妻の100万円の願いは拒否、初恋相手には5000万円⁉ 離婚後の天才妻は御曹司に溺愛される のすべてのチャプター: チャプター 51 - チャプター 60

67 チャプター

第三十五章 隠していたもの

 追加調査を受け、研究所では琴葉と職員との接点について、さらに詳しい確認が進められていた。 調査担当者が照合しているのは、二人が接触した日時だけではない。 その前後の通信履歴。職員がデータを持ち出した時期。琴葉が情報を知り得たタイミング。そして、外部の情報提供者との接触記録。 修復されたログをもとに、それぞれの記録を重ねていくと、偶然とは言い切れない一致がいくつか浮かび上がった。 接触の直後に増えている通信。データが持ち出された時期と重なる、琴葉側の動き。 ただし、現時点で「琴葉が職員にデータを盗ませた」と断定できる証拠はなかった。 むしろ、調査によって見えてきたのは、別の可能性だった。 研究所の職員がデータを外部へ持ち出し、それを第三者に渡した。その人物と琴葉には仕事上の接点があり、琴葉もまた、何らかの情報を受け取っていた可能性がある。 情報が渡った経路は、まだすべて明らかになっていない。 調査担当者は資料をまとめ、会議室に集まった関係者へ報告した。「白石さんが情報の出どころを知らなかったとしても、何らかの情報を受け取っていた可能性はあります」 「受け取った情報が、持ち出されたデータと同じものだったということか?」 神代が確認すると、調査担当者は慎重に言葉を選んだ。「現時点では、そこまで断定できません。ただ、接触の時期や通信履歴を照合すると、無関係だと片づけることも難しい状況です」 神代は資料に目を落とした。 情報を盗み出した職員だけでなく、その先にも情報が渡っていた可能性がある。もし、その情報が入札に関わる形で利用されていたのなら、研究所内部の問題だけでは済まない。「……白石さんは、何を知っていたんでしょう」 澪は静かに尋ねた。 琴葉が情報を受け取っていたとしても、それだけで不正への関与が確定するわけではない。けれど何を知り、どこまで事情を理解していたのか。それを確かめなければ、次の判断には進めなかった。「そこを明らかにする必要がある。情報の出どころを知っていたのか、不正に取得されたものだと認識していたのか。それによっても、意味は変わってくる」 神代の言葉に、澪は短く頷いた。 琴葉を追い詰めたいわけではなかった。 ただ、知りたかった。 何が起きたのか。誰が何を知っていたのか。そして、どこから先が意図的な行為だったのか
last update最終更新日 : 2026-10-15
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第三十五章 隠していたもの2

*** 琴葉を電話で呼び出し、二人きりになったところで、智也は低い声で切り出した。「前に言っていた『知り合い』って、誰だ?」 訊ねられた瞬間、琴葉の表情がわずかに強張った。「……仕事関係の人です」 「名前は?」 重ねて問われ、琴葉は一瞬だけ視線を泳がせる。「……言っても、私には何も分からないですよ」 途端に、智也の目が冷めたものになった。「分からないかどうかを決めるのは、お前じゃない」 その言葉に、琴葉は息を呑んだ。 以前なら困った顔をすれば、智也が気遣ってくれた。自分の言葉を信じ、面倒なことから遠ざけてくれる。そう思っていた。 でも、目の前の智也は違う。彼が知りたいのは琴葉の不安でも、彼女が困っている理由でもない。 自分が入札で使った情報が、どこから来たのか。何を知っていたのか。 それを確かめようとしているのだ。 智也は、自分の立場を守ろうとしている。 そのことを理解した瞬間、琴葉の中で何かが変わった。 彼が自分を守ってくれるとは限らない。ならば、自分も自分の身を守らなければならなかった。「……私は、その人から入札の数字について聞いただけです。全部じゃないですよ」 琴葉は、慎重に言葉を選びながら話し始めた。「御子柴カンパニーが次の入札で使う数字だって」 「その数字が、どこから来たものだっていうのは?」 「知りません。研究所から盗まれた情報だなんて、聞いていませんでした」 その説明に、嘘があるのか。 智也は、琴葉の顔をじっと見つめた。 琴葉は、情報を盗み出したわけではない。少なくとも今の話だけでは、彼女が不正を指示したとは言い切れなかった。 しかし、引っかかることは残っている。「……数字の出どころを聞かなかったのか?」 琴葉の指先が、膝の上でわずかに動いた。「それは……」 一瞬のためらい。「聞いたことはあります。でも、詳しくは教えてもらえなくて。使える情報だって言われたから……」 そこまで話して、琴葉は口を閉じた。 それ以上は、言いたくなかった。疑問を抱いたことも、それでも深く追及しなかったことも。 話せば話すほど、自分が何も知らなかったとは言い切れなくなる。 智也は黙ったまま、琴葉を見ていた。 彼女が完全な犯人だという証拠はない。 だが、何も知らなかったわけでもなさそうだった。 知って
last update最終更新日 : 2026-10-16
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第三十五章 隠していたもの3

