All Chapters of 妻の100万円の願いは拒否、初恋相手には5000万円⁉ 離婚後の天才妻は御曹司に溺愛される: Chapter 41 - Chapter 50

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第三十章 切り札は、最後まで伏せて3

*** 東条悠臣は、その状況でも動じなかった。表情ひとつ変えず、手元の資料を静かに閉じる。 まるで――ここまでの流れが、想定の範囲内だったかのように。 やがて、最終結果が会場に告げられた。「今回の案件の落札企業は――東条グループです」 一瞬、会場が静まり返る。 次いで、東条側から小さく息を吐く音が漏れた。 対して、御子柴カンパニー側の空気は重かった。智也はモニターを見つめたまま、唇を噛みしめる。 拳が、固く握られた。 負けた。それだけなら、まだよかった。 今回の入札で使った資料についても、問題が残っている。 もし、そこに研究所から流出したデータが含まれていたのなら――。 入札で敗れたこと。 そして、自社が不正に取得された可能性のある情報を利用していたこと。 二つの問題が、同時に突きつけられている。「……くそっ」 智也は、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。 勝てると思っていた。あの数字があれば、業界トップの東条グループにも負けないと思っていた。 なのにその切り札こそが、自分たちを追い詰める材料になった。 一方、悠臣は落札企業として静かに一礼した。 余計な言葉は口にしない。 勝ち誇ることもなかった。 ただ、必要なことを必要なタイミングで行っただけ。 切り札は、最後まで伏せておく。 そして――使うべき瞬間にだけ、使えばいい。 悠臣は、一度だけ澪へ視線を向けた。 その目が合う。 澪は小さく頷いた。 それだけで、十分だった。 *** 智也は、ふと澪を見た。 以前なら――澪は助けてくれた。何か知っていることがあれば、自分だけに最初に教えてくれた。 夫の会社が苦境に立たされていると知れば、黙って見ていることなどできなかったはずだ。 なのに今の澪は、何も言わない。 ただ、静かにその場に立っている。「澪……お前なら、何か――」 言いかけた言葉を、澪が静かに遮った。「申し訳ありませんが、私はあなたの会社の人間ではありません」 感情を乗せない声だった。 突き放すでもない。 責めるでもない。 ただ、事実を告げるのみ。 智也は、言葉を失った。 その一言で、ようやく気づく。 澪は自分を助ける側にはいない。新婚の頃のように、自分のために動いてくれる存在でもない。 澪はもう――自分とは別の場所に立ってい
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第三十一章 ふたつの切り札

翌朝。御子柴カンパニーでは前日の入札結果を受け、社内で使用した競合情報について確認が始まっていた。 智也は入札を担当した社員たちを会議室に集めると、険しい表情で問いただす。「昨日の入札で使った資料。あれは、どこから手に入れた?」 「いくつかの情報提供ルートを経由して、担当者が入手したものです」 「いくつかのルート?」 「はい。最初に誰が持ち込んだ情報なのかは、まだ確認できていません」 その答えに、智也は眉を寄せた。 昨日までなら、気にも留めなかった。 競合他社の動向を予測するために、担当者が集めた情報。それを社内で分析し、入札価格を決めただけだと思っていた。 だが、東条グループが提示した価格を見た今となっては、話が違う。 御子柴側が使った数字は、研究所内で限定的に共有されていた情報と、あまりにも近かった。 偶然で片づけるには、正確すぎる――。「じゃあ……誰かが、意図的に持ち出した可能性は?」 「現時点では、そこまでの証拠はありません。ただ、情報の入手経路が複数に分かれているため、最初の出どころまで辿るには、もう少し時間が必要です」 智也は黙り込んだ。 誰かが意図的に盗んだのか。それとも、別の経路から流れてきた情報なのか。 まだ何も分からない。 ただ一つ確かなのは――自分が「勝てる」と信じていた根拠そのものに、疑問が生じているということだった。「……東条グループから、何か言ってきているのか?」 「正式な問い合わせは、まだありません。しかし昨日の状況を考えると、何らかの確認が入る可能性は高いかと……」 口ごもる担当者の言葉に、智也はため息を吐きながら椅子の背へ深く身を預けた。「……分かった。引き続き調べろ」 「はい」 社員たちが退出していく。 一人残された智也は、机の上に置かれた資料へ視線を落とした。 紙の上に並んだ数字は、昨日と何も変わっていない。 それなのに今は、それが妙に不気味に見えた。 自分は、この数字を信じて入札した。 そして、その結果――負けた。 だが、本当に怖いのは敗北そのものではない。 この情報が、どこから来たものなのか。 もしそれが明らかになれば――会社に、さらなる問題が降りかかる可能性がある。 智也は、資料を静かに閉じた。 まだ、この件は終わっていない。 *** 入札から数日
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第三十一章 ふたつの切り札2

