辺境の朝は、ほんの少し賑やかになっただけで、まるで別の土地のように見える。 井戸の滑車が軽く回る。 荷捌き場では板を踏む足音が重なる。 鍛冶場の槌音が、昨日よりわずかに早い。 そして、中継小屋へ向かう荷車の車輪が、今度は泥ではなく、踏み固められ始めた土の上をきしむ。 レティシア・エーヴェルシュタインは、砦の回廊からその音を聞いていた。 大きな改革をしたわけではない。 城を建てたわけでも、金山を丸ごと掘り返したわけでもない。 それでも、人の動きが少し変わるだけで、領地の空気そのものが変わる。「お嬢様」 マルタが静かに声をかける。「本日は、町の者たちが何人か、お目通りを願っております」「町の者?」「はい。荷車屋のヨハン、流民組のガレス、それから豆売りの女主人、蹄鉄屋の主人も」 レティシアは少しだけ目を細めた。 昨日までなら、こうした者たちがそろって“目通り”を願うこと自体が珍しかっただろう。 領主に訴えるのは困窮か不満か、せいぜい減税の願いくらいのものだ。 だが今のマルタの声色には、困窮の重さより、別の種類のざわめきがあった。「通して」 応接に使う小部屋へ移ると、ほどなくして彼らは入ってきた。 ヨハンは相変わらず日に焼けた顔で、だが今日は少しだけ襟元を整えている。 ガレスはまだ硬いが、以前のような“どこかへ流れていく前提”の目ではない。 豆売りの女主人は粗末ながらもきれいな前掛けをつけ、蹄鉄屋の主人は手を洗ってきたばかりらしく指先が白かった。 誰もが、妙に緊張している。「どうしたの?」 レティシアが促すと、最初に口を開いたのはヨハンだった。「閣下、その……」
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-06 Mehr lesen