All Chapters of 異世界はつらいよ: Chapter 31 - Chapter 40

49 Chapters

14-2

 翌日、いつものように現れたスカーレットに事の次第を話し、俺たちは三人で登城することにした。 ポムはスカーレットを連れて行くことにいい顔しなかったが、スカーレットの「だって俺は、おまえらの護衛じゃん」の一言で、言い返せなくなったのだ。 呼び出しの書状を持って城に行くと、門番はすんなりと俺たちを中に通してくれた。 城門をくぐり、案内された取次の間は、庶民の俺からすると広間だった。 壁にはものすごく巨大な絵画があり、部屋に置かれた調度品はどれもものすごく高そうだ。 部屋には長椅子が置かれていて、そこで座って待っているようにと言われたので、三人で並んで座る。「緊張するよねぇ」 言ったのはポムだ。 だが、ポム自身が緊張していると言うより、緊張でガッチガチになっている俺を気遣っての台詞のようにも聞こえる。「しねぇよ。なんも悪いことしてねぇんだから」 神経がクライミングロープ並みにぶっといスカーレットは、余裕な様子で、足を開き腕を組んでどっかりと座っている。 部屋の扉が開くと、小姓みたいな美少年が入ってきた。「ご案内いたします、どうぞ」 立ち上がった俺に、ポムが小声で「あれ、執事だから。お行儀よくして」と囁いた。 執事なんて、てっきりヤギみたいなヒゲと耳か、もしくは羊みたいな巻いてるツノの生えた片眼鏡だと思っていたので、驚いた。 ネコ耳の美少年は、俺たちを案内して先に立って歩く。 だが、屋敷の中を進むに連れ、俺は妙なことに気付いた。「なあ、ポム……」「言うなって……」 ポムは、ニヤッと笑った。 最初に出会った時、ポムは辺境伯に俺を売ろうとしていた。 その時の女衒みたいな台詞が、ものすごくリアルに感じる。 なぜって、屋内で働く者が、ことごとく全部〝美少年〟だったからだ。 こんなすごい城なら、リアルメイドさんを見られるかも! と期待していた俺は、辺境伯がホンモノのショタコンおやじと知らされただけの結果に、怖気と
last updateLast Updated : 2026-08-21
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15-1:辺境伯の依頼

 両開きの扉の前に案内されて、さてはファンタジーで王道な謁見シーンが再現されるのか? と思っていたのだが。 開かれた扉の中は、本がびっしりならぶ本棚と、どっしりとでかい机がある、どうみても執務室って感じの部屋だった。「閣下、ポム=ヴェール以下三名、お連れしました」「ご苦労。下がっていいぞ」 ネコの美少年は一礼すると、退出していった。 部屋には本棚の前で本を探しているプードルみたいな耳の少年、机の傍で書類を手渡そうとしているボーダーコリーみたいな耳の少年、書類を仕分けているらしいシェパードみたいな耳の少年がいる。 それも全員、もれなく美少年。 そして部屋の中央の机には、この部屋……いや、この城の主たる辺境伯そのヒトがどっかりと座っていた。 少年たちは、犬っぽい忠誠心なのか、素敵なおじさまに恋する少年なのかはワカランけど、全員がキラキラした目をしている。 いかに素早く正確に仕事をこなし、辺境伯様に褒めてもらおうか? みたいな気持ちが態度にも表情にも滲み出ていた。 俺は思わず、天を仰ぎそうになったが、貴族の前で不敬な態度を取ってポムに迷惑を掛ける訳にもいかん……と、自制する。「彼らに話がある。席を外しなさい」 大塚明夫みたいな声で、辺境伯が言うと、少年たちは「はい」と答えて直ぐに仕事の手を止め、扉の前で一礼してから退席していった。「さて。よく来たな」 立ち上がってこちらにやってきた辺境伯は、頭の上にシベリアン・ハスキーみたいなデカイ三角耳が付いている。 が、この風格、精悍な顔立ち、鋭い眼光なんかを見ると、もしかしたら狼とかかもしれない。 いかにも歴戦の武人って雰囲気が漂っていて、非常時は即戦力を要求される辺境を守ってるって感じだった。「私が、マンマール・ド・サドールだ」 ゆったりと椅子に寄りかかり、自己紹介を告げる。 そういえば、そんな名前だったな〜と考え、この猛者のどこにも〝まんまる〟な要素はないな……なんて思った。
last updateLast Updated : 2026-08-22
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15-2

