背筋を伸ばし、大きな声を上げてしまった。 「えっ、本当!?」 兄はずっと地元の実家から通って仕事をしていた。それが突然、私が今一人暮らしをしているこの街へとやって来るという。 兄が近くにいるという事実は、今の私にとって信じられないほど心強かった。 「急に決まったからまだ物件も決まってなくて。少しの間でいいから、美羽の部屋に間借りさせてもらえないかな?」 どうやら本当に急に決まった話らしく、通常なら会社が手配してくれるはずのマンスリーマンションなどの手配が、赴任のタイミングに間に合っていないらしい。 少しだけ申し訳
最終更新日 : 2026-09-21 続きを読む