All Chapters of 異世界はつらいよ: Chapter 21 - Chapter 30

49 Chapters

10-2

 それから俺たちの元には、ぽつぽつと依頼が舞い込むようになった。 ポムの予想通り、防衛都市の周辺にある村は、基本的に辺境伯の〝行政の加護〟から取りこぼされている。 井戸は分かりやすい例だが、生活に密着した大事なライフラインであるにも関わらず、掘るとなったら村が総出になっても解決はされない。 だから依頼主はみな、どこか必死さはあれど、ちょっと諦めている気配があり、うまくいった時はだいたいものすごく感謝される。 一番ワケがわからんのは、スカーレットが毎回ついてくることだ。 クロワールから見張ってろと言われてのことらしいが、どっちかっていうと、行きと帰りのブランシュ嬢の見送りと出迎え目的な気がしなくもない。 まあ、あの声、あの顔で「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」を言ってもらえるのは、俺だって嬉しいので、気持ちはわからなくもないが。 未だ顔を見て「ただいま帰りました」と言えない自分の意気地のなさには呆れる。 最近では、ポムの後に〝おかえりのハグ〟をしてもらえるようになった。 スカーレットが妬みの混ざった視線を送ってくるのがちょっと気持ちいいのだが。 反面、そこでブランシュ嬢にギュッとされると、柔らかいボディの感触と鼻をくすぐる良い匂いに、緊張のあまりピシッと固まってしまうのだ。 するとスカーレットが、憐れみというか同情というか、とにかくうんうん頷きながらにやあっと笑うのがものすごくムカツク。「タイガ! 今回はすごいよ!」 ポムが、嬉しそうに言った。「なにがすごいんだよ?」「うん。今回は今までと違って、大きめの依頼だから! 上手く行けば元金の二割ぐらいは返せるかも!」「金貨二枚かっ?! そいつぁ、すげえな!」 返事は、俺じゃなくてスカーレットがした。「別に、スカに感心されたくなんてないんですけど〜」「俺はこれでも、ポムが借金完済出来るといいと思ってんだぜ」 耳を寝かせて不機嫌に言ったポムに、スカーレットはふふんって顔で返した。 まぁ、ポムが……ではなく、ブ
last updateLast Updated : 2026-08-17
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10-3

 依頼状を持って訪れた村は、ポムが手紙を見せるとすんなり中に入れてくれた。  到着した村は、なんだかとても落ち着かない。  小麦畑が延々と続くその真ん中に、防衛都市ほどじゃないが堀と土壁で魔物避けの防衛線を作り、住民の家はその内側に建っている。  いざという時、畑は切り捨て村民の命だけは最低限守る……って形になってるっぽい。 村の様子が落ち着かないのは、中央にある広場に村人のほとんどが集まって、がやがややってる所為だろう。  この村の住人は、頭髪が黒と茶色と白のシマになっていて、頭部にはちっちゃくて先端は丸いが、全体に尖った感じのケモ耳が付いている。  シマリス獣人らしく、尻にはもふっとでかい尻尾が生えていた。 広場には朝礼台みたいなものが作られていて、傍には鼓笛隊と呼ぶにはやや貧相な、太鼓と笛を持った村人が三人ばかり立っていた。  集まった村人は朝礼台に向かって各々好き勝手に立っていて、別に整列はしていない。「なんだろう? 豊穣祭にしては地味な感じだけど……」 「てか、豊穣祭なら季節が早すぎんだろ」 首を傾げているポムとスカーレットに、村長らしきじいさんが話しかけてきた。「わざわざお越しくださって、ありがとうございます」 「あの〜、この台とか、なんですか?」 「実はこれから、村に伝わる口伝の祭をするところなのです」 「僕ら、トラブル解決に呼ばれたんですが」 「はい、分かっております。ですがこの解決に保証は無いとのお話だったので、こちらでも出来る手は全て尽くすべきと考えまして、古い祭を復活させた次第で……」 「なんだよ、信用ねえなぁ」 言ったスカーレットの横っ腹を、ポムが肘で強くどついた。「わかりました。それなら僕らは、お話が出来るようになるまで待たせていただきます」 ポムは物分り良さそうな顔で、村長との話を切り上げた。「なんだよ。さっさとタイガに踊ってもらやいいじゃんか」 「あっちの言ってるコトを遮ると、心象が悪くなるんだよ! いいから脳筋は黙ってれ」 貴賓席なのか、部外者
last updateLast Updated : 2026-08-17
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10-4