 連れて行かれたのは、城の裏手にある鬱蒼とした場所だった。 そこにポツンと、古井戸がある。「この井戸は、数年前から水が汲めなくなり、放棄された。試してみよ」 辺境は、森に囲まれているので、ぶっちゃけ掘ればどこでも水が出るような印象があるが。 実際には地下に水脈があり、そこを的確に狙って掘らないと水は出てこない。 川や泉に水を汲みに行くとなると、魔物に遭遇する危険を冒さなければならないから、井戸があるかないかは命に関わる大問題だ。 とはいえ、それは防衛都市の外の話である。 俺は井戸を覗き込み、その深さに違和感を持った。 場所も微妙だ。 とはいえ、ここで辺境伯……つまり〝貴族〟に向かって「無理です」なんて言ったら、首が飛ぶかもしれない。 深呼吸して、井戸のフチに手を掛けると、全身にピリッと緊張が走る。「もりのこかげでどんじゃらほいっ!」 手足が勝手に動き、森のこびとを舞い踊ると、地面から光の粒がぶわわっと湧き、いつものように輪を作った。 ふと見ると、スカーレットが嬉しそうに輪に加わっている。 ここでそれをするか〜? と思ったが、トランス状態の俺にはツッコミをいれることは出来ない。 スカーレットはよっぽど興味津々で見て覚えたのか、それともそもそもフォークダンスが踊りやすいものだからか、ちゃんとステップを間違えずに、光の粒たちと一緒に嬉しそうに「べっさっそんっ!」と歌っていた。「ほう。どうやら、本物のようだな」 井戸の釣瓶を落として、水を汲んだ辺境伯は、納得顔で頷いている。「タイガ……と言ったか。君は、やはりイカイジンなんだな」 辺境伯の発言に、俺はギクッとなった。「そーなんすよ、旦那! 俺も最初はただのイカレポンチかと思ったんすけど、この髪も瞳も生まれつきなんだそーっす!」 スカーレットがドヤ顔で言った。「ふうむ」 言ってから、辺境伯はスカーレットとポムの顔を見回し、それから俺をジロジロと
last updateLast Updated : 2026-08-22
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16-1:渾身のレットキス

 執務室に戻った俺たちは、今度は長椅子に座って良いと言われて、お茶とお菓子まで出された。 辺境伯はお茶を運んできたネコ美少年を退出させると、自分で用心深く扉を閉め、それからなにか小箱のような物を出すと、指でてっぺんを撫でた。 すると、なんかシャボン玉の膜みたいなのが出てきて、部屋の中いっぱいに広がる。「防音の魔道具……」「よく分かったな」 ポムの呟きに、辺境伯が感心したように答えた。「さて、諸君。まず最初に、これから、この防音の魔道具を解除するまでの間に話したことを、絶対に口外しない誓いを、こちらの書面に誓ってくれ」 辺境伯がスッと差し出した契約書を見た瞬間、ポムの耳の毛がブワッと逆立った。「どうしたんだよ?」「これ、最上級の誓約書だよ! 誓いを破ったら、即座に命がなくなるやつ!」「ほう、こちらもよく分かったな。周辺の村を回る行商と聞いているが、勉強をしていると見える」 再び辺境伯が、感心したように言った。「内容もワカラン話を聞かされて、喋ったら殺すって言ってんの?」 俺の問いに、ポムが頷く。「いや、こちらの依頼を断ることは可能だ。だが、依頼内容を他に話されると困るので、この誓約書は万が一に備えた〝担保〟のようなものだ」 俺たちは顔を見合わせる。「そんなスゲー誓約書に誓って、後でやっぱり処分するとか言われたら、嫌だぜ」 スカーレットが、密談とは思えないでかい声で言う。「なあ、ポム。この防音の魔道具って、どれくらい効果あんの?」「外には絶対、音漏れしないよ。それに……多分、貴族様の使ってるようなやつは、起動した範囲内に盗聴の魔道具があっても、遮断されると思う」「なるほど」 自分の執務を手伝わせる程度には信用している使用人達をも退室させ、話が他に漏れないように魔道具を使い、わざわざイカイジンを呼びつけて試したりしている。 それらを考え合わせると、この滅多なことではビビリそうもない辺境伯が、よっぽ
last updateLast Updated : 2026-08-23
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16-2

