All Chapters of 皇后を殺したのは寵妃様です。下級宮女の私は犯人を知っていますが、姉を殺され、母に売られたので後宮ごと地獄に落とします: Chapter 21 - Chapter 30

57 Chapters

第二十話 毒を命じた名

玉蘭妃様が、私を呼んだ。 皇后様の毒を命じた本当の名を、鼠にだけ教える。 その言葉は、皇后宮の旧執務室に落ちた毒の雫だった。 誰もすぐには動かなかった。 皇帝陛下は、春燕の名札を握ったまま固まっている。 景黎様――黎星様は、私を見る。 蓮貴妃様は扇を閉じたまま、目だけで考えていた。 私も、すぐには返事ができなかった。 玉蘭妃様は、私を呼んでいる。 それは助けを求めているのか。 罠なのか。 最後の嫌がらせなのか。 それとも、あの人なりの復讐なのか。「行かせぬ」 最初に言ったのは、皇帝陛下だった。 低く、重い声。「鈴花を一人で玉蘭の前に出すことはできぬ」 当然だった。 玉蘭妃様は、皇后様を毒殺した実行役だ。 偽りの懐妊を演じ、小梅たちを利用し、逃亡し、箱に閉じ込められてなお私を揺さぶった。 その人が「鼠にだけ」と言っている。 危険に決まっている。 けれど、危険でない話など、もう残っていない。「陛下」 私は頭を下げた。「お許しください。参ります」「許せぬと言った」「はい」「なら、なぜ言う」「玉蘭妃様は、私にだけ話すとおっしゃいました。今ここで拒めば、あの方は黙ると思います」 皇帝陛下の顔が歪んだ。「それも、玉蘭の手だ」「存じております」「ならば」「ですが、あの方の手を使ってでも、聞くべき名がございます」 私の声は、思ったより静かだった。
last updateLast Updated : 2026-08-28
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第二十一話 慈寧宮からの茶

慈寧。 その二文字は、白い粉よりも重かった。 床下から出てきた香袋。 淡い紫の布。 鳳凰の刺繍。 そして、短い文。『皇后の薬湯は、今宵静かに濁る。玉蘭、迷うな。慈寧』 私は、その文字から目を離せなかった。 短い。 あまりにも短い。 皇后様の死を命じるには、あまりにも短い文だった。 まるで、灯りを消しておきなさいとか、香炉を替えておきなさいとか、そんな日常の指図のように書かれている。 けれど、その一文で皇后様は死んだ。 明霞姉様は罪人にされた。 小梅たちは腹を利用され、春燕は名まで奪われた。 玉蘭妃様は、戻れない道へ進んだ。 皇帝陛下は、文を見つめたまま動かない。 顔から血の気が引いていた。 黎星様が兄の腕を支えている。 その姿は、皇帝と皇弟ではなかった。 母の名に傷ついた兄と、それを支える弟だった。「……母上の字だ」 皇帝陛下が、かすれた声で言った。 誰も何も言わなかった。 蓮貴妃様でさえ、扇を閉じたまま黙っている。 強い人ほど、軽々しく慰めないのだと、私は初めて知った。 下手な慰めは、傷口に香を塗るようなものだ。 一瞬だけ匂いは消える。 でも、中の傷は腐る。「陛下」 黎星様が低く呼んだ。「座ってください」「朕は……」「座ってください」 もう一度。 今度は、命令に近かった。
last updateLast Updated : 2026-08-29
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第二十二話 太后様は、母の顔で毒を差し出す