 祭が始まったのはわかるのだが、俺はなんだか尻の辺りがムズムズしてきて、静かに座っているのが難しくなった。「ちょっとタイガ、なにをもじもじしてるのさ?」「いや、よくワカランが……、イライラする」 そうだ、これはムズムズではなく、イライラだ。 すごく神経に触って、言葉通りなにかを逆なでされているような気分だ。 俺はイライラの原因を考えて……というより、むしろそれ以外何も考えられなくなった。 確かに彼らの動きは、校庭でラジオ体操をする光景が見慣れている日本人には、てんでバラバラ過ぎて不快なんだが── しかしそれはあくまでも、視覚的な……というか。 表層意識的なものに過ぎず、スルーしようと思えば出来る範疇のものだ。 だが深層心理的に我慢出来ない、本質的なイライラがどうしても止まらない。 これは……。 このイライラの正体は、一体なんだ?「モルデノカージュエダンスアラジョワ!」 台の上の屈強な男が、再び耳障りの悪い呪文を叫んだ。「あーーーーっ!」 俺は叫んで、ガッつと立ち上がる。「なに? なんなの?」 隣でつまらなそうに祭を眺めていたポムが、俺の叫びに驚いてぴょんと飛んだ。「あの呪文だっ!」「ええっ? なにがぁ?」 ポムに返事をせず、俺は椅子を蹴倒して広場に走り出る。 そして、ショボイ鼓笛隊の前に立って「演奏中止!」と叫び、更に台の上にムリヤリ上がると、そこで音頭を取っている男にビシッと人差し指を差し向けた。「そうじゃなくて、こうっ!」 バッと腕を振り上げ、俺は〝決めポーズ〟で静止したあと。「もりのこかげでどんじゃらほい!」 と叫んだ。 唖然として動きを止めた村人たちの衆目の中、俺はタンタンシャンシャンと合いの手まで自分で入れて、森のこびとを全力で踊る。 毎度おなじみの「ほいっ! ほ
last updateLast Updated : 2026-08-17
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11-1:イカイとセイジョと中二病

 村人たちの興奮が冷めないので、村長は俺たちを村で一番デッカイ自宅に招いて、ようやく人心地がついた。「いつにもまして、今回の魔法はすごかったな!」 村人と同レベルで興奮している、スカーレットが言った。「胴上げまでされちゃってねぇ」 ポムが細目をますます糸みたいに細めて、ニヤニヤ笑っている。「……胴上げって、されると意外に怖いんだな……」 自分の体が宙に舞ったあと、下の人達がちゃんと受け止めてくれるかどうかがわからない恐怖は、そこらのローラーコースターよりも怖かった。「いやあ、ありがとうございます。まさか本物のセイジョ様をお連れくださるとは……」 話をしている俺たちのところに、村長のじいさんがやってきた。「あの〜う、俺は男なんですけど?」 村長が〝聖女〟と言ったので、胴上げをされている時から気になっていた俺は、それを訊ねた。「古くから伝わる、伝承です。黒髪黒目で毛のない耳を持ったセイジョが、土地に豊穣をもたらすという」「えっ? この村に、そんな伝承が?」「いえ、この村ではありませんな」 俺とポムは顔を見合わせ、話がいまひとつ分かっていないスカーレットは首を傾げる。「この村の伝承じゃないのに、村長さんが知ってるってことですか?」「本で読みましてな。ワシは若い頃、辺境伯の騎士団が行っている、戦闘訓練に参加しておりまして……」 魔物の氾濫が〝災害〟と認知されているこの世界では、ある程度の戦闘力を身につけるのは、自衛のために必要なことだ。 そのため、辺境伯はその気のある若者を集めて、戦闘術の指導をしているという。 これはポムも知っているし、スカーレットに至っては受けたことがあるらしい。 路上生活に等しい極貧生活をしている、冒険者たちも受けられるというから、ほぼ慈善事業みたいだな……と思ったんだが。 氾濫が起きた時に、一人でも多くの
last updateLast Updated : 2026-08-18
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11-2