*** 食事の翌日。研究所で、澪と悠臣は顔を合わせた。 二人とも、いつもと変わらず仕事を進める。 資料の確認。 数値の照合。 必要な情報の共有。 特別な間も、意味ありげな視線もない。あくまで業務の延長として、いつものやり取りが続いた。 その合間に、悠臣がふと口を開いた。「昨日は、ありがとうございました」 澪は手元の資料から顔を上げ、自然に答えた。「こちらこそ。楽しかったです」 それだけだった。余計な言葉を重ねることもなく、二人は再び仕事に戻った。 モニターの光が、いつものように机を照らしている。 澪は資料を確認しながら、ふと昨夜の会話を思い出した。 仕事とは関係のない話を、あんなふうにしたのは久しぶりだった。 好きな食べ物。 休日の過ごし方。 子どもの頃に思い描いていた夢。 正直どれも、特別な話題ではない。けれど夫だった智也とも、いつの間にか仕事や家のことばかり話すようになっていた。 今日の予定。 家で必要なもの。 互いの都合や、果たすべき役割。 会話はいつも何かを確認したり、決め事ばかりだった。 この間のような会話を誰かに話す機会は、いつの間にかなくなっていた。 昨夜は、それを久しぶりに思い出した。自分の話をすることに、特別な理由はいらなかったのだと。 悠臣とは、まだ何も始まっていない。仕事上の関係があり、昨日は仕事を離れて食事をした。それだけだ。 約束が増えたわけでも、互いの関係が変わったわけでもない。 ただ、自分のことを話してもいい。そんな当たり前の感覚を、久しぶりに思い出した。 澪は小さく息を吐き、手元の資料へ視線を戻した。 確認すべき数値は、まだ残っている。今日も、やるべき仕事がある。 その日常は何も変わらない。その中に自分自身のことを考える余白が、ほんの少し戻ってきたような気がした。 そんなことを考えていると、悠臣が研究所の件について口を開いた。「今回の件、宮坂主任が責任を負う必要はありません」 澪は資料から顔を上げた。「……でも、私の研究資料も流出しています」 「ええ。ですから流出の経緯と責任の所在は、きちんと分けて考える必要があります」 悠臣は、落ち着いた口調で続けた。「資料が流出したことと、宮坂主任に責任があることは、別の話です。被害を受けた側が、自分を責める
last update最終更新日 : 2026-10-17
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第三十六章 逃げ道の先