 向かい側の辺境伯も手を乗せて、誓約の呪文を唱え、紙の上に俺たちと辺境伯の手形が浮かぶ。「では、本題に入ろうか」 辺境伯は、おもむろに細長い箱を取り出すと、机の上に置く。 フタを開けると、真ん中辺りでぼっきり折れた剣が出てきた。「これは、我が辺境伯家に代々受け継がれている、精霊の剣と呼ばれる宝物だ」 めっちゃファンタジーな肩書きの、めっちゃ細工の凝った剣は、剣身が昔遊んだ某カードゲームのSSRホログラムみたいに、ギタギタしている。「本来、世襲の儀式の時に使うのだが、実はもう随分前からこの状態だ」「えっ、じゃあ儀式はどうしてたんです?」「レプリカを使って、形だけを保っていた。実際のところ、剣を使ったからなにがどう……と言う、話は伝わっていなかったので、それで済んでいた」「それを、なぜ僕らに見せるんです?」 ポムの問いに、辺境伯はうなだれて深い深いため息を吐いた。「王太子がな、剣を見せろと言ってきた」「家の宝物だから、滅多に見せられないとか言えば……?」「それで済むなら、とうの昔にそうしている」 庶民の俺の考えることなんて、貴族社会の駆け引きやら、政治のあれこれをかいくぐってきた辺境伯は、既にやってるって訳だ。「最悪、レプリカの剣を本物だと言い張るしかない……と思っている。が、ウチは中央の派閥とは関わりのない、中立でずっとやってきているんだが、レプリカだと看破されると、王太子の派閥に入れと強要される可能性が出てくる」 ああ、そういうの面倒くさいよね。 俺は所詮、ブラック企業の専務と常務の派閥争い程度だったけど、国政を動かすような話になったら、命がけにもなるもんね。「なので、出来れば正真正銘の本物を見せて、辺境の観光をしておかえりいただきたいんだ」 わかる、わかる。 思わずうんうん頷いてしまう。「つまり、直せる可能性があるなら賭けてみたいけど、ダメ元って話なんですね?」
last updateLast Updated : 2026-08-23
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17-1:秘密の小部屋

 剣は、見事に元の姿を取り戻した。 いやむしろ、剣身のギタギタ味が増したようにすら見える。 ジェンカが進むにつれて、早送りで植物が育つみたいに剣身が伸び、箱の中の折れた剣先がキンキラしながら消えていくのを見て、辺境伯は驚きと喜びに気色ばんだほどだ。「いや、あっぱれ! 万が一直ればいいと思ったが、ここまで完璧な姿に修復してくれるとは!」 剣を受け取った辺境伯は、約束の報酬をポムに手渡し、それとは別に俺に指輪をくれた。「これを見せれば、城の図書室の本は〝全て〟閲覧可能だ」 差し出された指輪を受け取ろうとして……、俺はちょっと手を引っ込めた。「どうした? これが欲しかったんだろう?」「いや……あの〜う。俺の常識だと、指輪を贈る行為って〝将来を誓い合う〟みたいな意味があるんですけど……」 俺の問いに、辺境伯はウワハハハハハハッと豪快に笑う。「いや、〝これには〟そういった意味は含まれん。こちらも男に懸想する趣味はないからな」「はっ?」 思わず、本音というか、声が出た。 すかさずポムのどつきが横っ腹にヒットする。「うん? ああ、領内に悪い噂が流れているようだが、私には妻子もいるし、家庭は円満だ」 言った後、辺境伯は俺たちの顔を見て、咳払いをする。 隠したつもりだが、〝ええ〜、ホントにぃ〜?〟と思った気持ちが、そのまま顔に出ていたらしい。「言っておくが! 文官たちの採用は、妻の裁量で決められている。〝アレ〟は、妻の趣味だ」 あ〜、変に納得。「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」「もっとも、その精霊魔法と才覚ならば、囲って手元に置きたい気はするが」 受け取ろうとした手を引っ込めようとすると、辺境伯は更に人の悪い笑みを浮かべて、俺の手をがっちりと握り、指輪をスポッと〝薬指〟に嵌めた。「タイガは僕の奴隷なんですけどっ!」 ポムが、ガッと取り返すみたいに俺の
last updateLast Updated : 2026-08-24
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17-2

