玉蘭妃様が、私を呼んだ。 皇后様の毒を命じた本当の名を、鼠にだけ教える。 その言葉は、皇后宮の旧執務室に落ちた毒の雫だった。 誰もすぐには動かなかった。 皇帝陛下は、春燕の名札を握ったまま固まっている。 景黎様――黎星様は、私を見る。 蓮貴妃様は扇を閉じたまま、目だけで考えていた。 私も、すぐには返事ができなかった。 玉蘭妃様は、私を呼んでいる。 それは助けを求めているのか。 罠なのか。 最後の嫌がらせなのか。 それとも、あの人なりの復讐なのか。「行かせぬ」 最初に言ったのは、皇帝陛下だった。 低く、重い声。「鈴花を一人で玉蘭の前に出すことはできぬ」 当然だった。 玉蘭妃様は、皇后様を毒殺した実行役だ。 偽りの懐妊を演じ、小梅たちを利用し、逃亡し、箱に閉じ込められてなお私を揺さぶった。 その人が「鼠にだけ」と言っている。 危険に決まっている。 けれど、危険でない話など、もう残っていない。「陛下」 私は頭を下げた。「お許しください。参ります」「許せぬと言った」「はい」「なら、なぜ言う」「玉蘭妃様は、私にだけ話すとおっしゃいました。今ここで拒めば、あの方は黙ると思います」 皇帝陛下の顔が歪んだ。「それも、玉蘭の手だ」「存じております」「ならば」「ですが、あの方の手を使ってでも、聞くべき名がございます」 私の声は、思ったより静かだった。
Last Updated : 2026-08-28 Read more