琴葉は、過去のメッセージを見返すのをやめた。画面を伏せても、あの一文は目に焼き付いている。 『この数字、御子柴さんに伝えてもいいですよ』 何気ない依頼に見えた言葉が、今は限りなく重い。 自分が情報を伝える役割を担っていたことは、認めざるを得ない。けれど、データを盗んだわけでも、不正取得を指示したわけでもない。 そこだけは、自分の中で線を引ける。 問題は、その先だった。琴葉は、自分が責任を問われる可能性を考え始める。 調査が進めば、接触の記録から何が分かるかもしれない。知っていたのか、知らなかったのか。どこまで関与したのか。 その境界が、曖昧なままではいられない。 このことを智也にすべてを話すべきか。それとも、自分に不利な部分は伏せておくべきか。 全部を話せば、智也の疑いは深まるかもしれない。伏せれば、後から発覚したときの打撃は大きい。 どちらを選んでも、自分の身は危うい。 結局、琴葉はまだ決断できなかった。しかもこれ以上、何も考えずに相手の言葉を信じることはできなくなっていた。 使える情報だと言われ、出どころを深く聞かず、都合のいい数字として受け取った自分。その甘さが、今になって足元を抉っている。 琴葉は部屋の明かりを消し、暗い中で小さく息を吐いた。逃げ道は、まだあるように見える。 けれどその先がどこへ続いているのかは、もう分からなくなっていた。 *** 御子柴カンパニーでは、情報流出に関する調査が続いていた。 会社の調査担当者から智也へ、琴葉と情報提供者の接点について、新たな報告が入る。 資料には接触した日時と、その前後に確認されたやり取りの記録がまとめられていた。 琴葉が入札に関する数字を受け取り、御子柴カンパニーへ伝えるよう依頼されていた可能性がある。 直接、データを盗み出すよう指示した記録ではない。 しかし、情報の受け渡しに関与していた可能性は、もはや無視できなかった。 智也は報告書に目を落としたまま、指を止めた。 琴葉が以前話していた「知り合い」の存在を思い出す。仕事関係の人だと言い、名前を濁し、詳しいことは知らなかったと話していた。 あのときは、それ以上追及しなかった。 今になって考えれば、確認すべきことはいくつもあったはずだ。 琴葉が情報を盗み出したとは限らない。その知り合いが、データを持ち出した職員
last update最終更新日 : 2026-10-18
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第三十七章 明らかになる接点

智也は、琴葉から聞いた話を繰り返し問いただすのではなく、別の手を打つことにした。 彼女が名前を明かさなかった情報提供者について、会社の調査担当者に独自の確認を進めるよう指示する。「白石琴葉の言葉だけを追うな。記録で辿れ」 短い指示だった。 感情を挟まず、事実だけを積み上げる。それが今、智也にできることだった。 調査では、入札情報が社内に持ち込まれるまでの経路と、関係者間の接触記録を時系列に沿って照合していく。 誰がデータを持ち出し、誰が情報を受け取り、どの段階で御子柴カンパニーに伝わったのか。確認できた事実と、まだ裏づけのない推測を分けて整理する作業が、連日続けられた。 智也は、琴葉が情報を伝えたという事実だけで、データ流出そのものを指示したと決めつけるつもりはなかった。 彼女自身がデータを盗んだのか、不正取得を指示したのか。それを裏づける事実は、まだ確認されていない。 しかし、情報の入手経路を確認しないまま利用した自社の判断については、別の問題として向き合わなければならない。 個人が何を知っていたかとは別に、情報を利用した事実は残る。 社長として、その責任からは逃れられなかった。 調査担当者が、途中経過をまとめた資料を差し出した。「接触記録の一部に、まだ特定できていない人物がいます。ただ、情報が受け渡された経路については、少しずつ輪郭が見えてきました」 智也は資料に目を落とした。 まだ、全容には届いていない。 それでも誰が何を知り、どの段階で情報が渡されたのか。その接点を一つずつ辿ることで、これまで曖昧だった経路が明らかになり始めていた。 智也は資料を閉じ、調査の継続を指示した。 今度こそ推測ではなく、確かな事実をもとに判断するために。 *** それと並行して、東条グループや関係する取引先への説明準備が進められていた。 智也は、現時点で確認できている事実を説明資料にまとめる一方、原因が特定できていない部分については断定を避けるよう指示した。「何度も言ってるが、分かっていることと、分かっていないことを混ぜるな。推測で埋めるな」 会議室内に、その声が低く落ちる。 担当者たちは頷き、資料の表現を一つひとつ見直していく。 だが、説明を整えれば済む問題ではなかった。 入札に使用した情報が、正当な経路で取得されたものだ
last update最終更新日 : 2026-10-19
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第三十八章 焦燥が暴いたもの