 夜には宴を催して、俺たちをもてなしてくれると言った村長の申し出を丁重に断り、俺たちは防衛都市に戻った。「宴でチヤホヤされるのは楽しいかもしれないけど、そしたらその後は夜道が危ないとか言って引き止められて、泊まったら老婆から少年まで夜這いを掛けにきて、ちょっといい感じのコに手を出したら、そのままこの村に永久就職だよ?」 と、ポムが、いつもは目玉の色もワカラン糸目を、スウッと開いて脅かすように言ったからだ。 ちなみに、目の色は金色っぽい黄色で、言われている内容はもちろん、ポムの顔が怖くて帰ると返事してしまった。 本当の本音を言うと、37の〝ブラック企業勤め・独身男〟の哀しいサガとしては、そんなすごい歓待を受けてみたい気はしたのだが……。 スカーレットは、ポムの怖い顔にもめげずに、口に出して「そんな歓待、受けてみてぇなぁ! どうせ俺は救世主様じゃねぇから、帰されるだろうし」と発言したが。 ポムは「姉さんに言いつけるよ」の一言で、黙らせた。 歓待はともかく、辺境伯の蔵書に記載されている〝聖女伝説〟にも興味があったから、帰りたかったのは事実だ。「それにしても、正真正銘のセイジョ様とはなぁ!」 帰り道、スカーレットは何度もその言葉を繰り返した。「辺境伯様んトコに持ってったほーが、金になるんじゃねぇの?」「だからスカは莫迦だって言うんだよ。こうして奇跡を起こして回ったほうが、儲かるに決まってんでしょ」「だけど、古文書に出てくる伝説だろ? 金貨一千枚とか、払ってもらえんじゃね?」「この脳筋クマ! 余計なことばっかり言うなよな!」「や、金貨一千枚なら、売られてやってもいいぞ?」 つい、そんなことを言ってしまったが。「莫迦タイガ! ただ可愛いだけで売られるより、面倒な事になっちゃうよ!」 ゴンッと、なぜかゲンコツを落とされた。
last updateLast Updated : 2026-08-18
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12-1:図書閲覧と返済計画

 防衛都市に戻った翌日、ポムは借金を返しにクロワール商会へ、俺は辺境伯の蔵書ってのを見に、城に向かった。 街の中心にそびえ立つ城は、第一と第二壁と同じ、城壁に囲まれている。 その入口には、城の文献を見るための受付がある……と聞いていたので、俺はそこを訪ねた。「あの〜、文献が見たいんですけど」「では、市民証の提示をお願いします」 これは事前に聞かされていたので、俺は持ってきていた〝奴隷の契約書〟を提示した。 受付の、ビーグル犬みたいな耳の付いている兄さんは、それを丁寧に受け取り、静かに内容を確認する。「ああ、これだと閲覧は出来ませんねぇ」「ええ〜? だって俺は、市民の財産ですよ?」「市民の財産、つまり奴隷身分の方は、閲覧時に契約者の同行が必要です」 ビーグル犬の兄さんは、愛想よくニコっと笑って、取り付く島もない。「わかりました……」 食い下がれないことが分かり、ここで騒ぎを起こしたら、ポムに迷惑が掛かるってことも簡単に想像出来たので、俺はすごすごひっこんだ。 精霊魔法のことや、俺がここに来た理由とか、なんか分かると思ったんだけど、焦っても仕方がない。 ポムと出直せばいいや……と考えて、俺は長屋に帰った。
last updateLast Updated : 2026-08-19
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12-2

