阿梨の寝所に、何者かが向かっている。 その報せを聞いた瞬間、阿梨の手から小梅の指が離れた。「私の、寝所……?」 顔から血の気が引いている。 小梅のそばで泣いていた目が、今度は恐怖に見開かれた。「行かなきゃ」 阿梨が立とうとする。 けれど、足に力が入らない。 寝台の縁へ手をついたところで、体が大きく揺れた。「阿梨!」 蘭々が駆け寄り、肩を支える。「駄目、立たないで!」「でも、私の部屋に……私の物が……」「物より阿梨の方が大事!」「違うの!」 阿梨の声が裏返った。 普段は弱く、遠慮がちに話す子だ。 小梅を守る時でさえ、声を震わせながら必死に言葉を選んでいた。 その阿梨が、蘭々の腕を振り払おうとした。「返してもらわなきゃ……あれを見られたら、私の子まで……」 私の子。 その言葉で、部屋が静かになった。 小梅の赤子――灯の細い泣き声だけが聞こえる。 阿梨もまた、子を宿している。 流れかけた命。 薬と香で弱らされ、古い産屋へ隠されていた女。 梁氏の帳面には、小梅の子を失った場合、阿梨の胎を使うと書かれていた。「阿梨」 私は台車の上から呼んだ。「寝所に何がありますか」 阿梨の目が、こちらへ動く。 答えようとして、唇が震えた。「腹帯……」
Last Updated : 2026-09-17 Read more