慈寧宮へ向かう廊下は、後宮のどこよりも静かだった。 静かすぎる。 白玉宮には香の甘さと女官たちの気配があった。 蓮貴妃様の宮には、磨き上げられた刃物のような緊張があった。 洗衣局には湯気と布と蘭々の声があった。 けれど慈寧宮へ続く道には、人の息づかいすら薄かった。 灯籠の明かりが、長い廊下に淡く落ちている。 壁には鳳凰の文様。 柱には古い金。 すべてが落ち着き、古びていて、重い。 皇帝陛下の母が住まう場所。 後宮の頂。 慈寧太后様の宮。 私は、皇帝陛下と景黎様の少し後ろを歩いていた。 本来なら、下級宮女がこの廊下を歩くことなどない。 床を磨く者でさえ、顔を伏せ、壁に身を寄せ、気配を消して通る場所だ。 なのに今、私は呼ばれている。 床下を這う目の良い小鼠。 太后様は、私をそう呼んだ。 小鼠。 その言い方には、玉蘭妃様の「鼠」とは違う響きがあった。 玉蘭妃様の言葉は、毒を含んだ戯れだった。 景蘭様の言葉は、観察と挑発だった。 けれど太后様の「小鼠」は、もっと静かに冷たい。 踏めば潰れる小さなもの。 それでも、あえて招いてやる。 そういう響き。「鈴花」 前を歩く景黎様が、振り返らずに低く言った。「はい」「太后様の出す茶には触れるな」「はい」「菓子にも」「はい」「香にも」「はい」「言葉にも」 少し
last updateLast Updated : 2026-08-30
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第二十三話 鼠を殺す茶

白い煙は、慈寧宮の広間をゆっくり満たしていった。 毒ではない。 それは分かった。 苦味が薄い。 白玉宮で玉蘭妃様が撒いた煙とも、紅蓮楼で景蘭が逃げる時に使った香とも違う。 これは目を惑わせるための煙だ。 けれど、毒ではないから安全、というわけではない。 煙の中で人は迷う。 迷ったところを、誰かに刺されるかもしれない。 倒れたふりをした者が起き上がるかもしれない。 証拠が消えるかもしれない。 何より。 慈寧太后様が消えた。「右奥の扉です!」 私はもう一度叫んだ。 景黎様が煙の中へ踏み込む。 皇帝陛下も追おうとした。「母上!」「陛下、駄目です!」 私は思わず皇帝陛下の衣の裾を掴んだ。 下級宮女が皇帝陛下の衣を掴むなど、本来なら首が飛んでもおかしくない。 けれど、考えるより先に手が動いた。 皇帝陛下が振り返る。 その目は赤かった。 煙のせいだけではない。「離せ、鈴花」「離しません」「朕は母上を」「追えば、太后様の罠です」「罠でも、母上が」「陛下」 私は咳き込みながら言った。「太后様は、陛下に追ってほしくて逃げました」 皇帝陛下の動きが止まる。「何?」「先ほどの太后様は、逃げる前に言葉を残しました。『母は、いつでもあなたのためを思っています』と。あれは、陛下への綱です」 私の声は震えていた。 けれ
last updateLast Updated : 2026-08-31
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第二十四話 茶は誰の手に渡ったか

玉蘭妃様の部屋へ向かう廊下で、私は何度も転びそうになった。 足がもつれる。 息が浅い。 頭の中に、太后様の茶碗の底にあった赤い文字が何度も浮かぶ。『母の茶を疑う子は、もう子ではない』 飲めば毒。 飲まなければ、母を疑う罪。 それが、慈寧太后様の茶だった。 そして玉蘭妃様は言った。 鼠を殺す茶は、もう配られた。 私を殺すなら、私に毒を飲ませればいい。 でも、太后様はそうしない。 私の周りを殺す。 私の言葉を支える人を殺す。 私が見たことを、一緒に証明してくれる人を消す。 その方が、ずっと深く私を殺せる。「鈴花、息を整えろ」 景黎様が横で言った。「無理です」「無理でも整えろ」「難しいことを言わないでください」「転ぶぞ」「転びません」 そう言った瞬間、敷居に足が引っかかった。 景黎様が腕を掴む。 痛めている方ではない腕を、正確に。「転びかけた」「転んではいません」「言い張るな」「今は言い張るくらいしかできません」 自分でも、何を言っているのか分からなかった。 怖い。 洗衣局。 医療房。 蘭々。 小梅。 阿梨。 老医官。 翠芳。 葬送係の男。 紅蓮楼の女。 私に関わった人たちの顔が次々浮かぶ。
last updateLast Updated : 2026-09-01
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第二十五話 母は毒を飲んだ