***仕事の合間。東条悠臣は、澪に静かに確認した。「研究所のほうから、何か連絡はありましたか?」業務上の質問だった。余計な私情は交えていない。「アクセス履歴を調べるそうです。誰がいつ、どの資料にアクセスしたのかも確認していると聞いています。正式な報告を待っているところです」澪が答えると、悠臣はそれ以上、踏み込まなかった。催促もしない。推測を口にすることも、余計な助言をすることもない。ただ事実を受け取り、静かに頷く。その距離感が、澪には心地よかった。少しだけ沈黙が流れる。そして――今度は、澪のほうから口を開いた。「……ただ」悠臣が視線を向ける。「アクセスした人が分かったとしても、それだけで情報を流出させた人物だとは断定できないんです」「……なるほど」悠臣は短く答えた。「閲覧できる権限を持っている人間も、複数いますから」澪はそう言って、わずかに目を伏せた。「だから、履歴だけで終わる話ではないと思います」「分かりました」悠臣は、それ以上何も言わなかった。澪自身がそこまで考えているなら、今は余計な口を挟む必要はない。ただ静かに、彼女の言葉を受け止めていた。そして――今度は、澪のほうから口を開いた。「……私的なことなんですが」悠臣が視線を向ける。「実は私、弁護士に相談していることがあります」言葉にしてから、澪自身も少し驚いた。こんな話を、自分から誰かにするつもりはなかった。けれど、なぜか悠臣には話してもいいと思った。澪は、必要な範囲だけを簡潔に伝える。離婚の準備を進めていること。智也と琴葉の関係について、証拠を集めていること。そして――もう、離婚する意思は固まっていること。感情を煽るような言い方はしなかった。過去の出来事を恨み言として語ることもしない。ただ、自分がこれから進もうとしている道を、事実として伝えた。悠臣は最後まで聞いた。途中で遮ることもない。驚いた様子を見せることも、智也への怒りを口にすることもなかった。耳を傾けながら何度か頷き、澪の言葉を一つひとつ受け止めていた。やがて、彼は静かに言った。 「宮坂主任が決めたことなら、それでいいと思います」 その一言に、澪はわずかに目を瞬かせた。 ――それでいい。 ただ、それだけ。 「私に任せてください」とは言わない。 代わりに、解決し
last updateLast Updated : 2026-10-07
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第三十二章 あなたのためには動かない