 司書は、本棚だらけの図書館の中を突っ切り、一番奥の廊下へとずんずん進んでいく。 人見知りで事なかれの俺は、その背中に声を掛けられなくて、黙って後に続いた。 しばらく……と言うか、最奥なんじゃ? と思うほど、奥の扉の前で司書は止まり、扉についているスマホぐらいの大きさのパネルになにかしている。 魔法で管理された暗証番号か、指紋認証かワカランけども、背中で俺に見せないように隠して操作をすると、鍵が外れる音がした。「どうぞ」 中は、かなり狭い。 公衆トイレの多機能個室ぐらいのスペースに、椅子と机があり、その机の上に一冊の本があるっきりだ。「まず、こちらをお願いします」 手渡されたのは、外科医が手術の時に使うみたいな、後頭部で結ぶタイプのマスクと、白い手袋。 なんだろう? と思っていると、司書もマスクと手袋を着用している。 俺が慌ててマネして身につけると、それを確認してから、司書は本に向かって手をかざした。 そしてなんかブツブツ呟くと、本の周りでまるでシャボン玉が弾けるみたいにチカっと光が輝く。「こちらが、セイジョ様の遺物となります」「え……、ええっ!」 てっきり、聖女伝説の書かれた本を読ませてもらえるだけだと思っていた俺は、意味がわからず叫んでしまった。 だが、辺境伯が思わせぶりに〝全部〟と言った意味が、急に理解出来る。 俺は、わなわなしながら机の上の本を見ると、俺でも分かる言語で「Diary」と書かれている。「こ……、こ……、これ見ていいんすか?」「はい。そちらの指輪をお持ちの方が見えた時は、こちらに案内するように言われております」 あわあわしている俺に、司書は続けていった。「お待ちの方たちに、伝言はございますか?」 その問いに、俺はハッとなる。 確かにこれを読み始めたら、ちょっとやそっとの時間で終わる訳がない。「これ、もちろん持ち出し禁
last updateLast Updated : 2026-08-24
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18-1:聖女の日記

 司書が去り、俺は椅子に座ると、おもむろに日記帳のページを捲った。 タイトルが「Diary」だったので、中身が日本語以外なのか? と思ったが、しっかり日本語だった。 落ち着いた色合いの表紙は、硬い。 中身は白い紙で、これはどうやら日本製の日記帳のようだ。 聖女と名乗っていただけあって、女性らしい、繊細な文字が綴られている。 保育士をしていて、日記は〝さくら組の担任を任された記念に、日記を書こうと思う!〟と、一番最初のページに書いてあった。 ざっと見た感じ、本人の名前が記載されていなかったので、彼女のことは〝さくら〟(仮名)さんと呼ぶことにする。 このさくらさん。 保育士の資格を取り、数年勤めたところでようやく担任の座を射止め、意気揚々と仕事に取り組み始めた……のは最初だけ。 同僚で年配の副担任が、自分より年若いさくらさんが担任に選ばれたことをやっかみ、陰湿ないじめをされた。 報連相を断たれ、保護者に虚偽の噂を流し、面倒な仕事を押し付ける。 上司である園長にも先に根回しをしていて、連絡ミスの落ち度はさくらさんの所為にされ、副担任が庇っているような格好にされたようだ。 そのため、さくらさんの心はすっかり病んでしまった。 なぜ〝病んだ〟と断定しているのかというと、日記の内容が泣き言からドロドロの恨み言にシフトし、かなり支離滅裂なことを書き始めているからだ。 特に〝誰かに内容を盗み見られた〟と何度か繰り返された後に、その誰か宛に宣戦布告とかしてて、かなり痛々しい。 もっとも、その〝見られた〟は本文の内容から察するに、かなり被害妄想が混ざっていた感が強いのだが。 そんな暮らしを半年ばかりしたところで、俺と同様、突然この世界に来たっぽい。 俺と違い、かなりメンタルが混乱状態だったさくらさんは、向こうでの最後の記憶は曖昧でわからないと書かれていた。 こっちに来てしばらくは、幻覚が見えてると思っていたようだが。 助けてくれた村人の親切で心身が回復し、書かれている内容も落ち着きを取り戻していった。
last updateLast Updated : 2026-08-25
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18-2