琴葉は、澪が勤める研究所を突然訪れた。エントランスの受付で名前を告げ、取り次ぎを求める。しかしアポイントメントもなく、来訪目的の説明もはっきりしない。 職員は丁寧に、しかしハッキリと断る。「本日のご予約は確認できません。お用件を伺ったうえで、改めて調整を……」 「は? 嫌よ!」 それでも琴葉は引き下がらなかった。 これまで保っていた上品な余裕が少しずつ剥がれていき、焦りが声の端に滲む。 「宮坂澪さんに会わせてください。どうしても、本人に聞かなければならないことがあるんです!」 声がホールに響く。そのせいで、周囲の視線が一斉に集まった。来訪者や職員が足を止め、何事かと振り返る。 受付は対応に困り、内部へ慌てて連絡を入れる。「宮坂主任にお取り次ぎいたします。少々お待ちください」 琴葉はカウンターに両手をついたまま、呼吸を整えるように肩を上下させた。 冷静を装おうとしても、焦燥が態度に出ている。 研究所の静かな空間に、場違いな熱だけが不自然に広がっていた。 *** そのとき、澪と話をするために研究所を訪れた智也が、受付で騒いでいる琴葉を目撃した。 足が自然と止まる。 なぜ琴葉がここにいるのか。何をしに来たのか。 思い当たる理由はなかった。それなのに、彼女は明らかに取り乱している。 智也が声をかけるより先に、澪が受付に姿を現した。 白衣の裾をわずかに揺らし、静かな足取りで近づいてくる。表情は冷静だった。騒ぎの中心に自分がいることを理解したうえで、まず場を収めようとしている。 琴葉は澪を見つけると、周囲の状況も忘れたように詰め寄った。「宮坂先輩、どこまで知っているんですか?」 声が尖る。それは詰問だった。 琴葉の様子を見ても澪は一歩も退かず、しかし感情で押し返すこともしなかった。「ここは研究所です。用件があるなら、落ち着いて話してください。白石さんは、何を確認しに来たんですか」 相手を宥める言葉なのに、そこには琴葉の勢いに流されない強さがあった。 智也は、少し離れた場所から二人のやり取りを見守っていた。声をかけるタイミングを失い、ただ立ち尽くす。 琴葉の焦りも澪の冷静さも、かつて自分が知っていた二人の姿とは違って見えた。 *** 突然現れた琴葉に、澪は訝しげな表情を浮かべた。「宮坂先輩、わかってます?」
last update最終更新日 : 2026-10-20
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第三十九章 もう、頼れない

琴葉が立ち去ったあとも、智也はすぐには動けなかった。 澪に話をするために研究所を訪れたはずだった。けれど、目の前で琴葉と対峙する澪を見て、声をかける機会を失っていた。 かつての妻とは違う冷静な姿。自分のためには動かないという、明確な距離。 その二つが、胸の奥に重く残っていた。 周囲の視線が散り、受付の騒ぎが収まったところで、智也はようやく澪に近づき、大きな声をかける。「……澪、少し話がある!」 澪が振り返る。その表情に、大きな変化はなかった。 突然声をかけられたことに驚く様子も、彼が何を話そうとしているのか気にする素振りもない。「お話でしたら、こちらで伺います」 それは、淡々とした返答だった。 以前の澪なら、智也の話を聞くために場所を移していたかもしれない。 周囲に気を配って休憩室あたりに案内し、二人で話せる時間を作ってくれたかもしれない。 けれど、今の澪はそうしなかった。 仕事中だからというだけではない。必要以上に私的なやり取りをする理由が、もう彼女にはないのだろう。 研究所の廊下には、職員たちが行き交っている。 智也にとっては、落ち着いて話せる場所とは言い難かった。それでも澪は、ここで十分だと言うように彼を見ていた。 智也は戸惑いを押し隠し、この場で口を開くしかなかった。 言葉を交わす前から見えない壁が、二人の間に静かに横たわっていた。 智也は思いきって、離婚について話し合いたいと切り出した。 弁護士から手続きの進捗は聞いているが、まだ納得できていなかった。 澪が本当に離婚を望んでいるのか。自分とやり直す余地は、もう残されていないのか。 直接話せば、考えを変えてくれるのではないか。そんな期待を捨てきれずにいた。「俺は、まだ離婚するつもりはない」 澪は驚きも怒りも見せず、静かに答えた。「私は、離婚する意思をお伝えしています」 「だから、もう一度話し合いたいと言っているんだ」 智也は思わず声に力を込めた。 これまでの結婚生活を、すべて否定するような終わり方はしたくない。自分にも言い分がある。澪の気持ちを聞かないまま、結論を出したくはない。 そうした言葉を重ねながら、智也は何とか離婚を思いとどまらせようとした。「澪、聞いてくれ。全部が間違っていたわけじゃないだろう。やり直せる部分も、きっとあるはずだ」 「
last update最終更新日 : 2026-10-21
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第三十九章 もう、頼れない2