入札敗北から数日。御子柴カンパニーでは、社内に少しずつ不穏な空気が広がっていた。 智也は、競合情報の入手経路について担当者に再確認を命じる。 報告は上がってくるが、決定的な出どころは、まだ分からない。 複数のルートが混在し、どこまでが正規で、どこからが不透明なのか。その線引きすら、できずにいた。 一方で東条グループに敗れたことで、社内では智也の判断を疑問視する声も出始めている。「あの数字を、どこまで検証したのか」 「独自情報への依存が強すぎたのではないか」 直接言われることは少ない。それでも、会議の空気や向けられる視線に、その温度が滲んでいた。 これまでなら、「俺が責任を取る」 そう強気に言い切れば、それで場を収めることができた。 実際、これまで何度もそうしてきたが、今回は違う。 自分自身も、なぜあの数字を信じたのかを明確に説明できない。 智也は社長室の椅子に深く腰を沈め、手元の資料を閉じた。 ふと、澪のことを思い出す。 以前なら、仕事の数字について何か困れば、家に帰れば澪が話を聞いてくれた。 うまくいかない案件の愚痴でも、判断に迷う数字でも、彼女は黙って受け止めてくれた。 時には、こちらが見落としていたことを、的確に指摘してくれることもあった。 ――今思えば、あれは研究者としての感覚が滲んでいたのかもしれない。 あの頃の智也は、それを特別なことだとは思っていなかった。 妻なら、夫の話を聞く。 妻なら、困っている夫を支える。 それが当たり前だと思っていた。 だが今は――違う。 家に帰っても、澪はもう、自分のために動いてはくれない。話を聞いてもらうことすら、当然ではなくなっている。 智也は窓の外を見つめ、小さく息を吐いた。 敗北の余波は、会社の中だけではない。自分の内側にも、静かに広がっていた。 *** 澪は弁護士事務所で、離婚手続きについて具体的な説明を受けていた。 不貞の証拠が十分に揃ったため、今後は正式に智也へ離婚の意思を伝え、必要な手続きを進めていく段階に入るという。 慰謝料請求の方針。 財産分与の進め方。 話し合いでまとまらない場合の調停の流れ。 一つひとつが、淡々と示されていく。 澪は迷わなかった。ただ、一つだけ確認した。「相手に、私から直接話す必要はありますか?」 弁護士は
last updateLast Updated : 2026-10-08
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第三十二章 あなたのためには動かない2

*** その日の夕方。智也のもとに、入札で使用した情報について、担当者から新たな報告が入った。 研究所内部の限定情報と一致する数字について、まだ出どころは特定できていないが、いくつかの資料を照合する中で、確認したい点が出てきたという。 智也は資料を眺めながら、ふと澪の顔を思い浮かべた。 研究所のことについて詳しい、澪に聞けば分かるかもしれない。 以前なら、何も考えずに電話をかけていた。『澪なら分かるだろ』 『ちょっと確認してくれ』 そう言えば、澪は面倒そうな顔をしながらも、結局は調べてくれた。 それが、妻というものだと思っていた。 智也はスマートフォンを手に取り、澪へ電話をかけた。数回の呼び出し音のあと、澪が出る。『……はい』 「澪。今、少し時間あるか?」 『何でしょうか』 いつもと変わらない声だった。「この前の入札の件なんだが、研究所の資料について確認したいことがある」 『研究所の資料ですか?』 「ああ。御子柴側で使った情報と、研究所で限定的に共有されていた数字が近いらしくてな」 智也は、できるだけ自然な口調で続ける。「お前なら、その資料について何か分かるんじゃないか?」 電話の向こうで、短い沈黙があった。 そして、澪は静かに答えた。『その件について、私は関係ありません』 「……は?」 思わず、智也の声が低くなる。「いや、お前は研究所にいるだろ。だったら――」 『私は研究所の職員です。御子柴カンパニーの入札担当ではありません』 「そんなことは分かってるって。俺が聞きたいのは――」 『それでも、御社がどのような経路で情報を入手したのかは、私には分かりません』 淡々とした返答だった。明確な線を引いていることに、智也は苛立ちを覚えた。「……以前なら、確認してくれただろ」 口にしてから、自分でも少し違和感があった。 けれど、もう引き返せない。「こういうことがあったら、お前が調べてくれたじゃないか」 電話の向こうで、澪が息を吐く気配がした。『以前は、あなたの妻だったからです』 静かな声を耳にして、智也は言葉を失った。『今は、違います』 「……」 婚姻は継続している。それなのに、その言葉を聞いた瞬間、智也には分かった。 澪はもう、自分のためには動かない。 妻だから支えてくれる。 妻だから自
last updateLast Updated : 2026-10-09
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第三十三章 もう、戻れない