 精霊が、なんで俺には〝強制フォークダンス〟で、さくらさんには〝そよ風の囁き〟なのか? 不満気にブツブツ言っても、精霊からの返事はなかった。 仕方がなく、先を読み進める。(素直で可愛い! 園児たちを思い出す……) と綴られた日記は、副担任から受けた仕打ちのトラウマは消えているように感じられた。 精霊を幼児と認識したさくらさんは、保育士魂に火がついたらしい。 最初は童謡を歌い聞かせたり、昔話を語ったりしたが。 彼らが最も興味を示したのは、歌いながら舞い踊る〝おゆうぎ〟だった。 最初のうちは「むすんでひらいて」みたいな、難易度ゼロからスタートし、最終的に精霊たちはフォークダンスを習得したという。(おゆうぎ大好きなのはわかるけど、夜は寝かせて!) そりゃかなり困った話だな……と思うが、文字の感じや前後の文章を読むと、楽しそうに困っている。 精霊は気まぐれというよりは、自由気ままっぽい。 ただ、彼らも魔法を発動させると疲れる……というか、活動が沈静化するみたいで、ダンスのおねだりが減ることに気付いたさくらさんは、フォークダンスをする時には、お礼として魔法を使ってほしいと取引をしたようだ。 結果、彼女は村で重宝され、そこから当時の辺境伯に話が伝わり、領主の庇護を受けたとある。 領主は自分の息子とさくらさんを結婚させたがったようだが、精霊は人間より自然の多い場所を好むので、彼女は領都で暮らすのを断った。 辺境伯も、彼女が地域に貢献をし続けてくれるなら無理に縁談を進めるようなことをせず……。 というより──これは俺の勝手な憶測なのだが、貴族社会に置くことで辺境伯的に都合の悪い状況になるのを避けたんじゃないかと思う。 なぜかと言うと、結婚の話をあまりに簡単に引っ込めている……というか、その後全くその話題が出てこなかったからだ。 そして、日記はある日突然、途切れてしまった。 最後の方に「なんだ
last updateLast Updated : 2026-08-25
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19:小さな警告

 一通り日記を読み終わった俺は、案内された廊下を通って本だらけの図書室に戻った。 図書室の出入り口には司書しかいない。「連れは、帰りましたか?」「はい。時間を気にせず、見たい書物はよく見てこいとの伝言を預かっております」 ポムの気遣いに、ちょっと〝じ〜ん〟としてしまった。 だが、一応見たいものは見たし、帰ろう……と思ったが。 出口に向かいかけて、俺は司書の元へ戻った。「あの〜、この指輪を提示すれば、アレの閲覧は何回でも可能なんですか?」 そう何度も読み返したいか? と問われると、よくわからんが。 しかし、自分がこの世界でなんか迷いを抱いたりした時、読みたくなる可能性がないんじゃないか? とも思ったのだ。 司書は改めて指輪を確認すると、小さく頷いた。「こちらの閲覧許可は、無制限です。お越しいただければ、いつでもご覧になれます」「分かりました。じゃあ、今日は帰ります」 俺は司書に改めてお礼を言って、辺境伯の城を出た。 帰りの道すがら、俺は考える。 さくらさんは、精霊を〝疲れさせる〟ことを目的に魔法と交換でフォークダンスをしてやる形に収めたわけだが。 結果として、それは精霊魔法を行使するための〝システム〟となった。 俺はそのシステムの保全と運用を任されたエンジニアなわけだ。 マイム・マイムで井戸の修理が成されるのは、そういう刷り込みがされているから。 オクラホマ・ミキサーがすぐに発動しなかったのは、接待係──つまり俺のメンタルが落ちすぎていたからだろう。 なんでそう思うのかと言えば、こちらに来て間もない頃の、メンタルが混乱状態だったさくらさんが、精霊の声が聞き取れていなかったから。 精霊がいくら働きかけても、シャーマンがトランスに入れなければ受信は出来ないと考えるのが自然だ。『……あぶないよ……』 不意に、小さな子どものような声が聞こえた気がして、俺は振り返った。
last updateLast Updated : 2026-08-26
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