*** 離婚の話を続けても、進展は望めない。 そう悟った智也は、話題を研究所の情報流出へと移した。 入札で使用した情報の出所が問題になっていること。会社として調査を進めているものの、まだ不明な点が多いこと。そして、琴葉が研究所の人間と接点を持っていた可能性が浮上していること。 智也は、把握している状況を説明した。「君なら、何か分かるんじゃないかと思って……」 その言葉に、澪の表情がわずかに変わった。 智也は、澪が研究所に勤めていることも、研究データの扱いを理解していることも知っている。彼女なら、何か手がかりを見つけられるかもしれない。 妻としての情に頼るのではなく、現場を知る人間として、その知識を借りたい。 少なくとも、智也自身はそう考えていた。「前にも言いましたが、私はあなたの会社の人間ではありません。研究所の情報を、あなたのために提供することもできません」 澪の返答は、明確だった。「そういう意味で言っているんじゃない」 思わず口をついて出た言葉に、智也自身もわずかに戸惑った。「では、どういう意味ですか?」 澪は問い返しただけだった。責めるような口調ではない。それでも、智也はすぐに答えられなかった。 自分が求めているのは、情報そのものなのか。それとも、以前のように自分の事情を理解し、何も言わずとも支えてくれる澪なのか。 研究所に勤める人間としての知識を借りたいのなら、彼女が情報を提供できないと答えた時点で、引き下がるべきだった。 それなのに、納得できない。 澪が協力できないことよりも、協力しようとさえしてくれないことが、どこかで引っかかっていた。 智也は、その感情をうまく言葉にできなかった。 頼れると思っていた相手は、もう「あなたのため」には動かない。 研究所の廊下に落ちた沈黙が、その事実を突きつけていた。 智也は、澪が自分を疑っているのかと訊ねた。「……俺が、わざと情報を盗ませたと思っているのか?」 澪はすぐには答えず、彼をまっすぐに見た。「私は、誰かを疑うために調査しているわけではありません。確認できた事実をもとに判断するだけです」 智也がデータを盗んだと、澪は決めつけていない。 けれど、彼が出所の確かでない情報を利用したことと、その結果について会社として責任を問われることは、別の問題だった。「俺は
last update最終更新日 : 2026-10-22
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第四十章 特別扱いの終わり

