空欄は、ただの空白ではない。 書き忘れかもしれない。 確認漏れかもしれない。 急いでいたのかもしれない。 誰かが意図的に残した穴かもしれない。 あるいは、誰もそこに何かを書くべきだと思っていなかったのかもしれない。 王妃基金の帳簿を開くたび、エレノアはそのことを思い知るようになっていた。 数字がある場所は、まだ追える。 日付があるなら、その日の出来事と照合できる。 名前があるなら、その人物を呼べる。 印があるなら、責任者を問える。 品目があるなら、現物を探せる。 だが、空欄は違う。 何も書かれていない。 だから、何も起きなかったように見える。 けれど本当に何も起きなかったのか、誰かが書かなかっただけなのかは、そこから調べなければ分からない。 王太子ユリウスが薬草園で言った言葉。 ――空欄を見る練習が必要だ。 その言葉は、次の評議会の中心になった。 王妃基金評議会、第二回。 中会議室の机には、薬草園から持ち帰った三つの小袋が置かれている。 良品。 悪品。 粗悪品。 そして、その横には古い薬草納入記録の写しが並んでいた。 日付の抜けた欄。 乾燥日のない欄。 品質確認者の印がない欄。 納入業者名だけが書かれ、現物確認欄が空白のままになっている欄。 会議の最初に発言したのは、薬草園管理人ガスパルだった。 第一回評議会の決定通り、現場代表の発言から始める。 ガスパルは立ち上がることもなく、机の上の袋を指で叩いた。「まず、これを嗅いでください」 財務監査官ロウエルは一瞬だけ眉を上げた。「全員ですか」
Last Updated : 2026-09-26 Read more