洗衣局の隅で、母が倒れていた。 茶碗を握ったまま。 唇に血を滲ませて。 私は、すぐには動けなかった。 母。 私を売った人。 泣きながら、私の手を離した人。 玉蘭妃様の手先になり、私を二度売った人。 そして今、私の名で毒茶を運び、その毒を自分で飲んで倒れている人。 何を思えばいいのか、分からなかった。「鈴花!」 蘭々の声で、ようやく息をした。「老医官様! 老医官様は!?」「こちらへ向かっている」 景黎様が答えた。 その声は冷静だったが、顔は険しい。 彼は母のそばへ膝をつき、茶碗を取り上げようとして、すぐに手を止めた。「触るな。毒が縁についているかもしれない」 蘭々が両手の釜の蓋をぎゅっと握る。「どうするの!? 吐かせるの!? 灰!? 苦蓮の根!? 鈴花、玉蘭妃様なんて言ってた!?」「飲んだ直後なら吐かせる。灰と湯。苦蓮の根を煎じる。声が腫れる毒だから、喉を見て」「喉!? え、喉ってどうやって見るの!?」「蘭々、湯を。ぬるい湯。あと灰。綺麗な灰」「綺麗な灰って何!? 灰に綺麗とかあるの!?」「かまどの白い灰。焦げた油が混じっていないもの」「分かった! 分かってないけど分かった!」 蘭々は釜の蓋を一枚床に置き、もう一枚を抱えたまま走った。 なぜまだ一枚持っていくのか。 でも、今はそこを問う時間ではない。 母が咳き込んだ。 ひゅう、と喉の奥が鳴る。 私は反射的に近づこうとして、景黎様に止められた。「待て」
last updateLast Updated : 2026-09-02
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第二十六話 鳳凰の茶庫

慈寧宮の茶庫へ向かう前に、私は一度だけ振り返った。 洗衣局の隅。 母は、まだ横になっている。 老医官が脈を取り、蘭々がその横で湯の器を持っていた。釜の蓋は、なぜか母の枕元に立てかけられている。「それ、何?」 私が聞くと、蘭々は真顔で答えた。「守護蓋」「母に?」「うん。嫌いな人でも、毒で死にそうなら守る」 私は何も言えなかった。 蘭々は、鼻をすすりながら続ける。「鈴花のお母さん、私、好きじゃないよ。正直、かなり嫌い。鈴花を何度も売ったし、今回も鈴花の名前で茶を運んだし」「うん」「でも、さっき毒茶を先に飲んだの見たら、もっと嫌いになればいいのか、ちょっとだけ見直せばいいのか分かんなくなった」「私も」「だよね」 蘭々は困ったように笑った。「だから、とりあえず守護蓋置いとく。気持ちが決まるまで、死なれたら困るし」 その言い方があまりにも蘭々らしくて、胸が痛んだ。 許すでもなく、切り捨てるでもなく、決まるまで死なせない。 そんなやり方もあるのかもしれない。「ありがとう」「礼はいいから、戻ってきて」「うん」「茶庫で変な茶を見つけても飲まないで」「飲まない」「匂いだけでも変だったら近づかないで」「努力する」「努力じゃ困るって、黎星様が言うやつ」 景黎様が横で小さく咳払いをした。「俺の台詞を勝手に使うな」「便利なので」「便利で済ませるな」「でも本当に便利です。鈴花、すぐ努力って言って無理するから」
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第二十七話 黒い衣の記憶