 長屋の扉を開けると、ポムとブランシュ嬢が暗い顔をして、沈んだ雰囲気のまま向かい合って座っていた。 ポムの家にブランシュ嬢が上がり込んでいるのも珍しいが、彼女がこんな塞ぎ込んだ顔をしているのも初めて見た。「ただいま」「あ〜、タイガおかえり〜。どうだった?」「こっちは、収穫ナシだ。奴隷はご主人様が一緒じゃないと、閲覧不可だってさ」「え〜、そりゃごめんねぇ」「いや、ポムが謝ることじゃねぇし。それより、そっちはどうした?」 俺の問いに、ポムとブランシュ嬢が顔を見合わせる。「それが……、一括返済はダメって言われてさぁ」「はぁ?」「最初に月々決めた金額に、利息を上乗せした返済方法を選んだんだから、途中で変更は出来ないって言われちゃった」「いや、そもそも利息しか払えてなかったんだから、最初の契約もへったくれもないんじゃ?」「クロワールさんは、利息分だけでも支払えるなら、奴隷落ちにはしないって言ってくれてたの。親切なのよ」 ニコッと笑って、ブランシュ嬢が言った。 いや、それ、簡単に言うと終わらないって話なんじゃ? と思ったが、いきなり奴隷にされても困るのも事実だし、この世界は魔法契約ってやつで、現代日本の法執行より、強制力は強い。「でもまあ、今後は利息と元金、両方返せるから、終わりが見えたよね!」 あっけらかんと、ポムが言った。 まぁ、借りた金の何十倍も支払わなきゃならないが、現状、精霊魔法の臨時収入で、躓く可能性はかなり低い。 良い方に考えなきゃ、やってらんないってところはあるかもしれんが、ポムの意見は正しいとも思う。 だが……。 なんとなくだが、クロワールはポムたちがここまで借金……というか、利息が返せると思ってなかったんじゃないのか? と俺は感じた。
last updateLast Updated : 2026-08-19
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13-1:陽キャとチェッコリ

「なんだそれっ! ふざけんな!」 翌日、またしても朝からポムの家にやってきたスカーレットは、そう言って怒りだした。 スカーレットは、てっきりブランシュ嬢が借金から解放されたと思っていたらしく、クロワールの指示とは別に、焼き菓子を持ってお祝いに来たのだ。 だが、超ブラックリボ払いの実態を知り、怒りを爆発させていた。「スカが怒ったって、仕方ないでしょ〜」 うるさいと言わんばかりに、ポムは耳を後ろ向きにしている。 一方のスカーレットは、むしろ耳がピルピルしまくっていて、怒りが収まらないって様子だ。「俺は……、俺はもう、クロワールの旦那の仕事は辞める!」「はあ? あすこの仕事辞めて、脳筋のスカが他に仕事見つけられるの?」 ポムのツッコミに、スカーレットは一瞬「あれ?」って顔になった。「……そっか……。ん〜……」 ちょっと困った顔で首を傾げていたスカーレットは、俺と目が合ったところで目をピカピカと輝かせる。 そして、ビシッとポムを指さした。「オマエが俺を雇え!」「めちゃめちゃ言わないでよ! 僕の収入の低さ、毎月取り立てに来てたんだから、知ってるよねえ!」「今はタイガがいるし。それにタイガを連れての行商は、一人の時に比べると、いろいろ危ないだろう?」「うっ……!」 クロワールの指示で、俺とポムが組んでからずっと一緒に行商周りをしていたスカーレットは、行く先で魔物が出た時、真っ先に戦闘を引き受けてくれていた。 ポムは、荷駝車にクロスボウと、簡単に取り扱いが出来る短めの槍を備えていて、いままで一人で行商をしていた時は、それで魔物を追い払っていたそうだ。 だが、俺はほぼ非戦闘員で、武器の取り扱いに関しては無能と言って良い。 スカーレットがいてくれる方が、絶対に安心なのはポムも分かっている。「それともなにか? 俺がいると、なんか都合悪いんか〜?」
last updateLast Updated : 2026-08-20
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13-2

