秋水が朝餉の盆を下げに来たのと入れ替わりで誰かが訪ねてきたのに気付き、漣は背後を振り返った。障子に映る小柄な影は時雨のものではない。漣は誰何を問うた。 「わたし……澄花です。漣さんに聞きたいことがあって来ました」 どうしたものかと漣は逡巡する。謹慎中だというのに、あまり勝手なことをしては更に時雨や紅雨の怒りを買ってしまいそうだった。 「また後日にしていただけませんか。澄花様もご存知の通り、私は謹慎中の身なので」 「わかっています。けれど、他ならない時雨様のことなんです。取り返しのつかないことになる前にどうにかしないと……」 澄花の声は切羽詰まっている。先ほど、秋水からも時雨が伏せっているということは聞いていた。 漣の顔に苦いものが浮かぶ。時雨を守るために力を貸せと先に澄花に迫ったのは自分だ。よもや、同じことを澄花にされ返すとは。自分は澄花を侮っていたのかもしれない。 「わかりました。それでは五分だけですが、時間をとりましょう」 ありがとうございます、と礼を言うと澄花は漣の部屋に足を踏み入れる。床の間には大太刀が飾られており、風雅な雰囲気の時雨の部屋との違いが感じられた。 澄花は畳に膝をつくと、抱えていた書物を置いた。彼女の目元には黒々とした隈ができている。 「眠れなかった……というわけではなさそうですね。ご用件はそれですか」 「はい。わたし、一昨日の夜に漣さんが仰っておられたことを思い出して……わたしなりに調べてみたんです」 ――雨催いの巫女の力をすべて時雨様の御霊石に注ぎ、婚姻関係も眷属の契約もすべて解消して時雨様の元を離れるか。 一昨日の一件で、自分が時雨の御霊石に働きかけることができるのはわかっている。ならば、あとは自分の雨催いの巫女の力をどう扱うかだ。時雨の弱り方を考えると、慎重にならざるを得ない。失敗するわけにはいかなかった。 「ふむ、雨催いの巫女についての書物ですか……そして、こちらは歴代の水神について……」 漣は澄花が持ってきた書物に目を通す。しかし、これでは足りない。 「正直、これでは情報不足感が否めませんね。今から言う内容の書物を蔵から探して持ってきてください」 これとこれと
Last Updated : 2026-08-20 Read more