研究所で澪と琴葉のやり取りを目撃した智也は、琴葉の様子がいつもと違っていたことを気にかけていた。 感情をむき出しにして澪に詰め寄り、声を荒らげる姿。 普段なら上品な笑みを浮かべ、甘えた言葉で相手の懐に入り込む琴葉が、あれほど取り乱すのは珍しかった。 何かを恐れている。 そう感じた智也は急いで琴葉を呼び出し、単刀直入に問いただした。「どうして研究所に来たんだ?」 「え……?」 「澪に何を言った?」 琴葉は一瞬、言葉に詰まった。「ただ、話をしに行っただけです。宮坂先輩のことが気になっていたから、直接聞きたかっただけで……」 言い訳を重ねる琴葉に、智也は納得しなかった。 あの場で見た琴葉は、単に澪と話をするために訪れた人間の様子ではなかった。何かに追い詰められ、冷静さを失っているように智也の目に映った。「それと、山下という名前が聞こえた。誰のことだ?」 その瞬間、琴葉の表情がわずかに強張った。 研究所で思わず口にした名前。それが智也の耳に届いていたとは、考えていなかったのだ。「……どうして、その名前を?」 「聞こえたから聞いている。誰なんだ?」 「だから、以前話したでしょう。仕事で知り合った人です」 「仕事で知り合った相手が、なぜ澪の前で名前に出てくる?」 琴葉は言葉に詰まった。 知らないと否定すれば、なぜ澪との会話でその名前を出したのか説明がつかない。かといって、山下との接点を認めれば、智也に隠していたことまで明らかになるかもしれない。「……それは」 「名前を出した以上、知らないでは済まない。何を隠している?」 智也の問いに、琴葉は唇を噛んだ。 これ以上ごまかすのは難しい。そう判断したのか、琴葉はしばらく口をつぐんだ後、観念したようにスマートフォンを取り出した。「……これを見てください」 画面には、山下とのメッセージが残されていた。そこには、山下から送られた一文があった。『御子柴さんにこの数字を伝えていいですよ』 日時も文面も、画面に残っている。 智也は、そのメッセージを見て表情を険しくした。「……これは、いつの連絡だ?」 琴葉はすぐには答えなかった。 競合他社の入札情報が、どのような経路で自分の会社に伝わったのか。まだ全容は明らかになっていない。 それでも、山下が琴葉に数字を伝えるよう指示していたこ
last update最終更新日 : 2026-10-23
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第四十一章 消せない記録

「今すぐ俺の目の前で確認して、すべて見せてくれ。今回の情報がどこから来たのか、会社として調べる必要がある」 智也の声に、琴葉は目に見えて動揺した。「……今、ここでですか?」 「そうだ。何か問題があるのか?」 「問題というか……仕事関係のやり取りもありますし、全部見せる必要はないんじゃないですか?」 その言葉に、智也の眉間へ深い皺が寄った。「全部見せろと言ったのは、今回の情報に関係するやり取りだ。仕事の連絡を片っ端から見せろと言っているわけじゃない」 「それは、分かっています。でも……」 琴葉はスマートフォンを握りしめたまま、画面を見下ろした。 いつもなら、こんなときでも困ったように微笑み、相手の気持ちをなだめる言葉を探したはずだ。しかしながら、今の彼女にはその余裕がない。 智也は、苛立ちを隠さずに言った。「琴葉。俺は、お前を責めるためだけに聞いているんじゃない。会社に関わる問題だから確認しているんだ」 「……はい」 ようやく返事をした琴葉は、メッセージアプリを開いた。履歴を遡る指先が、何度も止まる。 智也は黙って、その様子を見ていた。 やがて、琴葉が一つの画面を表示した。 そこには、山下とのやり取りが残っていた。『御子柴さんに、この数字を伝えてもいいですよ』 その下には、入札に関係する数字が記されている。 智也は画面を覗き込み、送信日時を確認した。入札を控えていた時期と一致している。「……このメッセージだけか?」 「そうです。数字を伝えてほしいと言われたのは、これです」 「その前後のやり取りは?」 「少し、仕事の話をしています。でも今回の数字については、これだけです」 「見せてくれ」 琴葉は一瞬ためらったものの、言われたとおりに画面をスクロールした。 智也は、表示されたメッセージを一つずつ確認した。そこに、情報の入手先を明確に示す言葉はなかった。 山下がどこから数字を得たのか。なぜ琴葉に伝えたのか。そして、なぜ自分に渡すよう指示したのか。 肝心な部分は、何も分からない。「山下から、この数字を受け取った。それを俺に伝えようとした。間違いないな?」 「……はい」 「お前は、この数字がどこから来たのか、確認したのか?」 琴葉の唇がわずかに引き結ばれた。「一度だけ聞きました。でも、山下さんは気にしなくていい
last update最終更新日 : 2026-10-24
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