数日後。澪のもとに、弁護士から連絡が入った。智也側にも、正式に離婚の意思が伝えられたという。 離婚理由。 不貞行為に関する証拠。 慰謝料請求。 財産分与――必要な手続きが、いよいよ本格的に動き始めたことを確認する内容だった。 指定された時間に事務所を訪れると、テーブルの上には整然と書類が並んでいた。 一つひとつに目を通していく。冷静な文章と日付、証拠番号が事実として並んでいる。 感情を挟む隙間のない、手続きの言葉たち――澪は一枚の書面を手に取り、静かに見つめた。 以前なら、この一枚を渡すことさえ怖かっただろうと思う。 関係が壊れること。 責められること。 何かを失うこと。 それらの不安に押し潰されそうになって、何も決断できなかったかもしれない自分を乗り越えた。「これで、本当に始まるんですね」 小さく呟くと、弁護士は淡々と頷いた。「はい。ここからは、必要な手続きを一つずつ進めていきましょう。相手方の対応次第では調停に進む可能性もありますが、証拠は十分に揃っています」 澪は書類を元の位置に戻し、はっきりと頷いた。 正直なところ、怖い。これまでの生活が、法的な形で区切られていく感覚は、やはり重かった。 同じ家で過ごした時間や、愛する智也を献身的に支えてきた日々。これまで積み重ねてきたものが、少しずつ「過去」として整理されていく。 それでも、もう戻るつもりはなかった。 理解されることを待たない。 変わってくれることを期待しない。 あなたのために、無理をして動かない。 その選択を、自分の意志で決めた。 事務所を出ると、外は明るい昼の光に包まれていた。風が頬を撫で、いつもの街の音が聞こえる。 世界は、何も特別に変わっていない。変わったのは、自分の立ち位置だけだった。 澪はスマートフォンをバッグにしまい、研究所へ向かって歩き出した。 もう戻れない、だからこそ――これからは、自分の足で前へ進んでいく。 *** 御子柴カンパニーで仕事をしている智也のもとに、弁護士から正式な通知が届いた。 封筒を開け、中の書面に目を通した瞬間、指先に力が入る。 そこには、澪が離婚を求めていること。そして、琴葉との不貞について慰謝料請求を行う方針であることが記されていた。 智也はそこで初めて、それを現実として突きつけられた。
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第三十三章 もう、戻れない2

*** 智也は急いで、琴葉に連絡した。「もしもし、琴葉……俺たちのこと、澪に調べられていた」 電話の向こうで、琴葉の息が止まる。 動揺が声の端に滲んだのが、スマートフォンから伝わってくる。 智也は続ける。 離婚の正式な通知があったこと。 不貞の証拠が揃えられていること。 そして、慰謝料請求の方針まで含まれていること。「いっ、慰謝料……?」 その言葉を聞いた瞬間、琴葉の反応が変わった。 これまでなら、甘えるように智也へ寄りかかっていた。 心配してくれますか――そんなふうに声を落とし、自分の不安を預けるように寄ってきた。 けれど、今は違った。「これから私、どうなるんですか?」 自分の身を心配する声だった。 智也の苦境より先に、自分に降りかかるものを測っている。 智也は、そこでほんの一瞬だけ違和感を覚えた。 澪なら自分が困っているとき、まず自分のことを心配してくれた。 責められるような状況でも、感情に流されることなく、何が起きているのかを整理しようとしてくれた。 そして最後には、いつも隣にいてくれた。 少なくとも――「あなたは、大丈夫?」 そう先に聞いてくれた。 なのに琴葉は違う。 もちろん、この時点で「澪のほうがよかった」と結論づける余裕はない。状況は逼迫している。頭の中は、書類と数字と責任で埋まっていた。 ただ、胸の奥に小さな疑問が残った。(――俺が求めていたものは、これだったのか?) 答えは出ない。それでも、その違和感だけは消えなかった。小さな棘のように、胸の奥に残り続ける。 電話の向こうで、琴葉が何か言いかけた。けれど智也は、それ以上聞く気になれなかった。「……また連絡する」 それだけ告げて通話を終え、スマートフォンを机の上に置く。社長室に、静かな沈黙が落ちた。 智也は、真っ暗な画面をしばらく見つめた。 さっきの琴葉の声が、耳に残っている。 そして同時に、澪の声も蘇る。 ――以前は、あなたの妻だったからです。 ――今は、違います。 胸の奥が、わずかに痛んだ。 後悔の入口が、静かに開き始めていた。 *** 仕事の合間。休憩スペースで、澪は静かに口を開いた。「先日お話ししていた件ですが……今日、正式に手続きを始めました」 東条悠臣は資料から顔を上げた。驚きはあっても、慌てた様子
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第三十四章 崩れ始めた嘘