 景黎様の手が、文を握ったまま止まっていた。『思い出せ、景黎。皇后を最後に見た夜、薬湯の前に部屋にいたのは玉蘭だけではない』『鼠に聞け。床に落ちていた黒い衣の端を』『真犯人は、毒を入れた手だけではない。毒を止められたのに止めなかった手だ』 景蘭様の字は、美しかった。 腹が立つほど。 人を傷つけるための文なのに、筆の運びだけは整っている。 景黎様は、その美しい毒を黙って見つめていた。 茶庫の中は冷えている。 青い紐、赤い紐、黒い紐。 棚に並んだ茶包みが、まるで罪人の首札のように見えた。 黒紐。 還子茶。 血を眠らせ、記憶を曇らせ、母の声を近くする。 多量にて従順、少量にて夢見。 景黎様は、過去にそれを一口だけ飲んでいた。 皇后様が亡くなる前。 そして今、景蘭様はその記憶を突いてきた。「景黎様」 私が呼ぶと、彼はゆっくり顔を上げた。 目が、遠い。 いつもの冷たさではない。 暗い水の底を見ているような目だった。「俺は……」「今、思い出そうとしないでください」 私は強めに言った。 景黎様が私を見る。「なぜだ」「景蘭様の文を見た直後です。その言葉に引っ張られた記憶は、あなた様のものかどうか分かりません」「だが」「記憶は証拠ではありません」 蓮貴妃様が、わずかに眉を上げた。 私は続けた。「特に、毒で曇らされた記憶なら。まず物を見ます。布、茶、帳面、床。それから人の証言
last updateLast Updated : 2026-09-04
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第二十八話 銀蓮の三枚目

 銀蓮の簪は、私の手の中で冷たかった。 何度も見た簪だ。 明霞姉様が私に残してくれたもの。 最初の紙は、皇后様の薬湯と玉蘭妃様の偽りを示した。 二枚目の絹紙は、白家、梁氏、沈烈へ毒の道が伸びていることを示した。 そして今、母は言った。 三枚目がある、と。 私は簪を見つめたまま、息をすることさえ忘れそうになっていた。 洗衣局には、湯気が漂っている。 母は老医官の手当てを受け、浅く眠っている。 蘭々は私の隣で、釜の蓋を抱えたまま簪を覗き込んでいた。「……これ、まだ何か入るの?」「分からない」「もう結構ぎゅうぎゅうじゃない? 簪ってそんな収納力ある?」「収納力という言い方はどうかと思う」「だって、もう二枚も出てるんだよ。簪というより、小さい文箱じゃん」 蘭々の言い方に、少しだけ息が抜けた。 でも、笑えなかった。 景黎様は、すぐそばに立っている。 蓮貴妃様も、洗衣局の椅子に腰掛けていた。こんな湯気と石鹸と濡れ布の匂いが満ちる場所に貴妃がいるのは、何度見ても不思議だ。 けれど蓮貴妃様は、まるで自分の宮のような顔をしている。「鈴花」 蓮貴妃様が言った。「急ぎなさい。でも慌てないこと」「難しいです」「ええ。だから言っているの」「はい」 景黎様が、簪を見た。「壊しても構わない」「駄目です」 反射的に言っていた。 景黎様が
last updateLast Updated : 2026-09-05
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第二十九話 消えた薬湯盆

 皇后宮の遺品庫から、薬湯盆が消えた。 封は破られていない。 なのに、中の盆だけがない。 床には、赤い蓮の花弁が一枚。 その報せを聞いた瞬間、洗衣局の湯気が遠くなった。 銀蓮の簪。 三枚目の紙。 明霞姉様の告白。 皇后様ご自身の書き付けがあるという薬湯盆。 それが消えた。 最後の証拠が、景蘭様に奪われた。 そう思った。 思ったけれど、次の瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。 封は破られていない。 なのに中身だけが消えた。 本当に、景蘭様が取ったのだろうか。 あの人なら、封を破らずに盗む方法くらい考えるかもしれない。 けれど。 わざわざ赤い蓮の花弁を残すだろうか。 いや、残す。 景蘭様なら、残す。 自分がそこにいたと知らせるために。 または、自分がいたと思わせるために。「鈴花、座ってて」 蘭々が私の前に釜の蓋を構えた。 なぜ盾のように構えるのか。「行く顔してる」「行く」「駄目」「薬湯盆が」「盆は逃げた後!」「逃げた盆を追うの」「盆って追えるの!?」 蘭々の叫びに、少しだけ周囲の女たちがこちらを見る。 私は立ち上がろうとして、足元が少しふらついた。 蘭々が即座に蓋を置いて支える。「ほら! ふらついてる!」「少しだけ」「少しふらつく人は、全力で走ったら倒れるの!」
last updateLast Updated : 2026-09-06
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