 それからも、俺たちの行動は変わらなかった。 朝スカーレットがポムの長屋に来て、ダチョコを借りて荷駝車に乗り、近隣の村を行商して回る。 精霊魔法の噂を聞いた者が、ポムに連絡を寄越してきた時は、そこに向かい、トラブルを解決する。 作物がイナゴに似た害虫に食い荒らされて困っている村でチェッチェッコリを踊った時は、かなり驚いた。 なぜって俺は、他の曲は小学生の頃に踊った記憶があるが、チェッチェッコリは年代的に踊ったことがなかったからだ。 ジェネレーションギャップから、チェッチェッコリをフォークダンスに混ぜていいのかどうか、微妙な気持ちになったが。 光のコビトさんたちが大盛り上がりだったし、害虫がすっかり追っ払われたから結果オーライだろう。「あの〝まいまいまい〟ってやつ、多いよな」 昼休憩を取っている時に、スカーレットが言った。 言われてみると、確かにマイム・マイムの採用度はかなり多い。「つっても、選曲は俺の意思じゃないからなぁ」「そうなのか?」「なんかさぁ、井戸の修理を頼まれると、〝まいまいまい〟ってするよね」 ポムの指摘に、そういえばマイム・マイムはどっかの国の、水源を発見したんだか、井戸掘りに成功したんだかの喜びの曲だ……と、聞いたことがあるのを思い出した。「曲に、なんか意味あるのかもな」「タイガも混じって踊ってることは、俺も混じっていーんかね?」「はあ?」「やりたいのかよっ?!」 呆れた俺とポムを、スカーレットはむしろ「えっ、おまえらやりたくないの?」って顔をする。「好きでやってる訳じゃないし」「僕も、あれをわざわざは……」 ポムの発言は、衆人環視であれをやることを恥ずかしいと考える、常識的なものに聞こえるが。 恥ずかしいと分かっていて、金儲けのために俺にやらせようと最初から目論んでいたことを考えると、かな〜り腹が立つ。 が、ここは一旦、棚上げにした。 言ったところで、サラッと受け流され
last updateLast Updated : 2026-08-20
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14-1:辺境伯からの誘い

 いつものように、夕方になる頃に長屋に戻り、俺とポムはブランシュ嬢の作った夕飯を食っていた。 生活費を切り詰めるために、ポムとブランシュ嬢はできる限り頑張っている。 本当は、長屋も一緒にした方が家賃が浮くのだが、独身の男女がひとつ屋根の下に暮らすのは、さすがに世間体が悪いので、断念したんだそうだ。 アコガレのハリウッド女優そっくりなブランシュ嬢と食事をするのは、最初の頃は味もわからないような状態だったが、最近では少し動きがカクカクする程度に収まっている。「今日のスープも美味しいです!」「うふふ、タイガさんはいつも褒めてくれて、うれしいわ」 そんな会話をしていると、扉にノックの音がした。 この時間なら、たぶんメッセンジャーだろう。 玄関に応対に立ったポムだったが、いつもと違って直ぐに戻ってこない。 それどころか、玄関先でなぜか跪いて、恭しく書状を受け取っていた。「どうしたんだよ?」 扉を締めて、こちらに戻ってきたポムは、蒼白なのか紅潮なのか、判断に困る顔をしている。「タイガ、すごいぞ。辺境伯様からのお呼び出しだっ!」「はっ?」「ええっ!」 俺は言われている意味がわからず、きょとんとなっていたが、すぐにも意味を理解したブランシュ嬢はびっくりした声を上げる。 蛍光灯のような速度でようやく意味が分かった俺は、思わず通りに面した窓に飛びついて外を見ようとした。 が、窓の外は真っ暗だ。「なんだこれ?」「うわっ! タイガ、よせって」「えっ?」「それは箱馬車の側面だ!」 奴隷が顔を突き出して、失礼があったら困るんだよ! と言って、ポムは俺を室内へ引っ張り戻す。「路地に箱馬車入れるなよ……」「まさか、辺境伯様がご自身で手紙を?」「姉さん、そんなことあるわけないでしょ。使いの者だったよ」 わあわあ騒いでいる間に、ギシギシよろよろしながら、箱馬車は長屋の路地から出ていった。 ポムが受け取った書状に
last updateLast Updated : 2026-08-21
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