数日後。研究所では、入札後から続いていた情報流出の調査に進展があった。 アクセスログ、資料の閲覧履歴、限定資料を保存した端末の記録、外部への通信履歴。 これまで断片的に集められていた情報を、時系列と権限範囲に沿って改めて照合していく。 すると――一つの線が浮かび上がった。 限定資料を閲覧した人物。 その直後に行われたコピーと保存。 さらに続いていた外部への通信。 そしてその資料が本来、その人物の業務には必要のないものだったこと。 それら、すべてが一致していた。「……これです」 澪が画面上の名前を指差すと、神代も重い表情で頷いた。「持ち出しは確定だな」 犯人は、研究所の職員の一人だった。 突然の自白ではない。これまで積み上げてきた記録が、その人物を指し示していた。 しかし、ここで分かったのは、あくまで「データを持ち出した」という事実までだった。 なぜ持ち出したのか。それを誰に渡したのか。 その先は、まだ分からない。 さらに調査を進めると、流出した資料の中に、澪が担当していた研究資料が含まれていることも判明した。 その情報が持ち出された時期は、御子柴カンパニーが入札に使用した情報を入手した時期とも近い。「……御子柴カンパニーに流れた可能性がありますね」 誰かが呟くと、室内の空気がわずかに変わる。 そして、一人の職員がふと口にした。「宮坂主任は、御子柴社長の奥様でしたよね?」 一瞬、沈黙が落ちた。 研究所の内部情報を知る澪。その情報を必要としていた御子柴カンパニー。そして、二人は夫婦だった。 条件だけを並べれば――。「宮坂主任が、御子柴社長に情報を流した可能性は?」 そんな線が一度だけ浮かんだものの、研究所は憶測だけで結論を出さない。 すぐに澪自身のアクセス履歴と端末記録を確認する。 結果は、明白だった。 澪が該当資料を外部へ持ち出した記録はない。コピーした形跡もなければ、外部へ送信した記録もない。 さらに、流出したデータの一部には、澪自身が通常アクセスできない管理情報まで含まれていた。「……宮坂主任が流した線は、ありません」 調査担当者が静かに告げる。「むしろ、宮坂主任が担当していた資料を、第三者が持ち出したと考えるほうが自然です」 澪は黙って画面を見つめた。 自分の名前が疑いの中に置かれた
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第三十四章 崩れ始めた嘘2

*** 一方、御子柴カンパニーにも、研究所から流出した可能性が高いとの報告が入った。 さらに入札で使用した情報そのものが、不正に取得された可能性があるという。 智也は、資料を握ったまま言葉を失った。 自分がデータを盗んだわけではない。最初に情報を持ち込んだわけでもない。 入手した情報を「独自情報」だと信じ、精度の高さに安心して、勝利を確信していた。 あのとき、本当に何も知らなかった。 だからこそ――余計に重かった。 知らなかったことと責任を問われないのは、別のことだった。 会議室に重い沈黙が落ちる。 外部から問い合わせが入る可能性や取引先への説明。会社の信用への影響など、避けて通れない問題が、次々と浮かび上がってくる。 智也は資料を置き、低い声で指示した。「情報の入手経路を、最初から洗い直せ。このまま知らなかったでは済まされない」 声には、いつもの強さがあった。 けれど、その奥には隠しきれない焦りが滲んでいる。 自分が信じていた「勝てる根拠」が、今度は会社を揺るがす火種になっていた。 崩れ始めた嘘は、ついに――智也自身の足元だけではなく、会社の土台まで揺らし始めていた。 *** 智也は、迷うことなく琴葉に電話をかけた。「お前、研究所の情報について何か知らないか?」 いきなりの問いだった。電話の向こうで、琴葉の息が止まる。「智也さん……それ、何の話ですか」 「何って、うちが使った競合情報だ。研究所から流出した可能性が高いと言われている」 智也は一度言葉を切った。「お前、以前、知り合いからうちの入札に関わる情報を聞いたと言っていたな」 琴葉は答えに詰まった。自分の「知り合い」が、研究所から流出した情報と繋がっている。 その事実を琴葉は知らなかったが、何も知らないわけでもない。「……少し聞いただけです。御子柴カンパニーの入札に関わる話だと。でも、そんな大事な情報だとは思わなくて……」 「じゃあ、お前は何を知ってる?」 智也の声が低くなる。それは、恋人に向ける声ではなかった。 琴葉は、スマートフォンを握り直した。「私は、本当に聞いただけです。智也さんに不利になるようなことは、何も――」 「不利になるかどうかは、俺が決める」 短い沈黙が落ちた。 琴葉は、それ以上何も言えなかった。 以前なら、智也の声に
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第三十四章 崩れ始めた嘘3

*** 食事の席では和やかな雰囲気の中、仕事とは関係のない話が続いた。 好きな食べ物や休日の過ごし方。研究所に入ったきっかけ、子どもの頃の夢。苦手なものなど、どれも今までなら話す必要のなかったものばかりだった。 仕事の資料もない。数字もない。お互いの肩書きもない。 ただ、目の前にいる相手と話をしている。 しばらくして、悠臣がふと訊ねた。「宮坂主任は、仕事以外ではどんな人なんですか?」 澪は少し考えてから、正直に答える。「……私も、よく分からないです」 口にしてみると、不思議な答えだった。 家ではずっと「妻」として、職場では「研究者」として求められる形に合わせ、必要とされる自分でいようと努力を重ねてきた。(私……その役割を外したら、自分には何が残るのだろう――) 澪自身、それを考えたことがなかった。「自分のことなのに、答えられないなんて変ですよね」 少し笑ってそう言うと、悠臣は首を横に振った。「そうでしょうか」 そして、少し考えるように間を置いてから続けた。「だったら、これから見つければいいんじゃないですか」 悠臣のセリフに、澪は黙った。「これから」――その言葉が、不思議なくらい胸に残った。「あなたはこういう人だ」と決めつけるわけでもない。 足りないものを、誰かが埋めてくれるわけでもない。自分自身について、これから知っていけばいい。 そう言われた気がした。 澪はフォークを置き、肩の力を抜きながら少しだけ笑った。「……そうですね」 その笑顔を見て、悠臣もわずかに口元を緩める。 それ以上は、何も言わなかった。 *** 食事の帰り道。街灯の下を、二人が並んで歩く。 仕事の打ち合わせを終えたときのような、急ぎ足ではない。自然と歩調が揃っていた。 澪が、静かに口を開く。「今日は……ありがとうございました」 「こちらこそ」 悠臣は前を向いたまま答えた。「思っていたより、楽しかったです」 澪が少し驚いたように顔を向ける。「……思っていたより?」 「だって仕事中とは、少し違いましたから。いろんなお話が聞けて楽しかったです」 その言葉に、澪は小さく笑った。気負いのない、ナチュラルな笑みだった。 悠臣はその横顔を見て、ほんの一瞬だけ何かを言いかける。 けれど、結局は口にしなかった。 今は、この距離でい
last updateLast Updated : 2026-10-14
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